錬金術師とお祭り前のひと騒動
それは秋の収穫祭を明後日に控えた日のことだった。
秋の紅葉も深まり、色付いた森の木々を眺めながら、いつものように朝の日課であるお店の掃除や薬の作成をしていた私とロザリー。
そんな私たちの元に、突然の依頼が飛び込んできた。
「ライエ嬢ちゃん! 頼む、露店で出す品を作ってくれ!」
そう言いながらお店のドアを勢い良く開いたのは、牛乳屋さんを営んでいる男性、ダミアン・ボダンさんだった。
いつもの可愛くデフォルメされたウシが描かれたエプロンを身に付けたダミアンさん。
しかしその表情はかなり切羽詰まっているように見える。
「ダミアンさん? えっと、とりあえず落ち着いて下さい」
「あと、ドアが壊れるから、もうちょっと丁寧に開けてよねー?」
「お、おう。悪い……」
「……んー? なんか、デジャブ?」
「あ、あはは……」
首を傾げるロザリーに、ヴァネッサさんのことだろう、と思いつつも曖昧に笑って誤魔化す。
深呼吸をして落ち着いたのか、ドアを静かに閉めたダミアンさんにイスを勧め、私も向かい側に腰を下ろした。
「それで、一体何があったんですか? 露店が何か、って聞こえた気がするんですが」
「ああ。明後日から秋の収穫祭が始まるのは知ってるか?」
「はい、もちろんです」
アリエルちゃんの一件もあったし、何より数日前から街中に飾り付けがされ始めている。
私とロザリーもお祭りを楽しみにしており、秋の収穫祭の間はお店をお休みにするつもりである。
お店に来る人には少し前から伝えていたのだが……。
「そういえば、ダミアンさんが来たのは久しぶりなので伝え忘れていたかも……。えっと、収穫祭の間は休業しますので、何か入用でしたら今のうちにお願いしますね」
「そうなのか? まあ、急ぎで必要な物は特にないな。……って、それはおいといてだ」
ダミアンさんは大きく首を振って話を戻す。
「毎年の収穫祭でウチの店は露店を出すことにしているんだ」
「わあ、それは良いですね! ダミアンさんのところの牛乳、美味しいですし」
「ははっ、ありがとな。もちろん牛乳以外にも一緒に軽くつまめる物を置いているんだが、そこが問題でな。毎年頼んでいる惣菜屋の店主が、今朝転んで腕を骨折しちまって……」
「もしかして、置く物がなくなった、ってことですか?」
「そういうことだ」
なるほど、だから先ほど慌ててお店に駆け込んで来たのか、と納得する。
だけど、それならそれで牛乳だけで良いのでは? と考えていると、同じことを思ったのかロザリーが疑問を口にした。
「ねえねえ。それって、牛乳だけ並べちゃいけないの?」
「駄目だ。牛乳だけだとほとんど売れないんだよ。やっぱ祭りだし、俺だってどうせなら食べ物が欲しいさ」
「ああ、何となく分かります」
ダミアンさんの返答に、思わず両手を叩いて頷く。
お祭りの時は大抵食べ歩きが主であり、飲み物はそのついでに一緒に買うので、飲み物単体で購入することはあまりない気がする。
ダミアンさんのお店の牛乳が美味しいと知っている人なら買うかもしれないが、それも限度があるだろう。
「特に今年は牛乳が多く取れたから、なるべく収穫祭で捌いておきたいんだが……。さすがに他も店のやつも自前で露店を出したり別の店と組んでたりと、全部断られちまってな」
「まあ、明後日ですからね」
「つうことで、最後の頼みの綱としてライエ嬢ちゃんに相談しに来たって訳なんだが……。どうだ?」
「……うーん」
協力したいのは山々なのだが、と私は唸る。
残念ながら、私はそんなに料理が得意という訳ではない――作れると言っても一般家庭の料理程度だ――し、何より露店に出す量を作るほどの材料がない。
ロザリーがその体格的にあまり量を食べないので、備蓄してある食材もほぼ私一人分だけなのだ。
申し訳なく思いながらもそう説明すると、ダミアンさんはがっかりしたように肩を落とした。
「だよなあ」
「お力になれずごめんなさい」
「いや、俺の方こそ急に押しかけて悪かった」
お互いに謝り合う私とダミアンさん。
その横で何やら考え込んでいたロザリーが、何かを思い付いたように「あっ」と声を上げた。
「ねえ、レティ。クッキーはどう?」
「え、私、クッキーなんて作ったことないよ?」
正確には一度だけ作ったことがあるが、あの黒く焦げた物体をクッキーとは呼ばないと思う。
それに、牛乳はダミアンさんから貰えば良いとしても、どちらにしても他の材料が足りない。
そう思って首を傾げると、ロザリーはいやいやと顔の前で手を横に振った。
「そうじゃなくて。ほら、あのお菓子屋さんの」
「エマさんのこと? ……ああ、なるほど!」
「ん、何だ?」
「えっと、『菓子店ローラン』っていうお菓子屋さんをやっている知り合いがいるんです。で、聞いてみないと分からないんですが、手伝って貰えるか聞きに行ってみませんか?」
「それは本当か!? ぜひお願いしたい!」
「――うわっ!」
ガタンとイスが倒れると同時に、大きく目を見開いてテーブルに両手を付いて身を乗り出してくるダミアンさん。
私は驚いて若干引きつつもコクコクと頷いた。
「時間もないし、今から案内してくれるか?」
「わ、分かりました。えっと、じゃあ、ロザリーはまた店番よろしくね」
「ういー、りょーかい」
ダミアンさんがテーブルを付いた衝撃で浮かび上がっていたロザリーは、斜めの体勢のまま手を額に付ける。
そんなロザリーに口元をほころばせながら、急かすようにドアを開けて待っていたダミアンさんを追い掛け、私はお店を後にした。
◇◇
「ここがその菓子店か?」
「はい。ええっと……あ、良かった、やってるみたいですね」
窓からお店の中を覗き込むダミアンさんに答えつつ、軽い手応えのあるドアを引く。
お菓子屋さん特有の甘い香りが漂って来ると同時に「いらっしゃいませー」とエマさんが出迎えてくれた。
「こんにちは、エマさん」
「わあ、レティさん! こんにちは! 今日はどうしました?」
ちょうどお客さんがいないタイミングだったのか、エマさんが癖毛を揺らしながらたたたっと駆け寄ってくる。
カチューシャも付けていないので、お菓子作りの途中という訳でもなさそうだ。
エマさんは私の後ろに立つダミアンさんを見て、再度私を見て、首を捻った。
「レティさんのお父さんですか?」
「――違います。こちらのダミアンさんがエマさんに用があるので連れてきたんです」
「ダミアン・ボダンだ。この街の南西で酪農家をやっている。あと、この近くに牛乳屋も開いているな」
「ああっ、あの牛乳屋さん! どうりでエプロンの柄に見覚えがあると思いました! いつも利用させて貰ってます!」
胸の前で両手を握って「コクがあってお菓子の味に深みが出るんですよ!」と嬉しそうに語るエマさん。
どうやら普段からダミアンさんのお店で牛乳を買っているようだ。
というか、森林に引きこもりがちなロザリーですら知っていたし、何気に知名度の高いお店である。
「それで、その牛乳屋さんがボクに何か用ですか?」
「ああ。秋の収穫祭でウチの店も露店を出すんだが、訳あって露店で売る軽食を作ってくれる人を探しているんだ」
「あれ、収穫祭って明後日からですよね? 随分と急ですね」
「元から頼んでいた惣菜屋の店主が今朝骨折しちまってな……」
「わわっ、それは災難ですね!」
私にしたものと同じ説明を繰り返すダミアンさん。
エマさんはそんな説明を聞くと、腕を組んで「うーん……」と唸り始める。
しばらくの間何かに悩むように唸った後、考えがまとまったのか大きく頷いた。
「分かりました! ボクで良ければ、お手伝いしますよ!」
「ほ、本当――」
「ただし! 条件が二つあります!」
ダミアンさんの言葉を遮り、エマさんが人差し指と中指を立てて突き出す。
そのままエマさんは中指を折って話を続ける。
「一つ目! 牛乳が足りないので分けて下さい、お願いします!」
「お、おう。それくらいはもちろん提供するぞ」
それは条件というかただのお願いだろう、と突っ込みたいのをぐっと堪える。
ダミアンさんが頷いたのを見て、エマさんは折り曲げた中指を再び立てる。
「二つ目! ボクもお祭りを見て回る予定があるので、販売はそちらに一任したいです。もちろんたまに顔は出します!」
「それも、もちろんそのつもりだ」
「じゃあ大丈夫です!」
エマさんは言いたいことを言い終えたのか、満足そうな表情を浮かべて手を降ろした。
一方のダミアンさんは予想していた条件と違ったのか「え、それだけか?」と逆に戸惑っていたが、やがて考えるのを止めたのか嘆息する。
「まあ、それで良いならぜひ手伝ってくれ」
「分かりました!」
無事手伝いが決まったようで、お互いに握手を交わすダミアンさんとエマさん。
そのタイミングを見計らって、私は二人に声を掛けた。
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
「おう! 感謝するぜ、ライエ嬢ちゃん!」
「いえいえ。また収穫祭が始まったら、ロザリーと一緒に露店を見に行きますね」
「飛びっきり美味しいお菓子を作るので、楽しみにしていて下さい!」
エマさんの宣言に私は「楽しみにしておきます」笑顔で返し、最後にお辞儀をしてお店を出た。
窓からそっと覗き込むと、二人はさっそく並べられたお菓子を指差しながらあれこれ相談しているところだった。
上手くいって良かったと安堵の息を吐いてから、私は『妖精の贈り物』への帰路についた。
◇◇
「あ、お帰りー、レティ」
「ただいま、ロザリー。……って、何やってるの?」
お店へ戻ると、ロザリーが空中に浮いたまま、器用に横になって寝転んでいた。
まさか私が出ていった時の斜めの状態からずっとその格好なのだろうか。
「んー、バランスを取る練習中?」
「何で疑問系……」
「それより、露店の方は上手くいったの?」
私が近くのイスに腰掛けると、ロザリーは体勢を戻してテーブルの上へふわりと着地した。
というか、本当に一体何をやっていたのだろう?
そう疑問に思いつつも私は頷いた。
「うん。エマさんが手伝ってくれるって」
「それは良かった。レティがそっち手伝うと、アタシ一人でお祭りに行く羽目になるからねー」
「あ、うん。それは確かに寂しい」
元々一人で行く予定ならともかく、直前で行けなくなったと言われた時のあの虚しさと言ったらない。
まだ故郷サントスにいた頃、先生とお祭りに行く約束をしたのに、前日に仕事が入ったとかで結局一人で行った時の記憶がよみがえる。
あの時はまだ小さかったこともあり、駄々をこねて先生を困らせたのは、今となっては懐かしい思い出だ。
「そういえば、ロザリーは去年まで一人で行ってたの?」
「毎年じゃなくてたまにしか行ってないけど、行く時は一人だね。そういや、全日行くのは今年が始めてかも」
「あれ、そうなんだ」
ふと気になって聞いてみると、意外な返答が戻ってきた。
ロザリーはお祭り好きそうな印象があるからなおのこと驚きである。
「ほら、アタシって小さいでしょ? お祭りなんかの人混みの中だと飛ぶの大変なんだよ」
「ああ……なるほど……」
と思ったら、ことのほか切実な理由が返ってきて、思わず真顔で頷く。
ロザリーは両手を横に伸ばすとテーブルの上で踊るようにくるりと一回転し……。
「だから、今年はレティと一緒だし、今から楽しみなんだー!」
小さい花がパッと咲くように、満面の笑顔を浮かべるのだった。
そして二日後。
ダミアンさんやエマさん、それにアリエルちゃん。
他にもたくさんの人々の想いが詰まった秋の収穫祭が始まったのだった。




