錬金術師と水霊の塗り薬
「錬金術! そんな面白そうなこと、見逃せませんわ!」
そう叫びながら幌の中から突如現れたのは、私よりも少し年下の少女だった。
鮮やかな金色の巻き髪が太陽の光を反射し、まるで宝石のように煌めいている。
その子どもながらの細身を飾るのは、ところどころに白のレースを施した薄紅色のドレス。
旅商人の幌馬車の中にいるような人物ではないのは誰の目にも明らかだろう。
さらにその後ろには、シックなメイド服を来た女性が気配を消すように佇んでいた。
少女は私と目が合うと「あら、失礼」と口元を隠し、メイドの手を借りて馬車から降りる。
そして私の前に立つと、スカートの裾を摘み、優雅に淑女の礼を一つ。
「お初にお目にかかりますわ、錬金術師様。わたくしシルヴィーと申します。以後お見知りおきを」
「え……あ、はっ、初めまして。私はレティシア・ライエって言います」
「まあ、素敵なお名前! では、レティシアお姉様とお呼びしてもよろしくて?」
「お、お姉様? う、うん、いいけど……」
「ありがとう存じますわ!」
そう言って可愛らしく微笑むシルヴィーちゃん。
突然幌の中から現れたことから始まり、豪華なドレスに、いきなりのお姉様呼び。
いろいろと衝撃過ぎて頭の処理が追いついておらず、先ほどから雰囲気に流されて返答をしてしまっている気がする。
と、そこに騒ぎを聞きつけたのか、ジュストさんが駆け寄って来た。
「一体何事だ?」
「あら、そちらはレティシアお姉様の護衛の方ですの?」
「……あ、ああ。君は?」
先ほどと同じ挨拶を繰り返すシルヴィーちゃんに対し、珍しく動揺した素振りを見せながらも挨拶を返すジュストさん。
さすがのジュストさんでも、シルヴィーちゃんにはたじたじのようだ。
お互いに自己紹介を終えたところで、幌の中から商人さんが『活性粉』らしき麻布を抱えて現れた。
「挨拶は終えられましたかな?」
「……こちらの方は一体?」
「おや、私としたことが、言い忘れておりましたか。こちらはとある事情でリガロの街まで送り届けている方です。怪しいことは何もございませんのでご安心下さい」
ジュストさんの問いに「はっはっは!」と笑って答える商人さんだが、率直に言って怪しさ満開である。
そんな商人さんの言葉を後押しするように、シルヴィーちゃんが口を開いた。
「わたくし、飛行船に乗れないだけですわ」
「……レティ嬢、なぜそこで私を見る」
「あ、いえ」
「それよりも! レティシアお姉様、錬金術というものをぜひ拝見させて頂きたいのですわ!」
両手をパンと叩いて再び興奮したように喋り出すシルヴィーちゃん。
始めに現れた時に叫んだ言葉といい、どうやら錬金術に興味津々のようだ。
悪い子ではないようだし、私は心の中で苦笑しつつ頷いた。
「うん、もちろんいいよ!」
◇◇
シルヴィーちゃん襲来という予期せぬ出来事がありつつも、私は商人さんから借りた木製の折り畳みテーブルを広げ、同じく貰った『活性粉』の袋を置いた。
私とテーブルを挟んだ向かい側にシルヴィーちゃんは立ち、その後ろにメイドさんが影のように控えている。
ちなみに、ジュストさんはどこか訝しげな表情を浮かべながらも再び護衛へ戻っている。
「それで、レティシアお姉様。お薬をお作りになると窺いましたが、この麻袋は何ですの?」
「これは『活性粉』って言う名前の、植物を挽いた粉だよ。今回作る薬は塗り薬だから、この粉が必要なんだ」
私は『活性粉』の説明を簡単にしながら、続いてローブの左側に縛ってある袋から薬草となる『白秋花』、促進剤となるトルソンのヒレと鱗を並べていく。
さらにリュックから水筒と錬金術のスクロール、金属製の器を取り出した。
「いろいろと出てきましたわね」
「うん。今回作る『水霊の塗り薬』に全部使う物だね」
今回作るのは『妖精の塗り薬』よりも効果の高い『水霊の塗り薬』という薬だ。
基本的なレシピは『妖精の塗り薬』とほぼ同じなのだが、作るのは初めてである。
というのも、『白秋花』が川辺にしか生育しておらず、またトルソンも水の中に棲息する魔獣のため討伐されることが少なく、どちらも入手が難しい素材なのだ。
私はスクロールを広げるとその上に器を置き、記憶の中のレシピを頼りに『活性粉』と『白秋花』を入れていく。
続いて水筒から水を注ぎ込み、最後にトルソンの鱗を二枚浮かべた。
「これでお薬になるのですか?」
「うーん。多分なる、といいな」
「……そこは断言なさるところではなくて?」
「正直言うと、記憶を頼りにやってるからあまり自信なくて。でも大丈夫。きっと成功させるよ!」
不安げに瞳を揺らしたシルヴィーちゃんを安心させるように、私はにっこりと微笑んで胸の前で握りこぶしを作って見せる。
それで多少は安心したのか、はたまた私に釣られたのか。
シルヴィーちゃんは口元をほころばせた。
「何かあると危ないから、少し下がっていてね」
「承知いたしましたわ」
シルヴィーちゃんが数歩離れたのを確認――ついでに後ろに控えていたメイドさんによろしくお願いしますと目配せ――し、私はスクロールへ手を伸ばす。
目を閉じてゆっくりと深呼吸しながら、『水霊の塗り薬』のレシピを思い出してみる。
先生がくれた本の中でも高難易度に分類されるレシピ、それが『水霊の塗り薬』である。
基本は『妖精の塗り薬』と同じで、『白秋花』の薬草としての効力を水の元素で高め、『活性粉』で固めてクリーム状にする。
唯一の違い、そして難易度が高い理由でもあるのが、促進剤を使うこと。
促進剤には様々な種類があり、今回使用するトルソンと呼ばれる水棲の魔獣の素材もそのうちの一つである。
トルソンの鱗やヒレは水の元素を吸収しやすく、これを促進剤として使うことで水から元素を引き出しやすくするのだ。
注ぎ込むエーテルの量とタイミングを頭の中で反芻し、最後に「よしっ!」と気合を入れると、目を開けてスクロールへエーテルを流し込んでいく。
エーテルが腕を通ってスクロールへ流れていく感覚を調整しながら、注ぎ込むこと数秒。
適量を流し込んだところで止めた瞬間――スクロールから光が漏れ出し、素材を覆っていく。
「――綺麗」
まるで湖の底を映し出したかのような深く、けれど透き通った群青色の光。
純度の高い元素を扱った証拠であるその光は、シルヴィーちゃんの「あっ」という惜しむ声を残して消えてしまった。
余韻を楽しむように目を伏せるシルヴィーちゃんを横目に、私は器を手に取り覗き込む。
器の中には青みがかったクリーム状の『水霊の塗り薬』ができあがっており、私はほっと胸を撫で下ろした。
「大変素敵な光景でしたわ。ありがとうございました」
「ふふっ、ありがとう。でも、本番はここからだよ」
「あら、そうですの?」
「うん。これは薬だからね。効き目があるかどうか、それを確認しないとね」
私に釣られるように馬の方を見たシルヴィーちゃんが「確かにレティシアお姉様のおっしゃる通りですわ」と呟いた。
そのまま二人……いや、メイドさんを含めた三人で怪我をしている馬の元へ移動する。
「今から薬を塗るから、染みるかもしれないけど、じっとしていてね」
馬はまるで私の言葉を理解しているかのように一度こちらを振り向いた後、すぐに顔を前へ戻した。
これは許可を得た、ということで良いのだろうか。
シルヴィーちゃんが少し後ろで見守る中、私は馬の前足に巻かれた包帯を解き、『水霊の塗り薬』を切り裂かれたような傷口へ塗っていく。
触れた際に馬がピクリと反応したが、特に暴れる様子もない。
「これで終わり、っと! うん、良く我慢したね!」
傷口全体に薬を塗り終えた後、背中を撫でると馬は気持ち良さそうに目を細める。
新しい包帯を巻いてあげていると、後ろで見守っていたシルヴィーちゃんが近付いてきた。
「これで治るのですか?」
「うん。さっきまで出ていた血が止まっているからね。完治までは時間が掛かるけど、歩くだけならあと一時間もすればできるようになると思うよ」
「まあ、さすがレティシアお姉様ですわ!」
「あはは、ありがとう」
金色の巻き毛を揺らし、興奮したようにキラキラと輝かせた目を向けてくるシルヴィーちゃん。
ふんすと鼻を鳴らす彼女の様子に、私は少し照れながらもお礼を返す。
その後、商人さんに馬の治療が完了したことの報告と、残った『水霊の塗り薬』を渡し……。
再度手持ち無沙汰になった私は、シルヴィーちゃんと一緒にメイドさんのいれてくれたお茶を飲みながらお喋りに花を咲かせた。
そして、西の空が微かに茜色に染まり始めた頃。
ようやく救援がやってきたのだった。
◇◇
「レティシアお姉様。今日は一日、夢のような時間でしたわ!」
「あはは、私も楽しかったよ」
私たちが街に着いたのは、すっかり日も暮れ、街灯に明かりが灯った頃だった。
救援に来た人たちとは門を潜って少ししたところで別れ、商人さんと護衛の狩猟師たちは街の中を移動する用の小型の幌馬車を借りていた。
「シルヴィー様。準備が整いましたので、そろそろ移動しましょう」
「ありがとう。すぐに行きますわ」
幌馬車の準備が終わったようで、護衛の一人がシルヴィーちゃんを呼びに来る。
シルヴィーちゃんは商人さんたちが家まで送り届けてくれるらしく、私やジュストさんとはここでお別れである。
「本当はわたくしの家にご招待したいところなのですが、わたくしも帰省するのは久しく、まずはお父様やお母様にご挨拶をしなければなりませんの。だから、レティシアお姉様。名残惜しいですが、お別れですわ」
幌馬車の中でも始終熱のこもった口調だったシルヴィーちゃんだが、残念そうに表情を曇らせた。
しかし、話を聞く限りではこれからこの街に住むようだし、別に今生の別れという訳ではない。
だから私は、できる限りの笑顔を浮かべて、こう告げることにする。
「シルヴィーちゃん。また今度、一緒にお茶しようね!」
「……ええ、ええ! ぜひお願いしますわ!」
途端にいつもの勝気な笑みを浮かべ、何度も大きく頷くシルヴィーちゃん。
まるで花が咲いたように笑う彼女と最後に握手を交わす。
名残惜しそうに手を離したシルヴィーちゃんは一歩下がると、最初に現れた時と同じように、ドレスの裾を摘んで淑女の礼をした。
「それでは、レティシアお姉様。ごきげんよう」
そのままシルヴィーちゃんはくるりと振り返り、幌馬車の方へ駆け出していく。
やがてメイドさんの手を借りてシルヴィーちゃんが乗り込んだ幌馬車は、大通りを北へと向かって進み始めた。
「……まるで嵐のような娘だったな」
「あ、あはは……。でも、話していて本当に楽しかったですよ」
「そのようだな」
どんどん遠ざかって小さくなっていく幌馬車。
それを一緒に見送っていたジュストさんの言葉に、私は苦笑しつつも頷く。
シルヴィーちゃんと一緒にいた時間はたったの数時間程度だが、またいつか会ってお話したいというのは本心だ。
やがて幌馬車が見えなくなったところで、ジュストさんが私の方へ向き直った。
「それでは、私もここで失礼するとしよう」
「あ、はい。ジュストさんも、今日はありがとうございました!」
「うむ。また何かあったらいつでも相談してくれ」
ジュストさんは頭を下げる私に背を向けると、軽く片手を上げながら去って行った。
「さて、ロザリーも待っているだろうし、私も早く帰らなきゃ」




