錬金術師とお菓子屋さん
待ちに待った『妖精の贈り物』初の定休日。
ロザリーとお出掛けの日がやってきた。
ちなみに、夏服は空いた時間を見つけて既に購入してあるので、今日はロザリーのリクエストであるお菓子の食べ歩きをするつもりだ。
そのため朝食も軽めに留めてある。
前髪を手ぐしで軽く整え、いつもの赤茶色のローブに袖を通すと、最後に手提げカバンを手に取って階段を下りた。
「おっそーい! 遅いよ、レティ!」
一階へ下りると、既に出掛ける準備万端と言いたげにドア近くのテーブルの上で待機していたロザリーが頬を膨らませていた。
十分ほど先に下りていったので何か準備があるのかと思っていたのだが、もしかしてずっと待っていたのだろうか。
私はロザリーが仁王立ちしているテーブルまで移動しながら、謝るように両手を顔の前で合わせた。
「ごめんごめん」
「うむ、許そう。じゃ、いこっか」
ロザリーは芝居がかったように大げさに頷いた後、片足でテーブルを蹴ってふわりと飛び上がる。
私もうんと頷くと、ロザリーの後に続いてお店の戸を潜った。
お店の外に出た私はドアを閉めるとカギを掛け、ドアに掛かっている木製のプレートを裏返す。
そこには『本日お休み』と可愛らしい文字で書かれている。
定休日を決めた数日後、表の『妖精の贈り物』という文字と同様にロザリーに書いたもらったものだ。
自分の背丈の半分ほどあるペンを持って懸命に書いている様子は、申し訳ないけど見ていて微笑ましい姿だった。
「これでよしっ、と。お待たせ」
「んー」
振り返ってそう声を掛けると、ロザリーは軽く返事をしてふわふわと私の隣に飛んできた。
そのまま申し訳程度に舗装された道を二人並んで歩き始める。
砂利を踏みしめる私の足音と、ロザリーが楽しげに歌う鼻歌だけが、森林の中に木霊する。
しばらくして森林が開け。
街に入って数分ほど歩いたところでロザリーが「そういえば」と口を開いた。
「まずはどこに行くの?」
「えっと、確かこの近くにカフェがあるらしいから、まずはそこかな?」
私はローブのポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、そこに書かれたお店のリストに目を通す。
ポーラさんやマチルドさんから聞いた、美味しいお菓子が食べられるお店の名前や場所をリストアップしたものだ。
その一軒がこの住宅街の中にあるらしい。
「ロザリーも見つけたら教えてね」
「りょーかーい」
ロザリーが額に手を当てるのを確認した私は、教えて貰った道順通り脇道に入る。
左右に並ぶ家々をきょろきょろと確認しながら歩くこと数分。
「あった!」という声とともにロザリーが少し先にある一軒の家を指差した。
ロザリーの先導で家々の間に建つ簡素なお店に到着する。
お店のドアには『営業中』と書かれたプレートが提げられている。
ドアを開け中に入ると、二十歳くらいの人当りの良さそうな顔をした女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「こんにちはー」
私たちが挨拶を返すと、女性は「あら?」と驚きの声を上げた。
その視線はロザリーへと注がれている。
「あなた、もしかして森の奥に住んでいるって言う妖精さん?」
「うん、そだよ」
「これはまた珍しいお客さんね。あ、席に案内するわ」
まだ他にお客さんのいないお店の中、私たちは窓際の一角にある席に案内される。
女性から手渡されたメニュー表を机の上に広げると、軽食の欄へ目を向けた。
ちらりと隣を見るとすぐ近くにロザリーも来ており、一緒に覗き込んでいる。
「おー、いっぱいある!」
「うん、どれも美味しそうだね。あの、ここのおすすめって何でしょうか?」
他にすることもないのか、テーブルの隣でニコニコ顔を浮かべて待っている女性におすすめを聞いてみると、「そうねえ」といって頬に手を当てる。
「軽食で良いのよね?」
「はい」
「なら、ロールケーキがおすすめね。ウチは特にクリームにこだわっているのよ」
「ロールケーキ! いいね!」
「あはは。では、それを一つお願いします」
「かしこまりました」
ロザリーはその体格から食べられる量は少ないので、一つのお菓子を二人で分けるつもりだ。
女性がメニューを持ってキッチンへ向かうと、ロザリーはテーブルの向かい側のイス、その背もたれにちょこんと座った。
ご機嫌な様子で鼻歌を刻み、左右の足をパタパタと交互に揺らしている。
そんなロザリーの様子を見つめながらぼうっとしていると、女性がトレイを持って戻ってきた。
「お待たせ。特製ロールケーキよ」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
女性はテーブルの上にお皿を置くと、軽くお辞儀をして今度はキッチンに帰っていった。
お皿に目を戻すと、輪っか状に丸まった薄黄色のスポンジ生地の中に、たっぷりとクリームの詰まったロールケーキが一切れ。
綺麗にきつね色に焼けた表面には、粉砂糖が薄くまぶしてある。
私は添えてあったフォークで一口サイズにカットして口へ運ぶと、ふわふわな生地の触感に続き、滑らかな舌触りのクリームの甘さが口の中に広がった。
「あ、レティだけずるい! アタシも!」
「はいはい、全部食べたりしないから大丈夫だよ」
再度小さく切ってフォークに刺し、テーブルの上に下りてきたロザリーの口元へ差し出す。
ロザリーは口を目一杯広げるとかぶりついた。
「んーっ! 美味しい!」
両頬に手を当てて満面に喜色を湛えるロザリー。
そんな彼女の様子に、私も顔をほころばせた。
◇◇
「ふう、食べた食べた」
最初のお店を出た後もリストを確認しながらカフェや食堂を回ること、約四時間。
リストに書かれた六軒のお店全てを巡った私たちは、商業区の一角、大通りから外れた道沿いに設置されたベンチで一休みしていた。
ロザリーも私の隣に座り、満足そうな表情でお腹を摩っている。
「私ももうお腹いっぱいかな。そういえば、結局作って欲しいお菓子はあった?」
「うーん。どれも美味しかったけど、一番は始めのロールケーキかなー」
「ああ、あれかあ。確かにクリームが凄く滑らかだったよね」
「そうそう」
スポンジ生地に包まれていたクリームの味や食感を思い出す。
あれを錬金術で再現しようとすると、意外と繊細なエーテル操作が要求されそうだ。
材料は牛乳とバターと砂糖、後はアレンジのために卵でもあれば大丈夫だろう。
スポンジ生地に関しては、錬金術であの焼き方を再現するのは不可能なので、別途焼くことになりそうだ。
私はざっとロールケーキの作り方を試算すると、ロザリーへ顔を向ける。
「これからどうする? 教えて貰ったお店は全部行ったけど、今日はもう帰る?」
「まだお昼過ぎだし、帰るのは勿体ないかな」
「じゃあ、適当にお店でも回ろうか? あ、もちろん食べるところ以外で」
「アハハ。アタシもそこまで食い意地張ってないよ」
笑いながら立ち上がるようにふわりと飛び上がったロザリー。
私もベンチから立ち上がり、ひとまず大通りへ歩き出そうとした――その時だった。
目の前の石畳の道を突然横切っていく、色とりどりの果物たち。
その不思議な光景に目を瞬かせていると、遅れて女の子の叫ぶような声が聞こえた。
「あっ、わああー!」
さっと視線を果物が流れてくる方へ向けると、両腕いっぱいに紙袋を抱えた女の子があたふたしていた。
両手で荷物を抱えているから拾うことができず、かと言って荷物を下ろすこともできない、といったところだろうか。
そうすぐに判断すると、一番先頭を転がる果物を指差した。
「ロザリー、転がるの止めて!」
「分かった!」
意を汲んでくれたのか、すぐさま追いかけるように飛んで行くロザリー。
私も近くを転がる果物から順に拾うと、持っていた手提げカバンに放り込んでいく。
……泥棒みたいだが、緊急事態なので許して欲しい。
幸い数は多くなかったため、たいした時間も掛からずに全て拾い終える。
少し先で転がってくる果物を順に止めていたロザリーと合流するとハイタッチを交わし……。
そのタイミングでバタバタと靴を鳴らしながら慌てた様子で女の子が駆け寄って来た。
「あ、あのっ! 拾って下さってありがとうございます!」
私と同い年くらいだろうか、ブルーグレーの髪を乱した女の子は、私の前に立つなり頭を下げた。
腕に抱えている紙袋に目をやると、そのうち一つの底が破れているのが分かる。
どうやら果物はそこから転がったようだ。
「どういたしまして。それよりも……」
「あー。これはもう使い物にならないね」
「え? ――へうあっ!?」
同じく紙袋の破れを見つけたらしく、ひょこっと横から現れたロザリー。
そこでようやく存在に気付いたのか、女の子が奇声を上げた。
私はロザリーの黄色いドレスの裾を摘み、目を白黒させている女の子から遠ざける。
「いきなり顔出したらびっくりするでしょ?」
「あ、ごめん。キミもごめんね?」
「え……あ、はい……?」
ロザリーの勢いに流されているのか、訳も分からずといった様子で頷く女の子。
このままだと話が進まないので、私はロザリーから手を離すと、果物を入れた手提げカバンを胸の前まで持ち上げた。
「その紙袋、もう破けて入れられないでしょうし、良かったら運ぶの手伝いますよ」
「えっ? い、いいんですか?」
「ちょうど暇だったので大丈夫ですよ。ロザリーも良いよね?」
「うん、もちろん」
「わわっ、ありがとうございます!」
実際、袋のない状態で返されてもどうしようもないだろう。
それが分かっているのか、「よろしくお願いします!」と再度頭を下げる女の子。
それよりも、さっきから頭を下げるたびに紙袋の中身がこぼれそうで、見ていてハラハラする。
「この近くにお店があるので、案内します!」
そう言って歩き出す女の子の後を追い掛けるように、私も移動を始める。
数分ほど女の子に付いていくと、通り沿いにあるお店らしき建物の前で止まった。
「ここがボクのお店です! すぐにカギ開けますね……あっ!」
「それ持ってますよ」
「あわわ、ごめんなさい!」
ドアを開けようとして両手が塞がっていることに気付いたらしい女の子から紙袋を預かる。
女の子がカギを取り出し開けている間にお店を眺めてみるが、外観はどこにでもある木造の建物で、また大きな窓にはカーテンが掛かっているため何のお店かは窺い知れない。
やがてカチャリと音がしたので視線を戻すと、女の子がドアを開けたところだった。
「どうぞ中へ……って、暗いですね。すぐにカーテン開けます!」
慌てる女の子を追い掛けてお店の中に入ると、甘い匂いが漂ってくる。
やがてカーテンが開き、窓から差し込んだ日差しがお店の中を照らし――。
「お? おおー!?」
「もしかして、ここ、お菓子屋さん?」
「あ、はい! 『菓子店ローラン』って言います!」
入ってすぐのテーブルにはいくつも木箱が置かれており、ガラス張りの蓋から覗くと中にはお菓子が並べられているのが見える。
また、お店の右半分は食事をするスペースだろうか、テーブルとイスが置かれていた。
まさか、お菓子の食べ歩きをしている日に偶然お菓子屋さんに来ることになるとは、なんという巡り合わせだろう。
「お菓子屋さんだー!」
奇縁に驚く私に対して、ロザリーは喜びを表すよう器用にその場でくるくると回っている。
そんなロザリーを興味津々といった様子で見ていた女の子は、すぐにはっとしたように私に向き直った。
「はっ! そういえば荷物持たせたままでした! ごめんなさい、そこのテーブルに置いちゃって下さい!」
「分かりました」
女の子が指差したテーブルに抱えていた紙袋を置く。
さらに手提げカバンに入れていた果物も出し終わった後、そういえばロザリーが静かだと思いお店の中を見渡すと、木箱に入ったお菓子を眺めていた。
女の子は少し前に「ちょっと待っていて下さい!」とお店の奥へ駆け込んでいってしまったためおらず、手持無沙汰になってしまったのでロザリーの隣に立つとお菓子に視線を落とす。
置いてあるのはほとんどがパイやタルト、たまにクッキーが混じっているようだ。
どれも麦粉を使用した焼き菓子なので、専門店なのだろうか。
しばらくロザリーと一緒に眺めていると、女の子がお店の奥から紙袋を持って戻ってきた。
「お待たせしました! これ、助けて貰ったお礼です!」
元気よく手渡された紙袋の中を覗くと、先ほどまで眺めていたのと同じようなお菓子がいくつか入っていた。
「別に気にしなくても良かったのに……」
「いえ! こういうのは誠意が大事って、お母さんにいつも言われてましたから!」
「あはは。じゃあ、ありがたく貰っておきますね」
「はい!」
そう頷いて笑顔を浮かべる女の子。
私たちは最後に挨拶を交わすと、お菓子を眺めていたロザリーを引っ張ってお店を後にした。




