錬金術師とお礼
「暑い……」
あっと言う間に六月も過ぎ、初夏。
リガロの街は夏でもあまり暑くならないと聞いていたが、ここ数日曇りが続いて涼しかった反動か、今日はやたら暑く感じる。
イスに座ったまま上半身を曲げて木製のテーブルに片頬をくっつけると、冷たい感触が伝わってくる。
「そろそろ衣替えしないといけないかな」
横向きになったお店の中をぼんやりと眺めながらそう呟くと、本を読んでいたロザリーが顔を上げた。
「そういえば、夏服とか持ってきているの?」
「あー、ううん、荷物になるといけないから最低限の服しか持ってきていないよ。今度買い物行かないと……」
「あー、なるほど」
テーブルから顔を上げて応えると、ロザリーは何かに悩む素振りを見せる。
何だろうと見守っていると、やがて何かを決めたように頷き、私の方に顔を向けた。
「それ、アタシも着いて行って良い?」
「えっ? もちろん良いけど、お店はどうするの?」
突然着いて行きたいと言い出すロザリーに、私はびっくりしつつも素朴な疑問を投げ掛ける。
以前は閑古鳥が鳴いていたこのお店も、最近はボダン夫妻やジュストさん、それにポーラさんとアリエルちゃんなど、お店に顔を出す人が増えてきている。
いきなり留守にする訳にはいかないだろう。
そう説明すると「んー、確かに」と顎に人差し指を当てて再び考え始めるロザリー。
左右へ首を傾げる度に合わせて揺れる金色の髪の束を眺めながら、私も何か良い案がないかと考えてみる。
二人して数分ほど悩んだ後、私はふと思い出したことを口にした。
「……前から思ってたんだけど、このお店って定休日ないよね? この際だしいっそのこと作っちゃえば?」
「おっ、良いね! じゃあ、明日にでも――」
「いやいや、さすがに明日は駄目でしょ?」
それでは突然休みになったのと変わらない。
むーっと唸るロザリーを微苦笑しながらなだめた後、話し合って土曜を定休日とすることに決める。
また、初の定休日――定休日の周知を考えて一月後――には一緒に街へ買い物に行くという話でまとまった。
お出掛けが嬉しいのか、お店の中を楽しそうに飛び回るロザリー。
私も釣られて頬を緩ませつつ「それにしても」と呟いた。
「いきなり街へ行きたいって言い出すなんてどうしたの? ロザリーも夏服が欲しいの?」
そもそもロザリーサイズの服が売っているのだろうかという疑問はあるが、それは置いておく。
「いやー、そろそろ『キャラメリィ』以外のお菓子を食べたくなってね。どんなのが良いか一緒に見た方が早いでしょ?」
「……えっと、それもしかして、私が作ること前提?」
「もっちろん!」
テーブルの上に着地したロザリーは、私の質問に当たり前というように満面の笑みで頷く。
そんなロザリーに呆れつつも仕方がないなと柔らかな眼差しを向けていると、お店のドアベルがチリンチリンと鳴り来客を告げた。
「――よう、レティいるか?」
「あれ、ヴァネッサさん? こんにちは」
ドアを開けて現れたのは、以前時計塔に関する依頼を持ち込んで来た女性技師――ヴァネッサさんだった。
片手を上げて「おう」と応えながら近寄ってくるヴァネッサさん。
出迎えるように私もイスから立ち上がる。
「今日はどうしたんですか? もしかして、時計塔の部品が調子悪いとか……?」
時計塔の部品は、私が初めて新しい錬金術の技法を試した一品だ。
毎朝練習しているお蔭か今はだいぶ慣れてきたが、もしかしたら何か不手際があったのかもしれない。
そう思っておそるおそる尋ねてみると、ヴァネッサさんは笑って首を横に振った。
「ははっ、そっちは絶好調だぜ! 今日は催促に来ただけだ」
「……催促?」
何かヴァネッサさんから頼まれたことがあったか、と思い返してみるが、特に心当たりはない。
そもそも時計塔の一件以来、今日まで会っていない。
腕を組んで首を傾げる私を見てヴァネッサさんは「やっぱりな」と呆れの混じったため息を吐いた。
「あれから連絡ないし、忘れてると思ったぜ」
「えっと、ごめんなさい。私、何か頼まれごとされてました?」
「いや、前の一件のお礼の話だよ」
「――ああ」
ぽん、と身体の前で手のひらを合わせるように打つ。
時計塔の依頼を終えた後、ヴァネッサさんは報酬と言ってお金の入った袋を差し出してきたのだが、私は受け取らなかったのだ。
理由はいくつかあるが、お金が欲しくてやったことではないことと、初日は失敗して心配や迷惑を掛けてしまったことが主な理由だ。
確かその時、ヴァネッサさんが「じゃあ、またそのうちお礼させてくれよ!」と言っていたような記憶が……。
「思い出したみたいだな。忘れられてたら本気でヘコむとこだったぜ?」
「あ、あはは……ごめんなさい」
「別にレティが謝ることじゃないけどよ。それで、何か困っていることとかないか?」
「ええっと、んー……。特にはない、ですね」
しばらく考えてみるが、特に困っていることは思い浮かばない。
正直にそう伝えたところ、ヴァネッサさんの方が困った表情を浮かべてしまう。
そこへロザリーが加わるように飛んできて、私の頭の隣でふわっと停止した。
「まー、レティはお人好しだからねー。どうせ『自分のためにやったことだから』とか言ったんでしょ?」
「おう! 良く分かったな、チビッ子!」
「ち、チビッ子……!? アタシは妖精だから元からこの大きさなんだよ!」
「ははっ、そっかそっか。悪い悪い!」
「うむ、分かればよろしい」
ヴァネッサさんが軽く謝ると、なぜか腰に手を当てて胸をそらすロザリー。
そんなロザリーの様子にヴァネッサさんは再びからからと笑い声を上げた後、ふと何かを閃いたようにロザリーに視線を向けた。
「確かロザリーだったか? このままレティに聞いても埒が明かないし、この際あんたでも良いから、何かないか?」
「ん? あるよ?」
「おおっ、マジか!」
ほぼ即答するようにあると答えたロザリーに、ヴァネッサさんが目を輝かせて顔を寄せる。
埒が明かないという評価に内心で苦笑いしつつ、何かあったかと私もロザリーの言葉に耳を傾ける。
「このお店、二階が住宅スペースになっているんだけどね。お風呂がないんだ」
「……風呂? 外にもないのか?」
「うん」
「何でまた……。っつうか、今までどうしてたんだ?」
「外の井戸で水浴び」
「――わ、私はちゃんと住宅街にある浴場へ通ってますよ!」
ヴァネッサさんが心底びっくりしたような目線を私に向けてきたので、慌てて首を横に振った。
ロザリーのサイズなら遠目では分からないしまだ良いが、さすがに私が外で裸になるのはいろいろと問題があるだろう。
それ以前に恥ずかしくてそんなことはしたくもない。
私の否定を聞いてヴァネッサさんは安心したように息を吐いた後、考えるように腕を組んだ。
私もお風呂のことは頭からすっぽりと抜けていたためなるほどと思いつつ、しかし同時に難しいのではと考える。
このお店の中にお風呂を増設するのはスペース的に難しいだろうから、外に作ることになるだろう。
それはつまり、小さいとはいえ小屋を丸々一個作って欲しいと言っているようなものだ。
さすがにお礼とはいえそれは無茶な要求だろう。
しかし、私の予想に反してヴァネッサさんは「できなくはないな」と呟いたことで私は耳を疑った。
ロザリーも冗談半分で言っていたのか同じく目を丸くしている。
「……え、ホントにやってくれるの?」
「おう、人手を集めれば作ることくらいはできるぜ」
「人手って……。集まるんですか?」
「――あのな、レティ。あの時計塔はこの街のシンボルみたいなもんなんだ。技師が匙を投げたそれを懸命に直してくれたレティには、オレだけじゃなくて街の技師全員が感謝してるんだぜ?」
「あ、ありがとうございます……」
いつもの気の強そうな口調とは違い、子どもに言い聞かせるようにゆっくりと、しかし本心だと分かるように私の目をまっすぐ見て感謝の意を伝えてくれるヴァネッサさん。
そんな心からの言葉に胸が温かくなり、同時に気恥ずかしくなった私は俯きがちに返事をする。
私の返事に満足したのかヴァネッサさんはニッと屈託のない笑顔を浮かべた後、話を戻した。
「っても、合間の作業になるだろうし、何より問題が二つほどあるんだけどな」
「問題?」
「一つは木材だな。人手は集められるが、木材は貴重なんだ」
「えっと、この森林の木では無理なんですか?」
「残念ながら建築には向いてないな」
そう言って大きく首を横に振るヴァネッサさん。
私も「そうですか」と呟くと、いつの間にかテーブルの上へ移動していたロザリーが声を上げた。
「この森林の木はアタシの影響で適当に育ってるだけだからねー。でも、湖の方まで行けばアタシの影響は及んでないし、良い木材が手に入るかもね」
「おっ! それなら後で案内してくれ!」
「りょーかい」
ロザリーが手を額に当てると、ヴァネッサさんも笑って応えるように同じく敬礼のポーズを取る。
「それからもう一つ。こっちは見てみないと確かなことは言えねえが、おそらくここの井戸の水の量じゃ風呂には足りない」
「え? それだと無理じゃないですか?」
「まあな。これが街中だったら水を引いて来れば良いんだが、そうはいかないし。だからどうにかして水を足す必要があるんだけどな」
さてどうするかな、と息を吐くヴァネッサさん。
私もこれまで先生の作る物をいろいろと見てきたが、さすがに水が出る道具というのは見たことも聞いたこともない。
水の『元素石』なら似たようなことはできるが、あれは水の元素を無理矢理押し込めているだけの物だ。
使ったら最後、お風呂の小屋ごと壊しかねない。
ヴァネッサさんと私はしばらく二人で頭を悩ませる。
その様子をテーブルの上から見上げていたロザリーは、不思議そうな表情を浮かべて私に問い掛けてきた。
「ねえ。『雨含石』は使えないの?」
「――『雨含石』! そんなレアな物持ってるのか!?」
ロザリーの言葉を聞くや否や、ヴァネッサさんはガバッという音が出そうなほど物凄い剣幕で迫ってくる。
勢い良く手を付いたためか、テーブルの上に置いてあった錬金術用の器などが音を立てて揺れている。
気迫に押されて若干身を引きつつ、私は頷いた。
「えっと、以前雨女ちゃん……知り合いの女の子から貰ったんです」
「それがあるなら早く言ってくれよ!」
「あの石が使えるんですか?」
「使えるなんてもんじゃないぞ! 澄んだ水が無限に湧き出る石――それが『雨含石』だ。貴族や王族が大金を投じて買ったって噂、良く耳にするくらいだぜ?」
初めて聞く内容に私は面喰らって絶句してしまう。
数秒してようやく思考が回復してくると、ギギギッとテーブルの上で飄々としているロザリーに視線を向けた。
「……ねえ、ロザリー? 確かロザリー、珍しい物って言ってなかった?」
「うん、言ったねー。珍しい物でしょ?」
「――いやいや、珍しすぎるよ!」
「でも、錬金術師なら素材になりそうな物に関しては調べておくのが基本じゃないのかな?」
「うっ……」
それを言われるとぐうの音も出ない。
確かに調査を怠ったのは私の責であり、ロザリーを責めるようなことではない。
……ないのだが、何か納得がいかずに私は口を尖らせるだけに留めるのだった。




