宮坂家のおやすみなさい
お正月も、早くも四日。
昼下がりの宮坂家。今日は、お出かけをしている人が多いようです。
宮坂お父さんとお母さんは、昼前から町内会の新年会で公民館へお出かけ。
文香さんは、お昼ご飯の後、近所の友達の家に遊びに。
陽菜さんは、朝ご飯を食べてすぐに家を飛び出し、先ほど昼ご飯を食べに帰って来て、再びどこかへ。多分、近所の子供たちと一緒に、学校の校庭で凧揚げか雪合戦でもして遊んでいるんでしょう。
そんなわけで、今家にいるのは宮坂お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、美咲さんに颯太君の4人。
宮坂家は、いつもなら、誰か4人でもいればそれなりに賑やかなのですが、今日は不思議とリビングの柱にかかっている、古い振り子時計の音がカチコチと聞こえるだけで、とても静かです。
「ただいま~」
お昼過ぎ、1時半頃になり、お父さんとお母さんが、公民館から帰ってきました。
「あら?なんか静かねぇ」
いつもより静かなことに首をひねりながら、お母さんがリビングにやって来て、
「あらまぁ」
と目を見張ります。
リビングのこたつで座っているお祖母ちゃんに、美咲さんがまるでコアラの様に抱き着いて、胸に顔を埋め、小さな手はお祖母ちゃんの着ているセーターを、ギュッと握っています。
颯太君も同じようにお祖父ちゃんにしがみついています。
「お帰り。ふふふ、どうやら美咲ちゃんの甘えん坊スイッチが入っちゃったようね」
と、お祖母ちゃんは、少しぐずっている美咲さんを優しく抱きながら、背中をトントンとあやしています。
「ああ、そうか、美咲、寂しくなっちゃったのねぇ」
とお母さんはすぐに納得した様子。
「ええ、私たちが明日マンションの方へ帰ると言ったとたんね」
美咲さん、普段は颯太君の面倒をよく見たり、お手伝いをよくする、良いお姉ちゃんなのですが、そこはまだ小学校3年生。実は極度の寂しがり屋の甘えん坊。ちょっとでも寂しいことがあるとぐずりだし、甘えん坊に変身して、家族の誰かに抱き着いて放さなくなります。
今日も、年末年始、ずっとお祖父ちゃんやお祖母ちゃんを含め家族みんなでいたのに、お父さんお母さん、お姉ちゃんたちが出かけてしまい、その上、お祖父ちゃんとおばあちゃんが明日、帰ってしまうと聞かされて、一気に寂しくなって甘えん坊のスイッチが入り、ぐずりだしてしまいました。
「はは~ん、そんなお姉ちゃんに触発されて、颯太君も甘えん坊になっちゃったわけですね」
とお父さんが言うと、
「ははは、どうやらそのようだね。まあ、颯太はぐずり疲れて寝てしまったようだが」
とお祖父ちゃんも颯太君の背中を優しくトントンしながら答えます。
「母さん、ずっと美咲を抱っこしていて疲れたでしょ。ちょっと待ってて」
と言って、お母さんは普段着に手早く着替え、
「さ、美咲、こっちにおいで」
とおばあちゃんから美咲さんを受け取りました。お母さんの腕の中に抱かれた美咲さんは、ギュッとお母さんに抱き着き、「ううん」と少しぐずりながら胸の中に顔をうずめます。
「ふふふ、さすがに同じ姿勢で抱き着かれていると、少し疲れるわね」
とお祖母ちゃんは大きく伸びをして、肩を回します。
「お義父さんも疲れたでしょ、颯太君をこっちへ」
とお父さん。
「おお、寝てるからそっとな」
とお祖父ちゃんは優しく颯太君をお父さんに渡します。
お父さんとお母さんは、優しく二人をあやし、そんな四人をお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは目じりを下げながら見守っています。
また、宮坂家に、静かな時間が流れ出しました。
冬の陽がだいぶ傾いた4時頃。
「お、姉ちゃん」
「あ、陽菜」
それぞれ家に帰ってきた、陽菜さんと文香さんが家の前でぱったり。
「陽菜、もしかしたら、この時間まで学校の校庭で遊んでいたの?」
「おお、そうだよ。友達と凧揚げしてた」
「ずっと外にいてよく、寒くないねえ。ほら、早く家に入ろう、風邪ひくよ」
「うん!!」
文香さんが戸を開けて、
「ただいまぁ」
と二人で家の中に入ります。
「お帰り、二人とも」
と言うお母さんの声を聴ながら、二人は洗面所に行き、手を洗って、ガラガラとうがい。
その後、それぞれの部屋に行き、部屋着に着替えてみんなの居るリビングへ。
「あれ、美咲」
リビングに入った文香さんがちょっと驚いたように言います。
「ああ、甘えん坊だ」
と陽菜さんが察したように言います。
美咲さんは、なんとなく少し赤ちゃん返りをしたように、いまだお母さんの胸の中で、べったりと抱き着いたまま。
「どうも、いろいろ寂しくなったのね、美咲は」
とお祖母ちゃんが優しげな目で、腕を伸ばして、美咲の頭をなでながら言います。
ちなみに、颯太君はぐずり疲れて寝てしまい、こたつで寝ると風邪をひくからと、布団を引いてもらってその中ですうすうと寝ています。そしてお父さんとお祖父ちゃんも、颯太をあやすのに添い寝しているうち、うとうしてしまったようです。
「そうかぁ」
といいながら、文香さんと陽菜さんは美咲さんのそばまで行き、美咲の頭を撫でてあげます。
結局その日、美咲さんの甘えん坊スイッチはなかなかオフにならず、ご飯もみんなにあ~んしてもらって食べたり、お祖父ちゃんお父さん以外のみんなとお風呂に入ったり(お父さんが羨ましそうな顔をしていましたが)と甘えに甘えまくりました。
ちなみに颯太君は、よくおねむして、また家族みんながいるせいかケロッとして、いつもとは逆に美咲さんをいいこいいこするほど元気になりました。
そしてみんなが寝る時間。
「それじゃあ、明日があるからみんな寝ましょうか」
とお母さんが言います。ちなみにお父さんとお母さんは明日が仕事始めです。
すると、みんなと離れるのが嫌なのか、また美咲さんがぐずりだします。
「困ったわねぇ」
とお母さんが言うと、お祖母ちゃんが、
「いっそ、お座敷に布団を敷いてみんなで寝たらどう?そうすれば美咲も寂しくないだろうし」
と提案しました。
「そうね、それもいいわね。久しぶりにみんなで寝ましょうか。どう、みんな」
とお母さん。
どうやら、みんな異議はないようです。
間の襖を取っ払い、八畳の座敷とリビングをつなげて布団をぎゅうぎゅうに敷きつめ、本当にみんなで寄り添うように寝ます。
「こんなふうにみんなで寝るのって、小学校6年生以来かなぁ」
と文香さん。
「うん、久しぶりだね。なんかわくわくする」
と陽菜さん。
颯太君は興奮して、布団にもぐっては出てきて、大はしゃぎ。
「ははは、こんなに大勢で寝るのは、学生の時の合宿みたいだなぁ」
というお祖父ちゃんに、
「そうね~。あ、そういえば合宿の時、あなたはすぐに、悪友たちと女子の合宿所に忍び込もうとして、その度先生に捕まって、よく朝まで廊下で正座させれれてたわね~懐かしいわぁ」
とお祖母ちゃんが茶々を入れて、
「な、なにを。そ、そんなことはしてないぞぉ」
と目を泳がせながら、お祖父ちゃんがあわてて否定することに、みんなで大笑い。
美咲さんも、ようやくくすりと笑いました。
「さて、それじゃみんな電気消しますよ。お休みなさ~い」
とお父さんが夏目球を残して明かりを消します。
夏目球のほのかな明かりのなか、しばらく文香さんと陽菜さんのくすくす笑いや、颯太君のキャッキャとはしゃぐ声がしていましたが、やがてみんな静かな寝息を立て始めました。
そんな風に、みんなで寝たおかげで、美咲さんの甘えん坊モードは翌朝には解消され、いつもの元気で優しい美咲さんに戻りました。
ところで、その夜午前2時ごろ・・・
ドス!
「げぶら?!」
鈍い音と、カエルの轢かれたような声で、
「な、なに?」
と文香さんが目を覚ますと、どうやら寝相の悪い陽菜さんが、寝返りを打った拍子に、拳が隣に寝ているお父さんの顎にクリーンヒットしたようで、
「う、娘よ、良いパンチだぜ・・・きゅう~」
と目を回しているお父さんがいました。
「お、お父さん、いつも災難ばかりだなぁ~」
とつぶやく文香さん。
たまにはお父さんにも優しくしてやろうかと思う夜でした。