2話 ヴァルハリアの心配ごと
テーラや生徒代表、それにカレンも付いてくる手前、準備も必要だろうってことで俺たちの出発は明日の朝方になった。
ちなみに俺は持ってく物はあいつらに比べて少ないから、準備なんかはほぼなかった。
それで多分テーラが荷物を鞄とかに詰めてるんじゃないかって頃合い、暇だった俺は学園内のとある場所に来ていた。
そこは木々に囲まれた俺の昼寝スポットの一つにして、生徒たちもほぼ来ないローナスの端だ。
俺はその場所で、あることをしていた。
「おら、よっと!!」
木に吊り下げてある丸太に拳を放つと、丸太がいくらか砕け抉れる。
俺は拳や蹴り技を使って、丸太がバラバラになるまでそれを繰り返していた。
「……微妙かもな、この分だと」
拳を開閉しながら、丸太を砕ききるにも思ってたより時間と手数がかかっちまっていると感じた。
「イオグレスもメルニウスも、正直とんでもない連中だったしな。
……こんなもんじゃ、まだ足りねぇや」
セプト村にいた時は野山で獣やらモンスターの類を狩ったりしていた俺だったが、正直なところ、それでもまだまだ鍛え方が足りないとメルニウスたちとやり合って思った。
そもそも何の因果か、最近とんでもないことばっか起こってる気もするが、それでも向こうから面倒がやってくるなら最悪、拳で押しのけるしかない。
と、そんなこんなで俺はもっと力をつけるべく、最近暇を見つけてちょくちょくここで鍛錬モドキを積んでた訳だが……。
『あら、ご主人様。
こんなところで何をしているのかしら?』
ひょこっと木々の陰から、人間姿のヴァルハリアが現れた。
最近ローナス内を、姿を消して自由気ままに散歩してるって話だったが、まさかここで会うとは思ってなかった。
「ヴァルハリアか。
俺は見ての通り、暇つぶしに丸太砕いてるだけだ。
お前こそどうしたんだよ?」
『暇つぶしに丸太を砕く人間なんて、聞いたことないけど……。
見ての通り、アタシは自分のご主人様を探しに来ただけよ。
何か問題でも?』
「つまりお前も暇だったんだな」
ヴァルハリアはどこからか取り出したタオルを俺に手渡してくれた。
俺はそれで汗を拭った。
するとヴァルハリアはふと、俺の手を取った。
『丸太なんて砕くから、血が滲んでいるじゃない』
見れば確かに、拳から少し血が出ていた。
魔法を使ったら鍛錬にもならないだろうと、素の状態で丸太を殴りつけていた訳だから仕方がないんだが。
「こんなもん、舐めときゃ治る」
『それもそうね、星竜だって怪我したら舐めるし』
ヴァルハリアはそう言うと、ぺろっと俺の手を舐めた。
「いや、お前が舐めるのかよ」
『……そう言えば今のアタシ、人間の姿だったわね』
相変わらず変なところがドジな奴だ、と何となく思った。
こいつ、テーラを攫った時も魔力の隠し方が下手で痕跡をソラヒメに辿られたりと、実は結構抜けているところがあったりする。
今の行動もその一端だと思えば、まあいつもの話かって感じだ。
ヴァルハリアは恥ずかしくなったのか、目を逸らしながら俺の手を離した。
それから言い訳っぽく付け足した。
『あー……星竜の唾液って、傷口に舐めてつけると傷が早く癒える効果とかあるから』
「適当に聞こえるなオイ。
ちなみに人間の姿でも有効なのかよそれは」
『……』
不明らしい。
『そ、そんなことより。
シムル君、アタシたちと一緒に来てくれるんでしょう?
出発は明日なのに、休んでいなくてもいいの?』
「どうにも休むって気分でもなくてな」
俺は言うかどうか少し迷ってから、心中をゆっくり口にした。
「……星竜狩りの話をした時、ソラヒメの奴、びっくりするくらいに曇った表情だった。
あいつのあんな顔、初めて見た。
それで何か……じっとしていられなくってな」
『そう……そっか、そういうことね』
ヴァルハリアは妙に嬉しそうにしていた。
俺はそれが解せなくて、何だよなんかおかしいかコラ、と聞こうとした。
しかしその前に、ヴァルハリアはあるものを俺に渡してきた。
『これ、あげるわ』
「鱗、か?」
『そ、アタシの鱗』
タオルに続いてヴァルハリアが手渡してきたもの、それは真っ黒な鱗だった。
「一体何でこんなもん渡してきたんだ。
お守りにでもなるのか?」
『うーん、お守りっていうか。
困った時の保険っていうか?』
「……?」
どうにも曖昧な回答だ。
てか鱗が保険って何だよ、まじないみたいな意味でもあるのか?
頭を捻ってたら、突然ヴァルハリアが発光し、竜の姿に戻った。
『ご主人様、暇だったら少し飛ばない?
そう遠くまでは行かないから』
ヴァルハリアは顔を近づけ、じっと俺を見つめた。
俺は鼻面をポンポンと軽く叩きながら、苦笑した。
「オイオイ、お前、冗談でもそんなこと言ってるとまたソラヒメに怒られて関節キメられるぞ。
あいつは見張り役としてお前を近くに置いておきたいみたいだし、あんま勝手なことしてるとよ……」
『その時はその時よ、よいしょっと』
「あ、おいこら」
ヴァルハリアは俺を軽く噛んで……というか口に挟んで、そのまま背中にちょこんと乗せた。
ソラヒメの関節技がトラウマになってたのか、ここ最近は静かにしていたヴァルハリアだが、今日は妙に好き勝手にしている気がした。
『それじゃ、飛ぶわよ!』
ヴァルハリアは能力を使って俺ごと姿を消し、そのまま茜色の空へ舞い上がった。
ソラヒメにも劣らない、ワイバーンとは比べものにならない速度で、ヴァルハリアは空の中を滑っていく。
そして不思議なことに、俺もヴァルハリアの能力を受けているためか、自分やヴァルハリアの姿が薄っすらと確認できた。
まあ、透明になったせいで自分で自分の姿が確認できなきゃ困るってもんか。
『いやー、それにしてもこうして肩の力を抜いて誰かと飛ぶのもいいわね。
メルニウス様と一緒の時は、緊張しちゃってこうもいかなかったから』
「それでヘマしたらぶん殴られてた訳だ、剣の鞘とかで」
『……あまり思い出したくないんだけど』
「悪かった悪かった」
ヴァルハリアは山際まで飛び、それからくるりと旋回して、王都の上をぐるぐる回るようにして飛ぶ。
『……ねえ、シムル君はお姉様のこと、どう思ってる?』
ふと投げかけられた問いかけ。
それも「ご主人様」ではなく「シムル君」
ヴァルハリアは茶化してない時、俺を名前で呼ぶってのは最近分かってきたことだ。
ヴァルハリアの問いに、俺は大真面目な声で即答した。
「唯一無二の相棒、一心同体みたいなところある」
すると、ヴァルハリアは吹き出した。
『もう、即答とは恐れ入ったわ。
かの当代竜王を相棒なんて言えるのは、後にも先にもきっとシムル君くらいね。
でもだったら、ちゃんとお姉様を守ってあげなきゃダメよ?
それがたとえ、どんな時でも』
突然真面目な声音になったヴァルハリア。
俺はどこか、腑に落ちたような気分になった。
「ソラヒメの関節技覚悟で飛んだのも、サシでこの話をしたかったからか」
『ええ、実はね。
……竜狩りをしている奴なんて、間違いなく只者じゃない。
あまり考えたくはないけど、お姉様に万が一のことがあるかもしれないわ。
だから、その時は……』
不安げなヴァルハリアに、俺はわざと鼻で笑ったふうに言った。
「へいへい、分かってる分かってる。
ソラヒメが危なくなったら任せとけ、お前に心配されるまでもねぇよ。
というか、ちょいと意外なんだが。
お前、ソラヒメのこと嫌いじゃないのかよ?」
尋ねると、ヴァルハリアは小さく唸った。
『そうねー、嫌いではないわ』
「何かやらかすたび、毎度関節キメられてるのに?
……何だお前、そういう趣味か?」
『なっ、そんな訳ないじゃない!?』
ヴァルハリアは少し慌ててから、咳払いを一つした。
『──アタシはただ、お姉様を超えたいだけ。
別に嫌いとか、一緒に暮らしてて今更思ってる訳じゃないわ。
それに──』
ヴァルハリアはちらりと首を俺に向けてきた。
「……どうかしたか?」
『──別に』
ヴァルハリアはそれきり前を向いて、この件についてはだんまりになっちまった。
今日のヴァルハリアは、本当に妙だった。
だが、ヴァルハリア本人はそれを俺に気づかせまいとでも思ってやがるのか、その後はあれこれと話題を出しまくった挙句、何故か学園の女子の話に落ち着いた。
たとえば『可愛い子いる?』みたいな。
ヴァルハリア曰く、人間の男は女が好きだから俺との会話も弾むと思ったらしいが。
「……仮に、本ッッッ当に仮にだ。
容姿がそこそこだとしても、あまりに真面目だったりうるさかったり頭が硬かったりってのが揃ってたら、お前はどう思うよ?」
『窒息しそう』
「そゆこった」
「『……はぁ』」
ため息が被る一人と一体。
それで話は終わった。
なお、この後学園に帰ってから、勝手に学園の外に出たヴァルハリアは当然、怒りのオーラを纏うソラヒメにとっ捕まって……。
「あー、俺は警告したからな」
『あ、ちょ、ご主人様!?
せめて少しくらい助けてくれても……あ、あ、あああああああああ!!??』
ヴァルハリアがソラヒメに何をされるか見る前に、俺はその場から立ち去った。
……というか、ソラヒメのとばっちりが飛んで来る前に退散した。
それから少しして、ヴァルハリアが念話でしつこく俺に助けを求めて来たので、俺は仕方がねぇなとヴァルハリアを助けに行ってやった。
『もう、何よあの暴君!? 少しくらいいいじゃない!!』
「今更だろ」
色んな意味で。




