1話 旅路はいつも通りの面子になるらしく
コミックウォーカーなどでコミカライズも連載中ですので、よろしくお願いしますー!
波乱に満ちた夏休みも終わり、ローナスで授業が始まってから一週間くらい。
メルニウスから「バーリッシュはやばい」と戦いながら散々聞かされていたが、あの事件以来、これと言ってバーリッシュ絡みの話はない。
そんなことより、授業の方が相っ変わらず聞いてて頭が痛くなりそうな内容も多くて、まーた夏休みに逆戻りしねーかなぁ、なんて考え出した頃合いのことだ。
「……故郷に帰る?」
『ええ、私とヴァルハリアは暫く故郷に帰りたいと思います』
昼飯後に木陰でのんびりしてたら、竜姿のソラヒメが突然そんなことを言い出した。
「また一体どうしたんだよ。
故郷が恋しくなったとか、そういうことか?」
俺もセプト村に時々帰りたいと思う時があるから、ソラヒメの気持ちは分からなくもない。
……この前、次の授業でまた試験やるって言い渡された時とか特にそうだった。
しかし、ソラヒメはかぶりを振った。
『そういう訳ではないのですが、少々厄介なことが起きているらしく。
呼び出しがあったのですよ』
「竜王のお前が呼び出し?
誰からだよ」
『私の故郷にいる、星竜たちからです。
昨日念話で、久方ぶりの交信がありまして』
「ほーん、星竜同士でも念話ってできるんだな。
それで、故郷の仲間はなんて?」
ソラヒメは顔を曇らせてから、呟いた。
『……竜狩りが行われている、と』
「おい、マジかよそれ。
大事件じゃねーのか?」
マール先生は前にどっかの授業で、こんなことを言っていた。
「この国では、野生の竜を狩ることは禁じられています。
竜は繁殖力が高い種族ではないので、野生下の個体数を守るため、と言う理由も当然あります。
それに竜はこの国の象徴、それを無闇に傷つけるだなんてことは、罰当たり以外のなにものでもありませんから」
確かこの決まりは、ユグドラシル条約……とかいう名前で合ってるかはうろ覚えだが、ともかく国と国との間の取り決めにもなってるみたいで、下手すりゃ斬首もあり得るくらいだとか。
とはいえ成体のワイバーンを狩ろうとする命知らずなんてそういないだろうし、なら狩られているのは子竜か。
こんな話聞いたらカレンが悲しみそうだな……とか思っていたのだが。
『ええ、大事件です。
……まさか、我が同胞の星竜が三体も狩られようとは。
話を聞いた時には、私も耳を疑いました』
俺は思わず跳ね起きて、声を上ずらせちまった。
「せ……星竜狩りだと!?
そんな馬鹿な話があるのか!?」
先日ヴァルハリアと戦い、その前にもソラヒメと一度だけ本気でやりあったことがあるからこそ分かる。
こいつら星竜は、そもそも人間が手を出していい相手じゃない。
その気になれば、文字通り天災級の力だって引き出せる連中だ。
俺とソラヒメ、それにヴァルハリアみたく仲良くしようって方向だったら問題ないが、狩りにかかるなんざ論外だ。
だが……。
『現に星竜狩りがあったからこそ、私のところにまで話が回ってきたのです。
ですから私は、大至急故郷へ……【神竜樹の渓谷】まで、戻らなくてはいけません。
そして、事件解決に努めます。
ですからすみませんが、暫くは戻らないと思っていただけると……』
翼を広げようとしたソラヒメの前脚に、俺は手を置いた。
「待てよ相棒、そんな話聞かされたら俺も行くに決まってるだろ。
今更他人行儀はよせ」
『しかし、学業はどうするのです。
現に近々試験があると、少し前にうなだれていたではありませんか』
「うっ……い、いやでもだな。
試験と相棒、どっちを取るかといえばお前一択だ。
だから今回は仕方なく試験を諦めるって方向だ。
……本当に本当だぞ、そんな目で見るなよお前」
それヒメは半眼でじーっと俺を見つめていた。
それでもソラヒメはため息をひとつ零して、諦めたように微笑んだ。
『星竜を三体も狩り殺す相手とかち合うかもしれないのに、貴方と言う人は。
全く、シムルというものです』
「それ、褒めてるのか?
……でもまあ、あれだ。
お前だって俺が困ってりゃ、大慌てでスッ飛んでくるだろ。
ローナスに連れてこられた日のこと、ちゃんと覚えてるからな」
からかい気味に言ってやると、ソラヒメは小さくむくれた。
『それは私に何の連絡もよこさず王都に来た、貴方が悪いです』
「あの時連絡する余裕があったら、俺は今頃ここにはいねーよ」
ソラヒメと軽口を叩き合いながら、俺はこの後どうするかを考えていた。
こういう時はやっぱり……あそこだろなぁ。
俺は次の授業が始まる前にと、木陰から立ち上がって目的地へ向かった。
***
「……ってな訳で。
俺、ちょっと相棒の故郷に行きたいんすけど……。
どーにか許してくれないっすか?」
俺は学園長室に入り、さっきまで何かの書類を眺めながら優雅に茶を啜ってた学園長に事の顛末を話した。
どうせ勝手に行ったら後でかなり面倒なことになると、ローナスでそこそこ過ごしてきた俺には分かっていたからだ。
学園長は髭を撫でながら、ふむふむと話を聞いてくれた。
「そんな事件が起こっていたとは……。
しかしこちらの方でも、ただでさえ少ない星竜の目撃情報が、ここ最近は姿を隠しているのかほぼ皆無になっているとの報告も上がっておる。
何よりソラヒメ様の話であれば、事実なのだろう。
それは我々としても放っておけんの」
「我々ってのは?」
「ローナスとして、という意味じゃ。
前も言ったように、ローナスは竜が絡む事件も扱っておるでな」
あー、そんな話もあったな。
編入の面接って名前の事情聴取で言われたことを思い出す。
現に先日の氷竜の時も、そんな話を聞かされた気もするし。
「まあ、君の実力は折り紙付きであるし、特待生の君が事件解決に寄与したといえば聞こえもいい。
面倒な手続きはこちらで行っておく、君はすぐにでもソラヒメ様と共に飛ぶといい。
それに後から追加で部隊を送ってもらうよう、私は王宮へ掛け合ってみる」
トントン拍子で進んだ話に、俺は少し声を上ずらせちまった。
「えっ、いいんすか?
てっきり事態の全貌が明らかになるまで、君は動いてはならん!
……みてーなことを言われるもんだと」
学園長は何故かため息を漏らした。
「そんな言葉一つで君を留めておけるなら、既に言っておる。
どうせ私が行くなと言っても、君は止まらないだろう。
それなら君にはお目付役を付け、堂々と事態収拾に向かって貰った方がいいというものだ」
まあ実際そうなんだけどよ、と俺は後ろ頭を掻いた。
「……ってか、お目付役?」
「うむ。
雪山に向かった時同様、テーラ君でいいだろう。
それに後で報告書を作ってもらうことになるが、それはテーラ君の方が君よりも得意そうだしの。
実際に状況を見聞きして貰った方が、報告書の作成も捗るだろう。
と言っても、本人が断らなければ、だが」
いやそいつは勘弁しろ、学園長のお目付役候補を聞いた時に出た感想がそれだった。
「待ってくれ学園長。
メルニウスの野郎が起こした事件、あんたも覚えてるだろ?
なのに、またあいつを危険そうな事件に巻き込めってか?
オイオイ、幾らあんたが言うことでもそんな無茶振り……」
「行きます!!!」
「えっ」
バーン! と開け放たれた学園長室のドア。
見れば、紙束を抱えたテーラが現れていた。
「なっ……何でお前が!?」
「たまたま資料を運んでる時に通りかかって、シムルの声が聞こえたから気になったの。
……また学園長先生に失礼を働いてないかって」
ソラヒメみたくじーっと睨んできたテーラに、俺はそんなことねーぞと片手を左右に軽く振った。
「それに私をのけ者にしようなんて、そうはいかないわよ!」
のけ者って、そういうつもりじゃなかったんだが……と言うより先。
俺は「やめとけ」とわざと語彙を強めて言った。
「お前、この前ヴァルハリアの前脚に捕まって、そのまま連れ去られてただろ。
そんなお前が、星竜を狩るような手合いと鉢合わせてみろ。
下手すりゃ、生きて帰れないぞ」
テーラは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに元の調子に戻った。
「……それはそれ、これはこれよ。
何よりアンタは危なっかしくて、ソラヒメ様も一緒とはいえ放って行かせるのは正直不安よ。
この前みたくまた無茶をやらかして空から落ちるかもしれないし、やっぱり私も付いて行くわ」
腕を組んで、強気に言い放ってきたテーラ。
それでも俺は、こいつを連れて行くのには反対だった。
──お前こそ先日の一件みたく、また何かあったらどうする気だ。
嫌だぞ俺は、またお前のあんな顔見るのは。
そう思ったが、しかし正面から言ってやるにも妙な気恥ずかしさがあって、俺はそれを言葉にできなかった。
それで俺の語彙力でどうこいつを説得してやろうかと思い悩んでいたら、学園長が咳払いをひとつした後、ある提案をしてきた。
「ならば、アルス君を連れて行ったらどうかね?
君と同じく、実力は折り紙付きだ。
君やテーラ君を助けてくれるだろう」
「ええ、またあいつかよ……」
「何か不満かね?」
俺は渋面を作った。
「正直、これ以上借りを作りたくないっす」
あいつのことだ。
テーラのこと以外にも、この国の象徴である竜のために、とか高潔なお題目を掲げりゃ助けてくれるだろう。
それがわかる程度には、あの生徒代表と仲良くなったつもりだ。
……それでもあんな頭の固い奴にまた助けてくれ、なんて言うのはやっぱり御免だッ!
「だが、テーラ君の安全には代えられないのではないかね?」
鋭いところを突いてきた学園長に、俺はうめき声を漏らした。
……いや待て、何か引っかかったぞ。
テーラを連れて行けと行った後、生徒代表もどうだ、でもテーラのことを思えば連れて行くしかないよな? ってこの流れ。
──学園長、まさか最初からあの二人を俺にくっ付けて行かせるつもりだったか!?
「おい学園長!!
最初からこうやって話を誘導するつもりだったな!?」
「何言ってるのよ。
学園長先生は私たちのことを思って言ってくれているのよ?
ここは素直に提案を受け入れるべきじゃない?」
「お前は純真すぎるところがあるな……!
というか、お前が付いてくるのは確定なのか!?」
「寧ろ君のお目付け役は、テーラ君以外務まるとは思えんのでな。
君がテーラ君を置いていくと言うのなら……考え直さねばなるまいな」
意味深げに笑う学園長。
……間違いねぇ、黒だ。
俺の勘が囁いている、こりゃ真っ黒だって。
「アルス君への話は私からしておこう。
彼女も君同様、王都選抜特待生。
君の負担が減ることは間違いないだろう」
「よく言うぜ……」
学園長の口車に上手く乗せられた気がした俺だったが、本来の目的であるソラヒメの故郷に行くって話は取り付けられた。
まぁ、落とし所としちゃ悪くないかと、俺は納得することにした。
……と言うか、強引にでも学園長を説き伏せようが、テーラは無理矢理付いてくるだろうしな。
テーラのことだ、最近仲良くなりつつあるヴァルハリア辺りを丸め込んで、最悪その背に乗って付いてきかねない。
ちっこい見た目の割に前にも増して勢いの出てきた幼馴染の姿に、いやこういうのは頼もしくなったって言っていいんだろうか? と俺は首をひねった。
「それとシムル君。
君とソラヒメ様が学園から出るというのであれば、カレン君も一緒に連れて行くように」
「結局いつもの面子かよ……」
今更ながら、何かまた見慣れた顔触れでの旅路になりそうだなーとか思う俺であった。
***
「……少々、強引すぎたかの。
しかしこれでシムル君もテーラ君も、この場所からは離れることができる。
彼らが戻ってくるまでの間に、ことを済ますことができればよいが……」
シムルたちが去った後、アルバヌスはため息をつきながら、魔導鍵付きの机の引き出しからある書類を取り出した。
それは端的に言えばシムルが部屋に来るまで読んでいた報告書だったが……その内容を見返し、アルバヌスは顔を曇らせる。
「全く、来るなら生徒のいない夏休みに来ればいいものを。
……君やライナスと冒険していた頃に比べれば、私も大分老いたのだがね」
と言っても、と付け足し、アルバヌスは書類を再びしまい込んだ。
「これが私の役割と言えば、それまでか。
しかしまあ、まさか私がライナスのように教師になっていようとは……。
君もライナスも、それこそ私だって、誰一人として予想しなかったのぉ」
アルバヌスは自らの若い頃に思いを馳せながら、窓から空を見上げた。
夏も過ぎ、空も高い秋のものになりつつある。
……そう、二十年以上前のこの高い秋の空の下、アルバヌスと「彼」、そして……シムルの父であるライナスことシュンが出会い、謂わばそこから全てが始まったのだ。
──そろそろ、ひとつのけじめをつけるべきか。
アルバヌスの心中を端的にまとめれば、そんな具合であった。
※シムルの父親の名前はWEB版ではライナス、書籍版ではシュンとなっています。




