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5章のプロローグ 竜狩りの男

本日コミカライズも更新されているようです!

そちらもよろしくお願いします!

 白い月明かりが深い山奥を照らし出し、清流の流れる音と虫の鳴き声が響き渡る、ユグドラシル王国辺境の峡谷内。


 その一角から、無骨な鉄の衝突音が甲高く上がった。


 何度も打ち出される衝突音、その直後に岩や木々が砕け散る鈍い音。

 その中に尋常ならざる唸り声も混じり、渓谷各所から砂煙が盛大に吹き上がる。

 それが何度も続き、不意にしんと音がやんだ。


 鈍い色の砂煙で、空間が曇るその最中。

 ──渓谷のど真ん中に、突如として一筋の稲光が走った。


『グオオオオオオオオ!!!』


 稲光が直撃した渓谷の一角がドォン! と轟音を立てて蒸発し、木々諸共、跡形もなく消し飛ぶ。

 そこから立ち上る爆炎の中から、巨躯が羽ばたいて現れた。


 咆哮を上げて渓谷内を滑空するのは、頭部から一本角を生やした淡い若草色の竜だ。

 それも四肢とは別に独立した翼を持ち、稲妻をブレスとして吐き出す竜種の頂点、星竜……その若い個体だった。

 しかしながら、若い星竜の体にはおびただしい数の裂傷が刻まれており、傷口からは血が湧き出すように流れ続けていた。


 若いとはいえ、自然界における規格外的絶対強者である星竜がこうも傷ついている姿を余人が見れば、そんな馬鹿なと十人中十人が声を上げるに違いない。

 それほどまでに、尋常ならざる光景だった。


『ぐ、はぁ、っ……!』


 苦しげに喘ぎながら、それでも若い星竜の飛翔は止まらない。

 羽ばたくたびに痛む穴だらけの両翼をいたわり、威嚇射撃のように渓谷各所にブレスを乱射しながら、それでも若い星竜は飛び続ける。

 ……だが、しかし。


『うぐ、ゴハ……!?』


 暗闇に紛れて突然直下に魔法陣が展開され、そこから放たれた魔法弾が星竜の胴に直撃した。


『──っ!?』


 いかに強靭な肉体を持つ星竜と言え、満身創痍で魔法を食らえばバランスを崩す。

 撃たれた魔法があらかじめ設置された罠だったと勘付くより先、その若い星竜は渓谷に体を擦らせながら、地へと落下した。

 轟音と共に砂埃が上がり、倒れ伏した若い星竜の痛々しいうめき声が周囲にこだまする。


 ……そこへ、重々しい足音が近づいて来た。


「星竜と言えど、叩き落とせばオオトカゲも同然。

 ここまで逃げられるとは思わなかったが……無駄手間をかけさせるな」


 立ち込める砂煙の中、月明かりを背に現れたのは長身の男だ。

 顔立ちは闇に紛れ、眼帯を付けていること以外は見て取れないが、古風な外套に身を包んだ、奈落から吹く風のように低い声音の男だった。


『追いつかれたか──くっ!』


 その姿が見えたのと同時、若い星竜は体中の激痛を無視して首を起こし、ありったけの魔力を込めて雷撃のブレスを放った。

 手加減なしの星竜のブレスともなれば、直撃すればいかなる猛者でも黒焦げ、掠めれば感電は必至。

 加えて光を魔力で圧縮した星竜のブレスの速度は、文字通り光の速さに迫るものがあった。


 ……だが、しかし。


『な、そんな……!?』


「手間をかけさせるなと言っただろう、砂埃で汚れる」


 男は背負っていた大剣をいつの間にか抜刀し、ブレスを打ち散らしていた。

 ……文字通り、破格の破壊力と射出速度を誇る星竜のブレスを消滅させてしまったのだ。


 また、その闇色の刃に月影を映し出す剣を見て、若い星竜は目を見開いた。


『その大剣、竜の力を打ち消したのか!?

 まさか……いや、そんな筈はない。

 竜の力を打ち消す剣を持ったその男とその一族は、とうの昔に竜王ユグドラシルの顎に屠られている!

 ……そんな筈は、ない……!!』


 狼狽する若い星竜を見て、何を感じたのか。

 男はニィ、と口角をつり上げ、獣じみた笑みを浮かべた。


「俺がどこの誰でも、構いはしないだろう?

 俺の身元が何であれ、今からお前が死ぬことに変わりはない」


『人間風情が、言わせておけばッ!』


 若い星竜は体中から血を滴らせながら立ち上がり、喉が張り裂けんばかりに咆哮を上げた。

 人間一人相手に追い詰められた挙句退くなど、竜種の頂点である星竜のプライドが許さなかったのだ。


「ああ、そういえばお前の息の根止める前に、聞かなくてはいけないことがあったな。

 危うく問いただす前に、嬲り殺すところだったか」


『グオオオオオオオ!!!』


 舐めきった口調で男が肩を落とした途端、星竜は覚悟を決め、全力で男に向かい駆け出した。

 飛行しようにも、先ほどのように撃ち落とされるかもしれない。

 ブレスを放っても、あの大剣の前では無意味。

 ならば、竜と人間との間にある圧倒的な質量差をもってして、圧殺するだけのこと。


 星竜の鱗は、物理的な斬撃などそう容易く通しはしない。

 どんな名剣でも、鱗を貫いたところで強靭な筋肉の中ほどで止まるだろう。

 あの大剣でも、この身は完全には断てまい。


 前脚が男に到達する直前、若い星竜がそんな活路を見出したその刹那──


「落ち着け、俺が喋っている」


 ──若い星竜の命運は、尽きていた。


『……ゴ……!!??』


 若い星竜は、信じられないと言わんばかりに自身の体を見つめた。

 そこには……胸部に深々と刺さった、大剣があったのだ。

 神速の如き男の刺突に、鱗や筋肉どころか魔力で強化された骨格すら折り砕かれ、急所を一突き。

 人間の膂力を遥かに超えた力技を前に、星竜は呆然としていた。


『ぐ、く……!』


 息が吸えない、ブレスすら上手く生成できない。

 自らの心音が途絶えつつあることを感じる若い星竜の手前、男は返り血を舌で舐め取り、凄惨な笑みを浮かべて尋ねた。


「実は今、人探しならぬ竜探しをしていてな。

 ……お前、竜の中でも顔は広い方か?」


 星竜は肺に残った微かな空気を使い、掠れた声音で言った。


『竜探し、だと? 

 ならば、何故私を襲う……?』


「ああ、その理由は単純明快だとも。

 お前ら星竜を殺し続ければ目的のそいつに行き当たると、俺に二度目をくれた連中に聞いたのでな。

 何より、俺の生業はお前らを殺すこと、つまりこれが俺の正しいありようだ。

 お前のようなトカゲ頭にも、これだけ噛み砕いて言えば分かるだろう?」


 霞む視界の中、あっけらかんと言い放った男を見て、星竜は思考を巡らせる。


 ──この男は、一体何を言っているのか。

 星竜を殺し続ければ行き当たる? 二度目をくれた連中?


 道理が通っているとは思えぬ言い様。

 それでも若い星竜はただ一つ、死の間際に悟った。


『……貴様の生業が、我々を殺すこと。

 そして、竜の体を容易に貫くこの大剣。

 やはり、貴様……!』


「ふん、ようやく至ったか」


 男は茶化した雰囲気の一切を捨て去り、ふと真顔になった。

 それから男は右目の眼帯を外し、星竜を見つめた。

 闇より暗い黒の右瞳には、獲物を追い詰める狩人の気迫と、怪しげな薄紫に輝く術が宿っていた。

 男は一段と声音を低め、言った。


竜殺し(ドラゴンスレイヤー)、『覇竜』のバアル・スレイが問う。

 ──奴の、竜王ユグドラシルの娘、その居場所を吐け。

 前に人里に降りていると聞いたが、田舎や王都、果ては雪山と、聞くたびに居場所がマチマチでな」


『……』


 バアルと名乗った男の問いかけに、若い星竜は何も答えなかった。

 血を流しすぎて、もう微塵も動けないというのもある。

 だがそれ以上に自らの王をこの男が探していると分かった以上、この若い星竜がその居場所をさらりと吐く道理もなかった。

 それがたとえ、バアルの瞳に宿った術にかけられた状態であっても。


 星竜の瞳の強い輝きに、バアルはため息をついた。


「沈黙、無言の抵抗もよかろう。

 それに俺も目覚めたばかりで、まだ快調とは言い難い。

 術の効き目も薄いと見える。

 ……とは言えお前達を屠り続ければ、ユグドラシルの娘も俺の前に出て来ざるを得なくなる筈。

 また新しい星竜を見つけ、狩るまでのことだ」


 お役目ご苦労、とバアルが大剣を引き抜くと、若い星竜の胸から血の噴水が上がる。

 自身の血霧を虚ろな瞳で見つめながら、若い星竜は星々の煌めく虚空へ、自らの王の無事を祈った。


 ──ソラヒメ様。

 どうか、どうかお逃げください。

 この男は、かの──


 ***


「もう死んだか、あまりに脆い。

 ……しかしこうも倒し甲斐がないとつまらんな」


 バアルは半眼で虚空を見つめる星竜の亡骸に剣を突き立て、それから口籠るようにして数節の呪文を唱えた。

 するとその直後、星竜の亡骸が怪しく輝き、その光は剣に集約された次にバアルの片目……眼帯で隠していた方の瞳に吸い込まれていく。


「……魔力も薄く、味気ない。

 次はある程度、老成した個体を狩るとしようか」


 バアルは顔を軽くしかめてぼやき、星竜の亡骸から剣を引き抜いた。

 それから血糊が刃に吸収されたのを確認し、剣を収めようとする。

 ……その時、刀身に満天の星空が映っていることに気づき、バアルは忌々しげに夜空を仰いだ。


「人も世も移り変われど、星の瞬きだけはあの時のままか。

 ……だがユグドラシル、星海の加護を受けし竜王よ、貴様はとうに朽ち果てた存在!

 俺を止める者など、この世のどこにも存在しないのだ!!」


 バアルは怒号を吐き散らしながら、星々に剣を突き立てるように高々と掲げた。


そこから指を咥えて見ていろ。

 お前が創り上げたもの全てが、木っ端微塵になる様を。

 何より──翼を落としたお前の娘が地に這いつくばり、この剣の錆になる光景を悲鳴もろともお前のもとに届けてやろう!!」


 力の限り吠えた男に、夜空の星々は何も答えない。

 されど──真っ赤な凶星が月明かりにも負けないほど爛々と輝き、男を照らし出していた。


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