明かされた過去
2人だけの空間。告白には絶好のシチュエーションだ。しかし、彼女の今日一日の言動や行動を振り返ると、これがただの告白ではないことは容易に想像できた。
「・・・うん、聞くよ」
それを聞いた彼女は、意を決したように口を開いた。
「私は、地球人ではないの」
「・・・そっか」
それを聞いても、俺はあまり驚かなかった。彼女が「普通の女の子」ではないことは、薄々勘付いていたからだ。
それに、宇宙人の存在は知っているし、話したことさえある。
「・・・驚かないんだね」
彼女は大きな目をぱちくりさせていた。
「さすがに宇宙人は意外だったけどね。何かあると思ってたから。」
「・・・そっか。(さすがは楓くんだね)」
「えっ?」
彼女は何かつぶやいたが、俺の耳に届く前に夜風にかき消された。
「・・・ヴァルキリア・ジェスター・ヴァイロン。」
「っ!?」
彼女が聞き覚えのある名を口にした。
「楓くんは、彼と会ったことがあるよね。私は、彼と同じ宇宙人なの。」
「・・・そっか、そうなんだね。」
ヴァイロンの時も思ったことが、見た目は普通の人間となんら変わらない。ところで、なぜ彼女は俺とヴァイロンが接触したことを知っているのか。いや、愚問だった。彼女が宇宙人であるということは、そういう情報を知っていてもなんら不思議ではない。
「えっと、橘さんはどこまで知っているのかな?」
俺は疑問を素直に口にしてみた。
「楓くんが3日後までの記憶を持っていること。地球の時間を進めるために、好きな女の子、・・・春日さんに告白すること、かな。」
「・・・すごいな、全部知ってるんだね。」
さすが宇宙クオリティ。ヴァイロンと会話してる時にさんざん驚かされたから、もう驚かない。
「それで、橘さんはどうしてここに来たの? 俺の記憶では、3日前に橘さんが 転校してくるなんて出来事はなかったんだけど?」
「・・・私はね、楓くんの目的を邪魔するために、この時間に来たから」
「えっ!? それってどういうこと!?」
予想外の返答に、俺は驚いた。彼女はすぐには答えなかった。
橘さんは一度空を見上げた。そして、
「その話の前に、少し昔話をしてもいいかな?」
「昔話?」
遠慮がちにそう言う橘さん。なぜ今、昔話が出てくるのか。
「楓くんは、このことを知っておかないといけないと思うから。」
その言葉にはなぜか説得力があった。
「わかった。聞くよ。」
彼女は少し微笑んだ。そして、過去の出来事を懐かしむようにをして語り始めた。
「私は昔ね、この町に一度来たことがあるの。私たち、実は昔に会ってるんだよ。」
俺が、橘さんと会ったことがある、だと? こんなに美人な橘さんのことだから、幼かった頃もきっと可愛かったに違いない。そんな女の子に会ったことだあるなんてこと、忘れるわけがない。ということは、あの時期の出来事かもしれない。
「・・・ごめん、実は記憶が欠落している部分があって」
俺は正直に告げた。
ー記憶障害ー というほど大袈裟なものではないのかもしれないが、俺の昔の記憶のうち、小学校中学年の頃の記憶が、まるで何かに切り取られたかのように欠落している。
俺の言葉に、彼女は申し訳なさそうな顔をした。なんでそんな顔をするんだろう。
「・・・私のせいなの、楓くんが記憶をなくしているのは・・・」
「えっ!?」
俺の記憶の欠落に彼女が関係しているというのだろうか。
「ちゃんと、説明するね。」
「え、あっ・・・、うん。」
俺は彼女の言葉に耳を傾けた。
「私は今から7年前、アルメイダという組織が企画していた人間の調査に志願して、この町に訪れたの。」
7年前といったら、俺がまだ小学生だった頃だ。
「その調査では、実際に人間たちの生活を見て回るってものだったんだけど、過度な人間との接触は禁止されていたの。」
「・・・」
「そんな中、私は楓くんと楓くんの友達が楽しそうに遊んでいるのを見かけたの。物陰からこっそり見てたら、それに気づいた私に楓くんは声をかけてくれた。立場上本当は断るべきだったんだけど、あまりにも楽しそうだったから、私も一緒に遊ぶことにしたの。」
橘さんの表情がほころぶ。
「地球に滞在している間、私たちは何度も遊んだ。何度かね、夜にこの展望台で 2人で星を見たりもしたんだよ。楓くん、私に星を見せるために一生懸命望遠鏡 の使い方を勉強してくれて、うれしかったなぁ。」
橘さんは星空を見上げた。
「あの時見た星の輝きは今でも忘れられないよ。」
「・・・」
記憶がない俺は、なんと答えていいのかわからなかった。彼女は、そんな俺を気にしつつ話を続けた。
「でもある日、事件が起きたの。」
「事件?」
「アルメイダは、最初の方は私が人間のみんなと遊んでいることを看過してくれていた。でも、何度も遊んだせいで過度の接触とみなされ、違反行為ということ で宇宙に連れ戻されることになったの。」
「・・・・」
「迎えの宇宙船が来る日の夜、私は展望台で星空を見上げながら宇宙船を待って いた。その日の夜空は特に綺麗だった。そこにね、突然楓くんがやってきたの。」
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展望台付近で宇宙船を待つ私だったが、気持ちは沈んでいた。
「はぁ、すごく楽しかったのに・・・。もう帰らないといけないなんて」
ため息とともに愚痴がこぼれる。せっかく友だちができて、それに、もっと大事な人だって・・・
「やっぱりここにいた。」
突然聞こえてきた声の方を向くと、そこには私がちょうど思い浮かべていた人物が立っていた。
「えっ、楓くん? どうしてここに?」
「今日は一段と星がきれいだからさ、ここで星を見ようと思って来たんだ。--- もそうなんでしょ?」
「えっ? うん、・・・そうだね。」
私はなんとか取り繕った。
「なんだかさ・・・・」
「え?」
楓くんの表情は暗い。
「---がどこが遠くへ行ってしまうような気がして。星もきれいだったし、ここ に来たら会えるかなって」
「わ、私は・・・」
本当のことなんて言えるわけがなかった。たとえそれが楓くんを騙すことになっても。
私が答えられずにいると、楓くんはそれ以上追及してこなかった。
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「宇宙船は見られるわけにはいかなかったけど、それ自体はたいした問題ではなかったの。その気になれば不可視化や、・・・その、記憶の改ざんもできたりするから。」
今さらっと恐ろしいことを言ったぞこの子・・・
「あっ、心配しないで。滅多なことじゃない限り、使われることはないから」
俺の不安を払拭するそうに、橘さんはそう付け加える。
「問題はその後なの。」
ゴクリと、俺は息を呑んだ。
「自動操縦の宇宙船が故障していて、地上に落下したの。」
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「なぁ。」
そう言って楓くんは夜空に向かって指を差す。
「あれ、何だろう?」
楓くんの指差す方向を見ると、満天の星空の中に、異物とも呼ぶべき赤い光が存在していた。
その光はだんだん大きくなる。
最初、私はその正体がわからなかった。しかし、その光が近づくに正体が推測され、やがて確信に変わった。
あれは、宇宙船だ。ただの宇宙船ではない。船全体が凄まじいほどの炎に包まれていた。普通こんなことはありえない。宇宙船の表面は防火コーティングされているし、なにより不可視化が機能していない。見るからに明らかな故障だった。
次第にゴオォという鈍い音が響いてくる。突然の出来事に私たちは呆気にとられ、少しの間動けずにいた。
そこで私はハッと我に返った。このままじゃ、私たちは爆発に巻き込まれてしまう。
「楓くん、逃げて!」
私の声音、そして今の状況から悟ったのか、楓くんはその場から走りだした。
赤い光はどんどん大きくなり、轟音が響く。墜落するのはおそらく展望台付近だ。
全力で走れば直撃は免れるだろう。地面と衝突した時の衝撃や爆風に巻き込まれることはあっても、きっと大事には至らないはず。
そう思っていた次の瞬間、私の視界には無機質な地面が広がっていた。
「え?」
直後、自分が転んだことを認識する。まずい、早く逃げないと。
私は足に力を入れた。
「痛っ!」
どうやら足をひねったようだった。私はすぐに立つことができず、その場で動けずにいた。
前方にいた楓くんだったが、私の状態に気づき駆け寄ってきた。
「大丈夫!? 立てる!?」
私は再び立ち上がろうとした。しかし、足の痛みによって崩れ落ちてしまう。
「けが、したの?」
楓くんが心配そうな表情で私を見ていた。
今、2人の足は完全に止まってしまっている。その間にも、無慈悲な赤い光と轟音は私たちを呑みこもうと迫ってきていた。
「私は大丈夫、だから。楓くん、逃げて・・・」
しかし楓くんは私の言うことを聞かなかった。
「そんなことできないよ! 一緒に行こう! ほら!」
そういって、楓くんは私の前で背を向けしゃがみこんだ。おんぶの体勢である。
「でも・・・」
おんぶをしてもらうと移動スピードが格段に下がり、2人して爆発に巻き込まれる可能性があるので私はすぐには応じることができなかった。楓くんだけでも助かるなら、私を置いて逃げた方がいい。
しかし、そんな私の願いは聞き入れられなかった。
「早く!」
楓くんのその言葉には有無を言わさぬ迫力があった。
「ごめんね・・・」
私を背負った楓くんは息を切らしながら、汗を滲ませながら、全力で走った。
赤く照らされた夜空が、一層赤みを増したような気がした。見上げると、もう宇宙船は真上まで迫ってきていた。もう間に合わない。
その時、楓くんは私を抱きしめた。そして宇宙船は地面と衝突した。
私たちはなんとか直撃を避けたものの、宇宙船と地面の衝突によって発生した爆風に吹き飛ばされてしまった。
ゴロゴロと地面を転がる2人の体。その時間はとても長く感じられた。
「ぐあっ!」
楓くんの声と、ミシッという鈍い音が響き、私たちの体は運動を止めた。
方向感覚がおかしくなっており、右も左もわからない。少しの間呆けてしまっていたが、少しずつ意識が覚醒していく。
すると、全身を鈍い痛みが襲った。地面を転がったことで、全身には無数の切り傷や打撲があるが、なんとか軽傷で済んだようだ。
私は痛む足を抑えながら立ち上がった。そして視界に大木に寄り掛かるようにしてうなだれている楓くんを視界にとらえた。
「楓くん!」
彼は大木に体を強打してしまったようで、意識を失っていた。全身の無数の傷は赤く染まっており、頭部からも出血していた。
私は楓くんに抱きしめられてたおかげで、軽傷で済んだ。しかし、楓くんは・・・
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「私は楓くんのおかげで無事だったんだけど、楓くんは私を庇って、大けがを負ったの。命に係わるほど重症だった。すぐに対処しないと手遅れになる。だか ら私は楓くんの治療をしたの。」
「治療って、ただの小さい女の子にそんなことができ・・・」
そこまで言ってやめた。そう、彼女は宇宙人だ。そういう技術を持っていてもおかしくない。
橘さんは少しバツが悪そうな顔をした。
「・・・地球の方式とは全然違うからね。私たちは幼い頃から医療の心得を学ばされているの。」
やっぱりすごいな、宇宙クオリティ。
「詳しくは説明できないけど、私の細胞を少し使うことで、なんとか応急処置はすることができたの。」
治療方法はさっぱりわからないが、どうやら宇宙式の医療では細胞を使うようだ。え? 細胞?
「もしかしてさ・・・」
橘さんは俺の言わんとしたことに気づいた。
「そう、楓くんの体に含まれている異細胞は、私の細胞の一部なの」
「そう、だったんだね・・・」
これで謎が解けた。俺に宇宙人の細胞が含まれているのは、橘さんが俺を救ってくれたからだったのか。
「それから・・・、すぐに別の迎えの無人宇宙船が到着して、私は強引に宇宙に連れ戻された。傷ついた楓くんを置き去りにして・・・」
橘さんの表情が、申し訳なさを含むものから、怒りが滲みでるものへと変化した。
「私はアルメイダが楓くんを殺しかけたことを何度も訴えたの。何度も訴えた・・・。けれど、アルメイダはそのことを認めず、この事実を隠ぺいしたの。責任の追及を恐れて・・・」
「・・・ひどい話だな。」
どこの世界、いや、宇宙にもそういう輩はいるんだな。生物のそういった腹黒さは、宇宙規模でも変わらないということか。
「アルメイダの働きによって、この事故はなかったことにされ、周辺住民の記憶は都合のいいように改ざんされた。そして連れ戻された私は、しばらくの間地球への渡航が禁止された。これが昔実際に起こったことなの」
今まで忘れていた過去の出来事が一気に明らかになり、その話が宇宙規模の問題ときたもんだ。正直理解が追い付かない部分もある。
しかし、知ってしまった以上はこの問題と向き合わないといけない。
「なんか、すごい壮大な話だね。それで、えっと、俺が記憶の一部を失っているのは、アルメイダの仕業ってことでいいのかな?」
「うん。本当は都合のいいように記憶を書き換えられるはずだったんだけど、楓くんには私の細胞の一部が含まれていたから、記憶操作が正しく機能しなかった。だから楓くんの記憶は曖昧なものになっているの。」
「・・・なるほど」
惑星麻酔の時もそうだったけど、このような宇宙技術は意外とエラーが多いものなのだろうか。いや、まさか向こうも人間が宇宙人の細胞を持ってるとは思わないだろうし、仕方ないことなのかな。
一通り説明を終え、橘さんはふぅと一息ついた。そして俺に向き直る。
「だからね、楓くんに異細胞が含まれていたり、記憶を失っているのは私のせいなの。本当にごめんなさい!」
橘さんが全力で頭を下げた。
「どうして謝るの?」
「えっ?」
橘さんはキョトンとしていた。
「橘さんは何も悪くないじゃん。悪いのはアルメイダとかいう組織だし。だから橘さんは謝る必要もないし、責任を感じる必要もないよ。」
「私があの時転ばなければ衝突に巻き込まれなかっただろうし、もとはといえば私が規則を破って人間と接触してしまったのもいけないし」
「それを言ったら橘さんに声をかけた俺の責任だよ。」
「で、でも、楓くんは私の立場を知らなかったわけだし、私が断っていれば・・・」
焦ってしどろもどろになりながら話している橘さんを見ていると、なんだかおもしろくなって笑みがこぼれてしまった。それを見た彼女は「えっ? えっ?」と困惑してしまっている。そんな姿もとても愛らしい。
「ごめん、変な意味じゃないんだけどさ、焦ってる橘さんがおもしろくて」
「えっ、おもしろいって・・・」
「こういう風に笑える余裕があるくらい、俺は何とも思ってないよ。だからもう責め合うやめよう。俺たちは悪くない。悪いのは全部アルメイダだ。それに、」
俺は一呼吸おいて言った。
「それに、橘さんが悲しむ顔は見たくないからね」
我ながらくさいセリフだと思う。しかし口から出てしまったのだからしょうがない。
橘さんの方を見てみると、両手で頬を抑えてもじもじしていた。おいおい、反応が初々しすぎるだろ。ちくしょー、可愛いじゃねーか。
「本当に、いいの?」
「うん、もうこの話は解決したよ。あっ、ごめん、一つ言い忘れてたことがあった」
「え?」
橘さんの表情が少し強張る。
「俺を助けてくれて、ありがとう。」
それを聞いた橘さんは予想外のことを言われたのか、少し戸惑っていたが、
「うん、こちらこそ助けてくれてありがとう。」
微笑みながらそう言った。
「なら、おあいこだね。」
微笑みながら見つめ合う俺たち。なんだか妙に照れくさく、少しの間心地よい沈黙が流れた。
過去の出来事を知ったことで、止まっていた時間が動き出し、俺たちはようやく歩き出すことができた。と思ったのだが。
一つの問題が解決したが、まだ肝心な問題が残っている。それはどうして橘さんが過去にやってきて、俺に接触したのかということである。いつまでも昔話の余韻に浸っているわけにはいかない。
それは橘さんも感じていたようで、表情が真面目なものへと切り替わった。
夏の夜風は生ぬるいが、俺たちの体を少しずつ冷やしていった。まだまだ夜は終わりそうにない。




