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約束

 俺は疑問を解消するため、再び橘さんに問いかけた。

 「それでさ、肝心の橘さんがここにいる理由なんだけど・・・」

 「そうだね・・・」

 橘さんは俺の質問に答える。


 「私は地球の時間が止まったこと、そしてその対処方法も知って、急いで準備をして時間と場所を飛び越えたの。」

 その言葉を聞いて俺は疑問を抱いた。


 「でも確か、君たちには時間遡行はできないんじゃ? それに、時間遡行や地球への渡航って、そんな気軽にできるものなの?」

 ヴァイロンは確かにそう言っていた。悪用を防ぐために。


 「ううん、気軽にできるってわけじゃないんだ。それだと無秩序になるからね。厳格な審査に合格すれば使えるようになるよ。そして楓くんの言う通り、原則的 に時間遡行は禁止されてるんだけど、使っちゃった。どうしてもやらなきゃいけ ないことがあったから。」

 橘さんの言葉には強い意志が感じられた。きっと何か大切な事情があったのだろう。


 「だからね、後で規則を破った罰を受けないといけないんだ。」

 「なんで、そこまでして・・・」

 規則を破ってまで俺に会いに来た橘さん。俺にはその意味がわからなかった。

しかし、すぐに俺はその言葉の意味を知ることになった。


 「楓くんが他の子と恋人になるのがいやで、つい来ちゃった。」

 「!?」

 照れくさそうにそう言う橘さん。そして一呼吸おいて、橘さんは潤んだ瞳で俺を見つめた。


 「私ね、ずっと前から楓くんのことが好きだったの。」

 え? 一瞬なんと言われたのかわからなかった。 好き!? 好きって言ったの今!? 告白されたの俺!?


 クラっときた。まさか告白される日が来るとは。顔が緩みそうになるが、なんとかこらえた。いや、多分こらえきれていなかっただろう。


 「あ、あの! ありがとう、すごくうれしいよ。」

 こんな美人さんに告白されるなんて夢みたいだ。正直かなりうれしいし、即OKするまである。だけど、俺の内心は複雑なものだった。


 「えっと、俺たちは昔に出会ってて、その時からずっと俺のことを好きでいてくれてるってことでいいにかな?」

 自分で言っててすごく恥ずかしくなった。


 「・・・うん、そうだよ。」

 橘さんもすごく照れている。こんなに可愛い子が自分のことを一途に想ってくれている。こんなことはもう二度とないだろう。別に彼女が宇宙人だとか、そんな細かいことはどうでもいい。・・・いいのか? いいに決まってる!

でも、俺にはもう・・・。脳裏にはあの子の顔が浮かんだ。


 「・・・その、ごめん。知ってるとは思うけど、俺、あおちゃんのことが好きなんだ。」

 俺は自分の気持ちを正直に告げた。こんな中途半端な気持ちで告白を受け入れることなんてできなかったからだ。世の中には好きかどうかもわからずなんとなく付き合うようなカップルは五万といると思うが、俺はそんなことはしたくなかった。


 「そう、だよね。ごめんね、いきなりこんなこと言われても、楓くんは私のこと 覚えてないし。うん、仕方ないよね。」

 たははと笑いながらごまかしていた橘さんだったが、そのきれいな瞳からすぅーっと雫がこぼれ始めた。


 「あれ? 私、なんで・・・」

 その透明な液体は止まることなく、次々とあふれ出てくる。


 「ごめんね、こんな、つもりじゃ・・・」

 涙声になりながら橘さんが一生懸命謝っている。

 俺は何と言えばいいのかわからなかったが、橘さんの泣き顔を見た時、ズキッっと心が痛んだ。

 なんだ、この痛みは。もう一度橘さんの泣き顔を見ると、一瞬ある光景が脳内で再生された。そこには、泣きじゃくっている小さな女の子が映っていた。俺は、こんな光景知らない。


 『もう二度と・・・』

 「っ!?」

 脳内に誰かの言葉が響く。

 

 『もう二度と、そんな顔はさせない!』

 そこには誰か強い意志が感じられた。

 これは、俺の記憶なのか・・・

 俺の本能か、もしくは心の奥にある何かの感情が叫んでいた。彼女のこのまま悲しませたままではいけないと。


 「橘さんっ!」

 気が付くと、俺は彼女の名前を叫んでいた。

 

 「その、都合がいい話だってことは分かってるし、こんなこと言うのは失礼だと思う。でも、言わせてほしい!」

 俺は勢いのままに言葉を放つ。


 「俺は明後日にあおちゃんに告白しようと考えていた。だから、橘さんの告白を受け入れることはできないって思った。でも、俺の中の「何か」がそれを拒んだんだ。それが何かはわからない。でも、何か思い出せような気がするんだ。俺は君との出会いを思い出した上で返事がしたい。だから、返事は少し待ってほし い。だめ、かな?」

 想いの丈をぶつけきった俺を見て、橘さんは少し驚いたような顔をした。そして涙混じりの笑顔を浮かべた。


 「・・・もう、少しだけだよ。」

 いたずらめいたその小悪魔のような物言いは、世界中の男を籠絡できるほど魅力的だった。こんな子の告白を保留にして良かったものか。いや、もう決めたんだ。すべてを思い出すって。

 しかし、どうやったら記憶を取り戻すことができるのだろうか。そう思っていた矢先、橘さんが驚くべきことを告げた。


 「楓くん、実は君の記憶を取り戻す方法はあるの。」

 「・・・えっ、えーーーーーーーーーーっ!?」

 あるんかい!


 「ど、どうすれば記憶を取り戻せるの!?」

 食いつくような俺と対照的に、橘さんは冷静だった。


 「楓くんが、自分の意思で記憶を取り戻したいと思うまでは言わないつもりだったの。楓くんに迷惑がかかっちゃうから。」

 俺が昔の記憶を思い出すことは、俺の任務の障害になりうる。彼女はそのことを気にかけていたようだ。


 「心配してくれてありがとう。でも、自分のことは全部知っておきたいんだ。だ から教えてほしい。」

 橘さんはこくっと頷くと、説明を始めた。


 「あの事故のあと、楓くんは展望台に行ったことがある?」

 「そういえば、ないな」

 その存在を忘れていたわけではないが、足が向くことはなかった。


 「アルメイダが人間の記憶を都合のいいように書き換えたって話はしたよね。その時に人間が展望台に行きにくいように暗示をかけたの。特に関係者、つまり楓 くんとその親しい人たちにはより強くね。」

 「そう、だったのか。」

 暗示って恐ろしいな。実際数年間展望台には行ってないわけだし、すごい効果だぞこれ。そこでふと思った。


 「そういえば、アルメイダって今どうなってるの?」

 「当時より勢力は衰えているけど、今も前線で活動してるよ。」

 「むっ、そっか。」

 しぶといなアルメイダ。おっと話が脱線してしまった。


 「ごめん、それでどうすれば俺の記憶は取り戻せるのかな?」

 「明日以降、この展望台に来ることが。それが楓くんが記憶を取り戻すための条件だよ。」

 「えっ、それだけ?」

 予想、といっても何も考えてなかったが、すごく簡単すぎて拍子抜けしてしまった。


 「要はきっかけなの。楓くんは記憶を失ったわけではなくて、思い出せないだ け。そしてこの展望台こそが、記憶と取り戻すキーになるの。」

 「へぇ、なるほど。」

 「でもね、楓くんは展望台にたどり着くことができないかもしれない。」

 「えっ、どうして?」

 「さっき暗示の話はしたよね。楓くんが展望台に向かおうとすると、様々な妨害 が生じると思うの。

 「なるほどね。でも、これは俺にとって大事なことだ。だからなんとしてもたどり着いてみせるよ。その、橘さんと向き合うためにも、ね。」

 「楓くん・・・」

 お互いに照れくさくなり目をそらした。


 「今日だって何の問題もなくたどり着けてるし大丈夫だよ。というか、なんで明日以降なの?」

 「それは・・・」

 少し言葉につまる橘さん。


 「この世界のこの日に、本来私はここには存在していなかった。でも私は無理やり介入した。だからね、今この世界はかなり不安定で、歪んでいるの。その影響 で暗示の効力が弱まってるから、楓くんはすんなりここに来ることができたの。 それとね・・・」

 彼女のまとう空気が重くなった。


 「明日を迎えれば、私のことはすべての人の記憶から忘れられる。私が介入できるのは今日だけで、明日からはあるべき姿の世界に戻ってしまう。私が今日過ご した時間は消えてしまうの。」


「そ、そんなことって・・・」

せっかく再会できて、せっかく俺が忘れてしまっていた昔のことを知ることができたのに、そんな仕打ちはあんまりだ。俺はもう何も忘れたくない。


 「・・・でもね、全部じゃない。」

 彼女は希望を繋ぐ言葉を紡いだ。


 「楓くんだけは、完全にではないと思うけれど、断片的に今日のこと、私のこと を覚えていられる。楓くんは特別だからね。」

 「・・・ふぅ、それを聞いて安心したよ。」

 今日の記憶を忘れてしまったらどうしようとビクビクしていたが、なんとかなりそうだ。


 安堵している俺に向かって、橘さんは申し訳なさそうに言った。

 「本当はね、私はここに来ちゃいけなかったと思うの。」

 彼女は震える指で、自分のスカートをギュっと握りしめた。


 「楓くんは止まってしまった地球を動かすっていう使命がある。でも、私は自分勝手な理由でそれを邪魔しようとしてるから。」

 彼女は自嘲するような薄笑いをうかべていた。


 「でも、私は楓くんと取られたくなかった。そう思ったら、もう止めようがな  かったの。」

 一見、法を犯し、わざわざ他の星から一人の人間に告白をするという行為は愚行に見えるかもしれない。

 しかし、俺にはそんな風に思えなかった。だから、俺は橘さんを少しでも元気づけようと思った。


 「その気持ちは本当にうれしいし、俺自身、今日君と出会えて、いや、君と再会できてよかったよ。だから、橘さんが責任を感じる必要はないし、そんな顔もし ないでほしい。」

 「楓くん・・・」

 橘さんが潤んだ瞳で見つめてくる。うおっ、すごい破壊力だ。


 「明日、どんな手でも使って必ず展望台へ行くよ。そして俺は必ず君のことを思い出して、きちんと答えを出すよ。だから、それまで待っていてほしい。」 

 「うん、待ってる。」

 なんだこのラブコメ的展開。そんな甘ったるい空気の中、橘さんが近づいてきた。


 「少し、目をつむってくれるかな」

 「え?」

 言われるままに俺は目をつむった。一体何が始まるんです?

 彼女がゆっくりと近づいてくる。張り裂けそうなほどに心臓の音がバクバクいっている。これはもしかして、もしかするんじゃ…


 そんなことを思った刹那、頬に何か温かいものが触れた。

 「っ!?」

 思わず目を開けると、彼女は真っ赤な顔でこちらを見ていた。


 「大好きだよ、楓くん。」

 「・・・・」

 言葉がでなかった。それくらい衝撃的だった。きっと顔はありえないくらい赤くなっていたことだろう。最も、それはお互い様のようだったが。


 「私、そろそろ行くね。」

 真っ赤になっているであろう顔を背け彼女は言った。おそらくタイムリミットなのだろう。

 

 少し離れたところまで歩き、そして彼女はもう一度振り返った。

 「じゃあ楓くん、またね。」

 彼女はさようならではなく、またねと言った。


 「うん、またね。」

 だから俺もこう返した。

 

 そうして俺たちは別れた。再会の約束を残して。


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