最終話 新世紀の朝に
2000年、元旦。
出雲大社は、初詣に訪れた人々で、賑やかな一日を迎えていた。神門通りにも、朝から屋台が並び、笑い声が絶えなかった。
「明けましておめでとうございます、と言うのだったな」
利休が、律儀に新年の挨拶を口にする。航は思わず笑ってしまった。
「利休さん、その挨拶、この一週間で百回は聞きましたよ」
「郷に入れば郷に従え、じゃ」
利休は涼しい顔でそう言うと、いつも通り「一服百円」の茶席を開く準備を始めた。年始から手伝いに来てくれた地元の若者たちも、すっかり利休の弟子気取りで、慣れた手つきで湯を沸かしている。
参拝を終えた航は、一人、あの空き家に足を向けた。
管理会社からは、相変わらず「そろそろ取り壊しの見積もりを」と言われ続けていたが、航は、あれこれ理由をつけて、なんとか先延ばしにし続けていた。この座敷を壊すことだけは、どうしても、まだ、できそうになかった。
縁側に腰掛け、航は、懐から一枚の写真を取り出した。あの祭りの日の、六人と自分の集合写真。
「――皆さん、元気にしてるといいな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
邪馬台国の空の下で、卑弥呼は今日も民を導いているだろうか。義経は、これから訪れる過酷な運命を、どんな顔で受け止めているだろうか。紫式部は、あの物語の続きを、どんな筆致で書き進めているだろうか。一葉は、家族と共に、穏やかな新年を迎えているだろうか。そして龍馬は――。
考えても、答えの出ない問いばかりだった。それでも、航は、この一年、いや、この数ヶ月の出来事を、後悔したことは一度もなかった。
昼過ぎ、航のもとに、宮下から一本の電話がかかってきた。
「航さん、少しよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「実は、先ほど、九州の方の社から、連絡がありました」
宮下の声には、これまでにない緊張が滲んでいた。
「昨夜――新年を迎えるその瞬間に、また、“客人”らしき方が現れた、と」
航は、思わず息を呑んだ。
「また、六人、ですか」
「いいえ。今回は、どうやら――もっと、多いようです」
その一言に、航の胸が、ざわりと騒いだ。恐れとも、期待ともつかない、奇妙な高揚感が、じわりと広がっていく。
「詳しいことが分かり次第、またご連絡いたします。もしかすると、また、お力を借りることになるやもしれません」
「……はい。いつでも、声をかけてください」
電話を切った航は、しばらくの間、縁側に座ったまま、静かな出雲の空を見上げていた。
世紀末は、何事もなく終わり、新しい世紀が始まった。
だが、この地に眠る不思議は、まだ、終わってはいないのかもしれない。
――また、始まるのかもしれない。
航は、そう思いながら、写真の中の六人の笑顔を、そっと指先でなぞった。
出雲の空に、新年の陽射しが、穏やかに降り注いでいた。




