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一章・婚約(3)

 何を間違えたのかがわからず、スオウはここ数日、ひたすらに困惑している。村ではすっかりスオウとツムギの婚約が公然のものとなり、あちこちで祝いの言葉を掛けられるばかり。曖昧に笑って流し続けるのにも限界があるのだが、ツムギは「撤回しない」を撤回する様子がない。

 スオウからすれば、そもそも結婚したくないのはツムギの方だと思っていたのだが――何かが逆鱗に触れた結果、なぜか結婚する運びになっている。わけがわからない。長年の想い人とたなぼたでた婚約とは、もはやこれ幸いと言って良い状況なのかも知れないが、スオウにだって意地がある。「妥協」とか「ちょうど良い」とか、そんな理由で選ばれたくないのだ。

 いちばんでないのなら、意味がない。


「ホムラ」


 早朝。厩に足を運ぶと、すぐさま見出した茶褐色の雌馬の鼻先に顔をすりよせる。馬は、すんすんと鼻を鳴らして櫛入れを催促した。

 雌馬――ホムラの黒曜石の色をしたおだやかなまなざし、そして艶やかで暖かみのある毛色はスオウの自慢だ。

 あるじとしての贔屓目も多分にあるが、ホムラはどの馬よりも賢く、美しい。毛の色に派手さはないが、毛艶と身体の線の優美さは群を抜いており、性格も穏やかで、なによりスオウに忠実だ。あるじとして、相棒としてそれが心底誇らしく、手を尽くして磨いてやりたいと思うのだった。


 「お前が人間やったら、間違いなく両思いなんやけどなぁ」


 櫛で毛並みを整えながら、益体のないことを呟いてしまう。

 誰にも会わず、誰にもせっつかれないこの早朝のひとときが、ここ最近は数少ない憩いだった。婚約が決まってからと言うもの、悩みの種は増えるばかりだ。

 その一つが、赤鷹の民――一族郎党への対応だった。

 自身の長い赤髪を眺め、深く嘆息する。男性にのみ伝わる悪習の塊と言える長い髪。半人前であるうちは断ち切ることを許されない。

 一人前と認められる条件はただ一つ。


――ともに生きたいと決めた相手に、覚悟とともに自らの髪を差し出すこと。


 率直に言えば「求婚」である。成功失敗は問われない。断髪して想いを伝えること自体が、一人前の男たる証だというのだ。スオウ自身が赤鷹の民(当人)でなかったのなら「あほか」と笑い飛ばしていただろうし、今も「やってられねえ」と思っている。

 赤鷹の民は、昔、男が求婚するさい己の馬の尾の毛を切って女に渡していたのだという。それが馬の尾からいつしか当人の髪に転じ、その慣わしが今も続いているのだと、一族郎党誰しもが淀みなく説明する。

 ものの。とんでもない上あやしい話だと思っている。

 そもそも赤鷹の民の先祖はとにかく血気盛んな喧嘩好きで、土地を取り合い、馬を取り合い、女を取り合いというのが日常茶飯事だったという。果てには取り合うものがなくとも殴り合い、負かした相手の馬の尾を切っては好いた女に自慢していたというのだからたちが悪い。そんな一族に伝わる慣習である。昔の痴態を外聞よく整えたと言われても驚かない。

 けれどそれが一族のならわしである以上、従わざるをえないのだ。

 婚約の話が持ち上がり、ことあるごとに親戚に「いつ切るんだ」とつつかれる。のらりくらしと躱しているが、両親が何も言わないのも気遣いを感じて肩身が狭い。

 現状ただ婚約しただけで、何一つ相手に伝えておらず、通い合うものが何一つない。半人前の証をずっと疎ましく思ってきたが、こんな状況で切ったところで虚しいだけだ。


「ほんと、かっこ(わり)い」


 呟くと、ホムラが慰めるように鼻をすり寄せてくるものだから、余計に情けなくなる。

 夏至の祭まであとふた月、この村に帰ってくるのはさらに半月後ほどだろうか。それまでにツムギは婚約を白紙に戻すだろうか。


 そもそも、今のツムギにとっては婚約なんて二の次だろう。

 イグサが任せたいと口にした役目は祭りの要で、織鶴の民としての技量を試すようなものだ。ツムギの脳裏には確実に、優秀な姉と妹の存在がよぎったに違いない。それでもツムギはやると言った。幕家に響いた言葉と横顔には覚悟があった。祭りでの大役を納得する形で果たすことができたのなら、ツムギもようやく自分の技量に自信を持てるだろう。

 それに。彼女が腹を括って全身全霊で手掛けた衣装は、織鶴の民の歴史上で「いちばん」になる可能性だって十二分にある――とスオウは思っている。無論、自らの技量に嫌気が差して手芸を遠ざけていた空白期間を埋めるのは容易くはない。けれど、ツムギの集中力と根性、そして内に秘めた手芸への深い愛情の力を、スオウは信じている。


——あたしのいちばんは、スオウにあげる。


 幼いころの口約束なんて、彼女はもう覚えていないだろうけれど。

 彼女が「いちばん」を作る手助けをして、完成を見届けられたら良いなと思う。

 表面上は。


(全部くれって言える権利が欲しい)


 ツムギの生み出すもの、ツムギ自身。すべて自分のものにしたい。

 けれどスオウは、いつまでたってもツムギの中でソラトとすら並べない。たった一つの年の差によって「年下の幼馴染み」と認識されたまま、世話を焼く対象から抜け出せる気配が一向にない。ただツムギにとって「ちょうど良い相手」なだけだ。

 外面はいい方だ。自分で言うのもなんだが、顔だって悪くないし騎射だってソラトにも勝って村の祭で一番になった。なかなかの有望株ではなかろうか。

 まあツムギには、何一つ刺さっていないのだが。


(押しても引いてもかわされたりないもののように扱われるのが、さすがに堪えるっつーか。なんかそろそろ、我慢できなくなりそうで、それが)


 怖いのだ。いつからか、ツムギを前にすると自身の奥底から熱くどろどろとした何かがこみ上げる。出すまいと耐えてはいるけれど、出してしまえとささやく自分もいて、どうしていいかわからない。大切にしたい、守りたい、傷つけたくないと思う一方で、逃げる身体を引き止めて、ねじ伏せてしまいたい衝動にかられている。

 ふいに横からぬっと、黒毛の馬が顔を割り込ませた。ツムギの愛馬、ウバタマだ。ツムギとは仕事の時間帯がかぶらない限り、厩で顔を合わせることはそうそうない。

 けれど小さなころは、たびたび、まるでスオウを訪ねるようにツムギが朝の厩に訪れる日があった。そういう時は必ず、まだ背の低かったスオウを後ろから問答無用で抱きしめ、しばらくすると勝手に納得したようにうなずいて帰っていくのが常だった。たいてい、目は赤く髪はぼさぼさで、不機嫌丸出しの表情だった。恐らく夢見でも悪かったのだろう。何を聞いても話してはもらえなかったが。


(ああいうのも、ソラトにだったら話してたんやろな)


 こみ上げた焦燥を飲み下し、はああああああと重く長いため息を吐いた。

 背後で響いた足音に思わず振り向くと、そこにいたのはツムギではなく、


「げぇ」

「なんだよ」


 ソラトはスオウの渋面を気にとめるでもなく、家族で世話をしている馬の方へと歩み寄って蹄の手入れを始める。自身は主に翼獣(ティエン)で移動しているが、村長の長子である(リクヤ)は何かと忙しく、(ハルハ)はまだ幼いため、ソラトは昔から一家の雑事を一手に引き受けているところがあった。いつからだろう、文句一つ言わずに黙々とあらゆる仕事をこなす幼馴染を、スオウはずっと見ている。器用ではなく、要領も良くはない。ただ、いつだって手つきは丁寧だ。言葉以上に伝わるものを持っている。だから、生きものはソラトによくなつく。人もそうだ。


(天性の、生きものたらしめ)


 胸中で悪態をつく。

 この男がちゃんとツムギの想いに気付いて受け止めて、結ばれていてくれたら。そうなったらスオウは村の外に出て、二人とは別の人生を歩んでいこうと大真面目に考えていた。だから、ここ数年イグサに渉外を任されるようになってからは積極的にあちこちをめぐってきたし、なんなら花嫁候補だって探してきた。綵鳥の里もそうした仕事や思惑の中で縁を持った土地の一つだ。それが、


「あーあ。オレの人生設計は、ソラトのせいで台無し」

「はあー?」


 さすがに聞き捨てならなかったのか、ソラトが顔を上げて盛大に眉をひそめた。ばつが悪くなって適当に肩をすくめて流し、ホムラの手入れを再開する。


 いっそ、ソラトがハフリを選んだ時点で、なりふり構わずツムギに求婚していれば良かったのだろうか。ツムギにとってのソラトを超える手段が、彼女のいちばんになるための方法が、いまや何も浮かばない。

 なにせこの幼馴染は、朴念仁のくせに、初対面の少女を自分の村に連れて帰り、色々ありつつも結果的に村の窮地を救い、その少女とも想いを通わせる――旅人が歌に乗せて語る夢物語のようなことをやってのける野郎である。器用だとか顔が多少整ってるとかそんな小手先のことで対抗しようがない。

 それでも、ソラト相手に弱音や本音を吐きたくなはい。スオウにだって矜持がある。二歳年下ではあるが負けたくはないのだ。弓射の腕前だって、ソラトへの対抗心から磨き上げたと言っていい。けれど、技術で勝ったところで、自分が勝っている手応えはいつまでたっても感じられない。神事の大役をイグサに任され、対外的にも認められたはずなのに、まったくすっきりしない。果てには、胸の片隅で「ツムギの前で失敗できない」という子供じみた焦りが顔を出す。


(せめてツムギがいなければ――)


 そうだ、とソラトが思い出したように呟く。


「おばばさまが、村長の名代として俺も綵鳥の里に行けって」

「ええ~~~~」


 思わず間抜けな声を上げて天井を仰いでしまう。

 綵鳥の里で試されるのは、ツムギよりもスオウ自身なのかも知れなかった。

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