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朝が来た。清々しくも重々しくもない、普通の朝だ。陽気が差し込み始めたのと同時に起床し、欠伸を噛み殺しながら侍女達と共に今日の支度をする。
今日は学園の卒業パーティ。
即ち、決戦の日だ。
1週間前、リザベルに正式な婚約解消を申し入れた。その帰りの馬車で頭を打って、何の因果か幼少期のリザベルに憑依した。そして彼女の過酷な人生を見て来た。どうしてあんなことが起きたのかなんて分からないけれど、ともかくリザベルのことを知る機会を得たのだ。そして愚かな俺が心を傾けていたリリィ・チャルファンの素顔も知った。国家を軽んじる高位貴族の存在も知った。これらに気付けなかった者が、彼ら彼女らの思惑通りリリィを愛し王妃に召し上げようとした俺が、どうして王位に就けようか。
だから今日は、俺が王族として生きる最後の日でもある。
まだ王宮のことを学んでいる最中の弟は優秀であるし、もしもの時のことを考慮して王としての教育も受けている筈だから今からでも修正可能だろう。俺の不手際で大変な思いをさせてしまうのは心苦しいが、代わりにこの国の汚点を少しでも道連れに出来るよう、今日を乗り切ることで贖おう。
「…あ!」
そう考えたところで、俺は大事なことに気付いた。侍女達による流石の手際で本日の支度がほとんど終えられた俺は、慌ててリザベルの元へ向かう。きっとリザベルも他の令嬢達と同様綺麗に磨かれているだろう。問題はその後だ。
そう、ドレスがないのである。
カービネナ家は、ベスという1人の少女を除いて皆断罪の時を待っている状態だ。当然貴族としての仕事が漏れたり不足が起きたりしないよう王家から使いが出て、回収と財産の差し押さえが行われている。その中には勿論王家から贈られた宝石やドレスもある筈だが、本日必要分について手配することを完全に忘れていた。今回のパーティの為にリザベルに贈ったドレスも中にあるだろうが、それを使うには一旦返さなくてはならない。俺は慌ててそれを取りに行こうとして、すぐに立ち止まった。
あのドレスは、俺の色に合わせて作られたものだ。水色の髪と青い瞳を模して作られた俺色のドレス。婚約者の色を纏うのは権利であり義務のようなものなので、リザベルはいつでも寒色のドレスとアクセサリーで出席していた。
しかしそれは、他者に指示されたが故のこと。
リザベルは物心付いた時から俺の婚約者であったから、好きな色を纏ってパーティに出たことなどほとんど無かっただろう。茶会などではあったかもしれないが、リザベルに過度な教育を施していた者達のことだ。リザベルの趣味や考えなどまるで無視して好きなように着飾っていたに違いない。
それこそ、着せ替え人形のように。
だから俺は、ドレスを取りに行く前にリザベルに要望を聞きに行くことに決めた。今から作ることは間に合わないが、少しでも好みに合うものがあるかもしれない。現王妃である母のお下がりや押収したドレスの中から選ぶことになるのが申し訳ないが、これは俺の不徳の致すところだ。誠心誠意謝罪をしよう。それも同じように公で謝罪し、リザベルに全くの非がないことを民衆に伝えよう。
そう覚悟して扉をノックする。出て来たのは侍女ではなく、リザベル専属として置いている年老いた医者であった。
「おや、フィルマ様。いかがなされましたか?」
「すまない、リザベルのドレスについて失念していた。今から用意するがカービネナ家から押収したものか母が昔着ていた物しかなくてな。少しでも好みに合わせようと思い、要望を聞きに来たのだが…」
「それはそれは。ご足労いただいたところ申し訳ございませんが、もう既にリザベル様は御支度中で御座います」
「え!?」
驚いた俺の声に、医者がウインクで奥の部屋を指し示す。この客間のメインスペースだ。侍女達総動員で着替えを行っている関係で、医者がこちらに置かれているのだろう。
「ど、ドレスは!?用意、出来てるのか…!?」
目をぱちぱちと瞬いて問い掛けると、奥から1人の侍女がやって来た。
「あら、騒がしいと思ったら。殿下、流石に支度中の女性の部屋に訪ねるのは如何なものかと」
「い、いやすまない!それについては後でじっくり反省する!!しかしリザベルのドレスの用意が…」
「あぁ、やはり忘れていらっしゃったんですね」
「す、すまない!」
侍女のあっけらかんとした指摘に、拍も置かず謝罪する。自分が気にかけなければならなかったことだが、そのパーティ内で起こる断罪にばかり気を取られてすっかり失念していたのだ。言い訳になってしまうから言わないが、侍女もそこは分かっているらしい。首をふるふると横に振り、艶やかに笑った。
「いえ、御忙しい中更に手を煩わせるのも、とわたくし達が黙っていたのも宜しくなかったですね」
その言葉の意味を飲み込む前に、侍女が深々と頭を下げる。突然のことに驚いていると、侍女はそのまま事の顛末を語り出した。
「きっと今のフィルマ様ならリザベル様のことを気遣い、お好みのドレスについて尋ねようとするだろうと考え、先に聞き出しておきました。しかしフィルマ様から中々ドレスについてのお話が聞けないことから、我々は忙しさに気取られて手が回らないのではと推測し、勝手ながらフィルマ様の御名を使って少々ドレスとアクセサリーを拝借致しました」
「…え」
「この行動はリザベル様の指示ではなく、わたくしの独断で行ったこと。王家の名を騙る不敬者はこのわたくしです。罰ならばわたくしが受けますから、リザベル様にはどうか、仰らないでいただけませんか。他の侍女達も存じ上げません」
「…」
長く、永遠にも感じられる程の沈黙だった。我に返ったのはその意味を噛み砕き、多くの可能性について考慮した後であった。
「…ドレスとアクセサリーを借りた際、管理者は誰になっていた?」
「…ディアン・ヨーゼキ様に御座います」
「…なるほど。あの天才はこの顛末を予想していたのだろうな」
ディアンは、断罪についての話を持ちかけられた時から、俺がそちらにかかりきりになってドレスやアクセサリーの準備を忘れる展開を予想していた。そしてその際にリザベルに恥をかかせることがないよう、きちんと準備を終えられるよう手を回していたのだ。教育係として務められるだけあり、ディアンは優秀で王家からの信頼も厚い。押収物の管理を請け負うことなど容易いだろう。自身の研究物に対する雑さを見れば違和感のある行動だが、直轄の部下以外は気付くまい。
1人で勝手に頷いて、表情と気持ちを整える。そして深く頭を下げている侍女に「顔を上げてくれ」と呟いた。
「私の代わりにドレスを用意してくれたこと、感謝する」
「! フィルマ様!」
「先んじて"主人"を思い行動したものを罰する愚か者が何処にいるだろうか。本来であれば私が思い至り行動せねばならないところだった。報告を受けていないのは、私が動くと言って更に睡眠時間を削るのを懸念したからだろう?」
沈黙は肯定。腹芸の上手くない若い侍女だからか、はぐらかすことも出来ないのだろう。少し考えれば分かることだ。本来であれば極刑も考慮される案件であるが、知り得る者は私とディアンと彼女の3人だけだ。話し始めてすぐに引っ込んだ医者の耳には届いているかもしれないが、問えば何の話かと返ってくることは目に見えている。
彼女を責める者は、誰も彼女の罪を知らない。
「お前は私の代わりにリザベルにドレスとアクセサリーを用意した。私の指示で。そうだろう?」
王家の名を騙った罪は、誰にも真実を明かせない罪悪感を抱くことで充分贖える。むしろ罪を背負わせて申し訳ないと謝罪したいところだが、それは彼女の罪が存在することを認めてしまうのと同義だ。だからこの秘密を抱えるのは、私と彼女の贖罪なのだ。
きっとディアンも、分かっていて彼女を押収品の場に通している。
「今回のことは私の指示の下行ったことだ。いいな?」
「…寛大なご判断、感謝致します」
また侍女が深々と頭を下げた。その背に向けて、私は改めて問い掛ける。
「…それで、リザベルのドレスもアクセサリーもあるのだな?出席するに足りないものはないか?」
「はい。勿論。…ちょうど、支度が終わったようですよ」
「フィル!」
扉の向こうから現れたのは、春を告げる麗かな花の精だった。




