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 夜。自室で改めて情報の整理をしていると、俺の専属隠密から接触があった。"影"と呼ばれる彼らは、俺がリザベルと婚約解消の調印を結んだその日に命じたことについて、調査を終えたらしい。予想より早く、ありがたい。天井裏から自室に招き入れ、ソファに座るよう促すが、彼は執務机の前に立ったままである。

「それで、リザベルの悪評は何処から来たものだったんだ?」

「はっ。それが中々にややこしく。順を追って説明致します」

 影の報告内容はこうだった。

 まずリザベルの悪評には、根本を考えると2種類ある。1つは学園で起こる悪意的な事象、例えばいじめやリンチなどのほとんどはリザベルが裏で糸を引いているというもの。もう1つは、男癖の悪さについてである。

 前者の噂は恐らく、リザベルが暴力を暴力と認識出来なかった姿から発生したものだろう。誰が悪いと言えば、リザベルに不当な暴力とでっち上げを正しいことだと吹き込んだ、リザベルの周囲の者が悪いとしか言えない。推測が推測を呼ぶのは人間社会でよくあることだ。真偽を見極められなかった彼らも悪いかもしれないが、そこに断罪する程の罪はないだろう。

 だからこそ、もう1つの根も葉もない筈の噂が、ある程度の信憑(しんぴょう)性を持っているかのように噂されることが不可解だった。

 確かにリザベルは、身分を弁えてその場その時に合った対応が出来る者には、男女も貴賤(きせん)も関係なく分け(へだ)てなく接する。それが次期王妃に必要な素質とされたからだ。それが出来ない者には(たしな)めるような言動もするが、リリィへの注意の仕方を見る限り相手に伝わるようきちんと考慮して行なっている。裏を読むのが苦手な者にはある程度直接的に、不用意な発言が思わしくないと感じれば遠回しに。人や場面に合わせた声掛けが出来ている。そのため、この場面から噂が発生したとは考えにくい。

 しかし、そもそも次期王妃候補であるリザベルが誰かと2人きりになることなどあり得ない。

 俺が憑依していた間もそんなことはなかったし、実際にそれを見たという噂は聞いたことがない。

 だというのに、リザベルの男遊びは事実のように取り上げられている。

 あまりにも不可解であるその秘密は、チャルファン男爵家と懇意(こんい)にしている上位貴族の家々が関わっていることが陰からの報告で明らかとなった。

「各家の使用人などから訴えがあったと、子供や親類を通じて出鱈目(でたらめ)を言っているようです。しかしこの噂が真実とされるのには理由がありました。実際に、噂が流れる数日前に訪れていたのです」

「…何?」

「彼らは上位貴族ですから。時には交流として次期王妃候補を招くことも御座いましょう。勿論、その旨は記録に取ってありますし、王宮の者が付き添っております。他家との交流は、王妃教育の一環でもありましょうから」

 つまり、リザベルが王妃教育の一環で訪ねた家々が、各家の者しか知らないからと権力に物を言わせて虚偽の噂を流していたのだ。カービネナ侯爵は娘に興味がなかったため何も言わなかっただろうし、だからこそこれ幸いと彼らの行為が助長されたのだ。

 家族の不和がこんなところにも影響を(もたら)しているとは。到底許されることではない。

「こちらがリザベル様の外出記録に御座います。噂が指し示しているであろう日付と家が、訪問日と一致しておりました」

 王宮が管理している書類は、流出・改竄されることなどあってはならない。更に言えば、リザベルの王宮内における教育係は、あの天才ディアン・ヨーゼキなのだ。当然他家への訪問にも王妃教育の一環であるならば付き添うのはディアンだ。長時間の勉強の後、交わした会話を全て一字一句違わず描き出せる彼が、日付や家を間違えて書く筈などない。当然、わざと書き間違えることもない。彼は好き勝手研究することを許しているこの国に、誠心誠意仕えてくれているのだ。リザベルに対しても、娘や妹のように可愛がっている。

「何処までも馬鹿馬鹿しい。何故それでこちらが『はいそうですか』と納得すると思ったのだ。…いや、これは俺が原因、か」

 思い直して、深い溜め息を吐く。学園内での態度を見れば、婚約者の噂について調べる気がないのは一目瞭然だ。だとすれば、噂の基盤を整えなくとも表面上の情報だけを鵜呑みにしてそれで終わると考えたのだろう。正解だ。俺はどうしようもない馬鹿だったから、きっとそれで奴らの目論見(もくろみ)は成功した筈だった。外出記録も噂の真偽も調べず、リザベルを男癖の悪い女と決め付け偽りの罪で断罪し、彼らの望む女を妻に迎え入れ、愚鈍な王として頂点に座っていただろう。

 残念ながら、もうその予定はないのだが。

「つまりそういった噂が膨らみに膨らんだ結果、リザベルの悪評となって城下にまで流れ落ちた、というわけか。上位貴族が関わっているなら、裏の繋がりも含めて民を煽るなど容易(たやす)いことだろうからな。誠に腹立たしいことこの上ないが」

 噂に大きく関与しているのは、主に侯爵家2つ。スレラト侯爵家とブランフェル侯爵家だ。双方ともチャルファン男爵家と懇意にしており、リリィの後見人として、またはその関係によって甘い汁を啜ろうとしていたようである。自分達に俺と同じくらいの娘がいないが為に、チャルファン男爵家も利用したのだろう。

「そういえば、リリィが養子となることにチャルファン男爵は異を唱えなかったのか?」

「チャルファン男爵領は、財政が逼迫(ひっぱく)しております(ゆえ)

「あぁ…なるほど」

 チャルファン男爵領は、豊作な時は国内で片手に入るほど潤沢な財が手に入るが、不作な時はとことん不作だ。天候に左右されるためどうにもならない。豊作な時の財を貯めて不作な時に回すのが一般的な対処法であるが、恐らくそれをしなかったのだろう。確か今の男爵家当主に代替わりしてから大きな不作はなく、更に言えば一昨年くらいまではかなりの豊作だった為、その際に一気に使い切ってしまったのではないだろうか。領地の勉強をしていればそんな愚策は行わない筈だが、つまり自身の勉強不足と見通しの甘さが災いの種である。

「確かに、数年前は豪奢(ごうしゃ)に飾り立てた服を好んでいたのに、最近は似たようなものでありながら品は悪いものばかりになっていた。余程逼迫しているようだが、他の貴族に悟られたくないから誤魔化している、といったところか。ある程度の審美眼(しんびがん)があればわかるものを、悪足掻(わるあが)きだな。それなら娘を売ってでも金が欲しいだろうよ」

 そしてリリィ自身も、理由はどうあれフィルマの婚約者の座を狙っている。リザベルへの態度は、明らかに蹴落とすことを意図した悪意あるものだった。天然でやっているのならある意味恐ろしいが、あの日耳元でボソッと呟かれた言葉が天然である筈がない。そもそも天然とは、善悪の区別が付かない世間知らずさが露呈しても周囲に受け入れられて成り立つものだ。どうしても他者に嫌悪感や不快感を与えることがあり、あのように自分の株だけを上げ続けるなど不可能である。つまり全員が私利私欲のために動いた結果、リザベルの存在が邪魔となったのだろう。無能(フィルマ)を標的にする必要などなかったのだ。

「はぁ。この家々をどうにか出来ないものか。叩けばいくらでも埃が出て来そうだが」

「そう仰られると思い、こちらに」

流石(さすが)、用意がいいな」

 ざっと目を通せば、各々の愚かにも程がある罪が次から次へと出て来た。具体的に言えば職務怠慢や使用人の奴隷化、犯罪の数々だ。これらを隠し通せると思っていたのなら、今の王家は舐められているとしか言えない。所々に垣間見える詰めの甘さもそうだが、数日で家の取り潰しや爵位返上が決定されるような事実をゴロゴロとそこら辺に転がさないで欲しい。拾い上げていちいち断罪するのも面倒だと言うのに。

 僅かな期間で調べ上げて来たこの情報だけで、いくつの家が取り潰されるのだろうか。カービネナ侯爵家、チャルファン男爵家、スレラト侯爵家、最後にブランフェル侯爵家。一応は貴族として存在している筈だった彼らが、貴族としての役目を果たしていなかったと知れば、民はどう思うだろうか。その責は必ず王家に来る。それらを受け止めるという点に関して言えば王家への打撃となるが、存在し続けることも国にとって不幸となる。どちらにしても変わらないのなら、より良い方へ進むしかない。そのためにも提出された事実についての確固たる証拠や、民を納得させるだけの物を揃えなければならない。それらを公に晒せなければ、いくら詰めの甘い貴族共でも悪知恵を働かせて逃げおうせてしまう可能性がある。彼らを確実に捕らえる証拠の収集を命じれば、もう既に動いていると返答があった。

 流石、王家の影として働く者は優秀である。無論、保身も兼ねているのだろうが。

 野放しにしていたら王家は滅亡するし、そうすれば(かれら)の仕事もなくなる。何とかして腐敗の種は芽吹く前に摘み取らなくてはならない。

 もう報告は全て終えたようなので、報告に来た影自身も情報収集に加わるよう命じて話を終える。音もなくその場から姿を消すのを見送って、長く息を吐いた。あまりにも馬鹿げている。彼らが領地で行っている政策や裏でのやり取りもそうだが、そんな馬鹿共を国の中枢に押し上げていたこの国こそが馬鹿げている。国王と王妃も自身でリザベルに関する噂を調べていた様子もないし、やはりこの国は上から腐っているのだろう。俺もその1人だと思うとげんなりするが、過去のことは取り返しが付かない。

 冷めかけたコーヒーを一口飲んでから、今聞いた内容も含めた調書のまとめを再開することにした。

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