18
「…次に処理すべきは」
そう考えていると、草臥れた様子の衛兵とすれ違った。彼は慌てて廊下の隅で畏まるが、その異様な疲労具合に思わず声を掛ける。顔見知りだったおかげか、すぐにその答えを教えてくれた。
「実は、昨夜捕らえたカービネナ侯爵邸の使用人達が朝から晩まで騒がしくて。一声聞けば背筋の伸びる騎士団長の怒声でも、全く静かにならないのです…」
「なるほど…」
それは確かに疲労困憊にもなる。あまりにもしおしおと枯れているものだから、これは優先すべき事項だろう。そう考え、次の行き先を決めた。その為にはリザベルに協力を仰ぎたいが、今は大丈夫だろうか。
「分かった。そちらに取り掛かろう。私は準備をして来るから、1人ずつ別室に呼べるよう手配してくれ。勿論暴れぬよう、縄で縛っても構わない。うるさければ尋問開始まで口を塞いでいてもいい」
この国では拷問や奴隷などは禁止されているが、数分の口枷くらいならば大丈夫だろう。騒がなければ衛兵もやらないことなのだから自業自得だ。
そう心の中で言い訳しつつ、リザベルの部屋へと向かう。
一応リザベルに折檻していた者達の顔は覚えているが、俺の言葉では証拠にならない。俺は記憶を遡って見て来たようなものだから、他の者は俺が見ていたことを知る筈がない。説明も証明も出来ないため、自白とリザベルの証言で証拠を引き摺り出すしかないのだ。
その為辛い思いをさせるリザベルには申し訳なかったが、部屋を訪ねて説明すれば頷いて了承してくれた。恐怖の感情も薄れてしまったのかと思えばそうでもなさそうだったので、首を傾げながらもありがたく同行を願う。嫌だったらすぐにやめて良いと声を掛けてから、人気のない道を通って先程手配した別室へと向かった。そこにリザベルと現リザベルの侍女、新たに秘密を共有した衛兵を置いて、1人牢屋の前へと向かった。
「これより、1人ずつ尋問を行う。念の為手足を縛らせてもらうが、潔白であれば楽にしよう。無実の者には苦しい時間だろうが、少しだけ我慢してくれ。尚、尋問には俺が出る」
牢の前で宣言したその言葉が、希望か絶望かは知らない。けれど、多くの者はその言葉を聞いてすぐに目を輝かせた。大方、今までリザベルを婚約者として扱って来なかった俺におべっかでも使えば、助けてもらえるとでも思っているのだろう。捕縛された時点でほぼ罪は確定だというのに、実に浅はかなことである。
牢屋を見張っていた衛兵が、1人ずつ部屋から出して別室に連れて来る。彼らがその部屋に入って1番最初に目にする者は、かつて仕え虐げた、カービネナ侯爵家の令嬢となった。
「…お、お嬢、様…」
年配の使用人は、目をこれでもかと開いて震えた声を出した。リザベルの隣には彼女を守るように衛兵が立っており、その後ろ側には昨日付けたリザベル専用の侍女が1人待機している。俺は被疑者とリザベルが向かい合う姿がよく見える場所に腰掛けた。名前と罪状を確認する役割を請け負い、虚偽の申告をしないよう圧を掛ける。調査の仕方が誤っていないかの確認と記録係として、衛兵が用意した書記官が1人、俺の横に控えていた。
「リザベル、彼女に見覚えは」
「あります」
「いつから知っている?」
「私が5歳の時には既に居たと思います」
「何か暴力を振るわれたことは」
「…あります」
「何処を」
「何処…?」
リザベルが困惑した様子を浮かべる。皆に傷付けられたのなら、傷を確認する頃にはもう全てぐちゃぐちゃに混ざり合っていただろう。蓄積しているとなれば尚更だ。愚問だったと俺は自分を叱咤し、頷くことでその質問を流した。
「ならば、暴言を吐かれたことは」
俺の言葉に一瞬止まるリザベル。書記官がその一瞬の沈黙にチラリと視線を動かしたが、リザべルが押し黙った理由に察しがついて補足した。
「暴言とは、他者の尊厳を踏み躙言葉のことを言う。馬鹿、愚図、婚約者に相応しくないなど、これらに類似した言葉は全て該当する。否定的な言葉は全て暴言だと取ってもらって構わない」
「…あります」
「そうか」
俺は被害者から事実確認を取っていく。使用人は「出まかせよ!」とか「嘘吐き!」とかの暴言を吐いているが、その態度こそが証明になっていると気付いていないのだろうか。散々喚くものだから苛立ってしまい、少々灸を据えたくなった。
「おい」
騒がしい使用人に視線を向けると、急に彼女は黙り込む。縄で縛られ衛兵に押さえつけられているため、顔しか動かせるものはない。目線がこちらを向いたところで、冷ややかに告げる。
「お前は誰に仕えていたんだ?」
「…え?」
「言え。お前の主人は誰だ」
「か、カービネナ侯爵様に御座います」
「なら、カービネナ侯爵夫人とその子供達には仕えていないのか?」
「いいえ!私は誠心誠意カービネナ侯爵家の皆様にお仕えしておりました!」
「…そうか。では」
俺は冷え切った目をその女の目と合わせる。ビクリと怯えているのを確認して、そのまま言葉を続けた。
「お前の告げる誠心誠意とは、主人を愚弄することなのか?」
言い切ると、一拍遅れて否定の言葉が飛んできた。そのどれもがチグハグで、口先だけの誠意だとよく分かる。哀れな程に愚かなその姿に、溜め息しか出て来ない。何処までも保身のことしか考えてない、主人への忠誠心など欠片もない姿に、体の奥が沸騰するように熱を持った。
「何が違う!」
途端、水を打ったように部屋の中が静まり返る。全ての双眸がこちらを向いていた。
「お前は仕えるべき主人に向けて、あろうことか虚言癖があると宣った。不正直な者だとこの王太子殿下に進言したようなものだ。違うか!?」
俺の怒号に、女が萎縮する。理解したのか、場を流したいのか、申し訳ありませんと何度も繰り返し、頭を下げた。
「その態度こそが、お前がリザベルに敬意を持っていないことの表れ。暴力や暴言を行った何よりの証拠。連れて行け。今度は石牢だ」
泣き叫ぶ悲鳴が驚くが、気にしていられない。やっと1人目の尋問が終了したのだ。これからまだ何十人、何百人と待っている。
長いこと尋問を繰り返したが、どれも同じような態度でどれも同じように自滅した。最初の数人でうんざりして、怒鳴ることもしなくなった。同じようにリザベルを愚弄すれば、その瞬間刑罰は決まった。悲しいことに、ほぼ流れ作業だ。
気付いたら残り半分に差し掛かり、そろそろ夕陽が傾く時間となっていた。あと1人行なったら今日の分は終わりにして明日に回すことを決め、罪人入れ替えの為のわずかな時間に、リザベルに対しこんなことに付き合わせて申し訳ないという謝罪と、ディナーは好きなものを頼むよう告げた。少しでもリザベルの心を休められたら、という考えの元の発言だったが、どうやら失敗だったらしい。リザベルは一瞬だけ困惑したような表情を浮かべ、次の瞬間には婚約者として振る舞っていた時と同じ柔らかな笑みを浮かべた。「殿下の好むものが食べたいです」とはにかんでいる。言葉だけ聞けば、婚約者の好みに寄り添う令嬢の愛らしいおねだりだ。しかしリザベルは本心でも偽りでもなく、ただそうすべき場面だからそうしただけのこと。この言葉はリザベルにとって、味覚障害を患っていると悟らせないための精一杯だと、俺だけは気付いてしまった。
せめて食事くらいはリザベルの望むものを、という考え自体が浅はかだった。本人すら望むものが分からないのだ。ここは様々なものを試してもらい、少しでも心を傾けたものがあればそこから欠片を取り戻して行くしかないだろう。味が感じられなくとも食べやすいものが良いかもしれない。そう考えなければならないほど、リザベルがこの十数年で失ったものは酷く重いのだ。
料理長にどう指示を出そうか考えていると、ようやく本日最後の1人が連れて来られる。リザベルと同じくらいの年の彼女は、リザベルの前に連れて来られると黙って跪いた。今までの者とは違い、保身に走る様子もこちらを伺う様子もない。
「…リザベル、彼女に見覚えは」
今日何度目かわからない質問をリザベルに問い掛ける。先ほどまで間髪入れずに返って来ていた返事は、紡がれることはなかった。聞こえなかったかと視線を向ければ、リザベルは戸惑ったような表情を浮かべ首を傾げていた。
「えぇと、…ありません」
見覚えがない。その意味に気付いてとても驚いた。
カービネナ侯爵邸では、ほとんど全員の使用人がリザベルへの虐待に加担していた。リザベルは聡明な上、次期王妃になることも考慮して1度会った人物は必ず記憶するよう教育されていた。その中で見覚えがないということは、一体どういうことだろうか。
「…本当か?」
思わず聞き返してしまったが、リザベルは頷くだけである。ならば使用人の方に聞くしかない。
「問答の許可を出す。本当にカービネナ侯爵邸に仕えていたのか?」
「はい」
「いつから」
「8年程前からに御座います」
学園に入る前から支えている。ならば尚更、リザベルの記憶にないことが不思議である。
「リザベルと会ったことは」
「…1度もありません」
「どういうことだ。説明せよ」
命じれば、震えながら彼女は告げた。途中途中嗚咽を漏らし謝罪を繰り返しながら、あの屋敷内の真実を語り始めた。
「私は、友人と共にカービネナ侯爵家の使用人として雇われました。友人は正義感が強く、優しく、美しかったので、すぐにお嬢様付きの侍女になりました。けれど彼女がそこで見たのは、お嬢様に手を上げる不埒な輩ばかりでした。許せないと意気込んだ彼女は、奥様に直談判をしに行きました。あんな使用人は即刻解雇にすべきだと、お嬢様の身が危ないと。私に教えてくれたのと同じように、怪我を詳細に訴えたと聞いております」
涙を流しながら、彼女は当時を振り返る。ここまで来れば、その友人が誰かは思い至る。かつてリザベルが語った、彼女を庇った使用人その人だと。そして、その顛末も。
「加担していたのは、奥様もでした…!それが彼女に知れれば、今度は殿下に告げ口されるかもしれない…!そう焦った奥様は、衛兵に命じて彼女を…っな、亡き、者、に………ッ…!!」
手を縄で縛られているせいで、止めどなく溢れる涙を拭うことすら出来ない。彼女は床に崩れ落ちながら、何度も謝罪の言葉を繰り返した。リザベルに、そしてかつての友人に、自分は行動出来なかった愚か者だと泣き叫んだ。
「知っていたのに…お嬢様への暴力が増したことも、使用人達が更に過激になったことも、知っていたのに…っ!私は、その対象が私に変わるのを恐れて、友人と同じところに行くのが怖くて、何も、何も言い出せませんでした…!」
繰り返される悔恨。泣き過ぎたのかげほげほと咳き込む。しばらくして落ち着いてから、また話を続けた。
「友人は若かったので、それ以降若い女性はお嬢様の側付きにならないように、侍女長がお決めになりました。同じ歳だった私も、お嬢様の側には行けませんでした。私は元々出来が悪かったので、いつも影で仕事をしていたのもあり…だからお嬢様は、私のことを知らなくて当然だと思います」
やっと納得がいった。彼女はリザベルへの加虐に加担していないし、それを告げられなかったことをずっと悔いていた。自身の立場がどうなろうとも、処罰されようとも、初めて訪れた主人を助ける機会。逃す手はないと、全てを打ち明ける心算だったに違いない。俺は彼女の覚悟に自身を重ねた。自分諸共地獄へ堕ちる覚悟を決めた者に、僅かに親近感を抱く。
「リザベル。彼女には本当に何もされていないんだな」
「はい」
リザベルが頷いたのを確認して、俺は判決を言い渡す。名前を確認すると、使用人の名前はベスだと分かった。
「ではベス。君には証人になってもらいたい」
処罰を覚悟していたベスは、俺の提案に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「家の内部事情は、俺たちでは把握しきれない。基本的にはリザベルの記憶に頼ることになってしまう。けれど他にもそれを裏付ける証人がいれば、それは確固たるものになるだろう。頼めるか?」
「はい…っ!それで、それでお嬢様を痛めつけた奴らを懲らしめることが出来るなら!私はいくらでも証言を行います!!彼女の無念を晴らせるなら、私はどうなっても構いません!」
こうして、新たな協力者を得たところで本日の尋問は幕を閉じた。
翌日の尋問においては、ベス以外の者と全く同じ態度だったので、ベスのような者が出て来るかと期待した分落胆した。




