第86話 Story about ロザリオ 23-1
「疲れた顔しているじゃないか、大丈夫か、タック?」
セレモニーから3か月ほどが過ぎたある日、天体地中都市プルシャプラの一角で、ロザリオが話しかけていた。
「慣れない定住生活だけでも疲れるのに、初めて見る植物の発育をも管理しなくてはいけないのだから、堪えるさ、ロザリー」
そう語ったスパルタクスは、頭に鉢巻手には鍬という格好で、畝の続く大地に立っていた。
別の時代なら、畑作業と誰もがひと目で思うだろう。
「合成に寄らない、生物由来の食料生産を習得しようなんて、普通の航宙民族には有り得ないような志だよ。凄いぜタックは、あはは」
「ははは、そんな世辞で、疲れは癒えないぜ、ロザリー。
せめて重力を、何とかできないか、保安機構の技術で? 」
古くからの親友のような気安さで、互いを見つめ合い笑い合う彼らだった。
「そりゃ無理だ。それにしてもさ、全自動の機械でやれることを、こんな原始的な道具を使ってやることは、無いんじゃないか? 」
「便利な機械や道具がない環境でも、生物由来の食料を確保できるように訓練しているのだ。
多くの航宙民族に略奪を完全にやめさせるには、まず誰かがこういった作業を身につけて見せなくてはな」
「イスファンの幹部としての、使命感に燃えているんだな、タックは」
アールパード族が中核の連合国家に、少し前に、やっと名前が付いた。
部族連合共和国イスファンの地方政権バクトラを代表して、共和国内全勢力の代表が集う統合連絡会議で意見表明できる立場に、スパルタクスは就いていた。
「タックー、できたわよー」
少し離れた岩壁から、声が聞こえた。正確には、岩壁に開けられた、窓からだ。
岩を彫って作った住居が、そこにある。
ニーシャプールやプルシャプラなど、岩石天体の地中都市にはおなじみの光景だ。
そして、平和な光景でもある。
マラカンダが、プルシャプラへのあらゆる束縛を放棄しただけでなく、イスファンにも参加したのが大きい。
「分かったよ、セシー。今行く」
返事の直後に岩壁の窓から、声だけでなく顔も飛び出した。
「今日はロザリーが来るって聞いたから、ボルシチを作ったのよ。
あら、ロザリー、いらっしゃい。たっぷり食べて行ってね、ボルシチ」
「うん、ありがとう、セシー」
天体地中都市プルシャプラの一角に営まれる、スパルタクスとセシリアの愛の巣に入るのは、今でも少し胸が痛む。
妬むような気持ちではない、と思う。
自分が何かを失ったとしても、それでどれだけ胸が痛んでも、自業自得だとロザリオは思っている。
自分は、セシリアを傷つけたのだから。
あの日の走り去る背中は、今でも思い出す。セシリアを見るたびに、公設スクールの廊下を走って行く背中を。
あんなに傷つけた自分が今、こんな歓待を受ける資格なんて、あるのだろうか。
ロザリオを苛む痛みは、喪失感ではなく、自己嫌悪が主だったかもしれない。
謝りたい衝動も、時々こみ上げて来る。「ごめん」の一言が、何度も喉元までせり上がった。
だが、言おうとすると、やはりあれは自惚れからくる思い上がりや勘違いだったのでは、との考えが猛追して来る。
セシリアの気持ちが彼にあったことも、彼が彼女を傷つけたというのも、彼が独りよがりに思い描いた絵空事に過ぎないのかもしれないと。
ロザリオの葛藤に気が付いているせいなのか、巣の主たちは、ロザリオに優しかった。
2人で交互に、時に一緒に畑作業の訓練や家事に勤しむ生活を、2か月ほど前から彼らは続けている。
新国家イスファンの礎となるものを求める、手探りの努力だ。
これで3回目の訪問となるロザリオは、2人の努力に頭が下がる思いだ。
「ロザリーだって、帝国やバクトラも含めた、イスファンの各勢力の間を行ったり来たりの、忙しい毎日を過ごしているのでしょ、チーフ・ミハルやイゴル大尉たちと? 」
ボルシチを口に運ぶロザリオに、頬杖を突いたセシリアが話しかける。
もちろん、隣にはスパルタクスがいる。
「ああ。でも俺は、チーフにくっ付いてウロウロしているだけだよ。
2人の頑張りとは、比べ物にならない」
「ははは、そう自己卑下するものじゃない。
ロザリーやシェリングの働きも、イスファンには不可欠なものとなっているさ」
これを聞いて、シェリングも何度かここを訪れたことを、ロザリオは思い出した。
その感想を述べた、彼の言葉と共に。
『スパルタクスと何度か話してみたら、今まで航宙民族や培養奴隷を偏見の目で見ていた自分が、ほんとに愚かに思えるよ。
人と人は、ちゃんと互いを知り合い分かり合えば、誰をだって尊敬も信頼もできるものなんだ。
なのに俺は、航宙民を野蛮とする情報に踊らされて、根絶やしにすべきだなんて暴論を吐いて、盲目的に恨みや怒りをまき散らしていた。
しかもその情報ですら、ゲオルグ・ガルシアたちによって捏造された、フェイクでしかなかった。
俺の親父を殺したのも、プルシャプラが受けた略奪の多くも、航宙民の仕業というよりゲオルグたち一派の策略だったのに。
あんな奴のでっちあげた偽情報で、お前の言う通りに、俺の性根は歪み切っていた。そのせいで、スパルタクスみたいないい奴に嫌悪や憎悪を抱いて来たなんて、恥ずかしい限りだぜ。
俺はもっと、色んなことを正しく知っておきたいと思うようになったよ。
宇宙保安機構で長く働けば、正しい知識をたくさん身に着けていけるのかな、ロザリー? 』
(シェリングの航宙民への偏見を取り除くのは、俺の任務だったはずなのに、タックにあっさりと先を越されてしまった。
しかも、俺が彼に植え付けてしまった自己嫌悪は、未だに取り除けていない。
やっぱりダメだな俺は。機構職員、失格だぜ)
こんな気持ちのロザリオには、次のセシリアの言葉は痛いくらいに優しかった。
「そうよね、タック。ロザリーはすっかり、一人前の保安機構職員に成ったのだなって、感心して見ているわ、私は」
言われた当人の苦悩を他所に、彼女は話の向きを変えた。「それより、アフシ族がどこに消えたか、まだ分からないの? 」
ロザリオをねぎらった笑顔のまま、声のトーンは落としていた。
「そうなんだ。いくら探しても見つからない。
その一方で、アフシ族に合流しようとする集団は、バクトラ王国の中で次々に出て来る。
昔からの暮らし方を変えるのを、どうしても受け入れられない懐古派が、いなくなることは無いんだな。
その連中にとっては、アフシ族が心のよりどころらしい。
略奪中心の暮らしをどこかで続けていて、彼らと合流すれば、自分たちもそれに戻れると信じているみたいだ」
「アフシ族が存続している可能性が、新しい暮らし方への適応を妨げているわけか。
それに加えて、今まで名前を聞いたことも無い航宙民族の集団が、イスファンの領域内に進出して来る事態も絶えない。
それらの多くは略奪中心の暮らしをしていて、懐古派の情熱を煽っている。
銀河にはまだ、無数の航宙民族がいるのだと思い知らされる。
とは言え、略奪被害の報告はこの3か月ほど聞かないから、いずれ彼らも諦めて、新たな暮らし方への順応を受け入れるとは思う。
それでも、アフシ族や無数の航宙民族の存在は、今後もイスファンを揺るがせ続けるだろう」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/4/6 です。
スパルタクスが食料生産の訓練と称して、頭に鉢巻を巻き、鍬を握って畑を耕していました。
いくら何でも、数千年の未来にそんな場面はないだろう、と思われた読者様もおられたでしょうか。
現代でも、かなり自動化の進んだ野菜工場といったものが見られるようになっています。
未来なんだから、もはや人が手で鍬を握って土の上に立って作業など、するわけないとの考えるのも道理でしょう。
しかし、生物体を経由しての食料生産を経験したことの無い宇宙系の者には、基礎中の基礎としてこういった経験は、必要なのではないかと考えました。
元素から化学的に合成された食料しか、スパルタクスたちは生産したことはありませんし、食べて来たものもほとんどが、化学合成でした。
宇宙での食料生産を考えると、化学合成の方が合理的ではないかと、作者にはどうしても思えるのです。
一旦生物体を作り出し、それの一部を食料にするというのが、時間も空間も労力も無駄にしてしまうような気がします。
現在語られる火星移住計画などでも、畑を作って食料を生産する方式が考えられているようですが、火星の地表という広大な大地があるからこそ可能な方法でしょう。
宇宙を彷徨う宇宙船での生活を考えると、狭い空間で十分な食料を作らなくてはならないでしょうから、畑なんて作っていられないだろうと思えます。
現在は、元素から直接食料を作るなど、誰も考えていないように見えます。
培養肉や合成調味料なども、完成された生物体ではないにしろ、生物の力を借りて作られます。
ですが、一旦化学合成での食料生産技術が確立され、且つ宇宙船で長く宇宙を旅するような時代が来れば、化学合成が主流となる可能性は高いと思います。
食料というのがそもそも、生物から得られるものだということすら、忘れ去られる事態も無いとは言えません。
そしてスパルタクスたちは、食料は化学合成が当然という環境で生まれ育ったという設定です。
鍬を握って畑を耕す経験が重要になるという事に、これでご納得頂けますでしょうか。
結局は野菜工場のような施設で作るようになるとしても、食料となる生物(=作物)がどういうものかを直に触れて知っておかないと、様々な問題が生じてきそうです。
色々な天体に適応した野菜工場を建造する段階から、作物に直接触れた経験が活きて来るのではないかと思います。
スパルタクスに畑作業をやらせたことが、荒唐無稽ではないことが、これで論証できたと思っています。
論理的にシミュレートした結果として全ての場面が描かれている、ということを念頭に置いて本シリーズを読んで頂きたいと、作者が願う所以です。
そんなことには興味ない、という方にも楽しんで頂けるようにも、努めているつもりではいますが・・・。




