第87話 Story about ロザリオ 23-2
食卓を囲んで新たな連合国家の今後を語り合う時を、彼らはこんな感じで度々持った。
心の隅に痛みを抱えたロザリオが、スパルタクスとセシリアの住居を訪ねることで。
そして、ロザリオの痛みは消えないままに、一年が過ぎた。
「本当に、行ってしまうんだな」
「ゴメンね、ロザリー、本当に心配ばっかりかけて。
でも、タックの決意は間違っていないと思うし、私は彼の挑戦を支えたいの。
最終的に航宙民族の暮らしをするのか、定住生活をするのかは、まだ分からないけど、今はタックについて、遠くの帝国を目指すわ」
スパルタクスは既に連絡艇の前に立って、いつでも乗り込める態勢だ。
見送りに来ていたロザリオやシェリングとの挨拶は、済ませていた。
「そうだね。遠くの帝国とイスファンの間にある銀河系バルジなどには、無数の航宙民族が暮らしている。
それらの実態を知らなくちゃ、イスファンの将来はおぼつかないのだな。
遠くの帝国までの空間を踏破して、そこにいるすべての航宙民や定住民と接触しようなんて、更には遠くの帝国の情報もできる限り収集しようなんて、ものすごくスケールの大きい、リスクも伴う挑戦だ。
でも、イスファンには必要な挑戦だ。
それに挑むと決めたタックは、勇敢だよ。タックを支えると決めた、君もね。
だから、離れるのは寂しいし、心配もするけど、止めるわけにはいかないね」
「有難う、ロザリー。本当に、心配ばっかりかけて、ごめんなさい。
ずっと優しくしてくれたロザリーに、私ったら、甘えてばかりね」
ニーシャプールのスペースポートで、2人は向かい合っていた。
ここから宇宙商人の交易船に便乗して、スパルタクスとセシリアは北を目指して旅立つ。北辺暗黒天体群域の、更に北へ。
地球系人類には未踏どころか、観測すらも及ばない宙域へ。
シェリングがロザリオの背後で、スパルタクスはセシリアの背後で、向かい合う2人の惜別を見守っていた。
セシリアが言葉を途切れさせ、沈黙が訪れるのも。
紡がれたセシリアの言葉が、思いのほかに切実な心情を伴っていたことに、その数秒間の沈黙から、ロザリオは気付かされた。
心の片隅の痛みが、激しい慙愧の念と化してせり上がってくる。
「そんなことない。優しくなんか・・・・・・。俺は、君の気持を・・・・・・」
1年余り言えなかった事を、言うなら今だと、急に思い立つ。「俺は、君を傷つけた。君を追いつめてしまった・・・・・・いや、そう思っていた。
君の気持が、自分にあるかもしれないと、あの頃の俺は思っていたのに、それに応えることを何もしなかった。
それはもしかしたら、俺の勘違いかも知れないけど、独りよがりな思い込みかも知れないけど、でも、もしかしたら自分を想ってくれているかも知れないと、感じていたのなら、もっと何かをするべきだった。
でも何もしなかった。だから、そんな俺は、優しくなんか・・・・・・。
自分が何もしないことが、君を傷つけているかもしれないと思っていたのに、それでも何もしなかった。
そんな俺の態度が、君を追い詰めてしまった気がしていたんだ。
あの日、トラペスントの公設スクールで、君の誕生日を迎えたあの日、プレゼントをもらえるという期待を裏切って、俺は君を傷つけた。
君は、走って去っていった。
泣いているように見えた。
あれが、君を追い詰め、どんどん遠くへ、ついにはプルシャプラにまで、追いやってしまったような、バカみたいな発想だけど、でも、そんな気が・・・・・・」
ひと息にまくしたてたロザリオの言葉が積み上がるごとに、セシリアのポカンと開けられた口が広がりを大きくした。
そして話が途切れた時には、首を傾げて疑問を露にした声を出した。
「え? なあにそれ? そんな昔のことを、気にしていたの?
私は、ロザリーに傷つけられた覚えなんて、ひとつもないよ」
「そ・・・・・・そうなの? やっぱり、俺の勘違い?
あの日、君が、君の席の上に俺が置いていた包みを、俺からの誕生日プレゼントだと思い込んで・・・・・・でもそれは、俺の私物でしか無くて、それに気づいた君は、走って去って行った。
泣いていたように、俺には見えたんだ。
俺は・・・・・・その、君に思いを寄せられていると思い込んでたから、そんな風にして泣きながら走り去った君を見て、傷つけてしまったと・・・・・・。
それが・・・・・・思いを寄せられていると感じながら、誕生日プレゼントもあげない俺の冷たい態度が、君を危険な世界に追い込んでしまったのじゃないかと。
でも、全部勘違いだったのか、バカだな俺は・・・・・・ははは。
独りよがりの、バカげた思い込みだったんだな、あははは・・・・・・」
「違うわ! ・・・・・・勘違いじゃ、ないわよ。
私がロザリーを好きだったのは、間違いないわ」
ストレートな表現にたじろぐ彼に、彼女は語り続ける。「そんなこと、分かってくれていると思ってたな。プルシャプラで私を見つけてくれた時に、そのことは、絶対に伝わったはずだって」
「プルシャプラで見つけた時に? どういうこと?
何年も前の君の気持に、プルシャプラで気づくなんて・・・・・・」
この発言に、少しふくれっ面になって、セシリアは問いかける。
「じゃあ、ロザリーはどうやって、私を見つけたの?
ロザリーが私を発見した、プルシャプラのスペースポートで撮られた映像を、私も見たわ。あれは、顔なんて絶対に、見分けられるはずのない映像だった。
それを見てロザリーは、すぐに私を見つけてくれたって、イゴル大尉も言っていたわよ」
「どうしてって・・・・・・どうしてだろ? 分からない。覚えていない・・・・・・不思議だな。
顔なんて、絶対に見分けられるはずのない映像から、俺は、どうやって・・・・・・」
「もう、自分のことなのに、分からないの? これよ」
セシリアは肩に掛けたバッグから、一枚の布を取り出した。コバルトブルーの布を。
「それ、俺が誕生日プレゼントであげた、スカーフ・・・・・・あっ、そうだ、そのコバルトブルーを映像の中に見つけたんだ。
このコバルトブルーが、セシーの存在を教えてくれたんだ。
だから俺、顔の見分けられない映像から・・・・・・」
「そうよ。そのことに、自分で気づいていなかったなんて、びっくりよ。
それに、何年も前にもらったこのスカーフを、あんなにも遠いプルシャプラで身に着けていた理由だって、ロザリーはその時に気付いただろうって、私は思っていたわ」
「え・・・・・・あ・・・・・・、そうか。あんな遠い場所で、俺のあげたスカーフを・・・・・・」
「自分の意志で来た場所だけど、不安じゃないわけ無いでしょ。
あんな場所で一人なんて、怖くて怖くて仕方がなかったわ。
そんな私の心の支えだったのよ、このスカーフ。
ロザリーだって夢に向かって、あんなに頑張っていたのだからって、これを見るたびに思えたわ。
私も何かをやり遂げるんだって、これを見て自分を励ましていたわ」
「そうか。そのスカーフを見つけた時に、君の気持に確信を持たなきゃ、いけなかったんだな。
このスカーフをプルシャプラで身に着けている理由は、それしかないって・・・・・・」
「そうよ。それなのに、スカーフが目印になったって事実にすら、自分で気が付いてないなんて、本当に鈍いのね、ロザリーは」
「ゴメン・・・・・・そうか。好きでいてくれたんだ。
それなのに、俺は君を、傷つけ・・・・・・」
「だから、傷つけられてなんか、無いってば。
走ってあの場を去ったのは、傷つけられたからじゃないの。
泣いていたかもしれないけど、それもロザリーのせいじゃない。
誕生日プレゼントだと思った包みの中は、確か、ニュートリノビーム通信機だったでしょ?
ロザリーが、保安機構職員への夢を叶えるための勉強に使おうとして、誰かから借りたものだったのよね?
私はそれを見て、夢に向かい続けるロザリーを凄いと思って、それに引き換え、夢を見つけることもできていない自分が、情けなく思えたのよ。
私が誕生日に浮かれている間も、夢への努力を続けているロザリーとの差に、自分で自分が嫌になっちゃったわ。
それで、あんな風に・・・・・・」
「そ・・・・・・・そういうことだったの?
誕生日プレゼントをあげなかったことで、君を傷つけたわけじゃ・・・・・・」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/4/13 です。
この物語における東西南北の概念については、始めの頃に一応説明はしてあるのですが、ご記憶にない読者様におかれましては、ここで唐突に北とか記されていて戸惑われたかもしれません。
銀河中心を北、その逆が南、銀河系円盤の回転して行く方向が東、その逆が西ということになっています。
この時代の人々の多くは、東西南北が地球で暮らしていたころに由来する概念であることすら認識していないと、作者は想定しています。
一部の専門家しか知らない、レアな知識だと設定されているものとご認識ください。ジャガイモがジャカルタから来たイモ(=じゃがたらいも)だと、あまり意識されないようなもの?
その北の更に向こうに、スパルタクスたちは旅立とうとしています。
銀河中心を越えて、銀河系円盤の反対側に行くということです。
そこが、地球系人類にとっては人跡未踏だと記しました。
銀河系の全域に進出しているという設定なっているにもかかわらず、人跡未踏の場所が沢山あると、一見矛盾したような記述がなされています。
次のようにお考え下さい。
作者は、日本の都道府県の全てに行ったことはあります。都道府県レベルでは全てを踏破しているということです。
ですが、市町村レベルで見れば生まれ育った大阪府においてすら、行ったことがあるのは半分以下でしょう。
大きく区切れば行ったことがある場所も、細かく区切れば行ったことがない場所が沢山でてくる、ということです。
○○さん宅に行ったことがあるとは、玄関にでも入れば言えますが、その家に入ったことの無い部屋が沢山あるのは当然でしょう。
この時代の人類も、銀河系を10個くらいのダイスに切り分けたとすれば、全てのダイスに行き渡っています。
ですが、100個のダイスに切り分けたとすれば、半分から8割くらいは人跡未踏である、というイメージでとらえて頂きたいです。
エリスの時代ですら、銀河系を一万個のダイスに切り分ければ、その半数以上は人跡未踏だというイメージで、作者は思い描いています。
しかし、100個に切り分けたくらいならば、この物語の時代ではほとんどが人跡未踏で、エリスの時代には概ね全てに人類が行き渡っている、といった感じでしょうか。
このシリーズにおける、時代ごとの銀河系円盤に対する人類の進出具合というものを、読者様にも想像して頂けましたでしょうか?
どれだけ時代が進んでも、人跡未踏の場所が無くなることなど絶対に無いくらいに銀河系円盤が広大であるということも、イメージして頂けると幸いです。




