第59話 Story about スパルタクス 11
しばらく様子を見ていたが、対決派は沈黙したままだった。
帝国とサランジュの通信記録を示したのが、やはり効果的だった。
それまでは武力制圧まで言及していた対決派が、帝国の脅威を実感した途端に言葉を失った。
「すこし、見解をまとめる時間をくれ。一旦休憩とし、我々だけにしてもらいたい」
対決派の代表がそう要求したので、スパルタクスたちは会議室を後にした。
岩壁に穿たれた窓から、地上階と呼ばれる穴の底を見おろす廊下を、カフェスペースへと歩く。
「サランジュと喧嘩したままじゃ、帝国に対応できないことは、あの人たちだって分わかっているみたいね。
いくらアールバード族と用心棒契約を結んだって、あんな強大な帝国が相手となると、あなたたちも一枚岩にならないと、どうしようもないものね」
「サランジュとの協力が必要なのを知っていながら、帝国の脅威を実感するまで、彼らへの強硬姿勢を捨てられないのだから、大人気無いというか思慮が足りないというか」
融和派代表のディックは、これまでの紛糾を思い返したのか、渋い顔つきだ。
「通信記録を示された直後の、あの連中の顔を見ると、答えは出たようなものだな。
ここへきて、サランジュへの強硬姿勢を続けるなんて、自殺行為に等しいのだからな」
スパルタクスは楽観論を口にして、その場を和ませようとした。
「あらっ? 」
不意に立ち止まり、並んだ部屋の一つを見つめるセシリア。スパルタクスも、思わず視線の先を追った。
「この部屋は・・・・・・」
「保護した漂流民を引き取りたい者が、漂流民と面談するための部屋だな、ここは」
部屋の前に掲げられたプレートを見るまでもなく、ディックは説明した。
プレートの表示内容を解しかねる表情のセシリアは、説明が終わる前に部屋に踏み込んだ。
訳も分からぬまま、心を強く引き付けられたのだろう。
その気持ちが分かるスパルタクスも、彼女に続く。
「保護とか引き取るとか言っているが、実質は人身売買だ。
漂流民なんてのも嘘っぱちで、宇宙商人が航宙民族から捕虜を買い取り、奴隷として売っているのさ。まったく、下品な商売だ。ニーシャプールの面汚しだぜ。
法律上は禁止だが、保護が必要な漂流民だなんて見え透いた嘘で、まかり通ってしまうのだ、ニーシャプールでは」
殿を務めて入室しながら、ディックがさっきよりも渋い顔で打ち明けた。
部屋は牢獄だった。薄暗い中、重々しい鉄格子が迫り来るように視界を塞ぐ。
その向こうには不安そうな、幾人かの顔がある。自分たちが奴隷として、檻の中で展示されていることを、分かっているようだ。
檻を見つめるセシリアの目が、確信をもって誰かを探す者のそれになっていると、スパルタクスは感じた。
ここに知った者のいる予感が、彼女を捕らえているのだろう。
「あっ・・・・・・あなた、確か、アナスタシア・・・・・・」
「ああっ! あなたは、あの船で一緒だった・・・・・・セシー、セシリア・ヴェールね」
「アナスタシア・・・・・・」
駆け寄るセシリア。鉄格子を挟んで手を取り合う。「どうしてこんなところに? マラカンダに向っていたはずじゃ。
マラカンダで奴隷として売られて、ここに連れて来られたの? 」
「セシーこそ、ここで何を。あなたが乗り換えた先の船が、襲撃されて略奪を受けたっていうのを、あの船に乗っている時に聞いて、心配していたのよ」
檻の内と外から、驚きと質問をぶつけあう2人だったが、再会を喜んでもいた。
自分の乗っていた船も宙賊による略奪を受けたと、アナスタシアは説明した。
その宙賊から宇宙商人に売られ、あちこちを経てここに連れて来られた境遇を訴える。
セシリアもこれまでの経緯を簡単に教えた後、ディックを振り返って尋ねる。
「漂流民でないことを証明できれば、彼女をこんな風に扱うことは、できなくなるわよね。
アナスタシアが奴隷として売られるなんてことは、絶対に阻止したいの」
問いかけながらブレスレット型の端末をセシリアが操作すると、ディックと彼女の間に等身大の立体映像が、端末から投影された。
「なるほど」
生真面目な調子で、ディックは頷いた。「ミス・セシリアの知り合いであることは、この画像で証明できるな。
これだけでも、あなたには無条件に引き取る権利が生じるし、彼女の故郷が分かるのなら、そこに戻れるように手配することも可能だ。
費用はあなた持ちとなるが、ここで保護という建前で奴隷にされることは、阻止できる。
というかその前に、出品者を少し突っつけば、宇宙商人から買ったことだってすぐに明るみに出る。
誰だ、この娘の出品者は・・・・・・」
檻の端にあるプレートに記されたコードを、ディックは自分の腕の端末で読み取った。それで、出品者が分かるようだ。
「これは、対決派の1人だぜ。
サランジュへの敵対を煽る一方で、こんな下品な商売にも手を出していやがったか」
ディックは憤ったが、こうと分かれば後は早かった。
数時間後に再開した会議の席上でディックが問い詰めると、出品者は人身売買を認め、アナスタシアの解放を承諾した。
「アールバード族と契約する際に、人身売買への取り締まりを厳格化するとニーシャプール行政府は約束している。
この件を行政府に通報すれば、タダでは済まないぜ」
「いや、待ってくれ、それだけは許してくれ。サランジュの件は譲歩するから・・・・・・」
「馬鹿野郎っ! 交渉の交換条件になどするか。それとこれは別だ。
だが、二度と人身売買に手を出すな」
「分かった。もう、決してやらない」
こうして、アナスタシアをはじめ同じ牢獄にいた者たちは、アールパード族が引き取り、できる限りそれぞれの故郷に帰れるよう計らうことになった。
「サランジュの件も、対立は一旦保留して、帝国への対応で連携して行く方針を行政府に求めることにする」
対決派が、この言葉を直ちに実行に移そうとするのを見届け、セシリアもアナスタシアを引き取りに向かおうとした。
その時、そこにいた全員の端末が同時に、緊急の着信を告げた。
「サランジュが、武力侵攻して来ただと、そんな馬鹿なっ! 」
ディックが叫ぶと、対決派からも声が上がる。
「あの連中に、我らを叩く戦力など、ないはずじゃないか。
こんなこと、あり得ない」
だが、数分後にもたらされた続報に、一同は色を失う。
「百隻近い武装船団が、停船要求を無視して急接近だとっ! そんな戦力・・・・・・」
「いや、サランジュの船だけではないと告げているぞ。
なんと、トクマクの船が、いくつもの定住民や航宙民の船を率いている、だなんて」
「トクマクといえば、何百年も友好交易相手として、信頼関係を築いて来た天体都市じゃないか。
どうしてこんなことを・・・・・・」
「待て、先を読んでみろ。おいおい、なんてことだ。
武装船団を先導しているのは、帝国艦だってことだぜ。
手遅れだったんだ。奴らは、帝国の手先に成り下がってしまったんだ。俺たちが、あいつらの賠償請求を冷淡に拒否していたせいで」
「そのサランジュが帝国を呼び込み、トクマクなどニーシャプールの友好交易相手なども強引に巻き込んで、俺たちを破滅させに来たんだ」
ディックは声を震わせている。通信を読み進めるほどに、絶望が広がったようだ。
誰もが蒼白で、眼もうつろだ。
「おしまいだぁっ! ガウベラ帝国に、こんな大軍団を率いて攻めて来られたら、もうどうしようもない。
少しばかり勢力を高めたからって、要求を突っぱねたりしていい気になっていたが、やはりニーシャプールなど、ガウベラ帝国の前じゃゴマ粒みたいな存在なんだ。
本気でかかってこられたら、ひとたまりもないぞ」
「だからこそ、アールバード族のもとで諸勢力が団結して、皆で対抗しようとしていたのに、俺たちがいつまでも、サランジュと喧嘩していたものだから」
融和派より、対決派の方が絶望は深いようだ。
自分たちの頑固な主張が、自分の首を絞める結果となったことに打ちひしがれていた。
「戻ろう、アールバード族のもとに。契約履行の準備を、進めているはずだ」
「戦うの、ガウベラ帝国の大軍団と? 」
眼を丸めて問いかけるセシリア。その背後から、ディックが大声を上げる。
「無謀だ。勝ち目などない。アールバード族といえども、今の規模ではガウベラには勝てない。
あんな巨大帝国を相手にできる実力は、アールバード族にはまだ無いぞ」
言い終えたディックは、ぞっとした顔を見せた。スパルタクスの眼の色が原因らしい。
「勝ち目が無いなど、理由にならない。用心棒契約があるのだ。守ると約束しているのだ。
命を捨てでも、守る為に戦うさ。ポフダンもドラヴァレットもロカレーンも、そう判断するだろう。
ここで戦わない用心棒など、存在する価値もないからな」
揺るぎないスパルタクスの決意は、セシリアにも伝播した。
「そうね。こうなったら行き先が地獄でも、運命を共にしましょう。
あなたとなら、どこでも天国よ」
スパルタクスがセシリアの手を取った。繋いだまま駆けだす。
唖然として見送るニーシャプールの住民たちを置き去りに、死地へと向かう戦士の足取りは軽かった。
「なんだか楽しそうね、タック」
走りながら、横目で彼をちらりと見たセシリアが言った。
「ああ、燃えて来た。存分に暴れてやるぜ」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/9/30 です。
短い中に、セシリアがアナスタシアを救出する場面と、帝国侵攻の報せに恐れおののき慌てふためくニーシャプールの住民の場面を詰め込んだので、すごく駆け足な感じになってしまいました。
物語をリズム良く進めることと、分かりやすく且つ活き活きと描くということのバランスには、いつも苦労しますが、ここはリズムを重視し過ぎたかもしれません。
急転直下という感じで危機的状況を迎える、という場面を演出したい思いで、細かい描写を割愛して素早く場面を展開させたわけですが、成功のような気も失敗のような気も同時にしています。
アナスタシア救出の場面くらいは、もっと手間をかけて描写しても良かったでしょうか・・・?
あと、サランジュが帝国軍を呼び込んだといった発言が作中にありましたが、それはニーシャプールの住民が限られた情報から早合点しただけで、実際は帝国軍が強引に各勢力を巻き込んで侵攻して来ています。
そのあたりの説明も、リズムを重視したために作中では割愛されているわけですが、分かりにくかったでしょうか。
細かいことは置いておいて、帝国の武力侵攻という事態を前にした、ロザリオやスパルタクスがどうするか、どうなるか、というところに目を向けて頂けると、作者としては助かります。
相変わらず注文の多い作者で、恐れ入ります。




