第53話 Story about ロザリオ 10
「この航宙民族と用心棒契約を結ぶために、我々は以前から動いておりました」
バーラーブの執政官だと名乗る男が言う。「我らを襲撃して略奪を企てることまでは予測しておらず、ショックを受けておりますが、航宙民族の気まぐれは周知ですから、バイルク族だけを頼るつもりなど、初めからありません」
「アールバード族ですか。我々宇宙保安機構には、全く未知の部族です。
ゲオルグ殿はご存知ですか? 」
バーラーブの人工天体都市にある施設の一角を成す応接室で、バーラーブの執政官と宇宙保安機構の面々が対談していて、ゲオルグ・ガルシアも立ち会っていた。
「聞いたこともありませんな。比較的最近、この辺りに姿を現した部族ではありませんかな。
最近といっても、数十年の単位になりますが、この辺りでの活動期間がそのくらいなら、私どもの耳に入っていない可能性はあります」
「ええ、彼ら自身が言っているところでは」
バーラーブの執政官が、頷きながら答える。「ほんの20年ほど前だそうです、彼らがこの辺りに進出して来たのは。
もともとは、彼らが言うにはですよ、遠くの帝国の影響下にある宙域で活動していたらしいです。
2百年近く前にそこからの移動を開始し、徐々に活動域を遷移させて、20年ほど前に北辺暗黒天体群域に姿を見せるに至った、などと自己紹介しておりました」
「本当ですかな」
ゲオルグは、眉に唾を付けたい様子だ。「遠くの帝国というだけでも、実在が疑われるものですぞ。そこから来たなどという奴らが、どんな奴らで、どこまで信用できるのか、分かりませんぞ。
大丈夫ですかな、そんな連中と用心棒契約など結んで? 」
突き付けられた疑問に、しかしバーラーブの執政官は、かなりの自信で首を縦に振る。
「信用できると思っています。遠くの帝国があるとされる場所とヘラクレス北辺暗黒天体群域の間の、銀河系バルジと呼ばれる広大な宙域にも、多くの定住民が知られていまして、それらを行き来している宇宙商人も、年間に十数組もがここバーラーブを訪れます。
そしてその商人たちが口をそろえて、アールパード族に高い評価を与えています。
遠くの帝国の影響域からゆっくりと移動して来たアールパード族が、移動途上にそれらの定住民と用心棒契約を結んでいったのでしょうが、かなり厚い信頼も、それらから勝ちとっているそうです。
アールパード族と契約したどの定住民も、以前より安全に交易し、日々の暮らしも送れるようになったと。
そしてそれだけの仕事をしておきながら、契約条件をアールパード族に有利なように変更しようとか、高圧的に何かを要求して来るとか、他の航宙民族ならやりそうなそれらのことも、全くやらないそうです。
そんな定住民たちの好意的な感想を、全ての宇宙商人たちが聞かされたと証言しているのです」
「へえ、全ての宇宙商人がねえ。そうなると、全く否定的に見ることもできませんな」
ゲオルグは、未だに納得しかねる顔を見せてはいるが、口ではこういった。
宇宙商人のもたらす情報というものには、彼も一目を置いているようだ。
「では、バイルク族とは袂を分かって、これからはアールパード族に、護衛や防衛を任せるつもりなのですな、バーラーブとしては? 」
ロザリオの隣で、チーフ・ミハルが問いかけた。
「そうですな。その方針です、基本的には。
と言っても、やはりこれまで全く関りの無かった一族ですから、少しの不安はあります。
もしよろしければ宇宙保安機構にも、彼らとの交渉に立ち会って頂きたいです。
こんな遠くまで出向いて来られたあなた方に、こんなお願いは身勝手と思いますが、我らとしても一族の命運を賭けた決断ですので、万全を期したいのです」
セシリアやアナスタシアについての情報収集は、既に一通り済んでいた。
セシリアの乗っていた船は、バーラーブに辿り着いていた。
通信機が破壊されていたために、プルシャプラに無事を報告できなかったが、ここまでの航宙は何とか果たした。
バーラーブはそれを報せる連絡艇をプルシャプラに派遣していて、ロザリオたちとは入れ違いになった。
略奪を受けたとはいえ、持って行かれた荷物も拉致された人員も、全体の一割に満たなかったそうだ。
その一割に含まれてしまったセシリアは、不運としか言えない。
そしてバーラーブの人々は、セシリアの行き先に心当たりなど、あるはずもなかった。
一方アナスタシアを買ったのは、間違いなくバーラーブに拠点を置く商人だと判明した。
バクトラ王国支配域を巡った後は、アールパード族の活動域を目指したそうだ。
だから、アールパード族が、アナスタシアの情報を持っている可能性はある。
彼らに用心棒を任せている定住民のどれかが、彼女を買ったかもしれない。
バーラーブの執政官は、そんな見解を聞かせた。
更に、地球連合と友好を結ぶことも、バーラーブの執政官は快諾してくれた。
「地球連合の事はずっと以前から知っており、友好関係を築きたいと思っていたのです。
ですが、あまりに遠い。バクトラ王国の支配域にある宿場天体などを利用しなければ、どうしてもたどり着けませんが、あの王国は我らと地球連合の接近を、許してくれそうにない。
行けたとしても、それにかかるリスクやコストは、我らの許容限度を超える。
そんなわけで、友好を望みながら我らは、地球連合に手を伸ばせませんでした。
こうしてそちらから出向いて下さったこの機会に、是非友好関係を築きたい」
だが、目下の安全を地球連合にゆだねることは、バーラーブにはできない。あまりに遠すぎる距離が、それを不可能にしている。
地球連合の技術などを少しずつ導入して、徐々に防衛力を上げて行くことはできるだろうが、それは時間のかかることだ。
バイルク族に裏切られた現在の危機の克服には、アールパード族との同盟が欠かせなかった。
「どのあたりですかな、アールパード族の活動域というのは? 」
「ここから、北東上に五百光年ほど」
「・・・・・・ははは、遠いですな、だが、良いでしょう。アールパード族との交渉に、立ち会わせて頂きます。
アナスタシア嬢の捜索の為にも、我々にはアールパード族と対談する必要があるし、もしかしたらミス・セシリアについても、何か分かるかもしれない。
際限なく遠くへ遠くへと、旅の道のりが伸びてしまっているが、ここはアールパード族の活動域へと更に足を延ばそう、良いなロザリー」
前半はバーラーブの執政官に、後半は隣の部下に向って、チーフ・ミハルは言った。
「もちろんです、行きましょう、アールパード族のところへ、チーフ」
きっぱりとした口調で言ったロザリオだったが、内心には忸怩たるものもある。
(また、離れてしまいそうだ、セシーから。
俺のせいでこんなところにまで来てしまったのかもしれない、そして航宙民族に拉致される悲運に見舞われてしまったのかもしれないセシーを置いて、俺は、全く関係のない遠くの場所を目指して・・・・・・)
ゲオルグはくどくどと、反対論を述べていた。航宙民族など、信用できるわけがないと。
商人の情報も、航宙民族の仕掛けた、油断を誘う工作の結果かもしれないとし、更に反対理由として次のような事例を語った。
「ガウベラ帝国に、帰順したり反抗したりをくり返している航宙民族も、私はいくつも知っています。あいつらは皆、そういう奴らなのです。
一時は信用できる振る舞いをしたり、融和的な言動を見せたりしたとしても、本心ではないのです。
一族が分裂して、片や帝国に従い、もう片方は帝国に反抗した、なんていうこともあったのです。
一族を裏切った上に、族長の家族を人質として帝国に差し出し、帝国に好感を持たれようとしたなんていう、浅ましい奴らがいたとも聞いています。
帝国内で罪を犯して逃れて来た将軍をかくまい、交渉のカードとして利用しようとした航宙民族もあったといいます。
こんなのが、航宙民族なのです。本当に、信用なりません。
それ以上に、近いうちにバクトラ王国に蹴散らされるか吸収されてしまう可能性もあるでしょうな。
私が知らないからにはバクトラ王国も、今はアールパード族の事は知らないでしょうが、いずれは知ることになるし、王国の支配域とアールパード族の活動域の距離から考えて、バクトラ王国がアールバード族を放っておくとは思えない。
撃退されてどこかに行ってしまうかもしれないし、バクトラ王国の一員となって、彼らと同様の野蛮で獰猛な一族になり果てるかもしれない。
そんなアールバード族と用心棒契約を結ぶなど、無意味で無謀な策としか言えないと、忠告させて頂きますぞ」
この忠告を軽くスルーして、ロザリオたちの出立は決定した。バーラーブの交易船に随伴しての旅となる。
ゲオルグたちプルシャプラの使者は、ここで待つと言った。
「ガウベラ帝国とそれぞれの航宙民族の集団規模からして、航宙民族たちがある程度日和見になるのは仕方がないことだ。
だがそんな航宙民族の中から、多くの定住民と融和的に接し、宇宙保安機構とも協力してガウベラ帝国に対抗できる勢力を形成しようと志す一族が、出て来てくれないものかとずっと思っていた。
アールバード族なら、その望みを託せるかもしれない。彼らとは、じっくり腰を落ち着けて話をしてみたいと私は思っている」
熱を込めて話すキョセ・ミハルに対してシェリングは、
「甘すぎる理想に、あんなに熱を上げてしまって、大丈夫なのかチーフは? 」
と、本人のいない隙を見つけて言ったが、傍にいたイゴルに、
「甘い理想に真っすぐ突き進むのも、度胸であり勇気さ」
と言われると黙った。
イゴルの戦いぶりに感激して以来、彼の言葉なら素直に受け入れるシェリングだった。
「甘い期待すらもできない腰抜けには、ガウベラ帝国なんて相手にできないぜ」
ロザリオも前向きだった。
チーフの示した理想に、精一杯取り組む意気込みだった。
「進もうぜ、チーフ・ミハルの描いた甘い理想に向かって。
俺たちの度胸と勇気を、ゲオルグたちに見せつけてやろうじゃねえか」
イゴルの言葉に、シェリングとロザリオが力強く頷いた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/8/19 です。
テンポを重視して、人工天体都市バーラーブについては、説明や描写をごっそり割愛してしまった感があります。
アールパード族へのつなぎ役的な意味合いで、登場しています。
これまではバイルク族と用心棒契約を結び、都市の防衛や交易船の護衛などを任せて来たけど、今回突如として、バーラーブの交易船がバイルク族に襲撃され略奪されそうになりました。
宇宙保安機構に追い払ってもらい、事なきを得たとはいえ、今後はバイルク族に防衛などを任せることはできません。
その代わりにアールパード族と新たに用心棒契約を結ぼうとしていて、保安機構職員にも交渉に立ち会ってほしいと依頼したことで、ロザリオたちはアールパード族のもとへも行くことになりました。
そのことに加えて、ガウベラ帝国に目を付けられ、あれこれちょっかいをかけられているということを抑えて頂ければ、ストーリーを理解するのに必要なバーラーブ情報は他にはありません。
それ以外は、世界観を味わって頂きたいという、作者の個人的なこだわりと願望に基づく記述です。
興味の無い方は、世界観の為だけの記述などは、軽く読み飛ばして頂いても問題は無いのですが、もし少しでも興味をお持ちの方がおられるのであれば、原始星を周回する人工惑星都市である、というところで想像を膨らませて頂けると幸いです。
星の周りを回っているのが惑星だから、まだ星になり切っていない天体の周りを回っているものを「惑星」と呼んでよいのかどうかという疑問は、以前にも後書きで書いたかもしれませんが、「星のたまご」を回っているということで「惑星」にしてあります。
それが完全に人工物だけで構成されているので「人工惑星」で、内部に都市と呼べるだけの人口や生活機能を保持しているから、「人工惑星都市」と呼ばれています。
原始星の星周エンベロープが資源採取に最適だという設定にしてあることも、以前に書いたと思います。
これまでに出てきた岩石惑星地表のドーム型都市や衛生の地中や海底の都市などと合わせて、そういった環境での生活を想像して頂ければ、作者の表現したい世界観を疑似体験して頂けると思います。
こんな疑似体験が楽しいかどうかは、保証の限りではありませんが。
少なくとも作者は、こういった想像をふくらませるのが楽しくて仕方がないので、様々な天体都市についての説明や描写は今後も出てきます。
それらのほとんどが、ストーリーを理解する上では不必要であることを、ご承知おき頂きたいと思います。




