第43話 Story about スパルタクス 5
スパルタクスとセシリアが、肩を並べて端末にかじりつき、情報を漁っていた。
アフシ族の派遣した培養奴隷が、バイルク族の証拠隠滅作業に協力している。
作業を遂行するために、様々な通信が飛び交う。
それらを傍受し、端末に表示させていた。
培養奴隷数の不正申告やガウベラ帝国との陰での癒着を、バイルク族は何としても隠し通さなくてはならない。
間もなく始まるマゼーパ族による調査の前に、証拠隠滅を完了させなくてはならない。
隠すべきものは、膨大だ。
培養奴隷が運用した多数の機器や設備などは、稼働記録を紐解けば、申告された数が過少だったと証拠づけられてしまう。
彼らが採取した資源や生産した物資なども、現物が見つかれば言い逃れが困難になるだろう。
ガウベラ帝国からも、癒着の成果として贈与されたり貸与されたりしたものが、沢山ある。
兵器や設備や生活用品などが、バイルク族の集落船には詰め込まれている。
それらは、廃棄処分はできない。
今後も生活や行動を続け、部族を発展させ、帝国の機嫌もとるためには、継続保管は必須なのだ。絶対に見つからない場所に、移動させるしか無い。
だが、マゼーパ族にも知れてしまっているバイルク族の活動範囲内では、見つからない場所など見つからない。
そこに救いの手が伸びた。
アフシ族の長、つまりスパルタクスのロードが、彼の手足である培養奴隷を使い、アフシ族の領域内にそれらを移動させようと提案した。
バイルク族には、すがるしかなかった。
そして今、アフシ族から派遣された培養奴隷たちが、膨大な数にのぼる証拠の品を、次々に送り出すという作業を実施しているわけだ。
現場は混乱していた。
混乱の原因の1つは、バクトラ王国の保有する拠点基地の1つが、宇宙保安機構に制圧されてしまって、使えなくなったことにあった。
バイルク族にも、そこに向かう予定だった船、そこから来るはずだった船、そこに預けてあった設備、そこから入手する予定だったデバイスなどが、数知れずある。
突然の拠点基地の機能停止は、バクトラ王国全体を混乱させているが、大至急証拠隠滅を行わなければいけないバイルク族にとっては、混乱の度合いは飛び抜けていた。
「きっと、私を助けに来てくれたのだわ」
制圧の情報を知ったセシリアは、直後にそうつぶやいた。「消息不明になった私を、保安機構は探してくれていたのね。
そして、宙賊に拉致された事実を突き止め、その拠点基地に私がいるものと思って、制圧したのだわ。
それは空振りに終わっちゃったけど、制圧がバクトラ王国に巻き起こした混乱が、私の脱出を助けてくれるのかもしれないわね」
スパルタクスは、バイルク族の証拠隠滅への参加命令は、受けていない。
だが、彼の居住艇がバイルク族の集落船に近寄っても、誰も気に留める様子はなかった。
アフシ族から派遣された培養奴隷の住居艇が、百艘以上も蝟集し、バイルク族の集落船の周りを飛び交っている。スパルタクスのそれも、同じ型式だ。
よくよく調べれば、C-683などという予定に無い者の艇だと、気付けたかもしれない。
だが、こんな混乱の中で、そんなことをよくよく調べるなんてあり得なかった。
「どの船に何を積み込んで、誰が運用して、どこに向かわせるか、それらの情報が、混乱を極めているな。混乱を期待してはいたが、期待以上だ」
「本当ね、タック。同じ荷物が、いくつもの船に重複して積載を予定されていたり、最大積載量の5倍以上の積み荷が予定されている船があったり、もうすでに出航してしまっている船に、数時間後の搬入が予定されている荷物もあるわね」
肩を寄せ合い、モニター上に、2人は混乱状況を視認している。
「見て、タック。こっちの輸送船なんて。5時間後に出発予定だけど、積み荷は何もないし乗員は5人しか指定されていないわ。
しかもその5人の内の3人は、別の船にも乗員として登録されている。
私がここからダミーの指示を紛れ込ませれば、出発予定はそのままで、乗員も積み荷もゼロの状態にできちゃいそうよ」
「うむ。積み荷をしっかり保全しながら予定通りの航宙を成し遂げるには、30人以上は必要な船だが、とりあえず動かすだけなら、8人でも何とかなるだろう」
スパルタクスの見解に頷きながら、セシリアはコンソールに指を走らせていた。
乗船予定者の内の、3人に別の船の予定を優先するように、後の2人にはしばらく待機するようにと、偽の指令書を作り出して送信する。
バイルク族の司令官の1人へのハッキングで、その偽造指令に正当性を持たせることも、セシリアは成し遂げていた。
スパルタクスは彼の住居艇を操縦して、当該輸送船にランデブーさせる。
側面ハッチから侵入し、格納庫に収まった。
「お前たち、覚悟は良いか。いよいよ、ロードを裏切っての逃走に入るぞ」
振り返った彼の視線の先には、カピタンとして20年間率いて来た面々がいた。
彼らにも、セシリアの記憶や族長会議の模様を夢で見させた上で、ロードの支配からの脱出を誘っていた。
強制はしなかったが、全員がカピタンと行動を共にする道を選んだ。
スパルタクスとセシリアの背後に、横一列で並んでいた彼らの額には、C-691、C-815、C-772、C-944、C-819、C-731と、それぞれのコードナンバーが刻まれている。
「ヴィーシニャ、ペルシク、ヤーブラカ、アルブース、ヤーガドゥイ、スリーバ」
セシリアが与えた彼らの名前を順に呼び、スパルタクスは訓示する。「お前たちと俺とセシーの、8人でこの輸送船を動かし、ロードの手が及ばない場所まで逃げる。
その後は、ここから最も近い宿場天体である、遊離惑星ハミの第1衛星を目指す。
ハミには、宇宙保安機構もよく姿を見せる上に、定住型か航宙型かを問わず宇宙系の商人も多くいるから、それらと接触してよく吟味し、各自で身の振り方を考えることにする。
全員でセシーと共に、地球連合に身を寄せて生きる道もあるし、宇宙系のどれかの部族に帰化する道もある。
定住民として、どこかの天体都市に住み着くか、航宙型の中に受け入れてくれる部族を見つけることを試みるか。
ハミに到着後にどうなるかは、正直分からない。
俺たちスモールスクワッドの7人が、行動を共にし続けるのかどうかも分からない。
お前たちに、何も約束してやれない。
だけどそれ以上に、ハミにまで生きて辿り着けるかどうか、分からない。
命懸けの脱出となる。それで、いいのだな? 」
「イエッサー、カピタン」
6人が、声をそろえた。
「タックだ。もう、カピタンの呼称は止めてくれ。
一応リーダー役は勤めるが、今日限り我らに上下は無い。友人だ。対等だ。
俺の名はスパルタクスで、呼び方はタックだ」
「で・・・・・・ではタック。船を操る上でのポジションを、指示してくだ・・・・・・ちょうだい」
「よし、C-6・・・・・・ではなく、ヴィーシニャ。お前とヤーブラカの女性2名は、セシーと共にサーベイランスやコミュニケートを担当してくれ。残りの男4名は、俺とシップコントロールやメカニックを手分けして受け持つ。
では、この船の航宙指揮室に移動しよう。付いて来い」
「みんな、よろしくね。仲良くしましょう」
ヴィーシニャとヤーブラカの間に入り、2人の肩を抱いて、セシリアは声をかけた。
船内の通路を進む。無重力中なので、泳ぐような移動だ。
船体の中心付近にある指揮室に辿り着き、円環形式に配された席に、8人が着いた。
どの席がどの役割か、あらかじめ決まっているわけではない。どうにでも切り替えが可能だ。
スパルタクスの左側に、彼に近い順にセシリアとヴィーシニャとヤーブラカが身体を固定し、自分の前のコンソールを操作。サーベイランスやコミュニケートを担当できるモードに切り替える。
スパルタクスの右隣から順に、ペルシク、アルブース、ヤーガドゥイ、スリーバも着席し、コンソールで切り替え操作を行った。
円環形式の座席配列だから、スリーバはスパルタクスの正面付近に位置どることになる。
「・・・・・・動かすのは、問題無いな。間もなく出発時刻だ。
後はバイルク族の連中が、黙って離脱を見送ってくれるかどうかだ。
今のところ、疑われている兆候は見受けられないが、どうなるかはやってみるまで分からない」
室内を、緊張感を孕んだ沈黙が支配した。コンソールを叩く音が響くだけだ。
「では、発進しようか。シップコントロール、ペルシク、やってくれ」
「了解、カピ・・・・・・いや、タック。メインスラスター噴射、船を前進させる」
ペルシクの指がコンソールを走った。船を前進させるためのコマンドを入力したと、全員が分かった。
だが、船は動かなかった。うんともすんとも言わない。
(くっ、細工されている! )
スパルタクスの鼓動が、痛いくらいに高まる。
失敗を確信させる出来事だった。
発進のコマンドを入力しても反応が無いというのは、船の推進機構に細工が施されている以外に、原因は考えられなかった。
細工を施す理由は、彼らの逃亡を妨害すること以外には無いだろう。
逃亡の企ては、誰かにバレていた。
その瞬間、指揮室の扉が開いた。
スパルタクスたち8人しか乗っていないと信じていた船に、新たな人影が現れた。
最初に見えた1人の後ろに、もう1人。その後ろにも、更にその後ろにも。十人はいる。もっとかもしれない。
全員が武装している。スパルタクスたちは丸腰だ。
勝ち目はない。手も足も、出せない。
「動かないぜ、この船は。お前たちが情報を操作して、この船を無人のまま出航許可がおりた状態に仕立て上げたのには、何時間も前に気付いた。
で、指揮室からでは船を前進させられないように、先に乗り込んで細工しておいたってわけさ」
言われなくても分かりきっている言葉の内容を理解するより、スパルタクスの思考は別のことに向けられていた。
ちらりと横目で見たセシリアの顔から、彼女の思考も同様だと知れた。
不思議と、恐れは無かった。諦めも無かった。
どうにかしてやろうとの決意が、静かに胸中で燃え盛っていた。どうしていいか、全く分からないのに。
1つだけ確かなのは、宿場天体ハミを訪れるのは、諦めるということだ。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、2023/6/10 です。
この物語に登場する宇宙船のシステム(=作者が想像する未来の宇宙船のシステム)についても、本編でも後書きでも何回も言及して来て、もう飽き飽きの読者様もおられるかもしれませんが、改めて語らせてください。
現代で実際に運用されたスペースシャトル等の宇宙船では、機体の先端の表面付近に人が乗り込むための空間が設けられています。
スペースシャトルの後継となるのはオリオンとか呼ばれる宇宙船だそうで、それの構造がどうなるかは作者は知りませんが、現代ではどうも人を宇宙船の表面付近に配置させたがるように思います。
宇宙戦艦ヤマト等の物語においても、宇宙船での人の居場所は、船の表面付近と相場が決まっているように思えます。
スターウォーズに出て来る宇宙船も、そんな風だったように記憶しています。
現代では機構上の制約でそこに配置せざるを得ないのかもしれませんが、人が外の景色を見られるようにという配慮もあるのではないかと、作者なりに考えています。
現代の人には宇宙での景色は希少価値が高いので、是非とも肉眼で見ておきたいと願うのではないでしょうか?
でも宇宙時代には、宇宙での景色など珍しくもなく、機構上の制約も現代よりは少なくなっていると思います。
であるならば、人を配置する場所は、宇宙船の中央付近の最も安全と思われる場所になるのではないか、と作者は考えています。
物語の状況下では、宇宙船の表面には船をコントロールするための機構に加え、武装なども配置しなくてはいけませんから、そこに人の居場所を作るのは非合理的に思えるのです。
安全面でも、人は中央付近にいた方が良いと思うのです。
そして現代の宇宙船では、乗組員全員が同じ方向(=前)を向いて座るように座席が配置されていますが、それも物語中では違っています。
物語中の船では、加速によって生じる重力で人が床に固定されているので、進行方向(=前)は乗組員にとっては上になります。
しかも、肉眼で外の景色を見ることができない状態なので、座席を同じ方向に並べる意味は無いと思うのです。
それより、乗組員どうしの意思疎通がスムーズになるように取り計らう方が、優先されるのではないでしょうか。
そんなわけで、座席は円環形式となり、会議でもやっているかのような位置関係で、乗組員は座ることになります。
未来なら立体映像なんてありきたりの技術になっていることでしょうから、円環形式で乗組員たちが座るその中央に、船の状態がひと目でわかるような立体映像が浮かんでいる、と考えるのも合理的でしょう。
そんなわけで、物語に出て来る宇宙船の構造等は、単なる空想の産物ではなく、作者なりに合理的なシミュレーションをした結果として描かれているものであると、ご理解ください。
作者の余命では答え合わせはできないでしょうが、未来の宇宙船はきっとこうなっている、と結構本気で思っています。




