第31話 Story about ロザリオ 5-2
「60個余りもの孫衛星が、12の環を描いて周回しているのだな。
大きさも角度も違う12の軌道それぞれを、3から6個の武装孫衛星が周回して、都市を守っているんだ」
「先方から、通信が届きましたわ」
今度の報告は、コミュニケート担当のマニエラからだ。「地球連合からの使者を、心より歓迎します、ですって」
養成所出身の生え抜き女性職員であるマニエラの声は、どんな時でも楽し気に弾んだ感じなのだが、今はなお一層楽しそうだ。
長旅に、成功の気配を感じていると見える・
「そうか、正式に訪問を受け入れてもらえたわけだ。では遠慮なく、本艦を・・・・・・」
「ただし」
先走ったシップコントロールを、マニエラが遮る。「非武装の小型艇に最小限の人員だけを乗せて、こちらの指定した孫衛星にアプローチして頂きたい、ですって」
ネガティブな情報も楽し気に伝えるマニエラの声に、1人を除く指揮室の全員が、一斉に苦笑を浮かべた。
ロザリオだけが、深刻な顔だった。
「武装した戦闘艦は、近づけるなと言うことですね、チーフ。
それに恐らく、もっとも重要な施設である衛星そのものには、触れさせるつもりはないのでしょう。
受け入れてくれるのは、衛星を回る孫衛星のどれかでしかない」
「まあ、こんなもんだぜ」
苦笑のままで、イゴルが身を乗り出す。「あっちにとっても、俺たちは見ず知らずだ。会談に臨んでもらえるだけで、良しとしよう」
会談の場には、チーフとロザリオの2人でやって来た。
内から3番目の軌道を周回している人工孫衛星が、会談の場とされた。
丸腰でアウェーに入り込むことに恐々のロザリオを乗せた連絡艇が、自動操縦での移動の末に、指定された天体に侵入した。
「回転し始めたな。岩石天体の中に、回転して遠心力を発生させる施設があるのだな。
重力のある環境下で、会談するつもりらしい」
チーフ・ミハルがいう間に、連絡艇のハッチが開いた。
出口の向こうに、細長い通路が接続されていて、その更に向こうに十人弱の一団が見える。
「お出迎えが、来てくれていますよ。彼らが、会談の担当者なのでしょうか? 」
「かもね」
上の空の返事と共に、キョセ・ミハルは歩き出した。1Gとなった重力に身を預けるようにして、足音を立てながら大股で進んで行く。
ロザリオも、送れないように後に続く。
頑丈そうな手すりが通路の両サイドについていることも、歓迎されていることを実感させた。
訪問者の安全と安心への配慮が、無機質な手すりから感じられた。
宇宙服も着けない出迎えの一団は、近づくにつれて顔がはっきりする。
少し熟れすぎのバナナに、線だけで目鼻と口を描いたらこんな雰囲気になるだろうか、といった顔が並んでいる。
岩石天体の地中という生活環境に、千年をかけて順応してきた経歴にはふさわしいと思える顔だ。
豊かな感情表現は期待できそうにないが、真面目で温厚そうではあった。
「ようこそプルシャプラへ。はるばるの長旅、ご苦労様でした」
一番手前の、ひときわ小柄で恰幅の良い男が、1人だけ大きな声を上げて挨拶して来た。
顔も丸い。頬に蓄えられた脂肪を削ぎ落せば、周囲の者たちと同じバナナの形の骨格を持っているのだろうと推察させるものはあるが、表面的には顔も体も真ん丸だった。
「初めまして。地球連合の保有機関である宇宙保安機構の職員、キョセ・ミハルと申します。こちらは私の部下のロザリオ・マターです。
突然の訪問をお受け下さり、感謝します」
紹介されたロザリオの軽い会釈が終わるのも待たず、
「はいはい、どうも、どうも」
と、人懐こい丸顔が、口角をニイっと上げた。「手前は、プルシャプラの第3執政官を務めます、ゲオルグ・ガルシアにございます。
後ろの者どもは、私の補佐官であります。
かねてより接触を模索しておった地球連合の方が、そちらからおいで下さるとは、有り難いことです。
心から感謝申し上げますし、歓迎させて頂きます」
言いながら、ズイっと右手を突き出す。キョセ・ミハルが持ち上げた右手が、まだ十分な高さに達する前から、強引に捕まえに行く。
がっちりとした握手が交わされるかと思った瞬間、その手を強く引き、自分も前に踏み出し、ゲオルグはキョセ・ミハルを抱擁した。
胸を合わせ互いの背中を叩き合うという、熱烈な抱擁での挨拶だった。
これがここでの礼節なのだろうと、少し戸惑いつつもロザリオは見つめる。
キョセ・ミハルは、他でもこんな経験があるのか、驚きもせず熱烈な挨拶に調子を合わせている。
抱擁を終えて元の距離に戻った後も、執政官ゲオルグの口角は上がったままだ。
感情表現に不向きな造りの顔を精一杯フル稼働させて、執政官は好意を表明していた。
緊張と恐怖をずっと内心に抱えていたロザリオは、一気に気持ちがほぐれる。
「こんな風に歓迎して頂けるとは、こちらも感謝します。
遠隔交流とは、何度やっても不安が絶えませんから」
その後彼らは、大きな丸テーブルが設えられた、会議室のような部屋に通された。
「実に立派な天体都市ですな、ここは。12の環を成す60もの孫衛星で厳重に防衛された天体都市など、なかなかあるものではない。お見事です」
初対面の人々への外交的儀礼として、チーフはまずは、相手を持ち上げることから始めた。
「いやいや、過去の栄光の残滓にすぎません。今となっては、半分以上が無人と化し、機能していません。
自衛の能力も意志も、無くしてしまっています、現在のプルシャプラは」
口角を上げたまま目の色を暗くさせて、自省的にゲオルグは話す。
「かつては近隣に覇を唱えたが、今ではマラカンダとかいう勢力の風下におかれていると、噂には聞いております」
「お聞き及びでしたか、キョセ・ミハル殿。お恥ずかしい限りです」
さすがに口角を上げる余力も無くし、淡々とした話し方になった。「2百年も時を遡れば、我がプルシャプラは近隣諸勢力の盟主として、名を馳ておったのですが・・・・・・」
この後語られたのは、ロザリオたちも事前に知らされていたプルシャプラの歴史だった。
かつての繁栄と相次ぐ宙賊の襲撃による消耗、更に、強力な一団に制圧され奴隷化され、徹底した搾取を受けた時代について。
独立を回復できたのは、マラカンダが宙賊を撃退してくれたおかげだというのも、プルシャプラがマラカンダを盟主として仰がなければならない立場となってしまったというのも、事実だと確認できた。
宙賊による支配の時期よりはマシだそうだが、採取した資源も交易の果実も、多くがマラカンダに搾り取られてしまうそうだ。
人口も最盛期の5分の1以下に減り、周辺の有益天体の多くをマラカンダに占有され、交易もマラカンダの顔色を窺わなければならない状態だとも。
地球連合との接触も、マラカンダに知られないようにしなければ実施できず、自分たちの方から使者を派遣することは、あきらめざるを得なかったらしい。
こうして地球連合の方から接触して来たことは、彼らには願ってもない幸運となるわけだ。
「あなた方地球連合のお力をお借りし、何とかしてマラカンダに搾取され続ける現状を、打破できないかと我々は考えております。
こういった立場ですから、本来なら、最も設備の整っていて快適な中核都市に、ご案内申し上げるのが礼儀なのですが、何分初対面でありますので、その・・・・・・」
「ええ、分かりますよ。いきなり我らをそこに連れて行くなど、リスクが大きいし、住民の方々も怖がってしまうでしょう。
ここでの会談に、異存はありませんよ」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/3/18 です。
執政官という、馴染みのない人が多いであろう単語が出てきました。
基本的には、古代ローマに見られた官職名です。
王政、共和制、帝政と移り代わった古代ローマですが、執政官というのはずっと存在していて王制でも帝政でもそれなりに重要な政治的役割を担ったのでしょう。
ですが、執政官が最も顕著な活躍を見せたのは、共和制時代なのではないかと、作者は認識しています。
共和政時代のローマといえば、まだヨーロッパ中を支配した領域国家にはなっていなくて、イタリアのいち都市国家というイメージが強いと思います。
そこで、そそらく数千人規模くらいの集団における統治の最高位者、といったのが執政官だと思います。
古代ローマでは、執政官は基本的に2人で、世襲制ではありませんでした。
王や皇帝のように独裁的権限は与えられておらず、元老院の認可なしに国家運営を好き勝手に進めることはできなかったでしょう。
戦時など特殊な状況下では、古代ローマでは独裁官というのが選ばれ強い権限が与えられたそうですが、ということは執政官というものは、平時に置いてそれほど強くない権限しかもっていなかったということなのでしょう。
戦時において軍を指揮するのも執政官の仕事で、その間都市の行政を担う人が必要になるから、というのが独裁官の存在理由の一つなのかもしれませんが、独裁的権限の保持者は戦時だけで良い、という古代ローマの人々の考え方も示されているのだと思います
物語の中に執政官という官職名を出したからには、作中のプルシャプラという都市の在り方においても、そんな共和政時代のローマに近いイメージを読者様に持って頂きたいという意図があります。
人口数千人規模で独裁国家ではなく、といって民主政でもなく、寡頭政治つまり少数の有力者が統治に関する権限を独占している、というイメージです。
執政官は世襲ではないイメージですが、同じ家系から多く輩出されることはよくあるだろう、というイメージもあると思います。
百に満たない有力家系が政治を牛耳っていて、その内の更に有力な数個の家系が、最高位の官職である執政官を交代で輩出していて、統治に参加できず搾取される被支配民が沢山いて…みたいなイメージが、執政官という単語を出したことで湧いてくるのではないか。
作者としては、そんな期待を込めていますが、具体的なプルシャプラの政治や民衆の状況については、追々語っていくことになるので、執政官という単語から何のイメージも沸かない読者様も、お気になさる必要はございません。
ただ、そういったことに興味を持って頂くきっかけになれたらな、という淡い願望は、心の片隅に、ほんの少し抱いています。




