§096 苦労
自宅にワープすると、ヴィーは既に帰宅していた。
「あっ、ご主人サマ、お帰りっ・・・なさいっ」
変な間があったので、これはブラヒム語なのかな?
「ああ、ただいま。今日も勉強してきたか?」
「うん、がんばった」
他の3人はそれぞれの仕事に散っていく。
自分は、帰ったら水を出してやらないとな。
「ヴィー、タライの部屋に桶を3つ持って来い」
「あい」
現在の我が家には、
畑の水やり用と家の中で使うための合計3つの水汲み桶がある。
朝の3杯は畑の水やりとトイレと飲料用に、
夜はトイレと体を拭くためのお湯だ。
今日はお風呂を準備してみたい。
水汲み用の桶にはいつも通り3杯分用意するが、
お風呂に入れば体を拭く必要がなくなるので、
様子を見て減らしたい。
MPは節約しないとね。
下準備として、MP回復速度上昇×20にする。
ボーナスポイント63ポイントも使ってする事は風呂だ。
なんたる無駄遣い、何たる贅沢。
そしてMP最大値を確保するために僧侶をセットした。
本来は神を信仰し、民衆を導くであろう僧侶のジョブを以てする事は、
欲望にまみれた下心満載の風呂である。
もはや神への冒涜と言っていい。
まずは並べた桶3つのやや上方を狙って水壁を出現させる。
「おおーっ!ご主人サマスゲー!」
「まあな」
・・・
・・・・・・。
結構効果時間が長いな。
13秒くらいで水壁は壊れ、構成していた水は桶に収まった。
異世界時間だと多分15異秒なのだろう。
水壁は15異秒置きにしか出せない事になる。
ええと、満水まで何回分だっけ、120回?
休みなく撃ち続けて13×120・・・、
26×60だから大体26分だ、地球時間のな。
現地時間なら15×120÷80・・・解らん。
大体、20異分位だ。
至極どうでもいい。(計算を諦めた)
「じゃあ、ヴィーはそれを台所へ」
「あい」
そのまま、風呂桶へ水壁を出す作業を続ける。
魔法使いのLvも多少上がったし、
僧侶もLv1とはいえベースMPには貢献しているだろう。
魔法使いLv1の時は8回出現させたら限界だったが、
英雄Lv29と魔法使いLv14(と僧侶Lv1)は、
かなりMPの底上げになったらしく15回唱えて限界となった。
ええと、15/120だから回復合わせて8セット。
その後ファイヤーボールを撃ち込むのが60回を予定して、更に4セット。
・・・バ~カじゃねえの?†
ミチオ君の風呂はこれよりやや大きく、
157回で満タンだと言っていた。
入れた深さもあるのだろうか?
それから、もう少し魔法使いLvが上がってからだったはずだ。
少なくともLv20以上だったような気がする。
それでも230回は魔法を使ったのか、もう狂人の域だ。
今やるべき事では無かった。
しかし、ここまで来たらもう引き返せない。
まだ1セット目だから十分引き返せるが、やるしかない。
ミチオ君の後を追い、自分も踏み出そう、狂気の先へ。
「アナー?アーナー?」
「・・・はーい、今伺います」
・・・・・・。
「お待たせ致しました、お風呂を入れられるのですね?」
「そうだ、魔法を使うからMPを回復したい。
ここと迷宮を往復するから鎧だけ着てくれ、行く場所は2層だ」
「かしこまりました」
ボーナスポイントはワープを入れるとギリギリ足りない。
デュランダルと交換で出し入れするしかない。
探索者のLvがもう少し上がらないと、何かと不便だ。
11層辺りでLv38になって以来、もうずっと動いていない。
もっと深層に行く必要がある。
それには・・・魔法使いを早く強化しなければ。
2層でグリーンキャタピラーを探させ、なるべく糸を集める。
1回の攻撃で1発分回復すると言う予想の下、
15匹倒して一度家に戻る。
「アナはそこに居てくれ、桶を椅子にして座っていていいぞ」
「はい、ですが大丈夫です」
「立っているだけでは疲れるだろう?座っても良いぞ」
「私達が主人の指示を待つ際は基本的に立って待つものですし、
そういう訓練を受けております。
苦ではありませんので、大丈夫です」
そういう物なのか。
自分なら立っているだけでも厳しいが、
商館ではそういうトレーニングを積んでいたのだろう。
黙々とウォーターウォールを出しては貯めの繰り返しを続ける。
自分の好きなタイミングで消せたら良かったのに。
消す魔法、無いの?
アンチウォール!・・・無いね。
それでMP消費しても嫌だな。
「お風呂と言われて驚いたのですが、入れる作業はとても大変そうですね」
「そうだろうな、王侯貴族しか入らないと言うのは頷ける。
水汲みで入れるにしても、魔法で入れるにしても、どちらも相当大変だ」
「水だけでもヴィーに汲ませてはどうでしょうか」
「ざっと計算したが、満水まで10時・・・いや半日位掛かる」
「じゅ・・・・・・・」
「な?」
・・・、
・・・・・・。
15回のウォールを出し切った所で、
もう少し行けるような感じがあった。
後から付けた僧侶分のMPが加算されたからだろうか?
総MP量が増えた事で、回復量も上がった可能性もある。
17回目でクラクラになった。
「アナ、頼むぞ」
「かしこまりました」
次は17匹を倒して再び戻る。
1匹1回分は多分間違っていないと思う。
多少誤差はあるかもしれない。
回復速度上昇が極限まで効いているのだし。
今度は18回分まで唱えることができた。
意外と行ける?
と言うか、この少しの間だけでも僧侶のLvが上がっていた。
その分の加算値が大きいのだろう。
ではせめて、1往復20回までは育てたい。
再び迷宮へ移動する。
「済まないな、もう少し魔法使いの経験を積めば回数を減らせるんだがな」
「いえ、大丈夫です。こうしてお役に立てるだけで十分です」
そうだな、アナはそういう娘だった。
自身が役に立つと認められればそれで十分か。
次は一応20匹を倒して帰還してみた。
ウォーターウォールは19回で何とか。
頑張ればあと1回は行けるかもしれないが、
無理は止めておくか、と言う塩梅だ。
次の探索でも20匹を倒した。
そして、魔法の使用回数は何とか20回発動可能な程までMPが上昇した。
ここまで89回、残り30回だ。
水は膝よりは少し上までは溜まったようだ。
ここで終わりにしても良いが、やはり肩まで浸かりたい。
目標が低ければ、後はどんどん怠けてしまう。
やはり最初が肝心だ。
アナには単純な探索だけで申し訳無いが、
飽きられていない事が救いだ。
今後は風呂を入れる度に、これをお願いしなければならない。
ロクサーヌはどんな思いで迷宮を案内したのだろう。
そういえば、MP回復のためだと知らされたのはだいぶ後なのだっけ。
アナには前もって伝えてある。
風呂の水を張るために魔法で消費したMPを回復すると。
ひいては自分の生活に直結する訳だから、納得済みだろう。
あ、いや待て、一緒に入るとはまだ言っていない。
自分が入りたいだけのために、手伝わせていると思われ・・・、
いやいや、昨日はアナに洗って貰うのだと宣言した。
一緒に入るのが前提だろう?
「ご主人様?」
「えっ?あ・・・ああ、何だ?」
「魔物ですが」
「ああ、すまない、ちょっと考え事をな」
ここは迷宮だった。
あれこれ悩んで雑魚相手に窮地に陥ったら立場が無い。
スパッと終わらせて、疑念は斬り祓った。
「風呂は全員で入るからな?」
「はい、心得ております」
「自分1人が入ると思われているかもしれないと思ってな?」
「ええと、私が洗うようにと仰せつかりましたので」
「そうか、あまりアナは表情が変わらないからな」
「これでも、実は楽しみにしております」
「じゃあもう少し楽しそうにニコッとだな・・・」
「い、いえ・・・そのようには・・・あの・・・」
「いや、無理なら良いんだ。だが無理でなければ普通にして欲しい。
もう少し伸び伸びやってくれ」
「は・・・はあ、ご希望に沿えるよう頑張ります」
奴隷なのだし、主人の言う事に一喜一憂していては仕事にならない。
過度に主人に期待して、梯子を外された場合の自己防衛でもあるのだろう。
そんな事はするつもりも無いのだが、
長年培ってきた習慣を変えさせるのは難しいか。
「で・・・、では次を探しますね?」
「ん?ああ、頼むぞ」
・・・?
一瞬だけ違和感があったが、その後はいつも通りだった。
20匹を倒し、風呂場に戻る。
ここまで順当に使用回数が延びてきたが、
21回目を使用できる感じには成らなかった。
低階層だし、僧侶のLvアップブーストは終了したと言う事だろう。
もう少し深層階でLvを上げて僧侶が育ったならば、
一度に使用できる回数も増えてその分アナも楽になる。
やりたい事が多くて大変だ。
そして、風呂へ入れた水の深さが大体50センチ近くになった。
2回で1センチを109回こなした訳なのだから、
単純計算で55センチ程度にはなっているはずだ。
十分浸かるには60センチまでと試算して120回としたのだが、
50センチあれば浸かるのには十分な深さだった。
まだ水なので、流石にこのまま入りたくは無いが。
では後はファイヤーボールだ。
50回撃ち込むとして、もう2回か3回迷宮に行く事になる。
2回にしておいて、後は休み休み撃てばいいか。
少し熱めに入れないと冷めるし、熱過ぎたら水を足せばいい。
ミチオ君は風呂桶に直接当てると壊れるかもと
初期では水瓶に撃ち込んでいたようだが、
これだけの水量がある場所へ撃ち込むのだから大丈夫だろう。
駄目ならもう一度大工に作り直して貰うしかない。
撃ち込み用のレンガブロックでも沈めて置くべきだったか?
或いはフライパンでも沈めておくか。
安全面を考慮して、
フライパンをしっかりと洗って沈め、そこに当ててみる事にした。
ファイヤーボールがメラメラと頭上で燃え上がり、
心の中でフライパンに当てたいと願うと、それは自動的に発射された。
目標を決めるまでは残っているようだ。
動き回る敵に撞ける際は勝手に飛び出さなくて安心だ。
ミチオ君だって魔物相手に何度も外していた。
単体魔法には完全な追尾性能が無い。
従って発射のタイミングはとても大事だ。
MPを回復しに迷宮へ戻る。
この半分の量でも迷宮に付き合わされたロクサーヌは、
その時に何を思ったのだろう。
「アナ、風呂を入れる度にこうして何度も迷宮に行かざるを得ないのだが、
どう思う?」
「ええっと、私からは特に何もありません。
・・・ご主人様は大変な事をされている感じておりますが、
私はこれと言って何かをしている訳でもありませんので」
「魔物を探してくれているだろう?」
「それはそうなのですが、これは何かしようと思ってしている訳では無く、
自然と感じるだけなので大した労ではありません」
「付き合わされて迷宮を歩くのは?」
「それも何の労ではありません」
「その後に、自分の魔法が終わるまで待つだろう?」
「殆ど休憩を頂いているようで申し訳なく思います。
私にも何かお手伝いできる事があれば良いのですが」
アナとロクサーヌの忠義心はよく似ている。
アナがそう思うなら、ロクサーヌもそうだったのだろう。
ただ、ロクサーヌはその間に待っているのではなく料理をしていた。
何もさせず、待たせて置くだけと言う点に於いては異なる。
アナにしてみれば、
主人だけ仕事をしていて申し訳無い方が上なのだろう。
と言ってもやらせる事がないしな。
待っている間に装備の手入れでもさせて置けば良かったかな?
アナの仕事の時間を割いたのだし、悪い事をした。
次回はそれでお願いしよう。
20匹の魔物を狩り、風呂場に戻って来てファイヤーボールを叩き込む。
フライパン目がけて撃ち込むが、やはり底には届いていない様子だった。
ならばフライパンは必要ないのではないか?
たまたま今日の水量では良かった可能性もあるし、
入射角の問題かもしれない。
それにやっぱり風呂桶を壊したら勿体無い。
やはり暫くは、保険のためにフライパンを利用して行こう。
20発を撃ち込むと、風呂の水は微温湯になっていた。
もう少しである。
「アナ、次で終わりだ。長い事時間を取らせて済まなかったな」
「いえ、本当にそのような事は。私は特にする事がありませんでしたので」
「そうはいっても、掃除や装備の手入れがあるだろう?」
「以前はそうでしたが、先日ご主人様は割り振りを変えられましたよね?」
そういえばそうだった。
掃除はヴィーだ。
装備の手入れはジャーブだ。
アナは・・・朝の食事とMP回復のために迷宮に行くだけか。
つまりこれはアナの正当な仕事の配分だ。
何も問題が無かった。
「そうだったか、完全に忘れていた。じゃあこの仕事はどうだ?」
「正直良く解りません。
私にしかできないとも言えますし、
私がいなくてもご主人様は魔物を倒せます」
「助かっているぞ。自分1人でやったら3倍の時間が掛かるからな」
「そう言って頂けると、とても安心致します」
そうだな。
アナにしてみれば敵を探して歩くだけだ。
仕事をしたかと言われれば、
これまでしてきた仕事量からすれば皆無に等しいのだから、
ちゃんと役に立っているかどうか不安にもなるだろう。
奴隷に対しての最大の報酬は、正しく必要としてやる事だ。
ちゃんと誉めてやろう。
追加の20匹を仕留め終わったところで、アナを抱き寄せて頭を撫でた。
「これで終わりだ、あとは風呂に入る時に呼ぶ」
「かしこまりました」
ファイヤーボール20発を撃ち込むと、やや温めの風呂となった。
後は入る前に調節しながら、10発程度入れればアチアチになるだろう。
その頃にはMPも回復している。
風呂を入れる・・・それは恐ろしく労力が掛かる事だった。
井戸から汲むならそれだけで半日、火で沸かしたら燃料費も掛かる。
2人で水を汲ませ、1人で火の番をさせたとしても5時間。
並の金持ちでは入れないと言う事が身に染みた。
そうだな、ミチオ君が初めて入れた時は10日に1回だといった。
完全に同意するが、2番煎じでは意味がない。
効率よく風呂を入れる方法を、何とか見付けたいものだ。
そうは言っても、もう少し水量や火力を増すためには、
一息で60回近く魔法が撃てないと無理だ。
それこそ魔道士を取得するような・・・王侯貴族じゃねーか。
そういう事かよ。
ではやはりLvだ。
どうせ他の4人のLvは今の階層では殆ど動かない。
僧侶と魔法使いと盗賊のLvアップに絞って、
一時的に英雄を外して1点突破させよう。
剣を使わないのであればオーバーホエルミングも必要ない。
台所に向かうと食事の用意がほぼ終わっており、
アナとジャーブは席に着いていた。
ヴィーは・・・掃除だっけ。
「ジャーブ、手が空いたらヴィーの掃除を手伝うように」
「分かっております、手伝いましたのでもう終わっています」
「あれ?じゃあヴィーは?」
「すみません、パンを買いに行かせるのを忘れておられたようですので、
私から使いに出させました」
やらかした。
すべて自分のせいだった。
「あ、・・・ああそう。それは済まなかった。
明日からもヴィーに買いに行かせる指示はナズに任せた」
「かしこまりました」
風呂、風呂と、がっつきすぎた結果、夕食のパンが無くなる所だった。
そういうとこやぞ、自分!
∽今日のステータス(2021/09/15)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv38
設定:探索者(38)英雄(29)魔法使い(14)僧侶(1)
取得:村人(5)戦士(30)剣士(34)商人(30)色魔(1)
奴隷商人(1)騎士(31)賞金稼ぎ(31)暗殺者(1)
武器商人(1)防具商人(1)農夫(1)薬草採集士(30)
錬金術師(1)料理人(1)村長(1)盗賊(16)
キャラクター再設定 1pt ボーナス武器6 63pt
獲得経験値上昇×10 31pt 4thジョブ 7pt
MP回復速度上昇×1031pt 詠唱省略 3pt
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv33
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv30
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv4
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv18
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv38
設定:探索者(38)英雄(29)魔法使い(14)僧侶(6)
・BP136
キャラクター再設定 1pt ボーナス武器6 63pt
獲得経験値上昇×10 31pt 4thジョブ 7pt
MP回復速度上昇×1031pt 詠唱省略 3pt
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv33
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv30
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv6
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv18
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
1 グリーンキャタピラー / ホワイトキャタピラー
2 コラーゲンコーラル / コラージュコーラル
・異世界22日目(夕方)
ナズ・アナ17日目、ジャーブ11日目、ヴィー5日目
エプロン完成まであと4日、家のフック取付まで1日




