§084 単位
アレクスムの商人ギルドを後にし、自宅に帰って来た。
思いのほか早く用件が終わってしまったので、
ジャーブを含め家には誰もいなかった。
ヴィーも今日からは商館で勉強するので、我が家は静まり返っている。
平日に休んだ父親の雰囲気だ。
子供は学校、妻は友人とショッピング、長男は散歩、1人残された亭主。
寂しい中年の昼休み・・・ってちがーう。
こんな時は・・・料理だ。
ペッパー、オリーブオイル、野菜と朝の食卓にも出るハム。
納戸からレシピブックを取り出し、パラパラ捲ると
パスタかシチューがこの材料で作れそうだと判明した。
それには小麦粉と牛乳が必要だ。
パスタを作るには結構な小麦粉が必要なので、
探索者ギルドに行ってコボルトフラワーを買ってみた。
コボルトの牙から作られる小麦粉だけあって、小さく少ない。
これでは麺や生地には厳しい。
味は普通の小麦粉よりは良いらしいが、
ロクサーヌがちょっと入れればいいと言っていた理由が理解できた。
だって高いんだもの。
1つ120ナールで手のひらより小さい。
更にはこれを削るミルも必要になる。
ミチオ君達はミルを使わずにナイフで削って砕いていた。
奴隷にやらせるのだから重労働でも構わないと言う事なのか。
そもそも一般家庭はミルでバンバン使うより、
ナイフで削れるくらいの量を隠し味に入れる程度なのだろう。
雑貨屋でコボルトミルを1つ買って、小麦粉を売っている商店を聞いた。
食材を扱っている店で、ついでにチーズを買ってみた。
日本で市販品として売られているチーズは
カットされていて大体約1食分なのだが、
この世界・・・いやこの町ではホールだった。
冷温室にチーズ、バターやミルクなどの乳製品が並ぶ。
生肉なんかもここに貯蔵されているようだ。
この乾燥地域に、この冷温室だ。
恐らく氷魔法によって生成された氷塊がどこかにあって、
そのおかげで室温を維持しているのだろう。
つまり簡単に言うと、その分高い・・・。
ブロックチーズが500ナール、
バターがその半分の大きさで300ナール、
牛乳は一瓶15ポットで100ナール。
半分の7ポットが50ナールだそうだ。
・・・ポット?
「ポットって何だ?」
「オリーブの塊1つが1ポットだ、量の単位はそれが基準だ」
単位と言うのはその世界で普遍的な物が基準となる。
低階層に出るナイーブオリーブの落とすオリーブのグミ1つ分が
この国の単位基準となっているらしい。
この辺りは国によってバラバラなのか、共通なのかは良く分からない。
詳しい話は誰かに聞こう。
「15ポットはどの位だ?」
「見りゃ分かるだろ、これだ」
おおよそ1リットルくらい入りそうな牛乳瓶だ。
半分の7ポット瓶は差し詰め500ml程度・・・。
沢山買っても日持ちはしないだろうし、
シチューにするなら半分のサイズでいい。
7ポット瓶を注文した。
例によって瓶は返却すると買い取るのだと言う。
瓶と言っても陶器なので壷・・・では無くて瓶?
チーズのホールは15ポット、バターの大きさは7ポットらしい。
これからずっとこの世界で暮らすのだ。
単位もしっかり覚えておかねば。
***
家に帰り鍋に火をかけて肉と野菜を炒める。
弱火でじっくり焙る事で肉からは脂が、
野菜はしんなりして口当たりを良くする。
そしてミルで削りながらコボルトフラワーを入れる。
コボルトソルトで味を調えて、シェーマを入れてひと煮たち。
ペッパーを削り、水を入れ、煮立ったところで最後に牛乳だ。
赤黒い例の芋を入れたせいで、毒々しい紫色の謎スープになった。
ファンタジーによくある、魔女が掻き混ぜる怪しい鍋のようだ。
味の方はと言うと、紛れもなくクリームシチューだった。
もう魔女スープでいい、そう命名した。
色合いでやや食欲が落ちるが、これはこういう物だ。
昼のパンも自分持ちだった事を忘れていたので、
ホドワのパン屋では長パンを買った。
薄くカットしてオリーブオイルを塗り、チーズとペッパーを掛けて炙る。
簡単なブルスケッタだ。
本来はニンニク、トマトやバジルソースであるが、そんな物は無い。
そういえばアンチョビがあった。
倉庫に入れっぱなしのままだった壷を引っ張り出して来て、
開封すると凄いにおいが立ち込めた。
オリーブやハーブと絡めて焙る事で、臭みも消え食べ易くなった。
これをブルスケッタの上に乗せた。
シチューと合わせれば、もう完璧な料理だ。
一仕事終えて材料を片付けているとジャーブとアナが帰って来た。
「おかえり、珍しい組み合わせだな」
「ご主人様、戻っていらしたのですね。
・・・これはご主人様の作ったお料理でしょうか」
「凄いです、とても旨そうで、今まで見た事が無いです」
「そうか、パンの料理は珍しいか?」
「パンはパンだけで食べるのが普通です」
そういえばハンバーガーの歴史はアメリカの西部開拓時代だ。
パンに物を挟むサンドイッチは中世の伯爵に由来する。
ブルスケッタの歴史は・・・知らん。イタリア史は勉強していない。
要するにまだこの世界では考案されていないと言う事だ。
それじゃあ今度作る時はピザトーストを作ってみよう。
チーズは買ったのだし、ハムとオリーブオイル、
食べられるハーブを乗せれば簡単に作れる。
「どこに行っていたのだ?」
「はい、ジャーブがこの町にも詳しいと言うので案内して頂きました」
「服屋や青果店などを見た後は、雑貨店で小物を見てました」
「雑貨店ならさっき行って来たが会わなかったな?」
「小物を扱う雑貨店に行っておりました。
この町には生活雑貨店と小物店、道具を扱う雑貨店があるそうです」
「そうか、自分は調理道具を買いに行ったから会わなかったのだな」
「ユウキ様は何でもできるのですね・・・」
「いや、ナズほど上手くはないぞ。これは見た知識だ」
レシピブックを見せると2人に驚かれた。
「ユウキ様は文字がお解りに成らなかったのでは・・・?」
「ああ、こっちの言葉はな」
アナの眉が動いた。
しまった、こっちではない、この国の・・・いや共通語が読めない。
「いや・・・その、ブラヒム語は難しくてな、自分の国の言葉は解かる」
アナはさらにおかしな顔をした。
何だ?
何か間違っている事を言ったのか?
言語は国単位ではなく種族単位だったっけ。
人間族の言葉は話せないし分からない、それでいいじゃないか。
「人間族に生まれたが、人間族の言葉は解らんのだよ」
「そうなのですか?」
「は、はい、では残りの準備を致しますね。
盛り付けなどは私が行いますので、ご主人様はお休みなさって下さい。
ナズさんが帰って来ましたらお呼び致します」
「え、ああ、じゃあ任せた」
アナに追い立てられるように台所を後にして、
納屋と自室でアイテムを整理した。
納屋の棚に置いてあるミサンガを1つ取り出し、
芋虫のカードとセットにする。
ナズが帰ってきたら早速身代わりのミサンガを作ってもらう予定だ。
問題は誰に最初に付けさせるのが良いのか。
これまで致命傷を食らったのは自分だが、
それは慢心と装備強化不足があった。
基本的にオーバーホエルミングがあるし、
デュランダルのHP回復、アイテムボックスからは即座に薬を取り出せる。
いざとなったら回復ができる指輪だってあるのだ。
とすると、即死の一撃を貰わない限り死ぬ可能性は最も低い。
そんな攻撃をしてくるような階層には行っていない。
不意の一撃どころかこちらが不意を仕掛ける側だ。
第一、力を振り絞ってなんとか敵に当てれば即回復できる。
前回は焦りもあった。
冷静に考えればデュランダルだけで回復が追い付いていたかもしれない。
次に危険なのは前衛、今のところアナかジャーブ。
値段に糸目をつけていないし、良く出品されるとの事だから
すぐに次が手に入るのだろうし、どっちでもいい。
あえて言うなれば、盾持ちと盾無しでの比較ならジャーブだ。
アナは元々慎重だ。
ジャーブはミノのタックルを防ぎ切れずに吹っ飛んだ前例もある。
記念すべき1個目はジャーブの物となった。
いやまだ作っても無いがな、HAHAHA!ってなんでや・・・
「ご主人様、ナズさんが戻りました・・・あっ、失礼しました」
・・・ねん。
逆平手打ちの掌が空を切る。
うっ・・・。
1人でノリツッコミをしてる所を見られた。
アナの気遣いが痛い。
ノックを・・・いやアナとナズの自室でもあるのにノックなんて不要だ。
迂闊だった。
「アナ?」
「はい、見ておりません」
いや見ただろう!その反応はっ。
こういう時に弄ってくれる奴がいないとタダの痛い子になってしまう。
「いや、もういい・・・。昼食にしよう」
ナズは昼食を作る気でいたため、
追加の野菜や頼んだ食材を買って来ていたようだ。
キッチンには新しい入れ物が並び、食材が追加されていた。
「今日もご主人様に作らせてしまいまして、申し訳ありません」
「いやいい。自分が作りたい時に作るといっただろ?」
「それにこれは・・・アリーチェですね?
結構する物ですが、私達も頂いて宜しかったのでしょうか?」
「ありーちぇ?」
「ええっと、このパンの上に乗っている魚の漬物です。
珍味ですので、普通は高級な酒の摘まみなどで食されます」
費用対効果としては、パンの半分より小さい壷にパンの15倍の値段だ。
チーズも高かった、発酵食品は高い。
「まあ、気にするな。皆で食べたら楽しい」
「ありがとうございます、味わわせて頂きます」
アンチョビペーストを乗せたブルスケッタは好評だった。
クリームシチューも味の方はまずまずである。
そして、相変わらずアナはアチアチしていた。
***
「では午後は迷宮に行く。準備できたらここに集合だ」
「「かしこまりました」」「分かりました」
今日は午後からと言う事もあって、10層から開始した。
午後からでは9層の兎エリアはとても混雑するので避けた。
朝からずっとパーティを組んでいる事もあって、
ヴィーにも経験が積まれている事だろう。
この場にはいないのでLvが幾つになったかは確認できないが、
昨日の半日でヴィーは村人Lv8に成っていた。
迷宮に入らなければ成長しないと言う事は無いようだ。
ニートアントとスローラビットの群れを片付けていると、
アナがカードを発見した。
「ご主人様、おめでとうございます。モンスターカードです」
おおっ、この所頑張った結果がようやく回って来た。
もうこれでウサギは卒業できる。
後はここのボスであるハントアントを倒して次に進みたい。
ポイントの関係で鑑定は現在外れてしまっているので、
そのままアイテムボックスにしまった。
「ではジャーブ、ボスまで行こう」
「はいっ」
ジャーブの誘導でハントアントの待機部屋に案内された。
ここのボスの待機部屋には誰もいなかった。
「ジャーブ、ここはあまり人がいないがどうしてだ?」
「道中はそこそこいたと思いますが、
ボスはハントアントですからね、ドロップが美味しくないです」
「ボスなら相応のアイテムが落ちるはずだよな?」
「ここのボスドロップは蟻酢酸で、買取料金があまり良くありません」
そうなの?
酢酸って言うなら料理に使うんじゃ無いの?
「そもそも後の階層に行けば沢山出て来ますし、
そこまで行ける探索者には倒し易いので、人気の相手になります。
ボスの手強さから言うと1匹倒して60ナールよりは
別の階層でハチノスやラピッドラビットを狩った方が効率が良いのです」
「と言う事は、蟻酢酸が60ナールで革が150ナール?」
「そうです。ハチノスなら同じ時間掛けても儲けが約3倍なので、
ここはホントに不味いのです。まだニートアントを倒した方がマシです」
確かに、時間が同程度以上掛かって、
そこまで行く時間や順番待ちがある事を考えると、
ハントアント1匹やるより雑魚や別のボスをやった方が効率が良い。
そのアイテムが日常生活で必要かと言えばノーなのだ。
料理人以外は酢なんて使わないし、深層に行けばいくらでも湧く。
ならばあまり人気が無いのは頷ける。
「ニートアントは何でマシなんだ?」
あれは買取5ナールだったと思う。需要が無いだろう?
「高難度階層に行けばボスもお供も数が増えますので、
取り敢えずボスに毒を当てて置けば、後は楽に仕留められますからね」
あー、単純に消費武器として。
毒武器でも使った方が良いような気もするが、そっちの方が高いのか。
「ではサクッと倒して次へ進もう」
「かしこまりました」
ボス部屋に入り、煙が巻かれる。
接近の毒攻撃があるため、
みんな迂闊には近寄らず、じりじりと包囲を固める。
頭を向いている方向へ噛み付いて強襲するだけなので、
危ないと言えば正面のアナだけだ。
正面の攻撃を出した後は無防備で、そこがチャンスだ。
ハントアントは、特に何も怖い事は無かった。
ボスらしく体が少し大きく、色合いがやや毒々しくなった以外は、
行動は殆どニートアントと同じだった。
何かしら強化はされていると思うが、多分毒の発生確率なのだろう。
なあに、食らわなければどうと言う事は無い。†
基本的にアナばかりが攻撃を受けていたので、一方的に叩き込めた。
蟻酢酸・・・1つあってもなあ・・・。
ナズなら何かの料理に変えてくれるだろう。
売ってもショボいなら食べるしかあるまい。
次の階層、ナイーブオリーブは既に一度来た事がある階層だ。
オリーブオイルのストックをさらに集める。
ストック的にはもう十分であるが、
ここが今の適正なのかと思うと狩りが捗る。
正確にはもっと上だと思うが、
少なくとも10層よりは経験値が入るだろう。
ナズからそろそろ夕食ですと告げられ、今日の狩りを終了とした。
家に帰って今日のアイテムを整理し、
兎の毛皮とブランチを売りに行く。
蟻の落としたアイテムは買取もしょっぱいらしいので、
蟻酢酸はナズに渡し、毒針は納屋にストックした。
多分オリーブオイルは20前後、数までは数えていない。
今日倒した兎は43、ニードルウッドは15だった。
3割アップの851ナールを受け取り、ホクホクして家に帰った。
これでは全然生活安定収入として足りていないが、
今日は大本命が待っているのだから。
さて・・・今日の収穫の目玉、モンスターカードを取り出して眺める。
1枚目のウサギのカードが出てから7日も経っている。
実際に活動した日数は3、4日だが、間に色々あったので長く感じた。
鑑定スキルを付けて一応鑑定を試みる。
・モンスターカード アリ
!?
えっ・・・?
「・・・・・・・・・」
驚きの後に絶望して、頭を抱えて悩む。
しばらくして冷静になり、現実を受け入れた。
えーっとアリ・・・何だっけ。
ミチオ君の冒険記に登場した気はするが、この辺りは憶えていない。
余り重要視されていないような何かだった気がする。
ともあれ、思い出せない物はしょうがない。
ジャミルに会った時にでも聞くしかない。
と言うか、兎!
ウサギィィィィィ!
こう何度もおちょくられると流石に・・・。
こういう時は・・・「ヨシダァァァァァァ!」†
ふう、すっきりした。
異世界のドロップ率に当たり散らかしてもしょうがない。
もう1枚はジャミルにお世話になるしかないのだろうか。
いい加減Lvを上げたいし、どんどん次に行くべきである。
全員のLvを見ても、
ナズの鍛冶師と自分の探索者はびくともしていなかった。
ミチオ君は、弱すぎる相手だと経験が入らないと考察していた気がする。
ボーナススキルで倍率アップがあるのだから、
そういう仕組みがあってもおかしくない。
ゼロでは無いが、取得が1/20になるとか・・・。
バッドボーナスが付かない階層へ上がらざるを得ないのだろう。
ウサギのモンスターカードは諦め、23層を目指さなければならない。
ミチオ君は23階層でLv50となり、そこで進退について考えていた。
生活の基盤が整えば、そこを終了として良いと結論付けたはずだ。
12層以降はジャーブも知らない階層となる。
そろそろ情報を集め、深層へ行く準備を始めたい。
ナズのおかげで酒場にもコネができたのだし、
そこで情報を集めるのも良いと思う。
∽今日のステータス(2021/09/04)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv37
設定:探索者(37)英雄(28)騎士(29)賞金稼ぎ(29)
薬草採集士(25)
取得:村人(5)戦士(30)剣士(34)商人(30)色魔(1)
奴隷商人(1)暗殺者(1)武器商人(1)防具商人(1)
農夫(1)錬金術師(1)料理人(1)村長(1)盗賊(1)
・BP135
キャラクター再設定 1pt 5thジョブ 15pt
獲得経験値上昇×10 31pt 武器6 63pt
必要経験値減少/5 15pt 詠唱省略 3pt
結晶化促進×4 7pt
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv32
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv24
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 戦士 Lv27
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv1
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv37
設定:探索者(37)英雄(28)騎士(29)賞金稼ぎ(29)
薬草採集士(27)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv32
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv26
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 戦士 Lv27
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv7
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨 7枚 銀貨 68枚 銅貨 31枚
パン代 (16й)
長パン ×2 16
食材 (670→469й)
小麦粉 120ポット 120
牛乳 7ポット 50
チーズ 500
アイテム購入 (240→168й)
コボルトフラワー ×2 240
道具 (100й)
コボルトミル 100
アイテム売却 (655→851й)
兎の毛皮 ×43 430
ブランチ ×15 225
銅貨+98枚
------------------------
計 金貨 7枚 銀貨 68枚 銅貨129枚
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
8 ニードルウッド / ウドウッド
9 スローラビット / ラピッドラビット
10 ニートアント / ハントアント
・異世界20日目(昼)
ナズ・アナ15日目、ジャーブ9日目、ヴィー3日目
鍛冶G面会まで2日




