§082 追及
暗くなったホドワの町をアナと2人で歩く。
既に夜もすっかり更けていると言うのに、
民家からは蝋燭の明かりが漏れ出ていて、
歩けなくも無い位には道が照らされていた。
町中へ近付くにつれてその光はだんだんと強くなり、
町の内外を示す境界線には篝火が焚かれ、
そこからは街灯が点在していた。
ひと際目立つのが酒場の前で、
その向こうにも旅亭や娼館と思しき方向には道明かりが灯っていた。
「アナ、注文は任せる」
「かしこまりました」
酒場に入る前に、アナにメニューの裁定をお願いした。
だってメニューが書いてあっても読めないし。
店の入り口をくぐると、酒場は賑わっていた。
空いてる席はあるものの、大体は4、5人のグループが占領している。
樽の置かれたステージにはナズが窮屈そうに乗っており、
厳つい男たちから喝采を博していた所であった。
「いらっしゃい、適当に座っておくれ、飲み物は?」
「ご主人様、お酒の強さと甘辛さ、果実の有り無しと
口受けに何を食されるかで注文を決めます」
「そ、そうなのか。
では甘口で弱いやつで果実も入れてくれ。
摘まみは・・・揚げ物が良いな」
「軽めのカクテルで揚げた芋をお願い致します」
「あいよ」
「ご主人様、あちらにお掛けになって下さい」
「わ、分かった」
安酒の大衆居酒屋と違って、こういう本格的な酒場は困る。
回らない寿司と同じような注文の仕方にはてんで免疫が無い。
それでは、なぜ奴隷であるアナは知っているかと言う疑念が生じる。
主人が酒場に連れ出す事を想定して、商館でそういった教育を受ける?
そんな馬鹿な・・・こういった場所に連れてくる想定なんてあるはずが無い。
自分が席に着くと、アナは横に立っていた。
座れと言いたくなったが、それはここでは駄目なのだろう。
いや、それならば何か飲め。
「アナも注文して良いぞ」
「えっ、はい、かしこまりました」
「マスター、牛乳で割ったものを1つお願いします」
「あいよー」
しばらくすると酒が2つ、
それからどう見てもフライドポテトがやって来た。紫だが。
持って来たのは女将さんなので、調理と給仕担当なのだろう。
「ああ、あんた、ナジャリんとこの」
「ああ、ちょっと様子を見にな、突然押し掛けさせて申し訳無い」
「良いのよ、これからも歌ってくれるなら助かるわあ」
「そんなにナズは人気だったのか?」
「そうなのよ、うちはお酒も気合入ってるんだけどねえ、
アレもかなりの客寄せになっていたわねえ。ゆっくりして行ってね」
初めて飲む異世界の酒は、
日本で飲んでいた安酒とは違って口当たりも良く美味しかった。
いや、そういえば旅亭でも安酒を飲んだ事はあったな。
こちらは本格的なヤツであり、あの時飲んだ酒よりは良い物なのだろう。
と言う事ならば、この世界では酒で無双ができそうもない。
アナが飲んでいる酒はどう見てもカルーアミルクだった。
日本でも女子受けするメニューだった気がするのだが、
そもそも何故アナは知っているのだろう。
「ア、アナ。酒に詳しいのはどうしてだ?」
「以前の主人はそれ程お酒を嗜まれなかったのですが、
一緒にいた主人の友人が酒飲みでして、
高くなく飲み易いお酒を多数知っておいででした」
「ああ、そう・・・」
ドワーフは酒好き、そういう事だ。
流石に一緒になって飲んでいた訳では無いだろうが、
主人の横でうんちくを聞かされて来たのだろう。
絡み酒ってやつだ。
声援と拍手が聞こえ、ナズの次の歌が始まった。
「ワタイーニ スィーター ワータナァー」
全然判らん。
そもそもどこの国の言葉なのか。
何人族語なのか。
「トゥルクーティー イウェカー ゾラナーカー」
「アナ、解かるか?」
「い、いいえ、全然解りません。申し訳ありません」
「ディリータフ ツァジークゥゥ ノーギツェー」
「あれはね、私が昔旅行先で聞いて覚えた歌なんだよ、これ口取りね」
女将さんが割って入って来た。
エマーロの女将さんなのだから旅行好きなのだろう。
サービスに出された豆の炒め物を頬張る。・・・そら豆の小さい奴?
「何人族の言葉なのだ?」
「それが全然分からなくてねえ、
わたしゃバルドとブラヒムしか話せないよ」
「バルドと言うのは?」
「エマーロの言葉だねえ、
竜人族も似た言語を使うそうだけど、ちょっと違うみたいだね」
なるほど、自分はキャラクター設定の時に、
いかにも恰好良さそうなバルド語を選んだ気がした。
ドワーフの言葉かと思ったがエマーロと竜人族の言葉だったようだ。
「それで何となく覚えてナズに教えた訳だ?」
「わたしゃあ歌が好きなんだけど、恥ずかしながら下手でねえ。
あの子が勝手に解釈してああなったのさ」
「じゃあ、本来の意味とか発音も分からないまま歌っているのか」
「多分そうだねえ」
凄いな・・・、それは才能だ。
耳コピからアレンジして歌い易いように変換したのだ。
きっとどの種族が聞いても謎の歌として認識される事なのだろう。
「ティーカー スィーホティー ニーヨシィー」
「上手いな」
「そうですね」
「ノイーラーナー イモネーカー ウォームヨーメェー」
ナズと目が合ったので手を振ると、こちらにニコッと笑顔を見せた。
曲調からして多分最後のサビなのだろう。
ナズの顔に感情が入る。
ナズの表情が豊かなのは、歌で培われたものなのかもしれない。
「ノゥータック イーバレレーク ティーニバーサーァ」
歌を終えると酒場には歓声と口笛が響いた。
お捻りがナズの足元に飛び交う。
ステージの上でお辞儀をすると、
ナズはカウンターの裏側に回り、喉を潤した。
「ナズはこうやって生活していたんだな」
「そうですね、とても似合っていると思います」
その後しばらく酒場は歓談タイムとなり、
ナズも自分のテーブルにやって来た。
「ご主人様、お見えになったのですね」
「ああ、さっきの歌を聞かせて貰った。上手だな」
「ありがとうございます。
久しぶりだったので、声が出なかったらどうしようかと思いましたが、
ちゃんと高い音まで声が通ったようなので、安心致しました」
「ナズさん、素敵でした」
「いえっそんな、アナさんに言われると恥ずかしいです」
「自分達はもう一杯飲んだら帰ろうと思うが、ナズはどうする?」
「あっ、一応ここのお店は日が変わるまでですので、
それまではここに居ようかと思います」
「そうか、久しぶりだし無理はするなよ」
「はい、大丈夫です。
それに・・・もう絡まれる事はありませんので安心です」
ナズは首に嵌められている奴隷の輪を両手で押さえた。
今現在、ナズはどこかの主人に仕える奴隷だ。
それに手を出したりする事は当然トラブルとなる。
だからこそ、安心できると言う事なのだろう。
ある意味結婚指輪のような、牽制効果になる訳だ。
「そうか、じゃあ頑張って来い」
「はい、ありがとうございます」
ナズは再びカウンターの奥へ消えた。
歌の出番が無い場合は給仕をするようだ。
「おう、兄ちゃんがナージャの身請けしたんだって?」
ナージャ・・?
そういえば大工もそう呼んでいたが。
ステージ名か何かかな?
確かにナジャリだと言い難い。
「まあそういう事になるな」
「そうかいよ、もう二度とお目に掛かれねえと思ったんだが、
またこうして聞けて嬉しいよ」
「そうか、迷惑でなければこれからも通わせようと思っているが」
「本当かい、そりゃいいな。・・・何だそっちの奴隷も可愛いなあ。
兄ちゃんが羨ましいぜチクショウ」
「おい、他人の奴隷に色目使ってると奥さんに言うぜ」
奥の方にいる連れと思われる男からヤジが飛んできた。
「やめてくれよ、そういう奴じゃねえよ、なあ?」
「良く判らんが、ナズにちょっかい出す奴がいたら
助けてやってくれるとありがたい」
「あーそういうのは駄目だ、俺ぁ喧嘩弱いからよ」
「おまえんとこは奥さんの方が強いもんな!」
どこにも恐妻家がいるもんだ。
「兄ちゃんが身請けしたんなら安心だろ?
これからも連れて来てくれよ!宜しくなっ」
「それはナズ次第だな」
それからしばらくアナと2人で久しぶりの酒を堪能し、
その間にナズは2曲を歌った。
リクエストがあればいつでも受けるようだ。
出る前にナズには一杯「水」を奢ってやって店を後にした。
帰りの道すがら、アナが珍しく話を始めた。
「ナズさんは・・・歌もお上手ですし、料理も得意です。
戦闘も殆ど初心者だったのに凄い才能をお持ちのようです。
それに、鍛冶師・・・とても優秀なのですね」
「そうだな、ナズはとても優秀だ。
あそこで歌わせて置くだけなんて勿体無い逸材だ」
「私は・・・戦闘しかできません。
それなのにご主人様には私も一番に据えて頂きました」
「本当にそう思うか?」
「どういう事でしょうか?」
「ナズはあれで結構物分かりが悪い面もある。
戦闘だって失敗を経験すれば2度繰り返す事は無いが、
初めての事は大体危うい」
「良くご覧になっておいでですね」
「アナは、物事を多角的に見詰める力があり、最悪の事態に備えられる。
背中を任せても安心なのはアナの方だ」
「勿体無いお言葉です」
「何かを計画する時の段取りの良さや、気の回し方は誰にも真似できない。
これでかなりアナに助けられているし、癒されているんだ」
「そう・・・なのですか」
「ナズもアナも、お互いに無い素晴らしい力を持っている。
2人が力を出し切ってくれれば何も恐れる事は無い、そう思っている。
だからそう自分を下に見なくて良い。前にも言ったが自信を持ってくれ」
アナは両手で顔を押さえてそれから何も言わなくなった。
***
家に帰り、鍵を開けるとそこにはヴィーがいた。
「おっ、どうした、起こしてしまったか?」
「ご主人様、どこ行ってた?」
何だか飲み歩いて夜遅くに帰って来た亭主に、
浮気じゃないかと追及する女房みたいな雰囲気になっている。
「うん、まあちょっと酒場に」
「そっか、目が覚めたら誰もいなくてびっくりした」
「そうか、済まんな。起きてたらヴィーも連れて行こうと思ったんだがな」
「多分その時起きた・・・」
ああそう。
そうっと出て行けば起こさなかったのか、それは申し訳無いな。
「なずは?なず、一緒じゃないのか?」
「ナズお姉ちゃんだろう」
「ナズお姉ちゃんは?」
「ナズは今酒場で歌っている。日が変わったら帰って来るだろう」
「ナズ姉ちゃん歌が歌えるのか、凄ぇー」
「ああ、凄かったぞ。明日の夜起きてたらヴィーも連れてってやろう」
「ほんとか、約束だぞ?」
「ああ、じゃあ今日はもう寝よう。おやすみ」
「あい!おやすみ!」
ヴィーが自室に戻るのを見届けて、自分たちも寝室に戻った。
ベッドに入ると、再びアナが口を開いた。
「あの、大きなタライのある部屋は何に使われるのでしょうか」
うっ・・・。
痛い所を突かれた。
ハッキリ何に使うかは、今から言わない方が良い気もする。
大体、魔法使いがまだ取得できていないのだ。
将来風呂にすると言って置いても、それがいつになるか判らない。
ジャーブとヴィーがいるから、水汲みだけなら何とかなるかもしれないが、
沸かすとなるとかなり大変だ。
下手に種明かしすると、では私が湯を沸かしますとか言い出しかねない。
大工へ依頼をした時点では勝手に染料樽と勘違いされたようだが、
その時アナは同行していなかった。
施工時はずっと見学をしていたようだったが、
大工達がアナに何を作っているか明かす事は無いだろう。
家主の依頼なのだから、当然知っていると思われたはずだ。
そもそも他人の家の奴隷に「これは何をする物だよ」だなんて、
いちいち説明するはずが無い。
要するに注文の経緯や用途まで、アナには全てが謎なのだ。
捕えた2人を軟禁するために、昨日初めて使った位で。
ナズは染料樽と言う事で了解しているはずだ。
アナがナズに聞くような事があった場合、勝手に色々用意されても困る。
つまり何かしらの答えを今用意して置かないと、
後々になって自分の首が締まる事となる。
「あ、アレはな・・・」
「はい」
ええい、厳しい追及をされてしまったら内密を使わざるを得ない。
あまり秘密は作りたくない主義なのだが・・・。
「ちょっと大きめの物を洗ったりしたいかなと思った時用の洗い桶だ」
「え・・・?は、はあ・・・」
よし、混乱させて置いて有耶無耶にする作戦で成功した。
大きな絨毯を洗濯するような事は普通にあると言う。
ただ、一般庶民では風呂へ入ると言う事を想像だにできないのだ。
はっはっは、勝った!
「そういう訳だ、今日はもう寝るぞ」
「え、あ、はい、かしこまりました?」
アナに抱き付いて、寝るのだと主張して追及を停止させた。
∽今日のステータス(2021/09/02)
・迷宮に消えた恋人を思う歌
ワタイニ スィータ ワータナァ
トルクティ イウェカ ゾラナーカ
ディリタフ ツァジーク ノーギツェ
トゥーカ ツォンエウェ ディカヨーキ
ディナクナ エィミ ガォカノ ターナァ
ワタグィス ガイーキ ツトゥッヒ
トゥエナック ナカーキ ウォエコ ノゥタナァ
ワィスィミ サーガ ティニィマー
ワイティ ヤーニ ターナァ
ティカ スィホティ ニーヨシィ
ノイラーナ イモネーカ ウォムヨーメ
ノゥタック イバレレーク ティニバーサ
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨 13枚 銀貨 13枚 銅貨 91枚
酒代 (122й)
カクテル ×2 70
カルーア 30
揚げた芋 12
「水」 10
銀貨- 1枚 銅貨-22枚
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計 金貨 13枚 銀貨 12枚 銅貨 69枚
・異世界19日目(21時頃)
ナズ・アナ14日目、ジャーブ8日目、ヴィー2日目
防具回収の日、鍛冶G面会まで3日




