§063 信頼
朝、起きるとナズを抱えていた。
昨日は何だったっけ、寝返りを打てずに苦しんだのだ。
寝ている最中に、より広めに体を伸ばせるナズ側に向いたのだろう。
ナズは小さいので、枕の位置は自分よりかなり下。
足元も余裕があるので向きやすい。
頭を撫でるとそのままグイッと伸びてきて、キスをされた。
「ちゅっ・・・あむ・・・あふ・・・・」
「ご主人様、おはようございます」
「おはよう、今日も早いんだな」
「ご主人様より遅く起きては失礼です」
それは嬉しいが、疲れ切った時はどうなるんだろう。
その度にペコペコされても敵わないので先に言っておくか。
「そうは言っても体が動かない時もあるだろうから、ほどほどにな」
「大丈夫です、御心配には及びません」
そ、そうか・・・、ナズの体内時計は全然平気と言う事か。
自分は、暇なら寝られるだけ寝てしまうタイプの人間だ。
アナに近い。
そういえばアナもすぐ眠ってしまうと言ったが、
寝ている姿を見たことが無い。
恐る恐る振り返ると、目がばっちり開いているアナがいた。
折角いい微睡み加減だったのに、
既に臨戦態勢の隣人に軽くビビる。
「うっ・・・んふ・・・んっ・・・はぁ」
アナに突撃されて2度ビビる。
「おはようございます、ご主人様」
「あ、ああ、おはよう、アナはいつも目覚めがいいのだな」
「はい、私たち猫人族は小さな音や動きに敏感ですので、
寝つきはいいですが目覚めも早いです」
うーん、ホントに猫。
寝てる猫にそうっと近付いても、
何故かシャッと起きて逃げられてしまう。
ベースがそういう種だと、亜人でもそうなのだろう。
ジャーブは?
犬っぽそうなアホさ加減が残ってるって事か?
ロクサーヌもちょっとドジそうな感じではあった。
そんな描写は無いので失礼か。
犬ではなく狼だし。
「じゃあ、いつも通り、お願いな」
「「かしこまりました」」
2人はそれぞれ朝の仕事に向かう。
昨晩、ナズには自分が朝パンを買いに行くと伝えてある。
朝は重めでない方がいいし、2個買って半分にすれば十分だろう。
玄関から歩いて出ようとした所、ジャーブが水を運んで来た。
「おはようございます、ユウキ様」
「おお、今日は早いな」
「はい、そう何度も寝坊したら立つ瀬ありません」
「ははは、いつも朝食には間に合うようにな」
「心得ています」
裏庭に寄ってみたが、水撒きは終わった後のようだ。
小さい芽が出ている畝もあった。
てくてくと歩きながら、昨日人が集まっていた商店を目指す。
今日も朝から賑わっているようだった。
パン屋は狼人族、言葉の壁もなさそうで安心だ。
割引は無理だろう。
迷宮とは無縁そうだし、鑑定はしていないが彼は多分村人だ。
「パンを2個くれ」
「どのパンにする?丸いのと長いの、ちょっといい奴だ」
「ええと、初めてだからな、特徴を教えてくれると助かる」
「そうかい、これからお得意さんになるのならサービスしてやるよ」
「それは助かる」
「丸パンは普通のパンだ、宿にも納めてる普通の奴だ」
「うん、それは判る」
「長パンは弁当によく使う持ち運び用のパンだ。
中はぎっしりだからちょっと固いが、潰れにくい。
リュックやポーチに入れやすい形や大きさで焼いている」
「ああ、なるほど」
そういえば旅亭の弁当も、長パンが切られた物だった。
「ちょっといい奴は、その名の通りちょっといいパンだ。
普通のパンより甘く柔らかいから、
パンだけで幸せになりたい時のパンだ」
要するに、多少味が付いていて、パンだけ食べても満足と言う奴か。
クロワッサンとか、シュガーロールみたいな。
ええと何だっけ、コボルトから出る小麦粉が良い小麦粉だったかな。
「じゃあ普通のパンとちょっといい奴、1つずつくれ」
「あいよ、10ナールと8ナール、これおまけのミニパンね。
いつもは3つで10ナールだから、気に入ったら次は買っとくれ」
金を払ってパンを受け取った。
他の客もミニパンを買って行くようなので、きっと人気商品なのだろう。
小さいパンは食べやすいし、おやつにもなりそうだ。
ミニ、と言ってもスーパーで売っているような
一般的なロールパンくらいの大きさだ。
朝は、あれ1つで満足できそうな。
大人なら2個かな?
うちは4人なので1袋では足りないし、2袋なら多い。
家に着くと、既に3人共席に着いていた。
「ただいま、今日はみんな早いな」
「おかえりなさいませ、ご主人様、いかがでしたか?」
「ああ、今切り分けるからちょっと待て」
「あっ、私がしますので」
「いいから座ってろ」
「はっ、はい・・・。かしこまりました」
普通のパンとちょっといいパン、そしてサービスの小さいパンを、
それぞれ4つに切って、1切れずつ皿に移す。
ミニパンは1人3口分だ。
「これは・・・、高いパンですね?
宜しいのでしょうか、こんなよい物を」
「食べてみたかったしな、それに小さい奴はサービスして貰った」
「そうですか、私達にもありがとうございます」
ジャーブは切り分け始めた時から目がウロウロしていた。
自分の分は有るのか無いのか、気になっていたのだろう。
同着1位の2人の次だから、実質3番奴隷だしな。
そんな酷い事はせん。
全員に均等に配ったので、自分も席に着いた。
「いただきま、あっ・・・」
「「「・・・・・・」」」
・・・まったく。空気が読めない奴め。
「ジャーブ、こう・・・、手を合わせてからだ。
こう、手を合わせて、「「いただきます」」」
こんな時でもナズとアナは揃えてきた。
この世界でも空気が読める子がいるようなので、
鈍臭いのはジャーブだけと言う事になった。
「も、申し訳ありませんでした!ユウキ様」
「いや、別にやらなくて構わんが、真似したいのならちゃんと見ておけ?」
「は、はい、分かりましたっ」
ナズが苦笑いしている。
ナズにこんな複雑な顔をさせたのはお前が初めてだよ・・・。
「今日は家の工事を見ながら時間を潰すから、
各自仕事が終わったら自由にしてくれ」
「かしこまりました」「分かりました」
「ジャーブにも小遣いを渡すから、欲しい物があれば買ってきていいぞ」
「えっ?」
「ああ、ギャンブルには使うなよ」
「えっ、いや、自分はしません。それに貸しません、こりごりです」
「ははは」
ナズとアナは、この前の洗髪で使ってしまっている筈だ。
その前に銀貨2枚で好きな飲み物を買えと言ったか。
アナは果物を買ったようだが、まだ残っているだろう。
じゃあ追加で与える必要はまだ無さそうだ。
ポーチから・・・もうアイテムボックスも十分に増えたし、
今後、銅貨以外はアイテムボックスに入れる事にしよう。
Lvは36、100枚収納するのに3枠なら、今後6枠分はお金用だ。
金袋を取り出して、ジャラジャラとアイテムボックスにしまう。
他人から見れば、金袋から落ちた小銭が空中で消えるように見える。
この世界では当たり前の事で、誰もその事に疑問を持たない。
実に不思議な光景なのに。
そこから銀貨2枚を取り出して、ジャーブの机の前に置いた。
「ほら、大事に使えよ、取って置いてもいいし、使い切ってもいい」
「えっ、本当に宜しいので?」
「宜しいも何も、お前の先輩は既に小遣いで豪遊している」
「ご主人様、その言い方には語弊があります」
「そ、そうか、とにかく好きに使っていいぞって事だ」
ナズもアナも、主人に気に入られようと頑張ったのだ。
遊びで使ったと言って悪かったな。
「アナ、済まなかったな、遊びじゃなくて真剣勝負だったな」
「えっ、あの、そうですね。ご満足頂けましたら幸いです」
「満足満足。大変満足。でも、次は自分の本当に必要な物にしてくれ」
「かしこまりました」
ジャーブは「?」という顔で首をかしげていたが、
小遣いを使ってもよいと言うハードルは下がったようなので良しとする。
ちょっといいパンは、ふわふわで生地も甘く美味しかった。
スープか、味のしっかりしたおかずがあれば、
普通のパンでも何も問題は無さそうなので、
いい方ばかりを買う必要は特に無さそうだ。
食事を終え皆が解散した時に、アナを呼んだ。
ナズは片付け、ジャーブは掃除らしい。
何もすることが無い様子だったので丁度良かった。
「アナ、ちょっとだけ迷宮に付き合ってくれ」
「かしこまりました」
アナに槍で倒させて騎士にしたい。
そして村長だ。
装備を身に着け終わったアナは、
いつも通りエストックと鉄の盾を構えていた。
「アナ、今日はどちらも置いて行け、その代わりナズの槍を借りろ」
「えっ?これは・・・ちょっと重たくて
私には使いこなせないかと思いますが」
「大丈夫だ、グリーンキャタピラー相手に
ラッシュを当ててくれれば、それで終わりだ」
「ええっと、私は今暗殺者ではなかったのですか?
・・・ああ解りました、戦士に戻す事ができるのですね?」
「そうだ、一度戦士になり槍で倒すことで騎士になって貰う」
「ええっと・・・私も騎士ですか・・・ご主人様が騎士では」
「騎士になると説明したが、騎士では無い」
「え・・・うーんと、すみません、私には理解が追いつきません」
「とにかくアナが騎士になって、
ちょっとやって貰いたい事があるのでな、協力してくれ。
難しい事では無いので」
「かしこまりました」
アナは槍の石突きを何度かぶつけながら、迷宮へのゲートをくぐった。
自分は無防具だ。
しつこく止められたが、アナが倒すだけで直ぐ帰ると説明した。
アナのジョブを戦士に変える。
「アナ、1匹探してラッシュで倒せ。
多分1発・・・、いやラッシュ1回と通常攻撃1回かも知れないが、
どちらにせよすぐ倒せるだろう」
「かしこまりました」
アナは自分から進んでキャタピラーを探し、
ラッシュ1回でキャタピラーを倒した。
「よし、帰ろう」
「これで宜しかったのでしょうか、私には何が何だか」
家に帰り、装備を片付けさせて自室に呼ぶ。
ナズやジャーブに聞かれても説明が面倒になるだけだ。
「それではアナ、いまからアナのジョブを騎士にする」
もうしてあるが。
「ええっと、はい」
「任命と唱えて見ろ」
「任命ですか・・・ええっと、ええ?」
「ちょっと待ってな、今準備が」
急いでアイテムボックスからアイテムを取り出す。
石鹸用にと別にしておいたオリーブオイルのグミを
うっかり掴みそうになったが、ここで潰したりしたら、
多分アイテムボックスを突き抜けて床に零れるのだろう。
あとで箱に入れて納戸にしまって置こう。
さっきジャラジャラと入れた金貨や銀貨も取り出す。
こういう時に焦ると小銭は掴みにくい。
「さあ、詠唱してみろ、対象はお前の主人だ。任命をしてみてくれ」
「ええと、はい、かしこまりました。
天地統べる皇の、断り攻めてしろしめせ、
任命!」
何も変化はない。
派手なスキルでは無いのだし当然だ。
「ええっと、何もお変わりないようなのですが。
これで宜しかったのでしょうか?」
ジョブを確認すると村長となっていた。
問題なく成功している。
「ああ、もう用は済んだ、アナはまた暗殺者に戻す」
「ええっと・・・?」
「そうだな、アナだけには明かしておく。今のは村長に任命するスキルだ」
「ええっ?」
「まあまあ、良く聞け。
騎士が、新たに村人を村長にする時に使う。
勝手にやったら当然問題になるが、
自分たちは騎士団員でも無いし、村長になった所で治める村もない」
「そうですね」
「村長になる資格がない者が村長になっていたりすると大問題になるが、
自分はジョブをすぐに変えられる。
村長というジョブを得ただけで、実際には村長には成らない」
「ええと、以前ご主人様が仰っておられた騎士になるというご発言も、
騎士と言うジョブを得ただけで騎士では無いと」
「いや、騎士のジョブを得て騎士のスキルを使えるようになっている」
「ええっ?」
「これもアナだけに話して置くが、
自分は得たジョブを自由に変更できるのと同時に、
得たスキルもある程度自由に使用できる」
「か、かしこまりました。今まで見た不思議なスキルは、
これまでに得られた複数のジョブの複合されたスキルなのですね?」
「まあ、そんな所だ」
昨夜ナズと話していた特殊なスキル・・・。
ワープや値段交渉の事を言っているのだとしたら実際は違うのだが、
オーバーホエルミングやパーティ編成の事なら正解だ。
「村長のジョブを得る利点があるのでしょうか?」
「うーん、村長のジョブ自体に有用性があるかは判らないな。
しかし、有る、と知っているジョブはすべて集めて置きたい」
「なぜそのような事をなさるのか、聞いても宜しいのでしょうか」
目的は遊び人だ。
ジョブを解放するには、20のジョブを解放しておく必要がある。
言ってしまっておくか。
後で追及された時に話さなければならないかもしれない。
アナは聡明で戦力の要だ。
こちらの手の内を共有する事で、
より深い戦略を立てられる可能性がある。
ミチオ君は警戒してセリーにはかなりの秘密を持たせたままだった。
それも1つの手だろう。
奴隷たちがうっかり外で話さないとも限らない。
しかし、アナは大丈夫そうな気がした。
昨日の会話を聞いた事もあるかも知れない。
アナなら任せて大丈夫だ、そんな期待があった。
「実を言うとな、この世には遊び人と言う隠されたジョブがあるのだ」
「遊び人ですか・・・。
聞いた事がありませんが、あまり宜しくは無さそうなジョブですね」
ガイウス帝国には、遊び人に就任できた奇特な王子の手によって、
そのジョブの話は公認となっていた。
その後就任できた者がいないので噂程度で留まっているが。
紐解いたミチオ君に感謝をしたい。
そもそも普通の人間が一生のうちに中級職や上級職を、
そう何個も取得する事はできない。
ジョブ神殿の就労規則がある以上勝手に離職したり仕事を放棄して、
Lv上げ・・・いや修練をしたりはできないだろう。
そもそもLv上げという概念が無いのだから、この表現は控えるべきだ。
「遊び人と言うのは名前だけで、
その実態はこれまで就いてきたジョブのスキルを自由に使えるという、
極めて稀なジョブなのだ」
「ええっ、そんな事が?・・・でも、今のご主人様は、
ご自由にスキルをお使いになっておられますよね?」
う・・・そう言われてみればそうだ。
事実上殆ど遊び人と変わらない。
いや、遊び人は数時間に一度しかスキルを変更できないので、
むしろ逆に劣化していると言ってもいい。
魔法連射の恩恵まで話してもいいのだろうか。
そもそも、自分はまだ魔法を使えない。
魔法使いになる事も言って・・・言ったけど冗談に取られているはずだ。
常識外の事をする事になるのだから、更に説明を求められそうだ。
「遊び人のスキルを使う事による恩恵があるのだ。
だから、今はそれを目指している」
「そうなのですか、申し訳ありません。でも、なぜ私にそのようなお話を」
そうだ。なぜアナだけなのか。
一番奴隷はナズもいる。
「アナは自分の所持する奴隷の中で、とりわけ戦術面で頼りにしている」
「ええっと、ありがとうございます」
「アナに自分のスキルの秘密を理解して貰う事で、
索敵の方法やその階層の魔物の脅威度、ボスとの戦い方について、
作戦の理解を得られるかと思ったのだ」
「そのような大役、私には恐れ多くて・・・」
「自信を持て、アナ。お前だから任せられる。
お前に任せたい。だって一番なんだろ?他に誰が適任なんだ」
「そ、そうですね・・・。
ご主人様の秘密は他に信頼できるお仲間がいたとしても、
軽々しく話すべきではない内容である事は理解しております。
だとすれば、協力者は必然的に奴隷。
・・・信頼のおける自分の配下にしか話せません。
私で、本当に私で宜しいのでしょうか」
アナをそっと抱き寄せて頭を撫でた。
──この日私は、自分がお情けやお戯れでは無く、
ご主人様にとって唯一無二の存在、
本当に一番奴隷だったのだと理解した。
∽今日のステータス(2021/08/18)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv37
設定:探索者(37)剣士(34)英雄(27)騎士(22)
賞金稼ぎ(22)
取得:村人(5)戦士(30)商人(30)色魔(1)奴隷商人(1)
暗殺者(1)武器商人(1)防具商人(1)農夫(1)
薬草採集士(15)錬金術師(1)料理人(1)
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv37
設定:探索者(37)剣士(34)英雄(27)騎士(22)
賞金稼ぎ(22)
取得:村人(5)戦士(30)商人(30)色魔(1)奴隷商人(1)
暗殺者(1)武器商人(1)防具商人(1)農夫(1)
薬草採集士(15)錬金術師(1)料理人(1)村長(1)
・繰越金額
金貨 3枚 銀貨 56枚 銅貨128枚
パン代 (18й)
小遣い (200й)
銀貨- 2枚 銅貨-18枚
------------------------
計 金貨 3枚 銀貨 54枚 銅貨110枚
・異世界15日目(朝)
ナズ・アナ10日目、ジャーブ4日目、家の工事の日2/2




