§052 最後
その日の夕方、皆でトラッサの旅亭に移動した。
トラッサの宿は今日で最後になる。
今日は迷宮は休みになったが、皆忙しく働いた。
早めに休みにしてもいいだろう。
まだ夕食の時間には早いので、ナズには鍛冶をさせる。
ジャーブにも珍しいようで、期待の眼差しでナズを見詰めていた。
板を手渡し棍棒を作製させてみたが、問題なく成功した。
やはりランクアップ条件に革製品を全部作る必要はなさそうだ。
板からは他に何ができそうだろうか。
ステッキ?ワンド?ケーンも木だったと思う。
木の盾は縁取りが金属だったので、あれはきっと銅製だろう。
しまった、武器屋で色々見て置くべきだった。
ナズはケーンを見た事が無いといったが、
これも問題なくできた。
実物を知らなくても、言葉だけ知っていれば作製できるらしい。
そういえば肩鎧もそうだった。
それからワンドの方はできたが、ステッキは作成できなかった。
木製では無いのだろう。
そして木の盾もやっぱり作れなかった。
残りの木の板は1つだし、物量的にも無理があるか。
これで目標達成になっていればいいのだが、
駄目なら木の盾の材料を調べて作らせなければならない。
本格的にレシピを調べる必要が出てきそうだ。
皮は武器の鞘なんかに活用されるので、
無駄に消費はできない。
後は糸からミサンガを量産させた。
Lv29のMP量でどこまでできるかと思ったが、
途中で気分が悪そうに見えたので、
強壮丸を2つ飲ませてみた。
結局、21個ある糸を全部装備に変換させた。
スロット付きは3つだ。
発生率1/7?
試行数を多くすれば正確な割合が判るかもしれない。
スロット付きのミサンガだけ別にして、
後はバラして蝋燭の芯にでもすれば無駄が無いだろう。
***
そろそろ日も沈んだ頃となった。
男性がパーティに加わった事で、
プライベートな線引きが必要になる事がある。
清拭の事を考えなければいけない。
今日は3人とも汗を掻いたのだし、拭かない訳にも行くまい。
単純に考えて、男女で交代制にすべきだろう。
我が家では2部屋あるので今後は心配はない。
それから、今日のお楽しみは我慢するしかない。
まずはアナに湯を取りに行かせる。
「アナ、湯を貰ってきてくれ」
「かしこまりました」
「ナズとアナは先に拭け、自分たちは夕食を食べてくる」
「かしこまりました」
「ジャーブ、行くぞ」
「は、はい、分かりました」
そういえばこの旅亭の酒場で食べるのは初めてだ。
今日はジャーブからいろいろ迷宮の事も聞けるかもしれない。
これまでは自分の部屋でゆっくり食べていた。
話す相手もいないし、出身やジョブなんかは秘密も多い。
そもそも同族の言葉も解らないからな!
鍵を見せ、2人分の食事を受け取る。
「あの、ここで食べても宜しいので?」
「今部屋に戻ったら酷い事になると思うぞ」
「そ、そうですね・・・。あの、つ、机で食べても?」
「ここで床に置いて食べたら踏まれるぞ」
「そ、そうですね・・・」
空いている2人掛けのテーブルに座り、夕食にした。
「この宿には来た事はあるか?」
「ありません。ここは深層階に潜るようなエリートや金持ちの宿なので」
確かにみんな身なりはいいし、そこそこの年齢で落ち着いている。
「自分は金持ちではないぞ」
「いえ、ユウキ様は十分裕福でいらっしゃる・・・」
「所持金はもう残り少ないからな、早く迷宮で稼がないと」
「はい、頑張ります」
普通の4人組の冒険者だとすると、
税金4人分で40万ナールを貯蓄しなければならない。
1日1100ナールちょっと。
4人部屋のこの宿が食事付きで1020ナール。
毎日休みなく2200ナールか、そりゃ大変だ。
低階層の1日の稼ぎではここに宿泊するのは厳しいだろう。
ウルトラチートで半日にして14万ナール弱稼いだ、
どこかの偽商人は十分裕福だった。
「それより12層はどんな様子だった?」
「サラセニアですね。階層の割には強くないので、実は楽なのです」
「そうか、どこのボスが大変だった?」
「パーンとは戦った事が無いです。
厭らしさで言うならホワイトキャタピラーと、ビープシープですかね」
やはり皆パーンは避けるのか。
あれを倒すには個人の戦闘センス、追い詰めるメンバーの頭数、
魔法を止めるか留める武器、
或いは回復できる支援者の3つが必要だ。
安宿でヒィヒィ言っている者ではどれも難しい。
「状態異常は大変か」
「そうですね、俺のような貧乏中堅には。
受けるとそれだけで終わってしまう攻撃は脅威です」
「パーティは何人だった?」
「連れが3人いました」
「どうなった?」
「連れの1人がギャンブルにのめり込んで、皆抜けて行きました」
「お前は何で残ったんだ?奴隷に落ちる事もなかっただろう」
「幼馴染みだったんで、情があったと言うか」
出た。いい人殺しのパワーワード。幼馴染に頼まれて借金。
「もう金は貸すなよ」
「貸すお金も今はありませんので」
そういう話じゃない。
「たとえ信用している奴でも、金で人は魔物になるからな。
仲が良くてもおいそれと信じてはいかんと言っている」
「は、はい、分かりました」
その後もホドワの迷宮の事や、パーティの思い出話を聞いた。
目新しい情報は無かった。
「よし、戻るぞ」
「分かりました。ユウキ様、食器は?」
「お前が下げなくても持って行ってくれる」
他のテーブルを見ても、食器やコップがそのままになっている。
それを見れば、ここは店員が下げてくれると誰もが・・・思わないかな?
自分だけが空気の読める日本人なのか?
とりあえず、ジャーブは周りを見れない奴だと言う事は解かった。
賢く、優しく、いい奴なのだが、空気が読めない。
ああ、これ典型的なお人よしが空回りするタイプだ。
ジャーブの事を完全に理解した。
「ああ、そういえば」
「はい?」
「猫人族のアナンタは、こちらから言わなくても勝手に色々気が付く奴だ。
そんな事はお前には求めないから、言われた事だけやってくれればいい」
「わ、分かりました・・・凄いお方ですね」
アナの忠猫精神は別に見習って貰わなくてもいい。
ジャーブに求めたらすり減ってしまうかもしれない。
せめて負担を楽にしてやるのが主人の務めだ。
「それから、何かに気づいたり、変だと思った事は遠慮なく言ってくれ。
解っていて申告しないのは許さん」
「わ、分かりました」
これは2人にもそう伝えている。
知らないで損するのは御免だし。
部屋に戻ると、2人は既に服を身に着けていた。
よかった、着替えドッキリは無かったんだね。
「じゃあジャーブは適当に自分で拭いてくれ。アナ、頼む。
ナズはお前たちの食事を取って来い」
「「かしこまりました」」
今日のアナは至って事務的に徹し、下着の中には侵入してこなかった。
ほんと空気読める子。
「では先に寝るが、ジャーブはあっちの空いたベッドを使ってくれ」
「ベッドで寝ても宜しいので?」
「4人分のベッドがあるのに、床で寝かせる意味が解らない」
「は、はい、分かりました、お疲れ様です、ユウキ様」
「はいよ」
ほんと、意味が解らない。
この世界の奴隷制度の思考は。
空いてるなら使えよ・・・、無いならともかくさ。
今日もややあって色々疲れたし、
2人が食事をしながらジャーブと何やら喋っていたが、
勝手に仲良くなってくれるだろうと放置して先に寝た。
3人が打ち解け合えるお膳立てを放棄したとも言える。
駄目な上司だな・・・。
*
*
*
2人がベッドに潜り込んで来たので、朧気ながら目が覚めた。
2人のために真ん中に寄って枕も空ける。
隙を突いてアナが口付けをしてきた。
チュっと、本当に軽いあいさつ程度に。
こんな時でも律義なのだな、アナは。
アナに抱き着いて撫で撫でしながら寝た。
∽今日の戯言(2021/08/10)
こんなに積極的に奉仕してくれる子なら
もっと愛されてもいいと思うんです。
どうですかね?
アナは当初もう少し控えめな行動を取って貰う予定だったのに、
彼女の忠義が、勝手に彼女を動かしていきます。
・異世界12日目(夕方)
ナズ・アナ7日目、ジャーブ1日目、宿泊9日目




