§032 誘導
トラッサの探索者ギルドに戻って来た。
ナズとアナは既に合流していたようだ。
「2人とも待たせたな」
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「私は今着いた所です」
ナズはやりました、と親指で背中のリュックを指して胸を張った。
「アナ、薬を5個ずつナズに渡せ、残りはアナが持ってろ。
ナズはアイテムボックスに入れておけ」
「ご主人様の分は宜しいのですか?」
「自分は、以前買ったのがある」
以前色々と小物を揃えた時に、
滋養丸と毒消し丸と柔化薬を6個ずつ買っている。
「アナは毒を受けた事はあるか?」
「ありませんが、一緒に戦った奴隷が受けて、手当てをした事はあります」
「そうか、じゃあその時になったら頼む」
「かしこまりました」
「ナズ、毒はチクッとするような感覚があるだけで、普通に動けてしまう」
「はい」
「だが毒が回ると全身が動かなくなり、意識が混濁してくるから注意しろ」
「こんだく?」
「えーっと・・・頭がぐるぐると回って、動けなくなってしまう」
「はい」
混濁の言葉が無かった?
いや、はっきり発音できたし恐らく変換されたな。
難しい単語は教えられないのだろう。
「もしかして、と思ったら直ぐ毒消しを飲め」
「かしこまりました」
アイテムボックスにしまった事を確認して、迷宮へ飛んだ。
「それじゃあアナ、いつものように」
「はい」
アナの先導で直ぐに魔物は見付かった。
ボーナスポイントに余裕ができたので、鑑定と詠唱省略は取り戻す。
心の中で鑑定と唱えると敵の名前が表示された。
・スパイスパイダー Lv5
・スパイスパイダー Lv5
・グリーンキャタピラー Lv5
4層から魔物は3匹、嫌な組み合わせだ。
奥にキャタピラー、手前に2匹のスパイダー。
やはり鑑定は迷宮でも役に立つ。
敵の前後関係や、目視で見えない距離でも存在を確認できるからだ。
「グリーンキャタピラーをやる、後は任せる」
「はい」「あっ・・・はい」
奥に控える芋虫を目指して走り抜ける。
スパイスパイダーの横を通り抜ける際に糸が来て、
捕まったら毒を貰う可能性が高くなる。
──フッ・・・
スパイスパイダーの右を横切った時に、飛び掛かって来た。
ゲッ・・・こいつらこんなに速いのか。
ミチオ君のパーティでは難無く倒していたぞ・・・。
グリーンキャタピラーを2つにした後、
振り返るとスパイスパイダーが壁の隅で反転をしていた。
蜘蛛と言うのは益虫だの何だのと、普段は人間を襲わない。
だが、こいつらは本来肉食動物のはずだ。
獲物を襲うためには、ある程度俊敏さが必要になる。
足が速く、ピョンピョンと逃げ回るのは見た事があるから解かる。
しかし、こんなにも俊敏に飛び付いて来るのは知らなかった。
次に飛び掛かられる前に、ラッシュと呟いて胴体を切った。
果たして足を落としてもダメージになるのかは知らない。
5層ともなると舐めて掛かって良い相手では無い。
指輪のお陰か、まだラッシュ一撃で終わってくれる事が唯一の救いだ。
アナは・・・相変わらず盾で躱している。
軽めの敵の突進は武器や盾で弾くのが正解なのだろう。
魔物は後ろを向いているので安心して縦に割った。
「スパイスパイダーの突進は速いな?」
「来る前に頭を下げて、前足を構えます」
「そうなのか」
「後ろ足が小刻みに動いて位置取りをするので、
見慣れて来たら、いつ来るのか判断できます」
「そ、そうか」
成る程。
ビビッてないでちゃんと特徴を掴むべきだ。
「こいつらは何も持っていないのか?」
スパイスパイダーは何も落とさなかった。
「このスパイダーは稀にスパイダーシルクを落とします。
レア扱いで、通常アイテムは無いようです」
がーん、そうなのか。
小銭を稼ぐのは厳しくない?
「スパイダーシルクは高級品ですものね」
あ、そうなの?
それなりに買って貰えるのなら、中々落ちなくてもトントンなのか。
蜘蛛の糸って事は伸縮性のある糸なのかな?
ゴム紐・・・。
ロクサーヌはミチオ君の下着のゴムを珍しがっていたのだし、
紐にする程出回っていないと言う事になる。
レース縫いのような特殊な加工用で、
だからこそ高級品と言う事なのだろう。
「それならどんどん倒そう」
「かしこまりました」
次に出てきたのはスパイダー2匹だった。
1匹をアナが取る。
もう1匹の様子を注意深く見るが、普通に間合いを詰めて来た。
何せ蜘蛛なのだ、近付き過ぎるのも怖い。
いや、気持ちが悪い。
飛び掛かる仕草の観察を諦めて、足だけ薙ぎ払ってみる。
ポキポキと軽快な音がして、
全てが折れたかと思ったらそのまま煙になった。
やはり、どこを斬ってもダメージはダメージなのだろう。
蟻みたいに足だけ千切ったり頭だけもいでも、
バタバタと狂ったように動き回る事は無かった。
アナの方を見てみる。
アナは・・・わざと盾の構えを外して、剣先を落としている。
誘導か。
スパイダーの後ろ脚が縺れて、一瞬屈んだ。
アナが盾を構え直す。
そこに目掛けてスパイスパイダーが飛んだ。
成る程。
隙を作って誘導し、それを往なす訳だ。
盾の使い方が上手いと言うのはこういう事か。
おっと、そうだ。
感心している場合では無い。
その隙を槍で突こうとしているナズと目が合ったので、
こちらに飛ばすように、指でクイクイと合図した。
これも誘導だ。
解って貰えたようで、スパイダーがこちらに飛んで来た。
バッターのように横スイングして黒い塊を撫で斬った。
スパイダーシルクが落ちる。
「ナズ、でかした」
「はい、ありがとうございます」
「ご主人様も流石です」
「そんな事はないぞ、アナの陽動は感心する」
「ありがとうございます」
褒め合い合戦になってしまった。
ちょっと良い気分になったが、油断せず行こう。
毒の状態を知っておいた方が良いような気もするが、
もう少し強くなってからでも良いとも思う。
わざわざ食らう必要は今の所無い。
その後も我々は狩りを続けた。
スパイスパイダーを中心にチープシープや偶にコボルトが出て来たが、
最初に出遭ったグリーンキャタピラーが再び交ざる事は無かった。
スパイダーシルクをアイテムボックスにしまいながら個数を数える。
3回か4回に1回の割合でスパイダーシルクが落ちている気がする。
アイテムボックス1つにはまだ余裕が在りそうだ。
1、2、3・・・14個か。
と言う事は最低でも50匹近く倒したのか。
「ご主人様、そろそろお昼です」
「お腹も減りましたね」
「そうか、では入口に戻って弁当にしよう」
ダンジョンウォークでフロアの入り口に飛んだ。
迷宮の外は、前のように探索者達でごった返しているのだろう。
あそこに交じって食事する事で、
横の繋がりを深めているのかもしれない。
「どうぞ、ご主人様」
パピルスを受け取って開く。
今日はハムと野菜炒め、丸パンだ。
昼飯を食べながら考える。
情報を集めると言う意味では、
冒険者たちに交じって交流を深めるのは大事だ。
しかし自分はこちらの世界の人間語を話せないようだし、
変に親しくなるとうっかり秘密を洩らしかねない。
今の戦い方や2人を買った資金に付いては、
つい喋ってしまうかもしれないし、広まると拙い事が起きそうだ。
それなりの熟練者になれば、自然に実力や資金力が付いて来る。
そうで無いと騎士団長やルイジーナの商館主の時のように、
嘘で塗り固める事になって後から苦労する羽目になってしまう。
目先で困った事は無いので、暫くはこの3人だけで良いと思う。
***
「さて、この後は6層を目指す。
と言っても、今日は5層のボスを倒せれば良いかな。
時間に余裕があれば6層でもちょっと狩りをしよう」
「かしこまりました」
「・・・もう6層なのですね」
アナが呟く。
「何だ?もうちょっとゆっくりの方が良さそうか?」
──ゆっくりしていこうねっ!†
頭の中で、顔だけ饅頭の2人組がワイプして真面目な思考を遮る。
俗っぽいネット文化にどっぷりと浸かってしまった結果だ。
「いえ、そうでは無く、こんなに早く戻って来たのかと驚いています」
「そうか?ナズも十分戦えているだろう」
「いえ、私はそんな・・・」
「ええと、私たちは戦っていると言うより、
時間稼ぎをしているだけなのですが」
「それで十分だろう?」
「ええと・・・?あれ、宜しいのですかね?うーん」
アナは何か悩んでいるようだが、
正直な所2人に倒されると獲得経験値の上昇や、
結晶化の促進効果が無くなってしまって損なのだ。
そもそもの目的は魔物の分散だ。
それぞれが一度に複数の魔物の相手をしなければならないような、
危険な状況を回避できればそれで十分なのである。
君たちは囮です。
流石にハッキリ言ったら怒るかな?
「じゃあボスまで頼む。いつも通り途中に魔物がいたら立ち寄ろう」
「かしこまりました」
ボス部屋へ行く道中にスパイダー3匹のグループを案内された。
「じゃあナズとアナが左手前の2匹、自分は奥から行く」
「「はい」」
手前の2匹の構えに注意しながら、奥のスパイダーに斬り掛かる。
振り被って袈裟斬ってみたが、スパイスパイダーが横に飛んで空を切った。
くそっ、そういう動きも・・・そりゃあ当然するよな。
踏み込んで、今度は横に切って当てた。
スパイスパイダーが煙に変わる。
良しっ、今度はちゃんと当たった。
残りの2匹は・・・。
2匹では無く、スパイスパイダー3匹とチープシープ、
更にコラーゲンコーラルが交じっている。
何で?
湧いた?
「今行くッ!」
ナズとアナは手前正面に2匹、奥に3匹に囲まれていた。
アナは最初の2匹側のスパイスパイダーの飛び掛かりを盾で弾く。
その横から隙を見て、
アナに迫ろうとしていたスパイスパイダーにバックアタックを決めた。
ナズは後ろ向きになっていて、
チープシープの突進が来ないように槍で牽制をしている。
「アナ、そのまま」
「はいっ」
最初のスパイスパイダーの残り1匹をそのままアナに任せ、
ナズに向かって飛び跳ねたコラーゲンコーラルの頭を縦に斬った。
慌てていたので空振ってしまった。
くっ、しまったもう1回だ。
弾き飛ばしてしまったコラーゲンコーラルを追って、もう一度斬る。
今度はホットケーキのようにスパッと剣が通った。
「あうっ」
ナズが喘いだ。
スパイダーがナズの足元に蠢いている。
「くそっ、離れろっ」
スパイスパイダーを蹴り飛ばして間合いを空けさせ、
その隙に突進しようと首を下げたチープシープに先制攻撃が間に合った。
これで残り2匹。
蹴り飛ばされたスパイダーは、
直ぐに体勢を立て直してこちらに向けて間合いを詰めて来た。
オーバーホエルミングを使用して空間が歪む・・・。
既にスパイスパイダーが飛び掛かって来ていたが、
その動きはスローモーションだ。
避ける時間が十分にある。
避けながら叩き斬る時間も十分にある。
そういえば避ける事を優先していたので斬る動作に至っていない。
剣を持ち上げて、次に振り下ろしながらデュランダルを絞る。
──バシッ。
時間が戻るとスパイスパイダーは飛び掛かっていた勢いそのままで、
着地はせずに床に叩き付けられて煙となった。
「アナ、今行く」
「はいっ」
アナはスパイスパイダーを上手に往なし続けていた。
盾に乗り上げ、振り落とされた所を逆袈裟で斬って倒した。
「あ・・・あぅ・・・あぁぁ・・・」
ナズがおかしい。
そうだ、多分毒だ。
アイテムボックスから毒消し丸を取り出してナズの口に押し込む。
唇がギュっと閉じて開かない。
膝の上に首を乗せて、強引に口を開けさせて薬を放り込んだ。
自分の通っていた大学では救急救命の授業があった。
人工呼吸や熱中症の対応知識位なら何とか持っている。
「ゴホッ・・・ぁ・・・ぁ・・・ゴホッゴホッ・・・」
飲み込めないのか。
相当毒が回っている?
毒に陥ると上手く動けない?
自分で体験した事が無い事は、対処の仕方が良く判らない。
やはり毒を受けるテストをしておいた方が良かったかと少し後悔した。
急いでリュックから水を取り出して、自分の口に含みナズへ口移しする。
「うぶ・・・ゴクッ・・・ゴクッ・・・
はぁっ・・・ふぅ・・・ふー・・・ふー」
「大丈夫か?」
「は、はい、多分もう大丈夫です、
済みませんご主人様。ご迷惑をお掛けしてしまいました」
「大丈夫だ、毒を受けてしまったのだから仕方無い」
「はい、ありがとうございます」
「今回毒を受けてみて理解できたと思うから、
次は少しでも変だと思ったら直ぐに自分で飲め。
時間が経つと命取りになる」
「はっ、はい・・・」
自分のアイテムボックスから滋養丸を2つ取り出してナズに飲ませた。
「しかしびっくりした。新しい魔物が湧いたのか?」
「いえ、私のミスです!申し訳ありませんでした!
元々近くにいたのですが、
こんなに早く追い付かれると思いませんでしたッ」
アナが慌てて釈明をするが、
いつものピリッとした表情では無くとても怯えている。
奴隷ならば本来ここで叱責を受ける所なのだろう。
だが可愛いアナを怒るもんか。
ちゃんと対処できていたようだし、ナズが毒を受けた事は怪我の功名だ。
「そうか、2つの敵集団が近い場合は、先に教えてくれ。
今のように挟まれたら拙いからな」
「本当に申し訳ありませんでした!
次は気を付けますのでお許し下さい!」
「別に怒ったりしない。次は気を付けてくれればそれで良い」
そういってアナの頭を撫でた。
撫でる瞬間にビクっとされたが、直ぐに尻尾がくにゃくにゃと動いた。
「アナの尻尾は・・・」
「・・・はい?」
「かわいいな」
くにゃくにゃの尻尾を掴まえて軽めに扱いてみた。
「あっ、あの、ご主人様・・・」
「後で堪能させてくれ」
「は、はい・・・かしこまりました」
アナは表情を変えずにモジモジしていた。
∽今日のステータス(2021/07/31)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 商人 Lv24
設定:商人(24)英雄(11)戦士(22)探索者(22)
剣士(13)
取得:村人(5)色魔(1)
・BP122
鑑定 1pt 5thジョブ 15pt
キャラクター再設定 1pt 武器6 63pt
獲得経験値上昇×10 31pt アクセサリ1 1pt
必要経験値減少/3 7pt 詠唱短縮 1pt
結晶化促進×2 1pt ワープ 1pt
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv15
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 戦士 Lv18
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 商人 Lv25
設定:商人(25)英雄(11)戦士(23)探索者(23)
剣士(15)
取得:村人(5)色魔(1)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv16
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 戦士 Lv18
・異世界9日目(昼食前)
ナズ・アナ4日目、トラッサの市まで2日、宿泊6日目
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
4 チープシープ / ビープシープ
5 スパイスパイダー / スパイススパイダー




