§030 洗髪
「ご主人様、・・・ご主人様」
アナの声がする。
ハッと目が覚めて体を起こした。
「・・・アナか。寝ちゃったみたいだな、どの位寝てた?」
「それほど経っておりません。40分位でしょうか」
ボヤーっとする視界以外に、食欲を唆る匂いが立ち込めていた。
「夕食の時間になる位は寝てたのか」
「そうですね、つい先程ナズさんが持って来ました」
「ナズは?」
「お手洗いでしょうか?
丁度今出て行った所ですので、直ぐ戻るかと思います」
「そうか、じゃあナズが戻ってきたら食事にするか」
目が覚めて、ナズが傍にいないと言う事に少し不安があった。
鍛冶師の奴隷は高額だったはずだ。
その価値に気付いて逃げ出したんじゃないだろうか、とか。
奴隷は自身に見合う価値の報酬が与えられないと、
他人に話を持ち掛けて買って貰う事ができるらしい。
ナズは歌姫だった事だし、
懇意にしていた金持ちの知り合いがいないでも無い。
ドキドキしながらナズの帰りを待ったが、何も存ぜぬ顔で戻って来た。
「あっ、ご主人様お目覚めになりましたね、お疲れ様でした」
「あ、ああ。ナズのマッサージが気持ち良くてな」
「ナズさんは何でもできるのですね?」
いや、アナの方が何でもできると思うが。
「そんな事は無いです、私は商館で教えて貰っただけですので・・・。
初めてなので上手くできず、叱られてしまいました」
いや待て、叱った覚えは無い。
ちょっと痛いから優しくといっただけなのだが。
その発言は、断固拒否させて貰う。
「叱ってない、叱ってないぞ。優し目にして欲しいと注文しただけだ」
「そっ、そうでした。加減が判らなかったもので・・・」
「心地良くって寝てしまった位なのだから自信持て」
「そ、そうでしょうか。ありがとうございます」
「ナズさん、今度私にも教えて下さい」
「構いませんよ?一緒にご主人様を癒しましょう」
「いただきます」
何だか盛り上がってしまったので、強引に割り込む。
早く食べたい。
「あっ、はい。いただきます」
「いただきます」
「さて、アナの剣の話なのだが」
「はい」
「あ、そのまま食べてて良いからな。大した話じゃ無い」
ナイフを置いて真剣な眼差しを向けられたので、否定した。
「あれは睡眠付与の武器だから、積極的に当てて魔物を無力化して欲しい」
「はい」
「睡眠に落ちた敵を、攻撃させないと言う判断も必要になる」
「はい」
「ナズは後衛なので眠りに落ちた敵の区別が付き難いかもしれないから、
落としたら起こさないように合図を決めて伝えてやれると良いと思う」
「そうですね、盾の後ろの死角では気付き難い事もあるとか思います」
「今後、状態異常を付与する武器の種類は増やす予定だから、
魔物が睡眠や麻痺、石化したらサインを決めて置くと良い」
「サインとは何でしょうか?」
サインは解らないか。
低層ではそういう戦いをする事が無いだろうからな。
囲って凹るだけだ。
そもそも奴隷相手には口頭での命令が基本だ。
手で合図して命令とかは無い。
曖昧な事をして失敗されたら困るのは主人だし、
それで咎められていては奴隷たちもやるせないだろう。
根っから奴隷のアナには難しい注文だったか?
「遠くの相手に知らせる伝達方法だ。
こうやって大きく手を振ったりするのもサインだ」
バンザイして手を上下に振ってみる。
「なるほど、魔物を眠らせたら体を動かして知らせるのですね?」
「いやいや、今のは例えばの話だ。
戦闘中にこんな事やってる暇は無いし、これでは伝わるのも遅いだろう」
「そうですよね・・・うーん」
そうか・・・、そうだよな。
そういう状況下になった事も無いし、
戦闘中のサインが浸透していなければ思い付かない。
阿吽の呼吸で、相手が何を求めるか読み取る位しかない。
本来の戦闘センスはそういう所に求められるのだろう。
多分アナ個人にはその素質がある。
そして多分ナズには無い。
だからサインが必要なのだ。
「例えば・・・、睡眠なら盾を後ろに回して、
安全だから手を出すなと伝えられる」
「はい」
「麻痺なら正面を空けて攻撃し易いように前へ出て貰う」
「ええと、はい」
「石化なら絶対安全になるから、声で伝える」
「なるほど、正面を譲ると言うのもサインなのですか」
「逆に言うと避けたり往なしたりする以外で、
前を空けてしまうような動きを取った場合は勘違いされるな」
「そうですね」
「だから自分がやり易くて、どこから見ても確実に解かる方法で、
普段そんな事はしない、と言うのがサインだ」
「かしこまりました、それでやってみます」
「じゃあやり方が決まったらナズと相談して置いてくれ」
「かしこまりました」
「宜しくお願いします、アナさん」
「ナズの槍の入れ方はなかなか良い。
アナがガードした時以外にも、
躱したり斬り付けた時なんかも狙い目だから、
積極的に打って出ていいぞ」
「はい、がんばります」
食事が終わり、空いた皿を重ねる。
全部重ねれば返す時に持って行くトレイは1つになるから。
そういった事をするのは日本人だけらしい。
日本人でもそう多くは無いが。
ゴチャゴチャした物が散乱しているのが、
性格的に嫌なだけかもしれない。
「あっ、それは私がやりますので・・・」
「いやこの位は何の労力でも無いし気にするな」
とは言ったものの、
ナズが手を出してきてあっと言う間に奇麗に整頓された。
ナズの方が食器の組み方が上手い。
流石は元店員、手を出すなと言うのには説得力があった。
プロには逆らわない方が良い。
「そういえば2人とも、前に約束した飲み物の注文はしたのか?
ジュースや酒を注文して来ても良かったんだが」
「えっ、あの・・・勝手に注文する訳にも参りませんのでっ」
「私はお食事だけで十分ですので、ナズさんはどうぞ」
「い、いえっ、私だけそういう訳にも・・・」
勝手に注文はしないか、まあそりゃそうだ。
先払いしとくか?
受け取っても飲まない可能性もあるな。
ええい、儂の酒が飲めんのか!
パワハラオヤジだな。
注文するかどうかは2人に任せるか。
バッグから銀貨を出した。
「じゃあこれ」
銀貨4枚を出してナズに渡す。
「これは?」
「小遣いだ、夕食時にナズとアナの好きな物を買って良い」
「そっそのような物を頂く訳には参りませんっ」
「ナズしかアイテムボックスが無いだろう?」
「そうなのですが、私たちがお金を預かる訳には行きませんよね?」
「そういうものか?」
アナを見る。
「お使いに出される場合や一番奴隷などは
他の奴隷の食事を管理するために、ある程度持たされると聞いています」
「そうなのですか?」
そうだろう、そうだろう。
セリーだって数万ナール単位で受け取っていた。
あれはお使いか。
「だ、そうなので、アナの分の小遣いも管理してくれ」
「は、はい、でもこんなには・・・」
「5日分だ」
「はぁ・・・」
「じゃあそういう事だから、ナズは食器を下げて来てくれ」
銀貨をグっと押し付けて、ナズを送り出した。
「それでは私はお体をお拭きします」
「それじゃ宜しく」
そろそろ女体慣れして来たのか、
体を拭いて貰う上での過度な高揚感は無い。
だが、やはり・・・あっちの方は反応してしまう。
この後はそのまま寝るだけ、と言う予定だったとしても
女性が自分に奉仕すると言うその背徳感だけで、十分刺激的なのだ。
もっと女慣れしている奴ならば、余裕を見せられたかもしれない。
自分だってもう既に経験者のはずなのだが、余裕なんてまだ全然だ。
アナに「ご主人様はテクが無いです」とか言われたら、
ショックで寝込んでしまうかもしれない。
「どうかなさいましたか?」
「いっ、いや何でも無い、じゃあ宜しく」
悶々としていた所を的確に刺して来る。
アナは空気を読むのが上手い奴だった。
思考を読まれているのかとドキドキする。
大丈夫だ、平常心だ。
「そういえば」
「何でしょうか」
「髪はどうやって洗う?」
「短い者の場合は、湯につけて濯いだりするだけです」
「長い奴は?」
「洗髪店で洗って貰えます。ただ、お金持ちだけですが」
「大変だな」
髪の毛を洗う専門の店がある?
「ナズにも必要か」
「ナズさんは・・・その、艶麗な目的の方ですので、
美質を保つには必要かもしれません」
「そういう店ではどうやって洗っているか知っている?」
「申し訳ありません、私には判りません」
まあそうだろうな、金持ちの特権なのだから。
風呂もそういう世界だし、石鹸は高価だし。
「じゃあ今日は髪を洗いたいから、洗ってくれ」
「かしこまりました。
では、こちらで・・・お湯にお顔を近付けて下さい」
水面ギリギリで顔を止めると、上からお湯が掛かって来た。
何度かバシャバシャとお湯が掛かると、優しい手付きで頭皮が揉まれる。
そういえばこの世界に来て1週間、1度も洗っていない気がする。
「どの位の頻度で洗っている?」
「ええと、商館では5日に1回洗っておりました。
以前のご主人様は3日に1回洗わせて頂いておりました。
ナズさんの方は・・・ちょっと判りかねます」
「戻りました」
丁度良くナズが帰って来た。
「良い所に来た、ナズは髪をどの位で洗っていた?」
「ええと、商館では5日に一度、お湯で流していました。
3半季に1度髪結いの方が来て、薬で洗って頂きました」
「その前は?」
「酒場で働いていた頃も5日に1度位です」
やはり5日位に1回が普通の範囲なのか。
頻繁に洗える訳では無いらしい。
かといって放置し過ぎても痒いしな。
日本人、と言うか近代文明の人は1日に1回。
2回洗う人もいるから、水道とガスは本当に便利な物なのだと実感した。
早く魔法を覚えて風呂に入りたい。
あ、その前に家か。
「どうぞ、お顔を上げて頂いて結構です」
「ふー、さっぱりした、アナは髪を洗うのも上手だな」
「ありがとうございます」
「2人も交互に洗いあってくれ。1人では難しいだろうからな」
「はい、そうさせて頂きます」
「私は髪が長いので、大変では無いでしょうか・・・?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございますアナさん、宜しくお願いします」
そのうち石鹸で洗ってやろう。
その時洗うのは自分だ。
アワアワ、モコモコ、ヌルヌルにしたい。
ミチオ君ずるいぞ、5人も!
2人の洗髪が終わるまでをじっと眺める。
やはりナズの髪は長く、洗髪をするには大変そうである。
頭皮の油分量は人に依って様々であろうが、
洗髪をしないでいるとどうしても髪が固まってしまう。
湯桶に浸かるナズの髪がふわっと開いて広がった。
折角ナズの髪は長いのだし、いつでも綺麗にしておいてやりたい。
勿論アナも短髪の顔立ちが良く似合うし、
何より耳が髪と一体化しているために愛らしい。
ナズから洗髪を受けたアナの耳が、水を嫌ってピシピシと撥ねた。
2人が体を拭き終わるのを見届けて、ベッドに誘った。
「じゃあ、今日は2人ともこちらに来てくれ」
「「かしこまりました」」
2人は清拭をする際に下着も外していた。
たわわで揺れる重量感と、控えめで可愛らしい2人が迫って来る。
と言うか、もうそこしか目に入って来ない。
ベッドまでの数メートルの興行を繰り返し再生したい。
2人が上がって来た。
「失礼します」「お邪魔致します」
こういう場合は左右に1人ずつ抱き留めるべきものだとは思うが、
今日は1人ずつでは無く2人を愛でたいと決めたのだ。
先にアナを抱き止め、ナズをアナに被せて抱き合わせてベッドに座らせた。
「えっ、ご主人様・・・?」
「良いから」
抱き合う2人の姿は、踏み込んではならない神々しい聖域に溢れていた。
その仕草は自然に手を取り合って、お互いを案じているように見える。
先程の洗髪を見ても、2人はお互いに尊重し合っていたように思えた。
どちらが真の1番であるかなどと火花を散らすような心配は無さそうだ。
「こ、これから2人とも仲良くな」
「勿論です、ねえ?アナさん」
「はい、ナズさんと分かち合ったこの待遇を大切に致します」
重いっ!
∽今日のステータス(2021/07/29)
・繰越金額
金貨 19枚 銀貨 32枚 銅貨 90枚
・小遣い (400й)
銀貨 -4枚
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計 金貨 19枚 銀貨 28枚 銅貨 90枚
・異世界8日目
ナズ・アナ3日目、トラッサの市まで3日、宿泊5日目




