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異世界迷宮の追従を  作者: えぁりん
♯第冊章 実験
297/394

§284 仕上げ

さて、アナとも昨日の分を取り返し、

無事朝食の時間へ間に合った所であるが、

残念な事に本日も自分の仕事と言う物が無い。

食事をしながら今日は何をしようかと色々策を練って見る。


奴隷達に混ざって同じ作業をする主人と言うのもどうかと思うし、

今与えた作業内容だけであれば、彼らだけで完遂できてしまう。


欲を言えば11層までの冊子を作りたい所だが、

最低でも表紙と裏表紙を綺麗でそこそこ丈夫な紙で作らなければ、

粗雑な探索者では直ぐボロボロにしてしまうだろう。


ではそれに見合った紙を探しに行くか。

エミーがやって来てアナやイルマの食器を片し始めたので、

慌てて残りを掻き込んだ。


別にゆっくり食べても下げられるような事は無いだろうが、

自分だけ遅いとこの後の作業にも関わって来るだろうし。


「済まんな?遅くて」

「いいえ・・・。ごゆっくりで大・・・夫です」


そうは言っても、最初も最後も皆に合わせたいのが日本人である。


「じゃあ、アナたちは昨日の続きを。ナズは隣で木彫りかな?」

「はい、頑張りますね」「心得ております」「かしこまりました」



   ***



この世界の本と言えば羊皮紙だ。

文字通り羊の皮を割いて刻み、その上にインクで直接書き記す。

ローマ時代の製本技術そのものであるため、1冊が高額である。


自分がやったような版画印刷は当然に無い。

複写師と呼ばれる書家たちが、一生懸命に文字を写すのだ。

それが地図の場合は直接線を引く。


ラティのような技術力がある者はそうそういないだろうし、

そんな事は町民たちの仕事では無い。

そう・・・奴隷の仕事だ。


現代地球に残っている古代の本は、

複写の仕事を受け持った奴隷達が一生懸命書き写した物なのだそうだ。

当然ながらミスもある。


書物と言えば羊皮紙、失敗した箇所はナイフでゴリゴリと削り、

訂正箇所は毛羽立ってインクがにじみ易くなる。

そういった箇所が多ければ多い程後世へ残された際の判別を困難にし、

これまた歴史家達による翻訳作業の妨げとなる。


スペルを間違ったり、名前を間違ったり、

ページが逆になってしまっている文献もあるのだとか無いのだとか。


高校時代、世界史の先生は良くそんな零れ話を口にしていた。

あの先生、実は結構詳しかったんだな・・・。

その位で無いと歴史の教師になる資格は取らないか。

趣味と実益って奴だ。


この世界は実に良くローマ時代を模倣している。


そんな時代背景なのだから当然現代のような上質な紙は無く、

かと言って高級である羊皮紙では駆け出し探索者が手を出せないだろう。


うちの子達の作業が始まった事を確認し、自分は商店へ買い物に出掛けた。

場所が判らないので、当然旅亭の受付で聞く。

初めての事は何でも聞くのが一番なのである。


「ごめん下さい」

「xxxxxx?」


あっ、エルフだ。

駄目っぽいなこれは。


「えーっと、ブラヒム、ブラヒム」

「xxxxxxxxxxxxxxxx」


アカン通じない。


ブラヒム語が通じないのであればもう駄目だ、成す術は無い。

そういえばエミーはここで敷布団用の布を買ったはずなんだが、

その時はどうしたんだ?


「えーっと、バーナ、バーナ!」

「ああ?xxxxxx?ワカル?」


「ああ、わかる、わかる。バーナ語。獣人語」

「ハイハイ、めずらしね?ニゲンゴワカナイ?」


「そ、そうなのだ、それで、紙が欲しいのだ」

「カミ?おxxxxxxxx?」


お?何だって?

良く判らん。


「パピルスより良い奴」

「ああ、xxxxxジャなくてケナフね?」


店員はパピルスの束を退けて、

その下の箱から黒っぽい、それでいてパピルスよりは分厚く丈夫そうな、

布のような束を見せて来た。


見た感じ、触った感じはもう殆ど布だ。

但しその物体の端を見る限りは、

これが繊維をして作られた物だと言う事は解った。


「ケナフ?」

「そー、ケナフ、10マイ50ナールね」


50枚20ナールだったメモ用のパピルスとは違い、結構な代金だ。

しかもボール紙より黒茶色で、これには文字を書いても良く見えない。

文字を書く用途以外の紙と言う事なのだろう。

1枚が大き目ではあるので何かを包むような・・・そう、これは包装紙だ。


パピルスよりは丈夫そうではあるがその分だけ分厚く、

不純物が混じるため全体的に黒っぽくなっており、

書く用途には向きそうも無い。

しかし表紙には・・・どうだろう?


どうしようか。


製本、と言ってもしっかりした本を作る訳では無いので、

それこそ表紙と裏表紙は布であっても構わない。

しかしそれではこれよりも高くなるだろうし、

わざわざ布地を選択する意味は無い。

当然ながら、この黒っぽい雑紙でも実用には十分である。


糊・・・糊があれば、

この紙の上へ表紙だと判るようにパピルスを張っては?


「糊はあるかな?パピルスとケナフを張り合わせたい」

「ノリ・・・?xxxxxxx?」


無いようだな・・・。

意味不明の返答が帰って来たと言う事は、

この店員の知っている単語に置き換わっている、エルフ語の。


「貼る、貼り付け。くっ付ける」

「ニクァならたんさくしゃギルド、アルよ」


「ニカワ?」

「ニクァ」


ああそう、まあそれで良いや。

焙って溶かして張り付ければ、それなりなのだろう。

便利な接着剤はそういえば迷宮から出土していた。


迷宮から出土するアイテムの方が天然素材を加工して作るよりは早い。


作った方が余計割高になるとか、

そもそも既にある物で十分なので、作り方を知らないとか。

そういえばこの地域は家畜が少なく肉も高級品だったな。

動物の皮や骨髄から作る天然のニカワの方が高級品なのだろう。


ニカワならコラージュコーラルをスパスパやるだけなので、

集めるだけなら楽勝である。

ジャーブを身請けるために頑張った事を思い返して懐かしんだ。


あの時はポイントの遣り繰りに四苦八苦でデュランダルを出せず、

それにオーバーホエルミングだってMP管理が厳しくて、

後半は節約しながら戦った。


倒し易い低層の敵だったと言う事もあるが、今では魔法で一発だ。

明らかに運動量が落ちたよな・・・。


肝心のケナフと言われる紙の方は、

パピルスよりは大判なので折り曲げると丁度パピルス1枚分。

1枚で十分表裏両表紙になりそうである。


とりま必要なのは30部作成するためなので、

ケナフ紙は3束購入すれば十分だろう。

失敗も考えて合計で4束あれば十分か?

これで上手く行くようならば、今後もここで買えば良い。


「解った、ありがとう。ケナフ、40枚。宜しく」

「ハイネ、40マイで200ナール。

 オニさんウチ、ハジメテ?140ナールいいよ。チョトオマケね」


割引が効いた。

このエルフは商人なのか。


ブラヒム語では無くバーナ語と人間語を学んだようである。

勿論それでも多くの客と取引ができるので、これで十分なのだろう。

カルクは呪文を必要としないし、そういった商売人だっている訳だ。


いや待て、そういう事じゃない。

むしろ逆にブラヒム語の解る客と言う方が珍しいのだ、

こういった商店では。

相手をするのは探索者では無く町人が中心なのだし、納得だ。

それでか、ホドワのパン屋は獣人であったが、

ブラヒム語の他に人間語と片言の竜人族語を発していた。


ケナフの束をペラペラと扇子のように仰いだりめくったりしながら、

製本作業を進める皆の元に戻った。

自分はニカワを集めて来ようかな?


宿に戻ると、やはり所狭しとパピルスが並ぶ。


今日の印刷は16層と17層らしい。

それまでに印刷された、1層から11層までのパピルスの束、

30セットをパニに出して貰い、

束ねて1冊を作り上げてケナフの紙で挟み込んだ。


角の一辺をニカワで固め、

表紙を書いて貼り付ければ十分な出来栄えである。

んー、これ、表紙も版画で作った方が良さそうかな?


板1枚に上下2分割、2面分を作って貰って、

半分に切って貼れば宜しかろう。


「アナ、ちょっとこちらへ」

「はい、何でしょうか?」


インクローラーを置き、手の真っ黒になったアナが寄って来た。

あ、いや、駄目、手を拭け。



   ***



「と言う訳で、ラティはこれを木の板へ上下2つ分写してくれ。

 ここと、ここに、こんな感じで。勿論左右反対向きだ」

「かっ、かしこまりましたぁ・・・」

「細かな装飾や文字を掘るのは大変ですね・・・」


「ジャーブも、今後はもっと細かい作業が必要になるだろう。

 綺麗な文字を掘れるよう頑張ってみてくれ」

「わ、分かりました・・・頑張ります」


自分のデザインした枠にアナが文字を入れ、

表紙の2面分が上下に描かれたパピルスを、

ラティは丁寧に複写し始めた。


枠線は気合を入れればカッコ良いアラベスク模様も描けるが、

ラティ達の技量が追い付かない可能性を考えてオリーブ柄にしてみた。

余りこだわり過ぎても今は生産の方が追い付かない。


その横で、ナズとジャーブは続きの木彫りを進める。


「じゃあラティの写しが終わったら、それを早急に進めてくれ。

 ナズでもジャーブでもどっちでも良い」

「かしこまりました」「分かりました」「は、はいぃっ、急ぎますっ」


自分はトラッサの2層だ。


5個もあれば良いかな?

ニカワを焙って溶かし、紙同士を貼り合わせるだけである。

うーん、5個じゃ足りない時は面倒だな。

10個だな。


  ──はいっ、こちら。

    既に用意されたニカワ10個でございます!


そんな都合が良い話は無い。


中間部屋から進み、淡々と10回倒しただけだ。

途中ちょっと迷ったのはナイショだ。

やっぱり通路を覚えられる探索者は必須だし、地図はとても重要である。


そう。

迷宮の深階層へ行けるようになっても、

浅階層へ行く必要が無くなるかと言えばそうでは無い。


何かしらこういったアイテムが単独で必要と成ったり、

或いは誰かに頼まれて調達する機会だってあるだろう。

その際に覚えていられるかと言う話だ。


無理だろう?

少なくともトルキナの迷宮は、

探索者が各地を転々と移動しながら活動する前提らしいし、

多くの迷宮に潜ったらその構造なんて全部を覚えていられない。


他の国ならばいずれその迷宮は消えて無くなってしまう。

自分の身の丈に合った階層だけこなせば良い訳なので、

以前の階層に立ち戻って活動する事は少ないのかもしれない。


力及ばず消えて行く探索者が多い半面、

その分だけ浅階層で鈍詰まっている若輩者も多いと言う訳だ。

安全マージンはより大きく取る必要がある。


そういった時でも、地図がある事でより安全に探索を行える。

ちょっと無理を押して潜っても魔物の部屋の心配は無くなるし、

前後で挟まれるような通路で戦わないように注意して行動できる。


どちらの国の政策であっても、地図の重要性は変わらない筈だ。


さてニカワを焙った所で、それを貯める容器が必要だ。

フライパンで良いだろう。

完成した本からは良い匂いがしそうだな?


シュメールの旅亭からフラスコ台とアルコールランプを持ち出し、

ナズ達の部屋の床で焙って膠を溶かした。

うす茶色で半透明の固形物はみるみる溶けて行き、

飴色のドロドロした物へと変わる。


「ラティ、来てみろ」


既に先程の表紙の移し終えが終わって、手が空いていたラティを呼ぶ。

ラティの目前で、本が完成する所を見せるのだ。


「は、はいぃっ!ナ、何かさっ、作業を致しますかぁ?」


「いや、まずは見ているだけだ。覚えたらやってみろ」

「はっ、ハァ・・・」


フライパンの上でドロドロに溶けたニカワに、

パピルスの束の一辺をベットリと付ける。

そのままコの字状に折り曲げたケナフで前後を挟み込み、

乾くまでは重しを載せた。


彫るために用意して置いた木の板だ。

何かと便利なアイテムだよ、全く。


「できそうか?」

「えっ、あの、いえ、はっ、はい、や・・・、やってみます」


既にニカワは焙った状態であるし、

冊子は11ページの束で纏めてある。

混ざらないよう十字に折り重ねた束1つを掴むと、

ラティは自分がやったように端を濡らし、ケナフで覆った。


うーん、残念。

上下左右、確認せずにやると見開きが逆になるぞ・・・。

ラティはそういう所だな、やっぱり。


「ラティ、良く見て見ろ。

 その状態で乾いたらちゃんと本の向きが正しくなるか?」

「えっ?あ・・・あの・・・いえ、たっ、多分・・・大丈夫です」


「調べずにやると逆になったりするのでな?

 閉じる前にちゃんとめくって確認してくれ」

「はっ、はい、すっ、済みませんでしたっ」


「挟む作業で間違えて上下逆になっていたり、

 内容が順になっていない事も考えられる。

 閉じる前に確認する作業を忘れないでくれ」

「わっ、分かりましたっ」


初回にラティが製本した1冊は、たまたま中を確認せずとも合っていた。


但しパピルスを組む際にページ合わせは確認したが、

積み上げる際には規則正しく積まなかったので、

上下がひっくり返っている可能性は十分にある。


確認は大事だ。

そう言ったひと手間を怠るから、

ラティは失敗が多くなり自信に繋がらないのだ。

この作業を通じて、何事も確認してから行う事を学んで欲しい。


それは自分にも言える。

思い付きで色々やらかさないように注意をしたい。

人の振り見て我が身を直せと、昔の人は良い事を言った。

おしうるは学ぶの半ばとも言う。

ラティを諭しながら、自分も気を付けて行きたい。


こちらの世界には、故事を語り継ぐような書物が有るのだろうか。

有ったとしたらそれは図書館だ。

どうせ小難しく書いてあって、庶民には手が届かない。

故人の教訓が庶民に伝わるには、もっと時代が経たなければ。


「ご主人様、できました」

「こちらも終わりました」


ナズとジャーブと、同時に報告が入る。

良く見ると、2人は双方から1枚の板を彫り上げていたようだ。

それは・・・先程ラティに複写を頼んだ表紙だ。


「おお、2人でやったのか、凄いじゃないか。直ぐに印刷して貰おう」

「はいっ。お急ぎの物かと思いましたので、

 ジャーブさんに片面をお願いしました」

「ナズ殿は息を合わせる事がお上手ですので、

 俺は無理無く彫り上げられました」


「そうか、対面で作業するには息が合わないと難しいからな。

 迷宮で普段から合わせているのはこんな所でも役に立つのだな?」

「そうですね?」「そうでしょうか?」


ナズを抱き寄せて撫でて、

ついでにラティも髪がくしゃくしゃになるまで撫で上げて、

ジャーブは肩を叩いた。


「今やっている所が終わったら休憩にしよう。午後は皆で出掛けるぞ」

「かしこまりました」「分かりました」「は、はいぃぃっ!」


ラティはビク付き過ぎである。

もう少し自分に慣れて欲しい。

何が足りないのだろう?

・・・主人に課せられた今後の課題である。


隣の部屋に行きパニの手を止めて、

早急にできあがったばかりの版を刷るようにお願いする。


今日の印刷予定である16層は既に終わったらしい。

後は乾かしてから裏面の作業との事だ。

そうか・・・順にやると言うのは効率を言うと宜しく無い。


この待ち時間で18層を印刷させて、

乾いたら順次17,19と刷る方が本来ならば無駄は無いのだ。

そこまで急ぐべき事なのかと言うと、そういう訳でも無いが。


何より手狭な旅亭の一室で行うには、

圧倒的に作業スペースが足りなさ過ぎる。

やはり棚・・・、乾かす専用の棚が必要だ。

その際にこれは17層を乾かしてありますとでも記して置けば、

間違って混ざる事も無いだろう。


・・・やっぱり頼りになるのはウッツだな。

食後に自宅へ向かえば丁度良く昼の休憩中だろう。


「アナ、パニ、どちらでも良いが、

 手が空きそうならば追加でこれを刷ってくれ。

 15枚で良い。真ん中で2つに切るので、合計30枚となるのだ」


「「かしこまりました」」


「では私はインクを流しますね?」

「それでしたら僕がパピルスを剥がします」


「ねーパニ、お水かえてきたほーがいー?」

「はい、ヴィー様、お願い致します」


それぞれが追加の仕事に文句を言う事無く、キビキビと動き始めた。


以前のヴィーならば「えーまだやんの」とか何とかブー垂れると思ったが、

どういう訳か最近は勤勉だ。


パニの件で少しは考えたのだろうか?

ヴィーの事だから長続きはしなそうではあるが、

頑張った方が飯も旨くなる事は間違い無い。


作業を進める彼らを見るだけになってしまったが、

こうなってしまうと自分のやれる事はもう何も残っていない。

印刷を完了させるまでは表紙が作成できないし、

託した作業を手伝ったらアナが何か言って来る。


・・・これも乾くまではどうしようも無い訳だ。

冊子が完成するのは明日かな?

明日だろうな・・・。

ラティの成功体験は明日まで延長である。


あっ、ラティの印鑑を作ろう。

表紙にラティじるしだ。


インクは赤が良い。

朱肉・・・あるのか?

無いのか?


「エミー、ちょっと頼めるか?」

「はい・・・何でしょうか」

∽今日のステータス(2022/04/19)


 ・繰越金額 (白金貨29枚・利用券2枚)

     金貨 73枚 銀貨 39枚 銅貨 22枚


  雑貨購入          (200→140й)

   ケナフ  × 4          200


  雑貨購入               (40й)

   赤インク × 1           40


            銀貨- 2枚 銅貨+20枚

  ------------------------

  計  金貨 73枚 銀貨 37枚 銅貨 42枚



 ・異世界82日目(朝)

   ナズ・アナ77日目、ジャ71日目、ヴィ64日目、エミ57日目

   パニ50日目、ラテ29日目、イル・クル26日目

   プタン旅亭宿泊12/20日目 シュメ旅亭宿泊12/20日目



 ・トラッサの迷宮

  Lv   魔物       /    ボス

  2 コラーゲンコーラル  /  コラージュコーラル

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