§285 遊覧船
自宅へ戻り、2階で作業を続けるウッツに依頼をした。
紙を乾かすための棚と、納戸の内扉の鍵の件である。
棚は例の余ってしまった木材で作ってくれるそうだ。
材料費は掛からない。
その代わり加工賃は別途。
それは当然なのだが、用途を聞かれて上手く答えられなかった。
こういった物の注文は初めてのようで、
用途がはっきりしないと形状を指定されなければ作れないらしい。
では設計図を書く必要がある。
それはまた後日だな。
他の注文品もあるし、直ぐに出さなくても良いだろう。
版画製本は秘密なのだ。
転書家ならば普通は羊皮紙を用いる。
パピルスに写しても本には成らないし価値も無い。
重々承知の上だが、迷宮の地図とは言えなかった。
写す手法が手法だけに、
版画でバシバシコピーすると言うのは、
流石にウッツであっても知られない方が良い。
ウッツは大工なのでこりゃあ良いと広められては、
商売上がったりの可能性もある。
ついでに2階の様子も見せて貰った。
ほぼ壁は出来上がっており、住めるかと言えば住める状態であった。
後は扉やランタンを吊るすフックなどの金物、
壁に塗り込む遮蔽剤など、細かな所がまだらしい。
そういえばここから家具が必要なのだよな。
ダブルベッドは2つ、クイーンサイズも1つ頼んだし、
大テーブルに10人分の椅子だ。
ついでにさっき頼んだ棚なんかもある訳で、
やはりまだまだ引き渡しには時間が掛かりそうだ。
流石は職人、全てがどんぶり勘定と言う訳では無く、
その発言は経験と知識に基付く物であった。
満足して旅亭に戻る。
続いては本日のメインイベントである観光だ。
フローダルにある中央島。
名前までは聞かなかったが、そこを回ると言う観光船に乗ってみたい。
うちの子達もここ数日は旅亭に籠りっきりでずっと外へ出られなかったし、
休みを与えようにも雨が多くて外出は難しかった。
丁度良い機会なので皆を連れて回る予定だ。
「ただいまー」
「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」
旅亭に戻ると、アナ、パニ、イルマの3人が整列して出迎えた。
ヴィーとエミーは汚れた版画版や桶の掃除かな?
乾かしていたパピルスを纏めている最中であったようで、
散らばったままのパピルスは数枚程度が残っていた。
「もう乾いたのかな?」
「概ね乾いているようです。
一部乾き切っておりませんので、確認しながら集めていました」
「そうか、乾いた物だけちょっと貸してくれ」
「それでは、あちらですね」
アナが手を示すと、イルマが駆け足で取りに行った。
纏められたパピルスの束から上の1枚を拾って見せる。
なるほど、解らん。
と言うか読めない。
これがアナの振ってくれた文字通りなのか、
掠れたりして読み難くなってしまっているのか、
自分で判断できないのが難点だ。
「イルマ、どうだ?読める?」
「あっ、はい。ダイダリの迷宮1-11と、ちゃんと読めます。
ナズさんやジャーブ様は凄いのですね・・・」
そうか、イルマが読めるなら他の者にも読めるだろう。
それなら大丈夫か。
「あ、あの、ブラヒム語を読めない方はどうするのでしょうか・・・」
「えっ?そう言えばそうだ、どうするんだ?」
イルマの指摘は正しい。
そう言えば多種族の言語が交わる世界なので、
全ての者がブラヒム語を読めるかと言ったらそうでは無い。
作製したのは浅層部分の地図であるので、駆け出し探索者向けだ。
まだまだブラヒム語の学習を始めたばかりで、
読めない者の方が多いかもしれない。
「ええっと・・・?どう・・・致しましょう?」
いや、どうしましょうって言われても。
どうする事もできない。
イルマの目が泳ぐ。
アナを眼だけで追って助けを求めたようだ。
「迷宮に用があるのはブラヒム語を多少学んでいる者かと思われます。
地図には魔物の名前も記載されましたよね?
1枚1枚、こちらもしっかりと書かれておりますので、
読めない者であってもこれを見れば勉強になるかと思います」
ああ、そう。
魔物の名前ね。
確かに、地図の線に被っているようだが、
これはノイズでは無くって魔物の名前だった。
文字その物を認識できないので、
言われないとこれが文字だとすら気付かないでいた。
「じゃあ良いのか・・・な?」
「はい、大丈夫かと思います。
売る際にも地図だと説明をするでしょうし、
中を見れば誰であっても地図だと判りますので」
誰が見ても地図、それはそうだ。
以前教えて貰った、計算用途に用いられる簡易式の数字で1,2・・・。
数字さえ読めればこれが何層の地図であるかは一目瞭然だ。
ならばよし。(本当に?)
「それじゃこれはこれで。半分に切ってっと・・・」
パピルスを掴んでジョブを入れ替え、
英雄、勇者の両オーバースキルを発動させ、
デュランダルを取り出して横に切り裂いた。
空中で静止するパピルスは切れ込みが入ったが、そのまま静止している。
・・・時間が戻ると、
2つのパピルスはヒラヒラと舞って別々の場所に落ちた。
「ユっ、ユウキ様?今、何をなさったのでしょうか?」
「い、今のは流石に何をされたのか私にも・・・」
「えっ?あっ!パッ、パピルスが・・・?」
「あー、例の高速に動くスキルを2つ同時に使った。
こう、この剣でスパッと切っただけだ。何か、済まんな・・・」
「そ、そうなのですか?」
「なるほど、承知しました」
「い、いえ、承知致しかねますが・・・」
済まんな、ホントに。
種は明かしたので、そのうちに慣れて欲しい。
「じゃあ仕上げをするから、お前たちも見に来るか?」
「はい、それではお願いします」「楽しみですね」「えっ、あ、はい」
3人を連れだってジャーブ達の部屋に入る。
午前に予定していた作業が終わり道具を片付けた終わった直後のようで、
ナズもジャーブも椅子に座って休んでいた。
ラティは十字に組んだパピルスの束をパラパラと捲り、
内容に不備が無いか確認していた。
「あっ、ご主人様、お帰りなさいませ」
「お疲れ様です。如何でしたでしょうか」
「おっ、おかえりなさい・・・ませ」
「うん、表紙ができたようなので、これから実際に本を完成させる」
「本当に本をお作りになってしまうのですね・・・」
「ご主人様ですからね・・・」
「ユウキ様であれば、何もかもご自分で作ってしまわれそうですね・・・」
そんな事は無いぞ。
無理だからシュメールに来たのだし、無理だからいつもウッツ頼みだ。
ナズとアナはともかく、
ジャーブまで良からぬ事を考えるようになっていないか心配である。
再びアルコールランプでフライパンを熱する所から始める。
その様子を8人で取り囲んで興味深く見守った。
「ラティ、最後の工程だ。この表紙を先程の冊子に貼り付ける。
重しを退かしてさっき作った本を持って来てくれ」
「はっ、はいっ!」
焙った膠にパピルスを浮かべ、
2本のナイフで掴んでそぅっと本の表紙に貼り付ける。
貼り付けた際に表紙が逆さまで無いかだけはチェックした。
どうだ、もう立派な本になっただろう?
「こんな感じだ。ラティ、やって見ろ」
「は、はいっ」
ラティが作った1冊は本人に貼らせてみた。
自分がやった時と同じようにパピルスを膠へ浸して・・・。
「待て、待てッ!・・・ちゃんと確認しろと言ったはずだ」
「そっ、そうでした、もっ、申し訳ありませんっ」
ラティは慌てて手を引っ込める。
いや、委縮させてしまっては意味が無い。
注意を受けたら直ぐ訂正して続けて欲しいのだ。
「ラティ、怒ってない。怒ってないからな?
・・・注意だ、注意。お前はいつも注意しない。
そういう所を直して欲しいのだ。
それ以外ならお前はとても良くやっているぞ?」
「は、はいっ、失礼しましたっ」
ラティはパラパラと冊子を捲って地図の上下を確かめると、
再びナイフを手に取りパピルスを掬い上げて表紙を貼り付けた。
完成だ。
いや、後一手だ。
「エミー、赤インクは買えたか?」
「はい、こち・・・です・・・」
エミーから赤いインクの入った壷を手渡され、
先程追加で彫らせた「ラティ」の文字が入った小さい木片に零して浸す。
「ラティ、お前の署名だ。表紙のパピルスに押せ」
「はっ、・・・はいっ」
先程自分が貼った方の膠は既にある程度冷やされていたので、
しっかりと表紙にくっ付いていた。
全てがラティの手に依った、迷宮の地図の初版が完成した。
33層まで含めて三部構成の一片である。
続いて2冊目にも印を押させる。
1冊は全てラティの手に依り作成されたのだ。
「どうだ?ラティ。お前が作った本だ」
「あっ・・・あの・・・」
プルプルと震えるラティの肩に手を置いた。
「あっ、あの、昔いたパーティの方に、
ほっ、本をお借りした事がありました・・・」
「ほう?それは普通の本か?」
「あっ、あの、はい。こっ、恋物語の本でして・・・
その、おっ、お借りして何度も読ませて・・・貰いました。
ほっ、本はと、とっても高いので、
私なんかがかっ、買える物では無かったのですが・・・。
わっ、わっ、私はそのほ、本を、つつつ作ってしまったのですねっ?」
「まあ、本と言うよりは地図だがな。
だが、お前の読んだ事がある物語と迷宮の地図ならば、
価格は物語本の方が高いかも知れないが、価値があるのは地図の方だ」
「どっ、どういう事でしょう」
「物語は読み手を楽しませたり癒したりする事ができるが、
それは読んだ事のある者だけだ。
地図はそれを持つパーティ全員の命を助けられる。
お前はこの先多くの探索者の命を救う事になるのだ。
地図職人ラティ、頑張ったな?偉業達成だ」
「うっ・・・うっ・・・うっ・・・うえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ・・・」
またラティが鼻水だらけになる。
エミーは手拭いを差し出し、
他の皆はそんなラティを優しく見守った。
「さて、感極まっている所を悪いが、これから皆で出掛ける。
行き先はフローダルで、船に乗ろうと思う。さあ、準備準備」
パンパンと手を叩いて他を散らした。
準備と言って急かしはしたが、
やる事と言えばこのフライパンを片付ける位で、
特に何かするような事は無い。
皆、いつでも出掛けられる準備は整っていた。
「パニはジャーブ、ヴィー、エミー、ラティだ。イルマはこっち」
「「かしこまりました」」
「酒場に近い方では無くって、
王城に向かって歩いた時の場所を覚えているか?」
「はい、大丈夫です」
パーティを組んでフローダルの冒険者ギルドに飛ぶ。
続いてパニ達もやって来た。
観光船の場所は一度湖を見た時に知っている。
桟橋に船が着いていたので、恐らくそれで間違い無い。
初めての街並みにヴィーも興味津々の様子で、
ラティも珍しい物を見て元気を取り戻したようだ。
さっきまでべそを掻いていた泣き虫は旅亭へ置き去りにして来たらしい。
桟橋に着き目の前に広がる大きな湖と、その向こうに見える島を一望する。
停泊中の船は観光用とは言え、その実態は手漕ぎのゴンドラであった。
水先案内人による優雅な旅が期待できる。
できれば白い装束を纏ったライセンス持ちの若い女の子が、
太めの猫社長と共に漕いで欲しい。†
テーマパークにあるような、豪華な手漕ぎゴンドラがユラユラと揺れる。
舟体は黒く塗られて、船内はオレンジ色に塗装されていた。
客がゆったり座れるよう舟縁は台座になっており、
最大で6人は乗っても大丈夫そうだ。
舟上に放置されている長めの手漕ぎオールで漕ぎ、
湖上をゆっくりと進むのだろう。
「おーい、船頭はいるか?」
桟橋の袂の小屋に向かって声を張り上げると、
戸が開いて出て来た男性は中年だった。
・・・まあ現実はそんなもんだろう。
「はーい、あっしですが、ブラヒム語?こりゃ団体さんだ。
えーっと、そんなに一度には乗せられんのだけれども」
「舟は3艘あるようだが?」
「アー、こっちは予備ね。漕げるのは俺と息子しかいないんだ」
「じゃあ2艘出せるじゃないか。宜しく頼む」
「ああ、はいはい。じゃあ呼んで来るからちょいと待ってね?」
***
「この島は元々エルフの集落だったんだ」
船頭は舟を漕ぎながら、この地域の歴史を語った。
こういった舟は船頭に依る地元の解説やうんちくを教えて貰える。
乗って風景を楽しむだけでは無く、情報もセットなのだ。
根掘り葉掘り聞いても警戒されないので非常に助かる。
旅亭や探索者、各種ギルドで聞いて回っても良いが、
若い者はそういう話を知らないだろうし、興味も無い。
こういった観光船ならではのサービスである。
「へえ、エルフって言うと木々を大切にするイメージがある」
「ああ、勿論そういう者は多い。だが、本質はそこじゃないんだ」
「どういう事なんだ?」
「エルフのギルド神殿・・・多分見た事無いと思うんだがね?」
「無いな、そもそも他種族のギルド神殿に用が無い」
「我々がお世話になるのは大体箱のような形をしているが、
エルフのギルド神殿はもうそのまま、木なんだよ」
「ええっ?生きてる木?」
「まあほら、この通り俺も人間なんで見た事は無いが、
エルフが言うには神霊樹と言われる木なんだと」
ユグドラシルとか?マナの木とか?
でもそういった施設が機械的に、魔法的に作用する世界なのだ。
恐らくそれは人工物・・・いや、魔法的生命体なのかもしれない。
もっと言うと、本当に生命なのか怪しい。
木っぽく作ったギルド神殿なのかもしれない。
「じゃあエルフの固有ジョブに就くにはあの島へ?」
「いいや、今は町はずれにギルド神殿があるみたいで、そっちだな。
あの島にもあるんだろうけど、もう農夫以外は入れないからな」
それもそうだ。
エルフならば特例に入れるのだとしたら、外国のエルフが入り放題だ。
彼らにだって悪党はいるだろう。
貴重な種が栽培されているらしいから、盗み放題だ。
「この国の王様はエルフか?」
「おお、そうだ。今の話から分かったかな?
王族はエルフだがエルフだけの国家って事でも無いからな。
いろんな種族が入り混じってるよ。
ほら、ドラッハはドワーフの国だし。シュメールは人間の国だ」
「うんうん」
「お前さんどこから来たんだね?」
「トルキナだな。サンドラッドの向こう」
「遠いな!そこから9人も従えて来たのか?
相当金持ってるんだな?普通は船に1人2人乗せるのがやっとだぞ」
まあそれは判る。
あの船へ9人も乗せようとしたら流石に怒られるだろう。
運搬船なのだから荷物と船夫以外には載せる余裕など無いのが普通だ。
「いやまあ、ちょっとな。他に予定があったので」
「そいじゃこの3国の話を知ってるか?」
「全然知らないので宜しく頼む」
「そうか。
シュメール、ドラッハ、そしてここフローダルは、
古の時代から3国共同で発展する事を誓ったんだ。
もう10代も前の王様の時代から、ずっとな」
1代3,40年だとすると約300年?結構な歴史だ。
「エルフの国、ドワーフの国、人間の国。
それぞれ得意な事があって、お互いに協力し合っている。
ちなみに隣のグルシア公国は元々北が狼人族、南は猫人族の国だ。
王宮も両方の建築技巧で建てられている。知っていると思うが」
しっ、知らないよ!
王宮なんて入った事無いし、そんな会話は普通しない。
そもそもどこの町が北でどこの町が南なのだか全然不明だ。
宿泊しているプタンノラと、サンドラッドは南側に海があったので、
この2つは猫人族の国側なのだろう。
漁師?そういえば猫人族の女性は海女になれるのだったな。
酒を買い付けた食料品店の店員は猫人族だった。
「サンドラッドが首都だと聞いたが、そうしたら王様は猫人族なのか?」
「いや、どっちかの種族が王って事になると国が荒れるからな。
だからこの国に国王ってのは居なくて──」
「なるほど、諸侯会議制か」
「そうそう。先代の大公様は猫人族のお方だったが、
今の代は狼人族だ」
「何故そんな面倒な真似を?
どっちか実力のある国の王サマが統一しちゃった方が早いだろう」
「そんな事しちまったら戦いになって多くの人々が死んじまうだろ。
平和的に統一せざるを得ない出来事が、その昔起こったんだ」
「と言うと?」
「この国の更に東には大昔ランメルン、
北側にはフェルーキアと言う国があったらしいが、
いずれも迷宮が現れ過ぎて滅びた」
「ええっ?滅びた?」
滅びるのか、国が。
迷宮が人を亡ぼす・・・。
考えても見なかった。
少なくとも自国であるトルキナではしっかり制御しているように見えた。
いや、そのために国が予算を付けて街を作り管理していたのだ。
インフラを整えて人口を増やし、拡大を抑制している。
討伐を目標とする国であれば、
探索者の増減は頻繁に起こり得るだろうし、
最寄りの拠点が暮らし難い街だったり閉鎖的な村なんかであれば、
不人気の迷宮と言うのもできてしまうだろう。
人口の少ない場所に出来た迷宮ならば尚更だ。
入る者が少なくなれば迷宮は深く成長し、凶悪な魔物を撒き散らす。
やがてそこは人が暮らして行けない不毛な地となってしまう。
そういえばガイウス帝国ではエルフが人間を疎ましく思っていた。
恐らく、迷宮が乱立した時に他諸侯から派兵の打診は有ったはずだ。
それを・・・エルフのメンツで断わった。
或いは集まって来る人間の探索者を袖にした。
それでは他から人が寄り付かない。
冷遇するのは人間だけだとしても、探索者はパーティ単位だ。
人間の仲間がそこは行きたくないと断れば、
そのパーティは他の迷宮へ行く事になる。
閉鎖的環境が迷宮の乱立に拍車を掛けたのだと思われる。
その先が・・・セルマー伯と言う訳だ。
フローダルでは3国共同・・・特に種族差別は無さそうだ。
300年の歴史に於いてそう教育が成されて来たからだろう。
そうで無い国の方が多いとは思う。
文化「小」の設定・・・文明の交わりは少ないと言う設定だったはずだ。
と言う事ならばこの世界はいずれ迷宮だらけになり、
魔物が溢れ返って人間たちは追い詰められ滅亡する運命なのか?
迷宮の怖さをまた1つ知り、身震いした。
「いや、正確には両方とも滅んだかどうかすら分からないんだがな、
そこまで行けなくなったと言うのが正解だ。
ある時を境に、ぱったりと交流が止まったんだ」
「えーっと、そこまで行く経路であった町が無くなった?」
「そういう事になるのかな?大陸の中の方の国なので、船でも行けない。
向こうからは川を下って来る事もできるが、
こっちからは船で登る訳にも行かないからな。滝も無数にあるし。
だが、そちらの国からやって来る者はその後現れなかった」
山岳地帯の国家なのだろうか。
とすると徒歩で向かうには困難だし、
街や村同士で物流を維持するのも難しい。
冒険者が荷役して何とか、と言った所だろう。
そこに迷宮が複数現れたら・・・。
山間では大きな旅亭を建てられないし、家屋だって増やせない。
移動が冒険者頼みとなると駆け出し探索者では厳しい。
不便な迷宮は不人気になり、魔物が溢れるようになる。
・・・そう、廃村だ。
「恐ろしいな、迷宮は」
「そうだなぁ。フローダルは迷宮ができたら3国で触れを出して、
外国から探索者が押し寄せるから助かっているよ。
自国だけを大きくするより、3国で生きて行く事を選んだんだ。
先代の王様たちゃ偉いねえ、お、ほら見てくれよ。
中で育ててるケナフの種が飛んで来て、ここで勝手に自生してる」
ケナフ・・・プタンノラの雑貨で買った紙の名前だ。
元はこんなか。
自分の身長の倍はある長い茎の先に、
麻の葉っぱような物がちょろっと付いている。
育ち切っていない低身長の物は花も付いていた。
白い、綺麗な花だ。
「アナ、ナズ、イルマ、先程ラティが作った本の表紙は、
アレでできているらしいぞ?」
「あの植物から先程の布のような物が?」
「大きくて収穫も大変そうですね」
「あれだけしっかりしていると、切るのも大変そうですね」
「ありゃぁ意外と軽くて伐り易いんだ。
アレから布みたいな物作るのは良く知っているな?
余り出回るモンじゃないが、包んだり湿らせて瓶の蓋にしたり、
家の壁にも使う。書くには向かんが」
へ、へえ・・・意外と便利。
中で育てた訳では無いから、
あれを伐採して持って帰ったら紙が自分でも作れると言う事かな?
そんな道具を作るのがまず困難だが。
紙漉きの道具は意外と高度な技術が集まっている。
自分がやってみた所で、
漉く道具が無ければ精々手で広げて天日干しにして、
仕上がりはゴワゴワでカチカチの紙にしかならない。
ああ、それであの状態で売っていた訳だ。
やはり、薄くて綺麗な白い紙を漉く技術はこの国々にまだ無い。
他にも中央島で作られている特産の果物や、
それを使った酒の話を聞いたりして、是非お土産にと売り込まれた。
残念、酒はもう既に何度か買った。
島の半分を舐めるように回り、
反転して同じ航路を戻って来て観覧船は終了となった。
ぐるっと一周回らないのは、あちらが漁場になっているとの事だ。
船頭は船の先を桟橋に着け、自分達に退船を促す。
「落ちないでくれよ?わっはっは」
乗り込んだ逆順に降りるので、
まずはイルマが四つ這いで恐る恐る桟橋の杭を掴んで降りた。
へっぴり腰で面白い。
普段からシャンとしているイルマが時折見せる失態はとても可愛らしい。
ギャップ萌え?
いやいや、彼女も真剣なのだから笑っては失礼だが。
続いてナズだ。
器用にぴょんと跳ねて飛び降りた。
小さくて軽いナズらしい動きではある。
反動で船が揺れる。
自分の前にアナである。
──ゴン!
アナが下りようとした矢先に、
後続の船が接岸を失敗したらしく、思い切りこちらの船に接触した。
反動でアナがぐらつき・・・・、
「えっ、きゃっ!」
──ドシャーン!
「アナ!」「アナさん!」「あっ!」
落ちた・・・。
アナがバランスを崩すなんて珍しい。
ま、まあ迷宮のようにある程度予測ができる事とは違い、
今のは完全に不意打ちの貰い事故だ。
気配とかそういう問題じゃ無い。
納得してないで助けねば。
2人の船頭はあたふたとオールを突き入れてアナに掴ませた。
意外と湖底が深く、足が付かないらしい。
自分も手を差し伸べて、オールから船の縁に捕まるアナを手伝った。
「大丈夫か?アナ」
「私ならば平気ですが、これが・・・」
引っ張り上げられたアナには、服と足に魚が食い付いていた。
4,50センチあるような結構な中型魚だ。
服は良いとして、足からは血が滴り落ちている。
「おいっ!嬢ちゃん?大丈夫か、ちょっと待ってな、今剥がすからな」
「もっ、申し訳ありやせんっ!」
船頭は魚の口へ強引に指を入れると、顎を割くように引き千切った。
アナの足からは更に血が流れる。
服に食い付いた方は息子が外した。
「心安らまば平癒の素、
心和まば治癒の糧、刮げを集め疵癒せ、
手当て!」
怪我をしたなら回復をせねばとジョブを交換している間に、
イルマが先に手当てを施していた。
偉い。
と言うかスッと詠唱ができる辺り、もう彼女は一端の戦士だ。
僧侶として十分信頼できそうである。
「ありがとうございます、イルマ。もう大丈夫です」
「いえ、私の仕事です。当然です」
「びっくりした、ここは肉食魚がいるのか?」
「も、申し訳ねえっ、うちのボンクラがっ。
この通り、お詫び致しますんで」
「すんませんっ!」
「い、いや、この娘は奴隷なのでそこまで謝らなくて良い。
大した怪我でも無かったし、直ぐに助けてくれただけで十分だ」
「ハァ、そうでございますか。しかし奴隷とは言え、
御主人の持ち物に損害を与えてしまったのは事実ですんで、
何とお詫びしたら良いのやら・・・」
「その魚は食えるのか?」
「勿論普通に食いますね・・・プラーニャはここらでも人気の魚ですんで」
プ・・・ピラニア?
ああそう、もう少し遅かったら本当に食い千切られる所だったか。
ヤバっ、そんな湖をこの船で一周してたのか!
こっ、怖いな、無知って。
「ああそうだ!折角2匹も揚がったんだから、今締めてお出ししやす。
それでどうにか!」
「うん?調理できるのか?」
「普段は漁師ですんでこの位は。おいっ!責任持って下ろして来い!」
「はっ、はい、済んませんでした!」
結局アナに食い付いて水揚げされた新鮮な魚は生け作りとなり、
船着き小屋の傍にあった岩へ腰掛けて頂いた。
パニに頼んで魚醤を持って来させ、プチ刺身パーティとなった。
やっぱり、生魚食べる風習・・・あるじゃん。
所変わればだよ、新鮮でなければ食べられないからな。
焚き火でアナの服を乾かしながら、
突然降って湧いた刺身パーティにヴィーは満足そうであった。
∽今日のステータス(2022/04/21)
・繰越金額 (白金貨29枚・利用券2枚)
金貨 73枚 銀貨 37枚 銅貨 42枚
乗船料 (900й)
観光船 × 9 900
銀貨- 9枚
------------------------
計 金貨 73枚 銀貨 28枚 銅貨 32枚
・異世界82日目(昼)
ナズ・アナ77日目、ジャ71日目、ヴィ64日目、エミ57日目
パニ50日目、ラテ29日目、イル・クル26日目
プタン旅亭宿泊12/20日目 シュメ旅亭宿泊12/20日目




