§023 期待
──ボス部屋に行く、主人は私にそう命令した。
1層のボスまでの道順を頭の中で思い出す。
そもそも、以前ならこの迷宮は7層まで攻略していた。
7層までなら敵は3匹なので、前衛4人のうち3人が一体ずつ担当し、
遊撃の担当が後ろから囲めば、後は時間との戦いだった。
以前はそんな中で戦っていたのだから、
1層なんてお試し探索のようなものだ。
初心者であるナズさんのお守りに加えて、
非戦闘職である商人の主人を守りながら進む。
実質ソロなら3層まで余裕だと自負していた。
4層から魔物は最大で同時3匹となるので、
流石に前衛が私1人では無理だと思う。
流石にその際は主人が1匹を担当するのだと思う。
昨晩、主人より1層から攻略すると言われたので、
まずは様子を見つつ大丈夫そうであれば、
飛ばして3層に行きませんかと進言するつもりでいた。
そもそもこのトラッサの迷宮では、3層からが主流となっている。
最弱のコボルトが出るし、2層のコラーゲンコーラルは動きが遅い。
当然1層で魔物を探し回るよりは同時に2体敵が出た方が効率も良い。
3層こそが初心者向けなのだ。
そもそも今から1層では、
再び7層で戦えるのは数年後になりそうだとも思っていた。
初日から好待遇であったし求められた仕事は楽なのだから、
他の不真面目な奴隷には神様のような主人だろう。
けれども私は、目標を高く見据え、
上を目指す主人に仕える事を夢見ていた。
前主人は駆け出し探索者だった事もあり、
5万ナールの前金と、17万ナールの借金をしたと話していた。
迷宮での稼ぎは、基本的に主人の借金返済に充てられていた。
それでも7層に到達した頃には、
借金の残金は5万ナールになっていた。
一緒に戦っていた前主人の友人も、
同じように借金をして同じように真面目だった。
主人たちが借金が払い終われば、
私たちももう少し楽に生活ができるのではないかと言う期待はあった。
向上心があり、真っ直ぐな主人ら2人の友情に憧れをも抱いていた。
食事も残飯を漁るような事は無かったし、
寝る場所は毛布だけだったが宿屋内だった。
奴隷身分である中では、比較的良い待遇なのだと感じていた。
少なくとも飯抜きになった事や、折檻された事は無い。
私の力を示して、主人の地位を向上させ、認められたい。
パーティの中で一番強くなれば、
簡単に売り飛ばされるような事にはならないだろうし、
待遇だって今よりももっと良くなるだろう。
事実、そういった先輩奴隷は沢山いる。
上位職まで辿り着いた奴隷は、ヒエラルキーが全然違うのだ。
それが奴隷身分である私の中では、ささやかな夢だったのだ。
しかし夢を追う主人を支える生活は、ある日突然に終わった。
中古の女奴隷ではそもそも好待遇が期待できないし、
戦闘用奴隷として使い潰されるか、
女としての価値を求められる事もほぼ無いので、
そういった事を求めて買われたのであれば娼館へ送られ、
日銭を稼ぐか位しか価値が無い。
後は農村部での重労働だ。
こちらの扱いが酷い事は身を以って知っていた。
両親がそうだったし、幼少期はこき使われた。
それでも、私は完全に諦めてはいなかった。
魔物の気配を読める事は探索で有利になるはずだ。
これまでその事を進言したり使用した事は無かったが、
他の誰にもできない能力なのだと後から知り、最後の望みを託した。
その事に賭けて、私は指名を待った。
新しい主人は、その能力に期待して私を選んだようだ。
そんな事を最初から奴隷に望む辺り、知見があるお方なのだろう。
もう一度戦えると、闘志に燃えた。
私の購入者は商人だった。
新しい主人は自らを商人では無いと語ったが、
契約の際にチラッと見えたインテリジェンスカードでは商人であった。
間違いない、非戦闘者だ。
同時に戦闘には向かない綺麗所の奴隷も一緒に購入して、
彼女も連れて迷宮へ行くと言い出した。
新しい主人は優しく、
以前よりも遥かに好待遇で私たちを迎えてくれたのだが、
迷宮に対しては相当甘く考えておられるようだった。
言ってみれば、ちょっと遊びに行くような感覚なのでは無いだろうか。
商人ならば安全である事が最優先されるため、
だからこそ私の能力を必要としたのだ。
深層でバリバリ活躍するような、
上位のジョブで重用されるような、
そんな晴れの舞台は来ないのだろう。
勿論待遇が良い事は素晴らしい事だ。
食事も豪華で美味しかったし、ベッドで寝させて貰えた。
夜のお勤めも綺麗所と区別されず、
花を売りに出される心配も無い。
新しい主人は素晴らしかった。
この方の下でなら護衛任務でも十分だと、そう考えた。
迷宮の深層で活躍する事を諦めた以外は、特に不満は無かった。
ところがである。
商人だったはずの主人はパーティ編成を行った。
本来は冒険者や探索者のスキルであるはずだ。
ずっと一緒に居たのだし、探索者ギルドに立ち寄った形跡も無い。
そう思っていたら今度はフィールドウォーク。
冒険者にしかできないはずだ。
冒険者と成るには・・・この主人は若過ぎる。
インテリジェンスカードで確認した年齢は21歳、
私よりも1つ年上だった。
そしてその行く先は迷宮の中だった。
そしてその全てが無詠唱だった。
大混乱だ。
主人は更に、その上を行った。
1層に出て来る魔物は弱いとは言え、
普通は鍛えていても4回か5回は殴らないと倒す事は難しい。
相手がグリーンキャタピラーとは言え危険が全く無い訳でも無い。
前衛2人位で囲って相手をするのが普通だ。
いずれにしても、
余程の腕前が無いと普通は魔物を剣の一太刀では倒せない。
ベテランの戦士や剣士、獣戦士がスキルを使った訳でも無い。
色々在り得無い事が次々と起こった。
主人のジョブは商人だったはずだ。
魔物は硬い物だと思っていたし、
明らかに見知った倒れ方では無かった。
これまでに経験してきた魔物は
殴っているうちに傷だらけになり、
何とか大きく裂傷を与えられた・・・とか、
何とか剣を貫き通す事ができた・・・とか、
体液を飛び散らせながらボロボロになって、
ついには動かなくなった・・・とかであった。
一振りですっぱり切れるだなんて、これまで考えた事も無かった。
この主人に付いて行けば、とんでも無い事が起きるかもしれない。
不安と大きな期待で胸が熱くなった。
***
「アーナー?」
「はっ、はい!」
「どうした、ボスに行くぞ?
ここは来た事があるんだろう?覚えているなら道案内してくれ」
「は、はい、大丈夫です」
食事中、アナはぼーっとしていた。
大丈夫だろうか。
ナズは「迷宮って意外と怖く無いですね」とか言っていた。
いや、その理屈はおかしい。†
簡単に見えるのは最初だけで、油断させて置いて一気に厳しくなるんだ。
そこを見誤ると迷宮に食われて死ぬぞ、と言って聞かせて用心させた。
ボス部屋に行く前に出遭ったグリーンキャタピラーを、
今度は切り上げて糸に変えた。
剣の振り方を覚えるチュートリアルだ。
色々な攻撃方法を学習するには良い機会である。
ボス部屋の扉の前に着く。
扉は閉まっていた。
「流石にボスだし時間が掛かるよな?」
「そうですね、ここで探索をするようなレベルの方ですと、
3~4分位は待つかもしれません」
「ほー、1層のボスはそんな物か」
「相手が相手ですので、
1人ですと最初に巻かれたらそのまま命を落とす探索者も多いようです」
「巻く?」
「ここのボスはホワイトキャタピラーと言って、
出現直後にかなりの飛距離がある粘着糸を出すのです」
知ってる。
ミチオ君はファイヤーウォールで防御していた。
作中では出現位置からこちらの初期位置まで、
扇状広範囲に糸を撒き散らしていたようだ。
一応、アレの対策は考えてある。
アナは経験者だろうし、対策に失敗したなら今ここにいないはずだ。
ナズは・・・まあ、良い機会だし。
迷宮の怖さだと思って一度は簀巻きになって貰おうかな。
「糸なら大丈夫だ。構えられたら後ろに飛べば避けられるだろう?」
「ご存じでしたか」
ともあれ、初見1人で行くのはやや怖かったので、
2人を購入する前は意図的にボスを避けていたと言うのもある。
「そういう事だから」
「はぁ・・・」
ナズを見て言う。
それで解ってくれたらセンスはあるし、
理解できずに1回食らったとしても、
ナズなら次はちゃんと考えるだろう。
できる子なんだから。
──ゴゴゴゴ・・・
「ご主人様、扉が開きます」
「よし、では行くぞ。
アナは正面へ、自分は右に行く。ナズは離れて見て置け」
「「はい」」
部屋にボスはいなかった。
煙が巻かれて集まり、白い靄から巨大な芋虫が出現する。
コンサート会場での大物歌手の登場シーンみたいだ。
鑑定は現在取っていないが、
あれがホワイトキャタピラーである事は知っている。
と言うか、これが33階層下ではウヨウヨ出るのか。
通路がミチミチに成らないだろうか?
階層を追うごとに通路が広くなったりしてな。
初めてのボス、ホワイトキャタピラーを前に相手の出方を窺う。
来ると解っているので、駆け出さない。
アナも動かない。
ナズは扉から動かない。
ええい!ビビってんじゃねーぞちくしょうめ!
ホワイトキャタピラーの口元が動いた。
多分これだ。
顔を正面に向けて後方へ走り出す。
──ベショワァッ!
凄い音と共に、ドロドロの粘着物質が飛び散った。
結構な距離を逃げたので足元には来なかった。
粘液を踏まないように走ってキャタピラーに近付き、右翼に回り込む。
もう首なのか腹なのか、どこまでが頭なのか判断できない。
弛んでる3つ目位の節に、
ラッシュと呟きながらデュランダルを叩き込んだ。
──バチン!
アナが盾で攻撃を往なした音が響いた。
グリーンキャタピラーは頭部を捕食対象に向けて振って当てて来るらしい。
雑魚の動きを良く見ておらず、
ここで初めて芋虫型の魔物が仕掛けて来る攻撃方法を知った。
見付けたら即座に倒してしまうのでは無く、
もうちょっと敵の動きは観察した方が良いのかもしれない。
知らずに進んで、大惨事になる事は避けたい。
もう一度ラッシュと呟き同じ場所に切り掛かると、
今度は抵抗無くスパッと剣が通り地面を叩いた。
──バシュゥゥゥ・・・
ボスが煙になって消えた。
解かっていたし、意外と簡単だった。
「え・・・・」
またアナの顔が引き攣っている。
一度盾で往なしただけのアナにしてみれば、
いきなりボスが消えたように見えたのかもしれない。
一応こちらは必死で、全力で戦ったんだが。
「アナ、気にしてはいけない」
うんうんと頷いて、落ち着かせる。
ナズもこちらへ駆け寄って来たようだ。
「ご主人様、凄いです!」
そうじゃろうそうじゃろう?
照れくさいし嬉しいしカッコ良いトコ見せられたしで、
口角が思わず上がってしまう。
普通っぽくしなければ。
そうですが、何か?
「じゃ、行くぞ。ナズはそれ拾っておいて」
絹の糸を指さして、2階に続く扉に向かって進んだ。
「アナも、ぼさっとしてないで行くぞ」
「は・・・はいっ」
どうしたって剣の事や変則スキル使用の件はいつかバレるんだし、
変な失態を見せずにうやむやのまま納得して貰えるのが一番良い。
ハッキリ断言すると、何故そうなのかと理詰めされても困る。
チートなのですとは流石に言えない。
迷宮の入り口にあったような黒いゲートだけがある小部屋に3人が入ると、
ボス部屋の扉が音を立てて閉まった。
次に訪れるパーティの準備をするのだろう。
2層への扉をくぐる。
「アナ、2層の敵は?」
「コラーゲンコーラルです。
3層のコボルトより硬いので、初心者泣かせです。
ですので、ここは2層も3層も無視して先に行くパーティが多いです」
「そんなに飛ばしたら危なく無いのか?」
「1層のボスがホワイトキャタピラーなので、
トラッサの迷宮は最初から危険です。
ここでの初心者は3層のコボルトで戦い方を覚えたら、
2名以上のパーティを組んでそのまま4層に行く事が多いようです」
「最初から3層はどうなんだ?」
「コラーゲンコーラルは動きが遅いので危険性も低く、
硬くても時間が掛かるだけで何とかなります。
数もコボルトよりは圧倒的に少ないので、探索の支障にはなりません。
コボルトはそもそもが弱いので、
3層で命を落とすような事態はまず在り得ません」
「ふぅん、そうなのか」
話しながら移動していたら、コラーゲンコーラル2匹と出遭った。
ぴょんぴょんと跳ねるが飛距離は短いし、
移動先が判る分避けやすそうだ。
芋虫のような厭らしい糸攻撃も無いし、確かに安全だ。
適当に歩いて行って2匹同時を狙い、フルスイングで頭部を刎ねた。
あれ?
・・・これならナズの鍛冶師の取得用に、
わざわざ棍棒買う必要なかったんじゃないか?
次2匹出たらナズに2匹斬って貰おうか。
「アナ、次はどっちだ」
「あ・・あの・・・えっと・・・」
後ろに置いて来たアナの方へ振り変えると、
またもや顔が引き攣っていた。
「アナ、気にしたら駄目だ。お前の主人はこれで普通なのだ。
良いから次を教えてくれ」
「は・・・はぁ。・・・あの、次はあちらになります」
丁字路の左を指す。
キャタピラーが2匹いたので、駆け寄って仕留めた。
動きを覚えたいとは言え、糸を吐かれたら厄介だし。
そういうのはもう少し余裕ができてからでも大丈夫だ、多分。
もう1匹は遠いのでアナが先に辿り着いた。
剣を振り下ろしていたが、
ゴム毬を棒で打ったかの如く、ボヨンと弾かれている。
結構良い武器を渡しているはずなので、
一応それなりにダメージを与えていると思うのだが、
あの状況を見ると少し心配になる。
真剣なアナの邪魔にならないように注意して、
横から臀部を撫で切りにした。
「アナ、助かった。これからも2匹以上の時は1匹取ってくれ」
アナの自尊心のために一応感謝して置く。
今まで戦闘時にはこれと言って役に立っていたとは言えないし、
多少は華を持たせてやらないと。
「は、はぁ・・・」
「ご主人様はやはりお強いのですね!」
ナズはウキウキしてる。
次はお前の番だぞ、と心の中で背中を押した。
「アナ、次はナズにも経験をさせたい。
コラーゲンコーラルが2匹いる所を優先できるなら頼む」
「ちょうど今来た道の逆になります」
アナが先行して進んで行く際に振り返ってナズに説明を始める。
「ナズ、この剣は良く切れる。
次はさっきの敵が2匹いるらしいから、何とか1振りで2匹斬ってみろ」
「え・・・」
さっきまでウキウキだったナズの顔が急激に暗くなった。
晴れのち曇りだ。
「大丈夫だ、当たればスパッと切れる。
よく煮込んだ芋みたいに柔らかいから、思い切って振るだけだ」
「え、あの、私はご主人様のように強くは無いですので・・・」
「大丈夫だ、2匹に当てる事だけ考えて振れ」
「あの、駄目だった場合は・・・」
「駄目だった場合は魔物の攻撃を受ける事になる。
ナズに渡した装備はもっと深層に行く連中が着けている物だから、
殴られても全然痛く無いぞ。思い切って行って来い!」
「や・・・、やってみます・・・」
そう言ってナズを送り出す。
ナズは試し斬りでぶんぶんと横に振り出した。
うっかりアレに当たったらスパッと切れて自分が終わる。
手からすっぽり抜けたら、アナと自分を貫いて2人とも終わる。
自分が死んだらついでにナズも終わる。
とても危険だ、離れて置こう。
「ご主人様、いました。ナズさん、前の方に」
「わっ、解っかりましたっ」
覚悟を決めたナズは、駆け寄って2匹に当てられる位置取りを探す。
モタモタしていたので、コーラルの頭の回転攻撃を受けて怯んだ。
「いった!・・・あれ、痛くない?」
「痛くないから早くしろー」
「ナズさん頑張れー」
遠巻きに眺めて声援を送る。
アナも危ないので近寄らせていない。
ナズは自ら1匹を誘導し、
同時に斬れる場所に誘うとデュランダルを思いっきり横に振った。
1匹目の胴体部と2匹目の頭部が斜めに真っ二つになり、
煙に巻かれて2匹分のコーラルゼラチンが落ちた。
「おお、凄い。やればできるじゃないか」
「で、できましたご主人様!」
「何と言うか・・・その剣はとんでも無いですね・・・」
「そうだな、うっかり触って指を落とさないようにな」
ごくっとアナの喉が鳴った。
これで鍛冶師は取れたはずなのだが、
残念な事にナズはまだ探索者Lv7であった。
解放にはもう少しだけ経験が必要だが、今日中には成れるだろう。
∽今日のステータス(2021/07/26)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 商人 Lv13
設定:商人(13)英雄(8)戦士(12)探索者(12)
取得:村人(5)剣士(1)色魔(1)
・BP111
キャラクター再設定 1pt 武器6 63pt
獲得経験値上昇×10 31pt 詠唱省略 1pt
必要経験値減少/3 7pt 4thジョブ 7pt
結晶化促進×2 1pt
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 探索者 Lv5
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 戦士 Lv5
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 商人 Lv14
設定:商人(14)英雄(8)戦士(13)探索者(13)
取得:村人(5)剣士(1)色魔(1)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 探索者 Lv7
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 戦士 Lv7
・異世界7日目
ナズ・アナ2日目、トラッサの市まで4日、宿泊4日目
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
1 グリーンキャタピラー / ホワイトキャタピラー
2 コラーゲンコーラル / コラージュコーラル




