§206.5 着火
昼過ぎに船へやって来た。
我々はハンバーガー・・・具入りのパンを食べたが、パニはパンだけだ。
今度はベーコンぐらい持って来てやろうか。
水とパンだけでは壊血病になるかもしれない。
10日程度では患わないかも知れない。
そんな知識に至るまで詳しくは無い。
サンドラッド到着まであと4日、
これまでパニは調子を崩したような素振りを見せなかった。
ひとまずは考えなくても良さそうだが、今後どうなるか判らない。
──ヴォン・・・。
船室に出てみたが相変わらず鼾が鳴り響き、
それに暗くて良く見えない。
LEDライトで自分達が専占しているベッドを照らしたが、
パニはベッドにいなかった。
今日も風に当たりに行っているのだろう。
ペットボトルは・・・空だ。
今日は朝の確認が無かったので悪い事をした。
直ぐに家に戻り、水瓶に溜めてあったハーブティーを入れる。
このまま飛ぶと恐らくMPが尽きると思う。
強壮剤を1つ口に含み、MP回復速度×20をセットして船に戻った。
自分の仕事としては一段落付いたのでパニを探しに行く。
外に出られる位には元気なようなので安心だ。
・・・流石に落ちては無いよな?
船室から船外に出る。
パニはまた船首の方で風に打たれていた。
やや遠くの方から声を掛ける。
「パニ」
「ご主人様」
パニが体を起こしてやって来た。
「どうだ?」
「はい、先程頂いたハーブティが無くなってしまったので、
どうしようかと思っておりました。
できましたら、また補充をお願い致します」
「それはもう済んだ。喉が渇いているなら戻って飲んで来て良いぞ」
「かしこまりました。先程頂いたばかりですので、まだ大丈夫です」
サンドラッドへ到着するまで、まだまだ日がある。
そう言えばパニはこれから向かう国の知見があった。
「パニは・・・これから向かう国に付いてはどう思う?」
「どう・・・ですか。ええと、サンドラッドは食べ物が豊富だとか。
奴隷でもお腹一杯に食べられるのであれば、幸せな国なのかと思います」
「幸せ・・・か。パニはお腹いっぱい食べる事以外に何が幸せだと思う?」
「えっ、ええと、中々そこまでは考えに至りません。
働かせて貰えて、食べ物に不自由しなければ僕はそれで・・・」
「結婚して子供を儲けたりは?」
「以前の僕にはそれも難しい事でしたでしょう。
奴隷になった事でそのような心配も不要になった事は、
ある意味良かったかもしれません」
確かに、パニは結婚どころか生活するだけでも苦難を強いられていた。
そんな状態では中々そこまで考えが至らないだろう。
他人を好きになる余裕すらなかったはずだ。
そう言えば、竜人族はどこで求愛のサインを見つけるのだろうか。
人間同士なら匂いなんかが相性の良し悪しを決めると言われている。
だがそれ以上に財力や力強さに気を引かれるようで、
そのせいなのか傍若無人な暴力男の話や、
働きもしない禄でなしに引っ掛かる話は絶えない。
勿論逆パターンもある訳だが。
「パニ、ちょっと聞きたいんだが」
「如何致しましたでしょうか?」
「竜人族の女性の魅力はどこで見分けるのだ?」
「えっ?・・・ええと、お尋ねになられている事の意味が・・・」
「いやなに、人間ならば女性の魅力は胸や尻にあるのだ。
子供を安全に産めそうな骨格ができているか、
赤ん坊は母親の乳で育てるので母乳がちゃんと出るか、
そういった事が魅力として映るように、生物的な本能に刻まれている」
「な、なるほど・・・そうなのですか。
だからお妾になられるような女性は胸の大きな方が多いのですね?」
「人間族の目線からでは他種族の魅力に気付けない。
竜人族がどういった所を女性の魅力として捉えているのか解らんので、
パニの解る範囲で教えてくれないか。ああ、パニの好みでも良い」
「え、ええっと・・・」
パニがモジモジし始めた。
要するに、お前の好きな子誰?っていうアレだ。
デリケートな話題なので話を渋りたい気持ちも解るが、
主従の関係であるため言えと命令されたら言わざるを得ないのだ。
役得でもある。
パワハラとも言う。
セクハラかもしれない。
「あ、あの、一般的に竜人族の女性は、
声の太い方が良い妻だとされております」
「声?」
「はい。あ、あの、声が太く大きい方はそれだけ胸郭が発達していて、
体も丈夫なので強い子を生む事ができるのだとか」
なるほど。
ベスタの大きな胸は空気や希望が詰まっていたのでは無くって、
それだけ子供を育てられる空間が広いと言う訳だ。
体幹が大きく成る事でパワーも増すのかもしれない。
力持ちかーちゃんだ。
確かにそれならば生物的なサインとして理解できるし、
そういう女性なら人気も出よう。
胸の大きさ自体はあまり関係が無いかも知れないが。
そう言えば胸が大きいと逆に揶揄されるのだとかセリーも言っていたな。
「それから、結婚適齢期になる女性からは良い匂いが致します」
竜人族にもあるのか、フェロモン。
ヴィーはどうだろうなあ。
あいつの場合、香りと言うより土と泥の匂いがメインなのだが。
適齢期ならば他の女性・・・、ナズやアナはどうだろう。
ナズはともかく、アナからは良い匂いがする。
女性的なソレでは無く、にゃんこ的な。
「ナズやアナなんかは適齢期だと思うが、匂いは判るか?」
「いえ、そのように感じた事はございません。
他の方も、これまでそのような匂いを感じた事はございませんでした。
恐らく同種族でなければ感じないのでは無いでしょうか」
同種族同士でしか結婚相手として魅力が感じられないように、
そういう生物学的本能が育っているのかもしれないな。
他種族との結婚があるようだがそれは制度上の話であって、
男女の本能的な魅力で惹かれ合って結婚する訳では無さそうだ。
逆に胸や尻でしか評価しない人間族だから、
他種族の女性も対象に入るとも言える。
その場合その他の事で魅力を積み増すしかないようだ。
金とか力・・・、やっぱり碌でも無いな。
「ヴィーはどうだ?まだ子供だと思うが、匂いを感じる事はあるか?」
「ええと・・・ヴィっ、ヴィー様はお風呂上りの時などは・・・その、」
「ははは。あいつは何時も泥だらけ、埃塗れだからな。
風呂の後位しか綺麗な時が無いんだろう」
「そっ、そうでいらっしゃい、ます、ね?」
「いやしかし、そうか。自分は・・・この通り人間族だからな。
ヴィーの魅力に気付いてやれないし、パニの好みも解らん。
聞けて良かった」
「そうでございますか。
一般的に竜人族の男性は力強い事を求められますので、
・・・僕なんかは選んで頂けるような立場では無いのでしょう」
「そんな事は無いぞ?パニはこれから冒険者になる。
選んで頂く立場どころか、お前が選ぶ立場になれるじゃないか」
「そうは仰いましても、やはり僕自身が強い訳ではありませんですし、
本当に僕は冒険者に成れるものかと不安でなりません」
「心配するな。ヴィーだってあの年で竜騎士に成れたのだ。
お前だって頑張れば何にだってなれるはずだ」
「は、はぁ・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
再び沈黙してしまった。
パニを委縮させたかった訳では無い。
寧ろヴィーに対して女性の魅力を感じるのであれば、
頑張ってみて欲しかった。
ヴィーは声もデカいし、パニから見て良い匂いもするのだと言う。
態度もデカいが。
良い匂いは風呂上り限定でだが・・・。
頑張った奴隷への報労として、
結婚させて貰える事があるとは理解しているだろう。
しかしパニ自身がその対象に無いと最初から諦めてしまっている。
多分このままであると、
ヴィーに報労として与えたとしてもパニの方が上手く行かない。
パニにもある程度意識を持って欲しい。
いや、パニも欲求を持って欲しい。
・・・ようやく解った。
パニは無欲過ぎるのだ。
食べる事以外に何も求めていない、それがパニだ。
ヴィーも多少そういう所はあるが、彼女には好奇心がある。
盗賊として生きていた分、逞しい。
その差がこれなのだ。
「お前は貧弱そうだからと、妾として売られていた」
「そうでございますね」
「本当にお前は弱いのか?これまで、何かに対して頑張った事はあるか?
現状を変えようと、焦って、藻掻いて、歯を食い縛った事はあったか?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「いいえ、ございませんでした・・・」
「頑張っても結果は変わらないと思うか?」
「・・・・・・そっ、その」
「この自分の下にやって来て、他の奴隷達を見て、ヴィーを見て。
奴隷であるから何も変わらないと、皆何一つ頑張ったりしていないのか?
お前は何ら変わる事も無く、ただの雑役奴隷として生きるだけで満足か?」
「・・・・・・・・・」
パニを焚き付けてみたが、どうだろうか。
再び間が訪れる。
思えば・・・パニの育成として、
この船に乗せた事は正解だったかもしれない。
自問自答できる有意義な時間を与える事ができたのだから。
一般的な奴隷であれば毎日あくせくと働かされて、
物事を考えるような時間など生まれなかっただろう。
仮に心の整理が付き、
パニがやる気になったとしても、それには時間が必要だ。
「やれ」と言われて「はい、やります」と言う訳にも行くまい。
気持ちの問題であるからだ。
どちみち冒険者に成れるかどうかで言えば、もう成れる。
ギルドで正式に転職を認められれば、
パニも考えを改め頑張れるかもしれない。
頑張って貰わなくては。
ヴィーのためにだ。
「仕事と家族・・・両方を手に入れたくは無いか?」
「えっ?いえっ、ぼっ、僕はユウキ様の奴隷ですので・・・」
「そうか、では自分は部屋に戻る」
佇むパニを置いて、1人船室に戻る振りで自室に帰った。
∽今日の戯言(2023/07/10)
第189話「経験」で振った竜人族の魅力の話。
振りっぱなしだったので回収して置きました。
1年ぶりになんか書いた。




