§020 ルール
冒険者向けの4人部屋に置いてあるベッドは、1つがとても狭い。
スモールセミシングルと言う、最低限のサイズだ。
重なって致すならともかく、ここで2人寝るのはかなり厳しい。
折角だからベッド同士をくっ付けてみた。
ギリギリ、セミダブル位にはなったか。
もう1つくっ付けた。
ダブルより広めになった。
キングサイズと言う奴かもしれない。
ゴロゴロと転がってみたが、溝で詰まって残念な事になる。
現代日本にあるような隅まで硬いマットレスでは無い。
せいぜい織られた布を重ね、丈夫に縫い合わせた程度の代物だ。
では縦に寝るしかない。
人は寝ると3~4cm長くなるそうだ。
174cmの自分はギリギリ。
自分より5~6センチ低いアナならぴったり。
140cm位のナズならかなり余裕がある。
今日はこれで寝てみる事にする。
「さて、夜になったし食事を取りに行ってくれ。
下の食堂で鍵を見せたら受け取れるから」
「かしこまりました」
「でしたら、私が」
給仕の経験があるナズが率先して出て行った。
いつの間に灯したのか、廊下からはランタンの光が零れて来る。
いつ点けたのか。
さっきゴソゴソしていた時に聞かれていたかもしれない。
文句を言って来る事は無さそうだが。
部屋で食べるからには明かりが必要だ。
さっき買って来た燭台を机に置く。
「そこから火を貰って来てくれ」
アナにランタンの火を拝借して来るよう頼んだ。
流石に蝋燭1本では薄暗い。
燭台をもう1つ置いて炎を増やした。
まあこんなもんだろ。
「ご主人様は」
ゆっくりと揺らぐ火の中でアナが尋ねて来た。
「ご主人様は商人でいらっしゃるのでしょうか」
「そうらしいな」
「らしいとは、どういう事でしょう?」
「商館の主には商人だと言ったが、実際に商人として何かした事は無い」
石鹸は売ったが、あれは取引と言えない。
ただの換金だ。
それ以外には商売なんてした事も無いし、今後もそういう予定は無い。
「ご主人様はなぜ迷宮に入るのでしょう?」
「生活の基盤を整えるためかな」
「ご主人様は・・・あの、私が言うのも何ですが、
懐事情にはお困りで無いご様子でしたので」
「いやっ、そんな事は無いぞ」
やや焦り気味で強く返事をした。
色々誤解があるようだ。
「後でナズが来た時にゆっくり話す。
どうせ2人には知って置いて欲しいし、隠してもいつかは判る」
「かしこまりました」
トントンと扉を叩く音がした。
「今開けますね」
アナが走ってドアまで行くが、その前に開いた。
「お待たせ致しました」
流石は元給仕だ。
3人分のトレイを器用に腕と肩へ載せ、更に手で持っている。
おかげで左手はフリーだ。
この子は器用なのだろう。
やはり、教えれば何でもできるのだ。
「ではここに運んでくれ」
2つのテーブルをくっ付けて、
奥に自分用、手前は2人用で2つの椅子を用意してある。
ナズは肩のトレイを机に、
腕へ乗せていたトレイを左手にして床へ2つ並べた。
奴隷は主人と同じ場所で食事を摂らない。
どこでもそういう暗黙の了解なのだろう。
一緒に座ってくれないと、2人の顔を見ながら食べられないじゃないか。
妾や愛玩として買った奴隷でもそういう扱いなのは勿体無いと言うか、
この世界の金持ちは解かって無さ過ぎるだろう。
断固抗議だ。
「ナズ、聞こえなかったか、ここに運べと言ったのだが」
机を指さす。
「そこはご主人様の席です。一緒にいた」
──頂く訳には行きません。
遮る。
「ここに置いて、一緒に食べる、それがお前たちのルールだ。
一緒に食べて、一緒に寝る。そういう命令だ」
「かっ、・・・かしこまりました」
「・・・申し訳ありませんでした」
3人分の食事が机に並んだ。
今日のメニューは半分に切った大きめの丸パンと、
乱暴に切った肉を焼いた物、蒸かした野菜だ。あの謎の紫の大根もある。
赤カブは知っているが、あれはちゃんと中が白い。
これは中まで紫で異質だ。
自分が知らないだけで、日本にも有ったのかもしれない。
肉料理にはスパイスが効いているのか、甘辛い匂いが部屋に立ち籠めた。
「あの・・・、私まで宜しいのですか?」
愛玩では無い、戦闘要員と認識しているアナならではの疑問だろう。
「良いから座れ、話をしながら食事にする」
2人が怖ず怖ずと椅子に座った。
「椅子を使うのは何年ぶりでしょうか」
「ずっと商館にいたのでしたら、そうなのでしょうね」
2人は顔を合わせて声を掛け合った。
「では、頂こう」
「私たちにも同じ食事を、ありがとうございます」
「こんな良い物を私達にもお与え頂き、ありがとうございます」
「アナは前主人の元で、食事をどうしていたんだ?」
「幾らかお金を渡されて、好きな物を買って食べろと。
食堂の裏口で待っていると、その日の売れ残り等を売って頂けます」
「そういう物が無ければ?」
「何も無い時もあります。ですのでパンだけは最初に買います」
「なるほど」
「私の以前働いていた酒場でも、
肉の破片などを適当に集めて焼いただけの物を、
捨てずに皿へ溜めていたのを見た事があります」
なるほど、ミンチだ。
ミチオ君の仲間達も、ミンチは下賤な物だと言っていた。
この食事に出された、適当に切ったような骨付き肉にも不可食部分は出る。
それらを集めて取っておき、焼いて出すのだろう。
ある意味食材の循環スタイルと言うか、
廃棄を出さないエコなシステムとは言える。
「さっきも言ったが、これからは皆同じ物を食べる。
2人とも料理の経験は?」
「私はありません」
「母程ではありませんが、簡単な料理でしたら大体は」
「それは凄いな。そのうちアナにも教えてやってくれ」
「機会がありましたら」
よしよし。
料理は問題無さそうで良かった。
順調に基盤が整って、家を借りたらそのまま生活ができそうだ。
炊事、洗濯、掃除。
この中で、唯一技能が必要な炊事はクリアできた。
それに個人個人それぞれ、得手不得手があっても良いじゃないか。
「それから、自分はこの辺りの者では無い。遠くから来た」
「遠く、ですか。私は生まれたホドワ位しか」
「異国の事は全く知りません。売られてからはずっとここにいます」
「そうか」
シュメールやその他の国、
できればカッシームまでの道のりを聞きたかったのだが。
やはり奴隷と言う身分では、外の世界に付いての見聞は難しいのだろう。
主人が余所に興味が無ければ殊更に無縁だ。
この世界の人々は旅行に興味が無いのではと、ミチオ君も言及していた。
知見のあったセリーの方がきっと特殊だったのだ。
余り知り過ぎるなと、彼女の親からも咎められていたようだし。
「カッシームと言う名前は?」
「お菓子の名前でしょうか?」
「済みません、全く解りません」
「ではシュメールは?」
「お皿の名前ですね」
「皿?」
「昔、母がやっていたお店では宴会の席などに盛り付ける、
綺麗な銀色のお皿をシュメール皿と言っていました」
「良く知っていましたね?」
「たまたまです」
シュメール・・・どうやら食器が有名になる位なのだから、
工芸の街なのだろうか。
騎士のルスラーンにシュメールから来たのかと勘違いされたのは、
カラス瓶のボトルや香料石鹸を持っていたからか?
可能性は高いだろう。
ではそういう事にしよう。
石鹸は売ってしまったのでもう無いが、ウイスキーはシュメール産で。
「ではルイジーナは?」
「ええと、先程から仰っておられるのはもしかして地名なのでしょうか」
「そうだ」
「ルイジーナは私が売られる事になった金持ちが、
そこからやって来たと・・・」
「ああ、ナズが殴り殺したって言う話の?」
「それは誤解です、ご主人様。
私は止めて欲しいと振り払っただけです」
振り払っただけでぶっ殺したのか、凄いな・・・ドワーフの力は。
村人がLv2に成っていたのは、多分その時の経験が加算されたのだろう。
「ナズは戦闘をした事が無かったと言っていたな」
「え?・・・はい、そうです、力が無いので、荒事は苦手です」
「一般的にドワーフは、人間の2~3倍の力を持っている」
「そうなの・・・ですか?
母からは、お前は力が弱いから地道に生きろと」
「ドワーフの中では非力なのだろうな」
「私の以前のパーティにも、ドワーフの方がいらっしゃいました。
何かあると決まって『俺は弱いからなぁ』と、
いつも牡鑰かれておられましたが、
私が持てないような重たい鉄のハンマーを振り回しておいででしたよ」
「はあ」
食事の最中だが、折角なので試してみたい気持ちが勝った。
ナズのために準備しておいた棍棒が、部屋の隅に立て掛けられている。
「ナズ、あの棍棒を持って来い」
部屋の隅を指さして指示した。
「かしこまりました?」
ナズが席を立って棍棒を持ち上げた。
片手だ。
やはりか。
「ナズ、自分はそれを片手で持てないし、
重た過ぎたからアイテムボックスに入れて持って来た」
「ええっ?そうなのですか?」
「試しに振ってみろ」
「いえ、流石にそのような事は・・・」
「良いから、やれ」
ナズはベッドへ当たらないように周囲を注意しながら、
片手で真上に持ち上げると、まるで棒切れを振るかのように左右へ振った。
違う。
そういう振り方は求めていない。
お前の振り方は猫じゃらしだ。
棍棒でアナはじゃれないが。
バットを振るようにスイングして欲しかったのだが、そうか。
ナズはそもそも武器の扱い方を知らない。
でも、これではっきりした。
人間にあんな木の棒、いや丸太は左右に振れない。
──物理の法則が乱れる。†
「はあ・・・。改めて見ても凄いですね、ドワーフは」
「アナもそう思うか?」
「な、何かおかしかったでしょうか」
おかしくないのがおかしい。
いや、ナズの物を知ら無さ過ぎる所が可笑しい。
兎に角、彼女は迷宮でも大丈夫そうだとハッキリ解かった。
「じゃあ席に戻ってくれ」
ナズが棍棒を置いて食事を再開した。
「さて、アナとはさっきちょっと話していたんだが」
アナはそれを聞きたかったと、食事の手を止めこちらを注目した。
「自分はこの辺の人間では無い、凄く遠い所からやって来た。
そして商館では商人だと言う事にしたが、実際は商人でも何でも無い。
商売なんてした事も無いしな」
「そうなのですか?」
「そう・・・なの、ですか」
「だから持っていたお金はお前達を買った時に殆ど使ってしまったし、
これから生活するお金は、これから稼がなければならない」
「かしこまりました」
「そうなのですね・・・」
ナズは拳にギュッと力を込めた。
「2人に客を取らせたり、酷い命令をする事は無いから安心してくれ。
ただし、迷宮には入る」
「それはお聞きしております」
今度はアナがキュッと鋭い目でこちらを見た。
「先程のナズを見た通り、ナズにはドワーフの力がある。
迷宮でも不足は無いと思うが、無理な戦いを求めている訳では無い。
だから安心してくれ、2人を使い捨てたり盾に使ったりはしない」
2人は何も言わない。
そう言いながらも、一番危険なのは前衛を務める奴隷達だ。
危なくなったら最初に逃げるのは主人だし、奴隷はそのための盾である。
そもそも主人が死んだら、自動的に奴隷達も死ぬ。
当然、最初に見捨てられるのは奴隷なのだ。
2人の目をじっと見ながら思っている事を伝えた。
「お前たちは自分の最初の奴隷だ。
2人だけど2人とも一番の奴隷だ。
今後パーティメンバーは増えて行くかもしれないが、
お前たちは一番大事なお気に入りだ。
だから、お前たちを守るために何でもする。
お前たちが安心して戦っていけるように全力を尽くす。
・・・だから、信じて付いて来て欲しい」
「ご、ご主人様。そのようなお言葉は、私には勿体無い事です」
アナが恐縮した。
「・・・あ、あの、今日のお夜伽にご満足頂けなければ、
私をお捨てになるのではないかと思っておりました。
お許し下さい」
ナズが席を立って床に突っ伏した。
ええい、面を上げい。†
そんな冗談は思い付いたが、
正直何て言ってやれば良いか判らなかったのでアナへ振った。
指をナズに差して (こいつを)
指を椅子に移動させて (ここへ戻して)
指を皿と口に移動させて (飯の続きをさせろ)
「ナズさん、今は食事をしろとのご命令ですよ」
「は、はいっ」
アナが居てくれて助かった。
ふーっ、面倒だ。
真面目なんだろう。
悪い事では無いが。
MP不足になって落ち込んだら、真っ先に自殺しそうだな。
「それから、ナズには悪いんだがアナもナズも戦闘要員兼愛人だ。
戦闘教育は受けていないとか、私は妾の予定だったとか、
これからそういうのは理由にならないので、そのつもりで」
「か、かしこまりました」
「アナも非処女だからとか、戦闘要員だからと、気後れしないように。
お前を売ったり、安く扱ったりしないから安心してくれ」
「宜しいのでしょうか、私には勿体無いお言葉です」
当然か。
ナズには降格宣言、アナには昇格宣言だ。
同じ値段ならともかく、2人の奴隷としての価値は6倍もある。
「ただし、2人の価値が同じでは無かったので、
その分の区別は付けさせて貰う」
「・・・何でしょうか」
「覚悟はできております」
「夕食を受け取る際に、お前たちは飲み物を追加して良い。
ナズは2杯、アナは1杯だ」
──区別になって無いんじゃ・・・
2人はそう思った。
「ところで、アナは魚が好きか?」
「いえ、特にそういった事は・・・何でも食べられます」
「他の猫人族は?」
「ええと・・・漁村の民ならともかく、
この地で魚と言えば高級品ですので、皆パンや野菜などが主食です。
森に住まう者なら狩りもするのでしょう。
基本的には何でも食べるのでは無いでしょうか?」
魚好きなのはミリアだけのようだ。
∽今日の戯言(2021/07/25)
ミリアが魚好き・・・という設定は、
言葉足らずな彼女にぴったりの設定でしたが、
追従の世界では、猫人族だからと言って魚が好きかと言う点に疑問を抱きました。
猫はもともと肉食ですし、魚ではなく鳥や蛇、小動物を食べる生き物です。
猫人女だけが海女になるのなら、肉食の猫人はどうなるのか、と言う疑念から
猫人男の固有ジョブを漁師とさせて頂きました。
なるほど、いいバランスです。
何卒、本編への採用を。
・異世界6日目(夜)
ナズ・アナ1日目、トラッサの市の日、宿泊3日目
2022/12/29 追記
猫人族男は状況から見て漁師である可能性が高く、
本編への加筆修正を兼ねましてここで訂正させて頂きます。
狩人は別種族の固有ジョブとして本編完結の少し前に再設定致しました。
この時点の構想ではこうであったと言う事で、
後書きをそのままの形で残させて頂きます。




