§189 経験
夕食には早速焼いたハサミが出て来た。
焼き挟みしたパンでは無く、焼き鋏とパン。
これがあのシザーリザードの手だったと思うと少し微妙な気もする。
だがこれはドロップアイテム。
シザーリザードのアレと皿上のコレとは違う物だ。
どうやって切り込みを入れたのかハサミは半分に割られており、
スプーンで簡単に穿って食べる事ができた。
塩を掛けて焼いただけだと思われるがそれでも十分旨みはたっぷりで、
取り分けられた分を早々に食べ切ってしまったヴィーは、
物欲しそうな顔で周囲を見回していた。
ここにはパニがいないので強奪できる相手もいない。
もっと食べたいのならば頑張って倒して貰おうじゃないか。
食事後、エミーには明日の昼に弁当を頼むとお願いして風呂を入れた。
入れたと言うか入ったと言うか。
短縮して8分程度で満水まで入れられるようになったので、
もう入りながらで十分だ。
その分2人とお風呂を堪能できる。
取得したカルバミ1つを渡して、風呂上がりの2人に付けさせた。
「わあ、これがカルバミですね?」
「私まで宜しいのでしょうか・・・」
「宜しいも何もナズ1人で1つは多過ぎるし、
アナだって1番だ。いい加減自覚を持て」
「そうですよ、アナさん。私たちは2人で1人なのでお化粧も2人分です」
「は、はい。ええと、やり方が判らないので、教えて下さいナズさん」
2人が潰したカルバミを手で伸ばして顔や腕に塗り合う。
液体では無くクリーム状だったので化粧クリーム?
「ご主人様もどうぞ。私たち2人でも多過ぎますので」
「では私は手に塗らせて頂きます」
ナズに顔をマッサージされ、
アナからは手や腕にカルバミを塗り込まれる。
やはり感触としては保湿クリームだ。
それが肥料にと言うのも良く判らないが、
カルバミと言うのはアイテム名なのだから共通語だと思うので、
地球でも似たような名前の物がそういった使われ方をするのだろう。
自分が化粧品に無知なだけで、化粧成分の主たる物だと考えて良い。
入浴後のアナに腕をマッサージされたのだ。
当然当たる物が当たる。
湯船に浸かった事でも保湿クリームでマッサージされた事でも無い、
全身への加熱が感じられる。
「つ、続きは自室で」
「かっ、かしこまりました」
「失礼しました。
ではそちらで、今度は全身を揉み解させて頂きます」
もう電撃イライラ棒がマッハなのだ。†
*
*
*
濃厚なサービスを前に、疲れ果てて寝た。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ハッ。
いや待て、まだ寝てはいけない。
猛烈な眠気を押し退けて納屋へ向かい、何とか2人にドレスを渡す。
「ご主人様、これは?」
「あの・・・2着ありますが、私が着ても宜しいのでしょうか」
(駄目ですよ、アナさん。私たちは一緒ですので)
(そっ、そうですね。こういった煌びやかな物には中々慣れません)
「それは休日に着ても良いし、酒場に行く時に着ても良い。
特にナズは使い出があるだろう。
それから決闘の際にはそれを着ろ、晴れの舞台だからな」
「かしこまりました」
「このような物を私達にお与え頂き、感謝致します」
パニ・・・・・・許せ、今日はもう眠い・・・。
2人が試着を始めた時点で疲れ果てて寝てしまった。
女性の着替えは何故長いのか。
後ろの留め具が・・・、とかやってる間に自分は電池が切れた。
*
*
*
翌日。
2人と朝のキスを軽く交わすと直ぐにパニの下へ飛んだ。
船内の全員がまだ就寝中であり、船室は明かりが灯っていない。
パニの寝ていた付近のリュックを漁り、
食料やペットボトルを確認したが、
パンもハーブティーもまだ十分にあった。
昨夜も今朝も船は問題無いのだろう。
パニが自分の行動に気付き目を開けた。
「ふぁ・・・ご主人様でしょうか、おはようございます」
「ああ、まだ寝ていて良いからな。確認に来ただけだ。
問題無ければまだまだ寝ていろ」
「す、済みません、これまで何も問題はありませんでした」
「では次は夕方に来る」
「かしこまりました」
念のため船外へ出て様子を確認する。
夜明け前の薄明るい幻想的な景色が広がり、
黒い海、淡い水平線、薄曇った青い空の、
綺麗なコントラストが広がっていた。
船の進行方向とは逆側に、
もう直に日の出を予感させる、
オレンジ色に染まった水平線が美しい。
夜明け前のせいなのか、体に当たる風はやや冷たい。
ここにいたら体が冷え切ってしまうな。
マスト上の見張りも体力勝負で大変そうだ。
船が作る航跡波に反射し、眩い光の三角形が醸し出されていた。
自宅に戻る。
自宅から船の現在地までの往復は、
MPが満タンの状態からならば平気であった。
まだまだ距離的には安心できる。
往復が厳しくなっても、片道さえ何とか間に合えばそれで良いのだ
しかしこれで片道が厳しい距離になるとどうしようかとは思う。
MPを盛って飛ぶしかないだろう。
朝食の食卓を前に、アナもナズも、エミーも、
いつもと変わらない服装であった。
ドレスで仕事をする訳にも行かないし、
食べる際にドレスでは汚しても大変だ。
我が家は貴族家では無いので食事作法も無い。
「いただきます」があったか、失敬。
これまで粗末な物を食べて来たアナは、
ナイフやスプーンの使い方がまだまだ微妙である。
しばしば口元を指で拭って舐め取っていた。
それはそれで可愛げもあるが、
そんな感じだとドレス姿で食べる訳には行かないだろう。
食事後に装備を整えた自分達の一行は、
迷宮では無くトラッサの街の中央巨岩へ。
そこから商館へ向かった。
「アナ、今日はここのご子息であるヨシフ殿を、
自分達のパーティーに入れて探索を行う」
「はい」
「自分のジョブはこの商館主の前だと商人と云う事になっている」
「そうでしたね」
「そういう訳で、お前がパーティーに入れる振りをする」
「振り、・・・ですか?」
「詠唱はお前が行い、実際にパーティに加入させるのは自分だ。
パーティ編成の呪文は覚えているか?」
「ええと、友に答えし信頼の、心のきよむ・・・」
「よしよし、ではヨシフ殿が顔を出したら詠唱をしてくれ」
「かしこまりました」
5人で商館の前に立ち、ノッカーを叩きヨシフを呼ぶ。
「ユウキ様でしょうか、おはようございます」
中からシラーとヨシフが出て来た。
アグルスは奥に控える。
朝早くからご苦労な事だ。
「おはようございます、ユウキ殿。
息子ヨシフの経験を積ませる為のご協力に与かり、大変申し訳無い」
「いえいえ、シラー殿には1日商館を空けて貰う事になりますので、
この位はこちらもご協力しませんと」
「そう言って頂けると恐縮です。宜しく頼みましたよ」
「宜しくお願いします、ユウキ殿」
「勿論です、さ、アナ」
「かしこまりました。友に答えし信頼の、心のきよむ誠実の、
パーティ編成!」
アナの声に合わせて、自分がパーティ編成を念じてヨシフを加える。
パーティ一覧にヨシフの名前が加わった。
これで後は自分達が迷宮に行けばそれで良いだろう。
今日はボス部屋と、魔物の部屋の討伐を行う。
20倍の補正が付くのだから、Lv30は固いはずだ。
やり過ぎ、と言う事もある。
同行しないと鑑定ができないのでどの位経験を積めたかは読めないが、
魔物の部屋の討伐を行った後で一度戻って確認をしてみよう。
一応の指標としては、
神官Lv15をセットしているのでこれを参考にする。
「それでは我々はこれから出発しますが、
ヨシフ殿の状態を確認するために後程参りますので、
その際は顔を見せて下さいませんでしょうか」
「私の顔を見ても経験の量や転職の可否は判らないでしょう?」
「念のためです、念のため」
「ヨシフ、ユウキ殿の言う事は聞いて置きなさい。
以前ユウキ殿は見ただけで熟練の戦士を当ててご購入になった。
そういった人を見る力が本当にお有りかもしれんのだ」
「は、はぁ・・・、それはまた凄い能力ですね」
「猫人族に気配で生命を感じ取れる者がいたり、
狼人族に匂いで獲物を探し出せる者がいたり、
エルフなどは植物の病気や成長具合、実りの時期が解る者もいると聞く。
我々人間にだって非凡の才能を持つ者が居てもおかしくは無いのだよ、
覚えて置きなさい」
「分かりました」
何だか諭されている。
優しく面倒見の良い父親なのだろう。
自分の父親のかつての姿を思い出して目が潤んだ。
頑張れヨシフ君。
今日から君は奴隷商だ。・・・まだだけど。
「ではまた後程」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
「無事のお帰りをお待ちしております」
***
「それでは中間部屋からだったかな。
ボス部屋を目指しつつ、ボスはまだ討伐しない。
先ずは魔物の部屋を探しに行こう」
「かしこまりました。昨日感じ取った気配を頼りに進めて参ります。
・・・今日はまだ人の気配がありません。早朝だからかと思われます」
アナの案内通りに探索を進め、
ボス部屋までの間に結構な量の魔物を討伐した。
この階層での基本戦闘スタイルは、最初に判明したので簡単であった。
ヴィーが囮として前面へ出る。
大楯のカバー率を生かしてずっと防御に徹し、
中距離からジャーブとナズが囲う。
アナは遊撃のスタイルで、空いた魔物から石化を仕掛けて行く。
と言うより石化よりも麻痺の確率が高く、
あっと言う間に全てが動かなくなるケースも多数存在した。
おかげでジョブの切り替えが忙しい。
麻痺を掛けた後はノンレムゴーレム以外なら魔法数ターンで全てが終わる。
この階層ではノンレムゴーレムは極稀にしか出遭わなかった。
岩ともこれでサヨウナラだ。
買取カウンターでお小言を言われなくて済む。
勿論ノンレムゴーレムにはアクアウォールに埋もれて頂いた。
以前よりも体力は増えているだろうが、
対するこちらの魔法力も上がっているので8ターンで済んだ。
通常戦闘はガンマ線バーストを入れて3ターン、無ければ4ターン。
ボーナス魔法では若干やり過ぎだし、
MP効率もすこぶる悪いのでできるだけ使いたくは無い。
だが今日は魔物の討伐数を熟して行きたいので、悩みどころではある。
遊撃のアナが詠唱を止められるようになった事も大きい。
恐らく通常パーティなら1人1体で前衛中衛後衛なんて概念は無く、
魔物がスキルの詠唱を開始したら手の余った奴が対処するのだろう。
以前まで詠唱を止める仕事のナズはこちらの中列で構えていたため、
奥の敵がスキル詠唱を開始したら止めるには弓以外の選択肢が無かった。
今こうしてアナの装備が完成した結果、
殆どフリーになったアナが素早く背後へ回り込んで、
安全に止められるようになった。
詠唱を止めると言うか、もう魔物自体を麻痺させて停止させる。
そういえばアナの靴には移動力の増強を施したのだった。
これも併せて有効に働いているのだろう。
ミチオ君では無いが、アナがもう1人欲しい。
暗殺者が、暗殺用武器が、補強防具が、
もっと充実させたい気持ちが再燃した。
いや、これで十分なのか?
あまり欲張ってもいけない。
必要十分であるならば、ここで満足をすべきなのだろう。
贅沢は敵だと何度も戒めたではないか。
「よし、ボス部屋まで来られたな。流石アナだ」
「ありがとうございます、今回はたまたま選んだ通路が運良く正解でした」
「そんな事は無いですよ、アナさんはいつも凄いです」
「頼りにしております、アナ殿」
「アナ姉ちゃんありがとー」
「こ、こちらこそありがとうございます」
アナが皆に褒められて照れている。
あまり表情は変わらないが、仕草と尻尾に直ぐ出る。
手を蟀谷に当て、尻尾が大きくグラインドするのだ。
判り易い。
アナの表情の本体はここなのかもしれない。
これまで顔ばかりに注目していたが、見るべきポイントは尻尾であった。
ドワーフやエルフは見た目で年が判らない。
猫人族は表情が見た目であまり区別を付けられず、
評価をする箇所がここだと言う事なのだろう。
哺乳類は胸や尻の大きい女性が安産型で多産に向いていると評価されるが、
ヴィーのような胸に生殖的機能が無い種族では、
別のどこかに子孫を多く残せるかどうかのサインがあるはずだ。
「な、なにっ、どしたの?ご主人サマ」
「い、いや何でも無いぞ」
育ちが微妙な娘をじっと見ていたら視線に気付かれた。
そういう話題は女性に直接聞くよりも同性のパニから聞いた方が良いよな。
「それでは魔物の部屋に向けて探索を進めてくれ」
「かしこまりました」
「が・・・頑張ります」
「ユウキ様の魔法が4回発動するまでの間耐えれば良いだけですね」
「おっしゃー!ハサミいっぱい食べるぞー!」
3人の気合が入り直す。
うち1人は食い気だが、気合が入ってくれるならそれで良い。
何せ56層でやった経験があるのだ。
半分の階層なら苦労も半分だろう。
勿論気を抜くつもりは無いが、対する恐怖心がまるで違う。
経験者と非経験者ではイレギュラーへの対応具合が異なるし、
修羅場を乗り越えただけ切り開く力やアイデアが浮かぶのだ。
何事にも経験は大事だと言う事である。
「・・・では、最も近い方角がこちらです」
アナの指示に合わせて全員が追従する。
隠し通路を探すために、
アナの前後でジャーブとヴィーがペタペタと壁に触れながら。
「ありましたよ、ここです。音がしました」
ジャーブが微かな違いを感じ取り、
既に発動させた後の壁の仕掛けには亀裂が入っていた。
──ゴゴゴゴ・・・
重たい扉が開くような、地面を擦る音がして通路は開いた。
魔物の部屋はこの先なのだろう。
魔物の部屋がボス部屋までの道程にあれば、直ぐにでも発見される。
この位の階層であれば強者なら討伐は可能だ。
或いは2パーティ合同で潜る者達だっているかもしれない。
そういった者達に討伐されない所を見ると、やはり発見し難いのだ。
低層では魔物の部屋を見付けたとしても旨みが少ない。
下級の探索者がそこで散ろうと、
上級者達に取ってみれば関係の無い話である。
逆に散ってくれた方がお宝を得られてラッキーと思っているかもしれない。
そこら辺の下衆な話題は酒場で盛り上がった時に、
気心知れた探索者相手であれば話題に出せるだろうが、
生憎そんな知り合いはいない。
「その前にご主人様、魔物です。
ノンレムゴーレムが2匹、シザーリザードが2匹です」
「いや、多分ハットバットもいるぞ。久しぶりだな」
鑑定を行った結果なのだから間違い無い。
奥の方にはノンレムゴーレムの肩にハットバットが止まっていた。
「ではノンレムゴーレム2匹は俺が」
「待て、ヴィーがノンレムゴーレムを取れ。ナズはハットバット。
ノンレムゴーレムに打ち付けて括ったら、直ぐシザーリザードの対処を。
ジャーブは初手、シザーリザードがヴィーに集中しないよう蹴散らせ。
通路の向こうに切り投げて良いからな。
アナは近い方から魔物の戦力を素早く無効化しろ」
「はいっ」「かしこまりました」
「なるほど、素晴らしい采配です」
「えーとアタイが石のやつ?」
自分の命令通りに散開する。
当然ノンレムゴーレムよりシザーリザードの方が移動速度は速い。
まずはヴィーがシザーリザード2匹を相手にすると、
ジャーブが通路後方へフルスイングで打ち飛ばした。
ノンレムゴーレム2匹の隙間を上手に狙って器用な事だ。
そして残った1匹を相手に取る。
ヴィーは遅い足取りのノンレムゴーレムに向かって駆けて行った。
後は任せて置けば良いだろう。
その間に上空を舞っていたハットバットはナズに依って地へと落とされ、
槍の先でトスをされてノンレムゴーレムの体へと飛ぶ。
早くもチャンスだな、オーバードライブ!
時空が歪む。
弓を構えて正確にノンレムゴーレムへハットバットを打ち付けた。
直後にガンマ線バーストとダートストームを詠唱する。
ジョブを入れ替えて敵全体に状態異常耐性ダウンを掛けた。
見えなくなったシザーリザードは知らない。
アナが追い掛けて行ったので多分放置で大丈夫だろう。
魔法のクールタイム中はノンレムゴーレムに対して矢を撃ち込む。
MP回復と、余欲ば毒に掛からないかと言う期待を込めて。
・・・ノンレムゴーレムは耐性がかなり高いようで何とも無かったぞ。
向こうから走って来たアナに、
後ろから滅多突きされたノンレムゴーレムは撃沈した。
石化では無く麻痺だろう。
2ターン目のオーバードライブ魔法を発動させる。
1匹になったノンレムゴーレム相手に、ヴィーは余裕が見えたようだ。
キックを受け止めた後、ヴィー自身の剣に依る攻撃が加わる。
自分も負けじと弓を引いて矢を放つ。
至近距離で動かない的を狙うのは簡単だ。
手持ちの矢を撃ち込めるだけ撃ち込んだ。
そして3ターン目。
シザーリザード相手にガンマ線バーストではやり過ぎなのだが、
今回はノンレムゴーレムがいるので遠慮なく使用させて貰った。
そしてダートウォールとアクアウォールを重ねて出現させた。
ノンレムゴーレムは土属性に耐性があるので、
ダートウォールではダメージ的に半分だろう。
意味が無くはないが、MP効率的には勿体無い。
次からは止めるか。
もう方は付いた。
もう1匹のノンレムゴーレムも動きが止まり、
通路の奥の方で既に仕留めたであろうシザーリザードへ向けて、
ナズはアイテムを拾いに行った。
「余裕だったな」
「ご主人様の作戦通りです」
「流石、ユウキ様です」
「おっ!はっさみー」
「お待たせしました、革が落ちておりましたよ」
ヴィーがハサミを拾い、ナズは革を。
ジャーブはコウモリの羽を拾い上げて手渡して来た。
まだノンレムゴーレムが生存しているのだが。
ちょっと気を抜き過ぎじゃないだろうか?君たち。
アナだけは警戒を解かずに、壁魔法の行く末を見守っていた。
次のターンのガンマ線バーストとアクアウォールで、
ノンレムゴーレムは水の中に溶けて行った。
全員そこから動かない。
・・・岩を拾ってくれよ、意外と重いんだよ。
軽い物ばかり拾いやがって、くそう。
「この先に魔物の部屋と接する箇所がありましたので、
入り口は恐らくそこです」
「解かった。皆、行くぞ」
「「「はい」」」
「あの、これが終わりましたらお昼の準備をしませんと」
「そうか、もうそんな時間か。
でも大丈夫だ、今日はエミーに昼の弁当を頼んで置いた。
ギリギリまで狩りをして、食事は取りに行けば良い。
今日はちょっと時間が押しているのだ」
「商館のご子息ですね?」
「そういえば今朝商館へ立ち寄りましたが、何かあったのですか?」
「ああ、実は今ヨシフ殿をこのパーティに入れている。
自分たちの経験をヨシフ殿に与えているのだ」
「そ、そうだったのですね、それで今朝アナさんがパーティに・・・あら?
そういえばアナさんは、探索者では無く暗殺者と仰っておりましたよね?
ええと・・・」
「あー、その辺りは後でアナに聞け。
兎に角そういう事なので経験を得る事を優先する」
ナズも少しずつ迷宮のルールが解って来たと言う事なのだろう。
自分の取るおかしな行動に対して疑問を持ち始め出した。
アナがフォローしてくれているのでそこは大変助かっている。
ジャーブは最初から大人の対応だ。
「と言う事なので、これを仕留めてから食事にしよう。
気合い入れて行くぞ」
「はい!」「お任せ下さい」
「魔法が完成するまでの間耐えてみせますッ」「お、おー?」
ペタペタと壁を触って行く。
全員身を1つにして体を寄せ合い、急激な地形の変化に備える。
ヴィーは前回転んでしまった事もあり、低姿勢で盾を引き摺っていた。
これも学習だ。
──カコン。
「お、ここだ。来るぞ」
通常の隠し扉とは異なり、さあどうぞと言う厳かな雰囲気も何も無く、
迷宮は口を開けて捕食を開始する。
吸い込まれるような事は無いが、我々を誘導するのは床だけだ。
足を掬い驚かせる事で、不意打ちの効果も狙っているのだろうか。
室内はおびただしい数のシザーリザードに溢れ返っていた。
こいつの厄介な点は火魔法だ。
アナの天敵とも言える。
早速オーバードライブからガンマ線バーストを詠唱する。
しまった、魔物の数に対して弓の通常攻撃では回復しきれない。
慌ててアイテムボックスから強壮剤を掴み、
2粒を飲み込み2粒を奥歯で噛み潰した。
下手な豆鉄砲、数撃ちゃ当たるだ。
この状況下ならば適当な方向へ飛ばしたって何かに当たるだろう。
集中せずに2本撃ちで矢をばら撒いた。
続いてダートストームだ。
先に強壮剤を飲み込んだので急激な体調の変化は感じられない。
まだMPは間に合っている。
初手から火魔法が飛んで来る事は無い。
但しノンレムゴーレムが部屋の奥からズンズンと、
背の低い魔物を踏み潰しながら迫って来ていた。
アレに前方を囲まれると後方が見え難い。
見た所ノンレムゴーレムは5匹。
全員が対処する事により雑魚の魔物を寄せ付けない壁にはなると思うが、
それは却ってこちらからの詠唱中断が狙い難くなると言う事でもある。
そして攻撃手段を失った魔物は魔法やスキルを使う傾向が強くなる。
「なるべく小さく固まらず、ゴーレムとゴーレムの隙間を空けてくれ!
シザーリザードの詠唱を止められなくなってしまう!」
「「はいっ」」「分かりましたッ」「あい!」
ざっと見渡したが、まだ詠唱の魔法陣は見受けられない。
しかしハーフハーブに隠れてこっそりと詠唱して来る可能性もある。
そういうのはケトルマーメイドで経験した。
これも学習だ。
ノンレムゴーレムだけに状態異常耐性ダウンを掛け、
後はひたすらダメージを稼いだ。
現在のジョブ構成では暗殺者を入れていないので、
サンダーストームの麻痺効果が生まれたとしても雀の涙だろう。
2ターン目のオーバードライブ、そしてガンマ線バーストだ。
弓は同時にありったけ射出する。
いつもなら集中して狙いを付けて2回。
今回は狙いを付けずにできるだけ早く6回。
1つの魔法を詠唱する度に2回は撃ち込んでいる。
奥歯に填まった強壮剤を1つ転がして飲み込み、
ダートストームを2回念じた。
一瞬だけクラっと意識が淀む。
ただでさえ薄暗い部屋が、サングラスを掛けたかのようにより暗くなる。
オーバードライブの効果が切れた途端、空中を漂っていた矢が動きだし、
その後何かへ当たり急激に気分が回復する。
魔物の詠唱は・・・5つ。これは大変だ。
オーバードライブで再び空間を捻じ曲げる。
詠唱が見える場所を1ヵ所・・・2ヵ所。
やはり集中して狙うと2回撃つのが限界である。
更にオーバードライブを再発動させて別の3,4か所目を。
最後は通常射撃で確実に仕留めた。
ハーフハーブの足元を注意深く追うが、
足元に隠れたシザーリザードはいないようだ。
──バゴッ!
何かに殴られた。
物凄い衝撃で吹っ飛ぶ。
壁に撞当たって止まるが、
殴られた痛みよりは壁に打ち付けられた痛みの方が酷い。
「済みません、止められませんでしたっ」
ナズの謝罪が聞こえる。
そう、ナズの位置だけ我々の戦線が凹むのだ。
オーバードライブ無しの通常射撃を行った結果、
無防備に立ち尽くす木偶人形が立っていれば、
当然魔物はそこを狙うだろう。
その位にはノンレムゴーレムも知能がある?
いや単純に邪魔だっただけだろう。
反省だ。
そしてこれも経験・・・いやいや、体が痛い。
殴られたダメージは防具に依って減算されたが、
壁へ打ち付けられたダメージは生身に直接受けた物とほぼ近しい。
恐らく魔物や武器からの攻撃では無いので減算されていないのだ。
やばっ。
怖いな、ゴーレム。
体を起こして手当てを施し、
無駄にした時間分だけMP回復をすべく、
ダートストーム効果が切れるまでオーバードライブで矢をばら撒いた。
「キャァ、熱っあつつつ、ああああ・・・」
ナズが突然悲鳴を上げた。
ええと・・・、ナズだけ?
熱いと言うのだから火魔法だ。
死角からナズが狙われた。
ファイヤーボールだったのだろう。
やはり見えない場所に魔法の担い手が存在する。
迷宮では安心など何所にも無いのだ。
これが全体魔法であるファイヤーストームで無くて良かった。
全員が熱さで転げ回ったら戦線は崩壊していただろう。
直ぐにアナがフォローへ回り、
ナズが対峙していたノンレムゴーレムを相手取る。
先程アナが戦っていたノンレムゴーレムは既に動かなくなっていた。
自分も手当てを3回ナズに施してフォローする。
3ターン目のオーバードライブでガンマ線バーストを念じる。
これでノンレムゴーレム以外は倒れるはずだ。
・・・えっ、倒れない?
継続ダメージも多少あるはずなのに、奴らは生き残っている。
後ちょっと足りないのだろう。
確かにいつもはジャーブやアナたちの追加ダメージが入っている。
その位に我々パーティの攻撃力も上がっていたのだ。
そこを計算に入れないと今後も痛い目を見る。
詠唱マークが光る。
今度は、7,8、・・・ちょっと数えられない。
拙い。
残っていた強壮剤最後の1粒を流し込んでダートストームを2連射した。
暗闇が再び漆黒に変わる。
なんて事だ・・・。
暗過ぎて敵がよく見えない。
回復・・・MPの回復だ。
目の前にある大きな影へ向かって残りの矢を射出する。
手元が震えるので同時に2本は番えられない。
1本、また1本、そして更に1本・・・。
矢が当たるであろうその度に、気分が晴れて視界も明るくなって行く。
もう2本を同時に番えられる位には震えが治まった。
矢のストックがかなり厳しい。
一体何本撃ち込んだのか。
残る4本を大事に狙いを定めてノンレムゴーレムへ当て、
自分の出せる手は無くなった。
残っているのはノンレムゴーレムとハーフハーブだ。
そういえばハーフハーブは火以外に耐性があるのだった。
しかし後は雑魚なので安心だ。
MP節約のためアクアウォール1枚だけをノンレムゴーレムに被せる。
終わった。
まだ魔物は残っているが、本質的な話だ。
麻痺していたノンレムゴーレムが再び動き出したので、
今度はそれをナズが取った。
我がパーティの布陣は万全であった。
後は、ゆっくりで良い。
今消耗しても回復ができない。
この状況で強壮剤は勿体無いし、自然回復を待とう。
オーバードライブのダメージ増も諦めて、
ノンレムゴーレムが倒れるまではずっとアクアウォール。
残りのハーフハーブはバーンストーム2ターンで倒した。
Lv15の神官はLv22へと成長していた。
ヨシフ君の方は、もうこれで十分では無いだろうか?
食事を取ったら報告に行こう。
∽今日のステータス(2021/11/30)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv56
設定:探索者(56)魔道士(32)勇者(8)目利き(16)
道化師:中土魔法・破魔鏡/知力中・知力大(13)
神官(15)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv49
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv48
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv48
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv45
・エマレット 狼人族 ♀ 19歳 料理人 Lv32 OFF
・パニ 竜人族 ♂ 15歳 探索者 Lv50 OFF
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv57
設定:探索者(57)魔道士(33)勇者(10)目利き(20)
道化師:中土魔法・破魔鏡/知力中・知力大(16)
神官(22)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv50
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv49
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv49
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv45
・エマレット 狼人族 ♀ 19歳 料理人 Lv32 OFF
・パニ 竜人族 ♂ 15歳 探索者 Lv50 OFF
・戦利品
コウモリの羽 × 2 岩 × 7
麻黄 ×13 カルバミ ×52
ハサミ ×93 革 ×38
・異世界53日目(夜)
ナズ・アナ48日目、ジャ42日目、ヴィ35日目、エミ28日目
パニ18日目、サンドラッド到着まで8日、決闘まで4日
仮面完成まで2日
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
22 ハットバット / パットバット
23 ノンレムゴーレム / レムゴーレム
24 ハーフハーブ / ハートハーブ
25 ブラックフロッグ / フロックフロッグ
26 シザーリザード / マザーリザード




