§190 商談
──トラッサの迷宮で魔物の部屋に捕まった私たちのパーティは、
運良く通り縋った5人組のパーティにその命を救われた。
いや、運良くと言うか、
最初から救出に来たような手際の良さだった。
部屋を埋め尽くしていた魔物は一瞬で消え失せ、
攻撃の合間を縫って手の空く仲間たちが器用に薬を飲ませて回った。
その後は私たちが自パーティの容体を確認している間に、
いつの間にか彼らは立ち去ってしまっていた。
その事に他の誰も気が付かなかったのだから、
やっぱり彼らは私たちを救出するためだけに来たのだろう。
恐ろしい強さだったし、その中心人物はカッコ良く見えた。
若い男の人1人がずっと命令をしていたようだったので、
他のメンバーは多分全員奴隷だったのだろう。
救出されたと言っても残念ながら全員生還とは行かず、
主力の前衛を欠いてしまった私達のパーティは、
話し合いの結果解散と言う形を採る事になった。
そもそもリーダーを失ったのだから、散り散りになるしかないのだ。
戦士だったガンダルさんは命を落とした。
その妻だった僧侶シャムシーさんは魂が抜けたようだった。
シャムシーさんは元々良い所のお嬢様だったので、
無理に探索者を続ける必要が無くなってしまい実家へ帰って行った。
海女チリーさんと獣戦士バティス・・・さんはまだ若かったので、
次のパーティを見付ける事ができた。
でも、流石に今回の一件でお2人の仲は解消になったようだ。
だから私達のパーティは皆散り散りになってしまったのだった。
そして。
28歳になった私は・・・後が無かった。
別のパーティへ移籍する際、探索者以外のジョブであれば、
どこまで潜っていたかで加入先を決める事ができる。
初心者は2,3人でパーティを組んで探索を進め、
攻略が厳しくなった頃に追加の補充をする。
しかし探索者ジョブの者はレベルの低い方が重要視される。
普通は初心者同士で組み、一緒に入る者の強さの指標となるからだ。
探索者1人があぶれると後は大変だ。
同じパーティに探索者2人は不要だから。
冒険者目当てのレベルが高い探索者であれば話は変わって来るが、
私の実力ではまだまだ全然至らない。
別のジョブを始めるという選択も無い訳では無い、若ければ。
私ではそれもちょっと遅過ぎる。
30代で転職したばかりの初心者では、
無能者扱いをされる事は目に見えている。
折角ある程度育ったジョブがあるのに、
それを捨ててまで転職をする利点は全く無い。
それに・・・転職するにもお金は掛かる。
結局、また探索者ジョブとして仲間を探す事にした。
しかし私のような中堅レベル帯の探索者がパーティを募集しても、
パーティメンバーの強さの指標にならないので需要は無い。
お声が掛かる探索者のレベルは精々7,8位までだ。
20レベルになってしまっていた私は、もう相手にすらされなかった。
探索者としても詰んでいて、転職するにも遅過ぎる私は、
1人で迷宮へ挑む他に残された道が無かったのだ。
当然、3匹出る階層ではかなりギリギリ。
2匹までしか出ない階層では全く生活ができない。
19層まで経験があるのに、チープシープ相手にヒイヒイ言っている。
1つ上のスパイスパイダー3匹相手に1人では毒が怖いし、
その上のエスケープゴートは1人では逃げられてしまう。
そしてその上のミノは・・・1対1以上でしか無理でしょう?
別の稼ぎ易い迷宮に行くとしても、交通費の捻出すらもう厳しいのだ。
食い扶持を稼ぐにも大変だし、直ぐに資金は底を突いた。
パーティ解散の際に分割した財産は等分だった。
その後の辛い日々までは計算に入っていない。
当然だ。
そんな事誰も気付かなかったし、私だって知らなかった。
結局パーティ解散からたった15日程度で、
借金をするかどうかまで追い詰められてしまった。
それに借金をしたって返す充ても無い。
両親も探索者で、宿屋暮らしだった。
今はどこで何をしているのかさえ分からない。
帰る家も無い私は、どうしようも無くなって身を売る事にした。
28の女は娼婦としても遅い。
それにこの年まで、・・・そういう経験が無いので正直言って怖い。
今年の人頭税はどうせ払えない。
結局私は借金して安く売り払われるか、
自ら奴隷になるかの2択しか無かったのだ。
自分で自分を売った際は、1つだけ利点があった。
売却金額は自分の物となるのだ。
売却された先での待遇に不満があった際は、
他人に持ち掛けて自分を買って貰う事が容易になるらしい。
供託金として預けて置いたお金を合算して貰えるので、
別の主人となる人へ話を持って行き易いとの事だ。
私は探索者として散った町トラッサで、
私自身を売却する事を志願して商館の扉を叩いた。
予てより、ここの商館で相談を聞いて貰っていた。
館主のシラーさんは私の事情を理解した上で、
最大限配慮すると仰ってくれた。
奴隷の探索者ならば高レベルでも需要がある。
直ぐ使い物になる戦力が欲しい主人は沢山いる、と。
失ってしまった戦闘奴隷の取り換え、
奴隷の育成時間に苛立ち、高難度階層に挑戦したくなった主人。
勿論、雑役だって何でも良い。
400個も入るアイテムボックスを持っていれば、
商売人やお屋敷の倉庫番としても需要があるのだそうだ。
冒険者の奴隷は中々手に入らず高く付くが、
探索者でアイテム枠が沢山ある者ならば、
徒歩や馬車で向かわせたりすればそれなりに荷役できるからだ。
娼婦となって病気を貰い惨めな死に方をするよりはマシ、
・・・そう諭された。
斯くして私は2回の相談を経て、覚悟を決め商館の扉を叩いた。
*
*
*
「このエミーの作った弁当は旨いな」
魔物の部屋を制した後はそこから直接ワープで弁当を取りに戻り、
ガランと広く静かになった部屋の中で、我々は食事を取る事にした。
通路では魔物がやって来るかもしれないし、
陣取っていては通行の邪魔だ。
制した直後の魔物の部屋ならば、直ぐに次の魔物が湧く心配も無い。
「ハサミの中の身が解してあって、
ピリッと辛いスパイスにも良く合いますね」
「とても美味しいです。やはりお屋敷の調理番は技能も一味違いますね」
「俺はハサミを何度か食べた事がありましたが、
焼くだけでなくこうやって味を付けると、
もっと旨いだなんて初めて知りましたよ」
「おいしかったけどもっと食べたーい」
「それは帰ったらエミーに直接言え」
「わかった!」
「ヴィーちゃんは食べ物には目が無いですね」
「小さい子は良く食べて大きくなるのが仕事ですから」
「俺はこの状況をお許しになるユウキ様が凄いと思うんですが・・・」
さて食事も取ったし、直ぐ商館へ行っても良いのだがボスも気になる。
ヨシフ君のLvがまだちょっと足りないかも知れないので、
駄目押しでボスの経験値も入れて置いた方が良いかもしれない。
何なら午後は27層を始めたい。
切り良くサクッと終わらせて27層へ挑むべきだろう。
どうせ一旦外に出ると長々と掛かると思う。
折角得た勘は大切に、だ。
「ではボスを倒したら商館へ戻る。サッと終わらせよう」
「解りました」
「今なら丁度ボス部屋周辺に人が居りませんので直接飛べますね」
「では行くぞ」
「「「「はいっ!」」」」
ボスの待機部屋に直接飛んで、そこでブリーフィングを始める。
「ボスのマザーリザードは永遠に魔物を生み出すらしい。
早く仕留めないとシザーリザードだらけになる。
従って、アナが率先して止めろ。たとえ麻痺させても石化まで粘れ」
「かしこまりました」
「後は臨機応変に。お供の魔物が苦手ならばマザーリザードの正面に。
できるだけアナの手数を稼げるように協力をしろ」
「「「はいっ」」」
既に開かれたボス部屋の扉をダッシュでくぐり抜けて散開する。
アナは正面では無く回り込めるように右翼から攻めるようだ。
左にジャーブ、右にナズとヴィーが走る。
ジャーブの放つ大振りである剣技の邪魔とならないように、
こういった布陣になるのはもう定着して来ている。
ジャーブはブラックフロッグを、ナズがシザーリザードを取った。
そのままヴィーは中央へ方向を変え、マザーリザードの正面に向き合った。
ぐっと大楯を構え、右側に体を乗り出してマザーリザードの様子を窺う。
オーバードライブ!ガンマ線バースト!
弓で攻撃するのはブラックフロッグだ。
マザーリザードを刺激してターゲットを変えられたり、
ダメージに反応して敵を撒き散らすタイプだと、
自分の非力な攻撃に対してその都度敵を増やされては堪らない。
「クェェェェエエ゛エ゛!」
マザーリザードが奇妙な声を上げる。
煙が巻かれ、2匹のシザーリザードが追加で現れた。
ヴィーが直ぐさま大楯を上下させて地面を叩き、注目を集める。
チラッチラッと右左の盾の縁から顔を出して様子を窺うさまが、
年齢的に不相応でとても可愛らしい。
一旦は攻撃の手を緩めたアナも、
再びマザーリザードに対して疾突を再開した。
「キュェェ・・・!」
マザーリザードが再び鳴く。
「エエ!」
が、途中で鳴くのを諦めたらしく、その声は中途半端な形で止まった。
「仕留めました!」
止めたのではなく、止めたらしい。
「でかした!」
2ターン目の魔法を炸裂させる。
新たに湧いた2匹のシザーリザードは早速ヴィーへ攻勢を掛けており、
アナはその裏から安全に突きを入れている。
状態異常耐性ダウン掛けた方が良いかな?もう大丈夫かな?
判断に迷う展開だ。
安定はしているのでこのまま行こうか。
弓で射る相手はやはりブラックフロッグ。
毒になってくれれば魔法の手数的には助かる。
状態異常耐性ダウンは最初に掛けたが、
自分のジョブには暗殺者をセットしていない。
アナは更に1匹を石化か麻痺かにさせたようで、
攻撃の対象を残ったシザーリザードに切り替えたようだ。
勝ち確した魔物相手に、ほっと心を落ち着かせた。
緊張が解ける。
「アナ、ちょっと手を止めてこちらへ」
そろそろアナはLv50となる。
暗殺者の次のジョブを目指せるのだ。
ジョブの開放には推測の域を出ないが、
全種類の状態異常に掛ける事を求められるのでは無いだろうか。
この際だからここで毒に罹けて貰おう。
暗殺者へ成る際に毒針で毒を仕掛けた事は、
修練のカウントに入るかどうか不明だ。
暗殺者として武器で状態異常にさせた訳では無いので、
条件的に言うと怪しいのだ。
「お待たせしました、如何なさいましたでしょうか」
「この弓を使ってどの敵でも良いから毒に罹けろ。
なるべく接近して、当てれば良いだけだ」
「こ、これはご主人様の──」
「お前が次の段階へ進むために必要なのだ。
前にも言ったように、恐縮する必要は無い」
「か、かしこまりました。それではお借りします」
聖天弓には命中補正のスキルを付けているので、
超至近距離からならばド素人でも当たりはするだろう。
アナはブラックフロッグの裏手に回り、至近距離から矢を放った。
大きさ的に狙い易いし、大きい方が色の変化も判り易いからだろう。
ジャーブが戦っているのでトリッキーな動きに翻弄される事も無い。
ナズは・・・豪快に叩いたり突き刺したりして、
最早どうなっているのか解らない。
魔法は3ターン目に入る。
MP回復手段が無いのでガンマ線バースト抜きで、
2回のダートストームを念じた。
しまったな、する事が無い。
アナの剣でも借りたら良かったか?
次の魔法までは新たに生まれたシザーリザードも動かないだろう。
麻痺の持続時間は、魔法2ターン分位ならば十分に稼げる。
「ご主人様、毒化に成功しましたっ!」
見た感じブラックフロッグはやっぱり黒いし、
どこがどう変化したのか良く判らない。
アナの目は、いや輝板を持つ猫の目は特殊な光を見出せるのだろう。
凄い。狡い。羨ましい。恰好イイ。
「よし、戻って良いぞ」
「はいっ」
「・・・ではどうぞ。ありがとうございました」
弓を返却され、アナは再びジャーブの加勢に向かった。
その後に石化したブラックフロッグは、
毒化の影響も幸いし直ぐに煙と変わった。
早々に石化が完了したマザーリザードは魔法が効き易くなったし、
結局最後に生き残ったのは召喚されたシザーリザード2匹であった。
既に麻痺か石化が完了しているので、ヴィーから剣を借りてガンガン叩く。
倒してみたが増援の魔物からは何もドロップしなかった。
マザーリザードから永遠にハサミや革を入手する事は不可能と言う事か。
恐らくこの様子では経験も魔結晶も貯まっていないのだと思う。
ズルはダメだって訳だ。
マザーリザードからはビアワックとか言う謎の塊を手に入れ、
カルバミとハサミを受け取って全てをアイテムボックスにしまった。
では27層にタッチして帰ろう。
***
トラッサの商館に寄る前に、ジャーブとヴィーは自由行動にさせた。
と言っても市の日では無いので特に寄るべき場所などは無い。
暫く話があるのでブラブラして来いと言った具合だ。
ゾロゾロと奴隷を連れて商館に入るのも頂けない。
ジャーブまではここで買ったのだからセーフかもしれないが、
そうなるとヴィーだけ放置する訳にも行かない。
ジャーブには銀貨を渡したので、
何か必要な物があれば勝手に買ってくれるだろう。
先程ヴィーが昼飯の量に文句を言っていたので、
食堂あたりに連れて行けば良いと思う。
枷はもう無いのだし、普通に振舞えばジャーブもヴィーもただの探索者だ。
商館のノッカーを叩くとヨシフとアグルスが現れた。
「おお、これはユウキ殿。午前中の探索が終わりましたか」
「はい、これでヨシフ殿も転職が可能かと思います」
「え・・・ええっ?」
流石のアグルスも驚き顔だ。
鑑定を行うと、ヨシフはLv32であった。
オーバーランだ。
やはり非戦闘系の基礎ジョブだけあって、Lvの上がりが早い。
特にデメリットは無いと思うので大丈夫かと思う。
「た、立ち話も何ですのでどうぞ奥へ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きましょうか」
「アナ、詠唱を」
「あ、はい。友に答えし信頼の、心のきよむ誠実の、
パーティ編成!」
その言葉と共に、ヨシフをパーティから外した。
再び前回案内された応接室に通される。
奥の方の応接室とは違った趣で、小奇麗にしてあるが質素だ。
ここでは客を持て成そうと言う感じでは無く、
事務的な商談を行う部屋なのだろう。
「只今シラーは来客対応中ですので、もう暫くお待ち下さい」
またか、来客多いな。
それだけ忙しいのだろう。
忙しいと言う事は商談だ。
良い事である。
いや奴隷が取引されるのだろうから、それは良い事なのか?
地球の価値観で考えてはいけないな。
この世界では奴隷とはただの労働力であった。
古代ローマや古代エジプトの奴隷階級その物に近い。
大体奴隷と言う言い方が間違っていると思う。
他にイイ感じの言葉が無いのだろうか。
被用者・・・と言うとちょっと権力が有り過ぎる。
性的な仕事を受けるかどうかは売却時に意志決定できるらしいので、
完全に個人の全てを縛って支配する現代で言う所の奴隷とは、
多分性質が異なるのだと思う。
他人に奴隷自らの売却を持ち掛ける事が許されていたり、
主人は税金の支払いや衣食住の義務が課せられる辺り、
雇用者にもそれなりのペナルティがあるのだから。
「お待たせしました」
「どうも。
お約束通りヨシフ殿が転職できる程には迷宮で戦って参りました」
「えっ?いや、それはユウキ殿でも流石に」
「深層の魔物の部屋を1つ2つ潰して来ましたので、
それだけで深層で戦った数年分の経験を積まれたはずです。
商人ギルドへ行って転職の申請をしてみましょう」
これは詭弁である。
実際には26層の魔物を100匹程度であるが、
倍率で言うと20倍が乗算されている。
要するに適正階層で約2千匹分であるが、
そう言ってしまうとおかしな事になるので、
他人にはこのように説明するしかない。
「さ、・・・左様でございますか」
「あの、ユウキ殿から見て、
私は本当に転職が可能であるように見えますかね?」
「ええ、もうヨシフ殿はどこからどう見ても奴隷商の貫録をお持ちです。
失礼ながら、奴隷を取引したご経験は?」
「そりゃあ、勿論ございますよ」
「では自信を持って下さい。次期当主でしょう?」
「はっ・・・ははははっ!これは一本取られましたな!
ヨシフ、今日は一緒に付いて行かない。お前1人で申請して来なさい」
「は、はい。では行って参ります」
ヨシフはアグルスを連れて出て行った。
「さて、・・・本当にアレは転職ができますかね」
「御心配ですか」
「ええ、まあ。親馬鹿と言いましょうか」
どこでも似たような話だ。
我が子可愛さについ甘やかしてしまう。
自分もそれなりに父親からは甘く育てられた。
重い病気だったにも拘らず、
大学を4年間通わせてくれた事には本当に胸が痛む。
母?知らん、あんな奴は。
「アレは小さい頃から体が弱く、
迷宮で鍛える事は難しいと思っておりました。
無理をしないで商人として生き、
連れ合いに継いで貰っても良いのだと言って来たのですがね。
どういう訳か成人してからやる気を出したようで・・・。
それでは遅いと何度も言ったのですが、
当人がやる気なので止める訳にも行かず」
「なるほど。
ご安心下さい、間違い無くヨシフ殿は立派に後を継げましょう」
「そうでございますか。それで、・・・ここからは商談となりますが」
商談だと?
ヨシフ君の育成料でも頂けるのかな?貰える物は有難く頂きたい。
裕福と言う訳でも無いので金は欲しい。
8枚の白金貨を貯める計画は続行中だ。
「はい、それは是非お願いします!」
「それでは、・・・入れ」
シラーは扉まで戻ったかと思うと、開いて外の誰かを呼び寄せた。
「こちらにいる方がお前を紹介する人物だ。失礼の無いように」
「は、はい、失礼しま・・・あーーーーーーーーーっ!」
「コ、コラッ!!!失礼の無いようにと言っただろう!!
・・・全くなんて事だ・・・ハァー」
「ももも申し訳ありません・・・」
シラーは思いっきり肩を落として項垂れた。
余程の人材だったのだろうか?
と言うか商談ってこっちか。
この奴隷要りませんかって事だ。
こんな失礼そうな人物は・・・、まあ一応見てやるか。
・ラティ 人間 女 28歳 探索者 Lv20
うーん・・・探索者か、もう必要無いんだよなあ。
確かに鍛えているようなので、
直ぐにでも攻略中の27層へ投入できそうではあるが、
探索者のまま育てたとしてもその行く先は冒険者だ。
パニはもう探索者Lv50になってしまったし、
後はギルドで転職させるだけで本物の冒険者が手に入る。
今更感が半端無い。
それにこの女性は人間だ。
そういうコトをしたらデキちゃうし、それは困る。
28歳と言うのもちょっと年が離れ過ぎである。
いや、ナズの事を考えれば5歳も離れているが、
こっちは7つも離れている。
守備範囲的には頑張っても3つか4つ上が限界である。
大学新入生だった頃にサークルで出会った4年生の先輩方は、
どう見ても完全な社会人で遠い存在に思えた。
中には美人の先輩もいたが、心が躍動するような衝撃は感じなかった。
「申し訳ありません、ユウキ殿。
この者ならばある程度鍛えているかと思い、
ユウキ殿がお探しの条件に合致するかと思ったのですが、
もう少し教育をしてからお出しするべきでした」
「と言う事は、全く教育されていないのですか」
「ええ、本日奴隷の身分に落ちる事を決めたもので」
「えっと、どういう事?」
「それは──」
「わ、わっ、私から、せっ、説明させて貰えませんでしょうかっ」
「コ、コラッ!
勝手に話を割って入る事は奴隷には許されないのだぞ!
フゥーッ・・・、やはり教育を先にするべきだった・・・」
やれやれ。
面倒な人物を押し付けられても困る。
教育してくれるならして置いて欲しい。
「おおお許し下さい、けけ決してそのような事ではありません。
おお礼を、お礼を言わせて下さい。そっ、それだけで結構ですので!」
「ま、まあこうなった以上しょうがあるまい。
次もそうであるなら懲罰があるので気を付けなさい」
「は、はい」
「お礼を言われるような事はこれまでした事が無いし、
そもそも自分はあなたを知りませんが」
「えっ、ええと!いいい、以前めっ迷宮でたた、助けて頂いた、のです。
ぜっ、全滅し掛けていた私達を救けていた、頂きました。
あっ、あの時のお方で、ま、間違い無いありませんでしょうかっ!」
「え?・・・ええと、そうか。19層で助けた時のか。
確か1人失っていたと思ったのだが」
「そっ、その、ガ、ガンダルさんは私達のパーティリーダーだったんです。
私たちのパーティは解散になってしまって・・・、
わっ私はその後行く当ても無く路銀も尽きて、じっ自分を売りに・・・」
「そうか、それは大変だったな。
しかしあの階層で通用するのであれば、
他のパーティーに行く事もできただろう?」
「しっ、知り合いに声を掛けたりして回ったんですが、
け、結局どこのパーティからも声は掛かりませんでした・・・。
解散時に分配したお金も少しだったし、
そ、その・・・生活資金も底を突いたので、
どっ、奴隷になる以外には方法が無く・・・」
「い、いや、結婚相手を探すとか、
どこかの店に住み込みで働くとか色々あるだろう?」
「も、貰ってくれる相手を探すには、おっおっ遅過ぎると、
・・・じっ、自分でも分かってるんです。
働くにしても戦う以外に、とっ特にできる事が無くって」
「そ、そうか。こんな事を聞くとアレかも知れないが、
あの時助けてしまって良かったのか?」
「そっ、その事には本当に感謝しています。
ほっ、他のみ、・・・みんなが助かっただけでも、
・・・良かったと思います。いっ、生きて帰れただけで十分です」
「えーっと、もしかして大工に知り合い居る?」
「えっ?ええと、ぼっ、ボラートさんと言うおおお弟子さんが、
しっ、知り合いにい、い、居ますかね?
たっ、確かホドワの工房の・・・、トラッサの食堂でよく会うんです。
おっ、おっ、奥さまの?ご実家だとか」
ああ、聞いたぞ。
パーティ解散後に行き場の無くなった女性がいると。
こいつだったのか。
うーん・・・乗り掛かった、
いや通り掛かりの沈みそうな船を助けてしまった手前、
このまま野放しにするのも可哀想ではある。
せめて何か一芸があれば良いとは思うのだが。
「何か得意な事はあるか?」
「わっ、私は探索者として働いていましたのでッ、
地形を覚えたり戦況管理ができますッ!」
「地形って何?」
「ええと、めっ、迷宮の地形を覚えたり説明するために書いたりですッ」
「もしかして地図描ける?」
「えっ?ま、まあ簡単な物でしたら・・・」
お、おお。おおおおおっ。
地図、描いて売れば、それ仕事になるじゃない。
たとえそこまでの技能が無かったとしても、
メモ書きだって作って貰えればアナの助けにはなる。
やらせよう。
お前は今日からうちの子だ。
年上をお前呼ばわりも何だか居心地が悪いが、うちの子で良い。
それにもう1つ気になった。
「戦況管理って何?」
「ええっと、まっ、魔物との相性の良さで配置を変えたり、
あっ後どの位で倒せるか測ったり、
おっ、おし、お知らせしたりです・・・かね」
「そうなのアナ?」
「えっ、あの、はい。以前のパーティでは私の元主人がその役目でした。
勿論、私もそういった訓練を受けさせて頂きましたので可能ですが、
これまでご主人様の前で考慮した事はございません。
ご主人様は私の理解の範疇を超えておられますので、
ご命令を頂きましても難しいです」
「ああ、そう・・・」
「あっ、あのっ、ああ後は方角が解ったり、ひっ、広さが解ったり!
・・・なのですが。だっ・・・駄目で(しょうか)」
「迷宮の?」
「あの・・・、はい」
「広さって?」
「え、ええっと、こう、め、迷宮の奥行と言いますか、
つっ、通路の長さトカ・・・大体ですケド感じる事が・・・」
「シラー殿」
「は、はい、何でございましょう」
「幾ら・・・この娘」
「お、おお、おおおっ!お買い上げ頂けますか!
流石ユウキ殿!お目が高い。相変わらず素晴らしい着眼点をお持ちです」
「ナズ、アナ、良いよな?」
「私はどなたでも構わないかと思いますよ?」
「ご主人様のお考えが解りました。
どのジョブに就かせるのかまでは存じませんが、
最大限助力をさせて頂きます」
「と言う訳で一番奴隷達の了承も得た。今日からうちで働いてくれ」
「あ、あっ、あのっ・・・あ゛り゛がどう゛ござい゛まずう゛ぅぅ・・・」
涙と鼻水でべちょべちょだ。
28歳にしてこれでは貰い手が云々なのもちょっと解る。
技能は解ったが、汚いのは困るので顔を拭いて欲しい。
この顔を拭かせる手拭いは商館で支給して貰えるのだろうか。
「そ、それではですね、この娘は17、16・・・、
いや14万ナールの値段を付けようかと思っておりました。
この娘には5万ナールの供託金が付いておりますので、
もし信頼を得て供託金を取り下げる事になりましたら、
その供託金5万ナールをご返却致します」
「供託金?」
「おおっと、ご存知ありませんでしたかな?これは失礼しました。
自らを奴隷の身分として売った場合、その金は奴隷本人の物となります。
ただしこれを奴隷に持たせる訳にも行きませんので、
代金は我々奴隷商が預かります」
「ふんふん」
「その後に奴隷自身が主人の待遇を気に入らない等と言った理由で、
別の者に自らの購入を依頼する際、
私ども奴隷商に預けた供託金分だけ割り引く事ができるのです。
奴隷に落ちた際、一度だけ主人を代える事が容易となる保険ですな」
「と言う事は、待遇が気に入らなければ出て行く事も有り得ると」
「はい、それが供託金付き奴隷です。
このため販売代金は安く、お求め易い価格になります。
そこそこの実力の者を安く手に入れられる良い制度かと思っております」
「なるほど」
「それに奴隷が主人の待遇を気に入れば、
供託金を主人に返す事で恩を返したり、
序列を上げて貰ったりして待遇を更に上げて貰う交渉を行えます。
主人側としましても、実質安く購入する事となるため損はございません」
「ほー。それが5万ナール分と言う訳か」
「左様でございます。
ユウキ殿の下でしたら直ぐにでも返却の提案がありそうですな」
「アハハハハ・・・、それは流石に買い被り過ぎです。
私はしがない商人ですので、特に感謝をされるような待遇など──」
「おっ、お返し致します!」
「はい?」
「あ、あの、あの時たっ、助けて頂いたご恩は、
おお、お金で買える物ではありませんっ。
いっ、一度は諦めた人生でしたので、すっ、全て差しあげますッ!
どっ、どうかよよ宜しくお願いしますっ。
むっ、迎え入れて頂いただけで十分ですのでっ!」
「そ、そうなのかね、本当にユウキ殿に渡してしまって良いのだな?」
「はっ、はい、そっ、それでお願いします!」
「契約前に供託金を支払いする事になるとは・・・。
色々異例ではありますな」
「さ、さあ、本人がそう言うなら良いんじゃないかな・・・」
「それでは、差し引きで9万ナールで如何でしょうかな」
「ではこの場でお支払いをしましょうか」
ポーチをまさぐり金袋を探す振りをして、
アイテムボックスから金貨9枚を積み上げ、
シラーに2人で腕を出して契約を行った。
ジョブは商人へと変更する。
「滔々(とうとう)流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、
インテリジェンスカード、オープン!」
シラーの詠唱と共に2人分のインテリジェンスカードが現れる。
ナズもアナも、興味深く自分のインテリジェンスカードを覗き込んだ。
見たって解らないだろう?
お前の主人は異質だよ、悪かったな。
∽今日のステータス(2021/12/01)
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨 64枚 銀貨 50枚 銅貨150枚
小遣い (500й)
ジャーブ 銀貨5枚
ラティ身請 (140000й)
供託金回収 (50000й)
金貨- 9枚 銀貨- 5枚
------------------------
計 金貨 55枚 銀貨 45枚 銅貨150枚
・異世界54日目(昼)
ナズ・アナ49日目、ジャ43日目、ヴィ36日目、エミ29日目
パニ19日目、サンドラッド到着まで7日、決闘まで3日
仮面完成まで1日
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
22 ハットバット / パットバット
23 ノンレムゴーレム / レムゴーレム
24 ハーフハーブ / ハートハーブ
25 ブラックフロッグ / フロックフロッグ
26 シザーリザード / マザーリザード




