§125 臼型
自分が目を覚ますと同時に、ナズは床に座り頭を付けた。
「昨日は申し訳ありませんでした」
起き掛けの挨拶がなく、最初に謝罪があった。
まだ意識が朦朧としているので、
何の件で謝罪されているのか理解が追い付かない。
「ええと何だっけ・・・?」
昨日は風呂に入ってから食事をして寝た。
風呂に一緒に入らなかった事かな?
「私は今日の昼食を最優先で任されたと思ってしまい、
ご主人様のご希望されるお務めを蔑ろにしてしまいました。
申し訳ありませんでした」
「ええと、うん。次はちゃんと指示をするので、謝らなくていい」
チラっとアナを見る。
アナは頷き返してきた。
これは「私が一言言わせて貰いました」的な奴か。
アナは何でもお見通しだ。
自分とナズの優先順位に齟齬があったので、昨晩指摘をしたのだろう。
追い詰めたい訳では無いので、手加減はしてくれたと思いたい。
「あの、それで、罰などは」
ん?
何故罰を与えないといけないんだ・・・。
元はと言えば、自分が曖昧な命令をしたからだろう。
風呂に来なさいと強く言えば、それで終わりだった。
これから明日の昼食を用意すると、
ニッコリ笑顔で進言されてしまったのだ。
強引に中断させる事に気が引けてしまった。
それでナズが責められる必要は無い。
「ちゃんと命令しなかったのだから自分の責任だ、悪かったな」
「いえ、そういう訳には参りません。どうか罰を与えて下さい」
あーもう、これどうしたらいい?
アナに助けを求めて見詰めると、再び頷かれた。
何か叱ってやって欲しいと言う事か。
そうしないと、ナズの気持ちが晴れないと言う訳だな?
うーん難しいな。
「ではバツとして今から風呂だ」
「えっ?」
「アナも準備して」
「かしこまりました」
昨晩最後にエミーが入ったため、水は抜かれていた。
いつものようにお湯・ウォールで湯を張り、
少し温めの風呂を入れる事にした。
そしてMP補給のためにアニマルトラップと交戦する。
朝イチだし不人気階層だ、誰もいなかった。
ナズとアナが追いつめ、自分は後ろに回り込んでデュランダルで叩く。
石化したらアナとナズを離し、デュランダルでの殴りを続けるのだ。
殴れば殴った分だけMPが回復するので、
一撃で倒しきれないボス相手なら魔物を探す必要すらない。
倒した後に出てきたドロップアイテムを3つの強壮剤に変えたら終了だ。
叩いた分と薬の1つ分で十分だと思うので、残り2個はストックにした。
何だ、こうすれば1回か2回で済んだじゃない。
糸を集める目的が済んだので、次からはこれでいいや。
今回はMP消費2回分で終了にした。
いつもの2/3の量を貯めて、入浴の準備をする。
ゆっくり浸かる訳では無いのでこの位で丁度良い。
ではナズ、覚悟してくれ・・・。
今日は洗ってやらない。
ご奉仕して貰おうではないか。
***
心も体もポカポカになって、満足した。
あの椅子は実にいい。
特にアナは3回目とあって、
内容を察したのか実に素晴らしい動きだった。
やればできる子ナズは、次回以降の発展に期待したい。
朝からお楽しみしたせいで、とても遅めの朝食になった。
そしてヴィーの視線が痛い。
以前ならば文句の1つも言って来そうなものだが、
最近のヴィーは大人しいと言うか、
何か言いたげなのを堪えて目で訴えて来るようになった。
おかしいな・・・。
今回は先に食べておけといったのに。
やっぱりだめなのか?
ジャーブ辺りが止めたような気がする。
そこまでは責任を取れない。
自分のせいじゃないぞ。
***
「では、大工達が来るまでは各自ゆっくりしてくれ」
ジャーブとヴィーは庭で打ち合いを始めた。
ナズには鍛冶をお願いする。
身代わりのミサンガ2つを合成して貰い、これは予備として預かった。
そしてさっきストックにした強壮剤2粒と、
銅やブランチ、皮などの材料を渡した。
でき上がった武具は売却だ。
シミター、銅の剣、銅の兜、銅の鎧、銅の籠手、銅のグリーブを作らせた。
ハンマーと槍は木の板が必要らしく、売れ筋っぽいが諦めた。
木の板は矢の材料として必要だし、
修練のために買ってまで作らせるような物では無かろう。
ナズの修練のために集めた銅のペレットは合計で24個消費したが、
補助材料であるブランチもまあまあな量を必要とした。
今後修練を進めるにあたり、
ブランチは本格的に集めて行かないと足りなくなりそうだ。
しかし次は革らしいので後回しでも良いだろう。
アナはエミーとボルドレックの屋敷へ向かった。
今回は本人を連れて行きたいと、アナが申告して来たからだ。
作戦通りこれで交渉が進めば良いのだが、どうだろうか。
気長に待とうじゃないか、果報は寝て待てだ。
それにしても、この家でゆっくり過ごすのは初めてかもしれない。
何か用がある時は他のメンバー達には休みを与えていたが、
自分自身がゆっくり休む事は無かったような気がする。
こうしてみるとこの世界にやって来てから自分はいつも出ずっぱりで、
常にセカセカと何かをしていた。
あれもやりたい、これもやりたい、迷宮にも行きたいで、
落ち着いて過ごす機会なんて無かったのだ。
たまには休息が必要だと思う。
しかし、そうはいっても家でボーっと過ごすのは暇なのだ。
娯楽になる物が無いし、そもそもこの世界は見て回るだけでも楽しい。
田舎に観光旅行をしに来たような感覚が、まだまだ抜け切れていないのだ。
世界の条理は不思議な事だらけで、殆ど解き明かしていないのだし。
それにエミーだってここに来て1週間、
仕事が終わればずっと暇を持て余していたはずだ。
趣味と言うか、暇な時に何かする事が必要では無いだろうか。
奴隷が仕事を終えたら何をしているのか、何をして良いのか、全く不明だ。
常に仕事を探して動き回るのだろうか?
ミチオ君の奴隷達は分担で家事を行ってはいたが、
働き詰めと言う雰囲気では無かったように思う。
語られないだけで、迷宮に行かない日もあったはずだ。
ロクサーヌは近所付き合いもこなしていたように見受けられる。
現在外出中のエミーに趣味を見付けてやるのはまたの機会にして、
自分は暇つぶしにサバイバル本を読み始めた。
この本は、おおまかに5つの章に分かれていた。
まずは「大自然で生活する」の項目だ。
火を起こし、獲物を取るための罠や道具、
簡単な武器の作成や住居の作り方。
いわゆる誰もが想像するサバイバル生活の章であった。
これは流石に不要だろう。
この世界には文明がちゃんとある。
次に、「快適に暮らす」と言う項目があった。
簡単な遊び道具、食料の保存のさせ方、
ウイルスやカビの対処、そしてこれは使えそうだと言う項目を発見した。
──簡単!電気や氷が無くても冷蔵庫
これは絶対に必要だ。
材料も簡単である。
大小の鉢植え、砂、水、タオル。
それだけで10℃から20℃下げられるらしい。
以前クレープを冷やそうと、桶に水を張って皿を浮かべ、
濡れた手拭いを掛けたのは、半分まで正解だったようだ。
ジールポットと呼ばれる構造体は古代エジプト時代から利用され、
現代でも一部地域で使用されているのだとか。
そんな便利な物が地球では日常的に利用されていたようだが、
現代人たる自分やその周囲ではそんな知識を全く持ち合わせていなかった。
科学技術の発展と共に、一般市民の生活知識量は減って行くのだろうか。
この地域ではそう言った物が発明されていないのか、
利用されている形跡は無さそうである。
飲食店で食料品を扱っていたであろうナズならば、
その存在を知っていれば進言してくれていたはずだ。
つまり、この世界には無い。
この地域にはまだ無いだけなのかもしれないが。
比較的簡単な構造であるし、
材料も難しい物を要求されないので直ぐにでも作りたいのだが、
幾つか問題もある。
水が乏しいこの国では家庭で気軽に園芸を楽しむような鉢が無い訳で、
これは普段から水汲みに使っている桶で代用するしかないだろう。
しかしながらうちで使っている桶は大衆品として出回っているものであり、
それよりも少し大きい桶や小さい桶となるとこれがまた入手が難しい。
そうなると発注して特別に作って貰う必要があり、
どうせ頼むならばそれ専用に設計した方がもっと使い易くなる。
作製するには色々準備してからになる。
「大自然で遊ぶ」と「世界大戦が起こったら」の項目は、また今度で。
丁度この後大工が来るのだ。
理屈は理解したので、
ちょっと改良して3重構造の冷蔵桶を作ろうじゃないか。
本を参考にしながら、
「3層目」のアレンジを加えた大中小3つの桶をパピルスに描き写した。
よくある異世界モノの小説では、
主人公たちがどこで知り得たのかこういった知識を持っていて、
そしてどこから得たのか、材料や道具を揃えて自分で作っていた。
現実はそれほど甘くない。
こんな知識は本でも見ないと判らないし、
解った所で素人が作成するのは困難だ。
自分はただの大学生だったのだ。
主人公補正なんて無いし、所詮は一般人だ。
知識も技能も。
勉強だけができる、IQが高いだけの無能であると言う事は骨身に沁みた。
そういった意味で言うと無双どころか何か致命的なミスをしたら、
明日にでもこの世界から退場する事になりかねない。
主人公ですらない自分に、ご都合展開なんて起きる訳が無い。
無茶をするならばリアルラックが試されるのだ。
生活知識を得られる本を持ち込んだのは完全な正解だった。
そして医療書を持ち込まなかったのは浅はかだった。
気を利かせて、ナズがジュースを持って来た。
絞っただけでなくスパイスで調製されている、この世界のアレンジ飲料だ。
ジュースにスパイスを入れる文化は、東南アジアにもあったと思う。
「どうぞ、ご主人様。何をお描きだったのですか?」
「ああ、ちょっと冷蔵庫をな」
「れーぞーこ?」
「完成したら牛乳や肉を冷やして置けるので、長持ちする」
「そのような物までお作りになれるのですか!」
「いや、自分で作る訳では無いし、
そもそも肉屋にはそういう部屋があっただろう?」
「氷魔法の使い手さんから氷を買って冷やしているのだと聞いております。
部屋も庶民では作れないですし、氷も高いのですが・・・」
「そ、そうか。氷は使わないからタダだ。その代わり水を使うが」
「えええ!?」
ただでさえ貴重な魔道士を、氷だけに利用するのだから、
それだけマージンは取ってもおかしくは無い。
だからか、肉や乳製品は他の食材より高めだった。
氷魔法を使用できるのは、魔法使いではなく魔道士だ。
魔法使いをLv50まで育てたのだから、ほぼ貴族かその家人だ。
対価を払い、頭を下げてお願いをして、氷を出して貰うのだろうな・・・。
「ご主人様は、私達の知らない色々な知識をお持ちなのですね」
「ええと、いや、本で見ただけだ。うん、知ってた訳では無いぞ」
しまった、今見て知りました的な返事をしてしまった。
知らなかったのなら、いつ知ったんだよっていう。
そこまでは突っ込んで来なかったが。
「兎に角、今日は大工が来るからついでに作って貰おうかなと思う。
食材が長持ちしたら便利だろう?」
「それでしたら牛乳や果物が沢山用意できますね!」
腐りやすい代表だ。
それらが自在に食卓へ並べられる選択肢と成り得れば、
食生活はより豊かになると思う。
エミーも屋敷生活が長かったのだし、
高級食材を使った料理は可能だろうから楽しみだ。
──ドンドン。
「うおーい、いるかぁ?」
「あっ、ウッツさんですね、お迎えして参ります」
「ああ、宜しく頼む」
***
「よお、早速家の工事を始めるぜ」
「その前に、桶を3つ注文したいのだ。こんな感じで」
「うん?別に構わねえが、大きさはどんなもんだ?」
そうだ、文字が書けないので、大きさを示す言葉が図面には入っていない。
「ええと、一番大きい奴がこの位で・・・」
「何だ、結構な大きさじゃねえか、それは何に使うんだ?」
「3つ重ねて冷蔵庫を作る」
「れい?氷冷庫なら作った事はあるが、何だ?そのれーぞー庫ってのは」
「まあ、完成したら見せるから頼むよ。いくらだ?」
「ぁーん・・・桶は良いんだが枠の方がな。3日で1つ300だな」
「じゃあ3つで900ナールか、大きさ関係無い?」
「特注になるから、大きさなんて大して変わらん」
「それもそうか。それじゃあ、宜しく頼む」
「おう、じゃあちょっと騒がしくなるが悪ィな」
大きなハンマーを抱えた大工の弟子たちが集まり、台所の壁を壊し始めた。
ドワーフが持っていそうな大きな木の槌、
棍棒ではなくハンマーだ。
あれも武器なのだろうか?
鑑定すると名前はハンマーで、属性は槌。
空きは無いと出たのでやはり武器らしい。
この世界にはレシピ集に載っていない隠し武器が、
まだまだ沢山ありそうな気がする。
ナズと2人で弟子たちの様子を見守った。
「剣太刀、数多の猛者の奮い立ち、
集えこの一太刀に、
ラッシュ!」
──バコン!
「ラッシュ!」「スラッシュ!」
──ドォォン!ドガァン!
大工達は戦士と剣士のスキルを使いながら壁を破壊していった。
大工の弟子たちが、普通にブラヒム語を話せた理由が解った。
雑貨店や露天商なら色々な種族を相手にするだろうから、
共通語を知っているのは解るとして、
大工の弟子達がブラヒム語を話していたのはこれまでずっと謎だった。
この大工は家大工なので、当然建て直しも行う。
要するに、ぶっ壊す時にスキルが要るのだ。
道理で・・・。
「おっしゃあ、次だぁ」
「うぃーっすぅ」
あらかた壁は取り除かれたが、
柱だったり枠だったりした木が折れてあちこち突き出している。
どうするのだろうと見守っていると、
今度はギザギザの刃が付いた剣を持って来た。
の、のこぎり刀?
・・・あれも武器だ、空きスロット0の片手剣だって。
ソーソードとか言うこれまたダジャレ感満載のネーミングだ。
「じゃあ頼むぜ!」
「スラッシュ!」
──スパッ!
大工の弟子がのこぎりみたいな剣を振るうと、
木材はあっさりと綺麗な平たんになった。
「凄いな!」
「おう、綺麗に切れるようになるまで10年だな」
つまり、迷宮に行って10年位の経験を積んでいないと、
スキル1発で木材を平坦に切れないと言う事だ。
さらに、手加減や入射角度のコントロールなどの腕も要求される。
「みんな戦士なのか」
「剣士もいるな、獣戦士もいるぞ、まだ見習いだが」
椅子を見習いに作らせると言っていたが、狼人族なのか。
力が要る仕事だし転職する事でベース筋力がアップされるだろうから、
大工が戦士や剣士になっていたのは、理に適っていた。
「驚いたな、スキルを使って作業するなんて」
「大きな家だと基礎も打ち込んだりするからな。
穴も掘る時があるし、スキルが使えない奴は家を建てられん」
「みんなブラヒム語で喋っていたのが不思議だった」
「生活と関係ない奴は話せなくてもしょうがねえだろうな。
まだコイツは、ブラヒム語がうまく扱えないから木工作業だけだ」
「ウィッス」
ウッツに頭を叩かれた狼人族の男が返事をした。
大工のような力仕事は学術とは離れた位置にあるかと思ったが、
スキルを使うにはブラヒム語が必要だし、
生身では家を破壊するのは相当時間が掛かって厳しいだろう。
魔道士が氷を売る業者の役目を担っているように、
生活とスキルが切っても切れない関係にある。
他のジョブもそういった裏技的な使い方をされているのだろうか。
料理人だって職業の料理人に就く事で、
アイテムボックスやドロップ率以外に、
調理に関して何らかの恩恵があるに違いない。
そういえばキャラ設定で見えるジョブ特性はパーティへの効果だった。
ジョブがどんなパラメータを持っているかは転移者でも不明のままなのだ。
見習いの男は端材を集めて椅子の作成に取り掛かり、
他の弟子たちは瓦礫を撤去して掃除を始めた。
ジャーブもヴィーも、彼らのスキル使いを食い入るように見ていた。
そういえばジャーブにも畑作業をラッシュでやらせたなあ。
武器に鍬や鋤があれば壊れずに済んだのに。
・・・農民一揆かよ!
流石に無いな。
∽今日のステータス(2021/10/07)
・入手アイテム
身代わりのミサンガ ×2
シミター
銅の剣
銅の兜
銅の鎧
銅の籠手
銅のグリーブ
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨137枚 銀貨 13枚 銅貨 16枚
桶3点セット (900й)
銀貨- 9枚
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計 金貨137枚 銀貨 4枚 銅貨 16枚
・異世界32日目(朝)
ナズ・アナ27日目、ジャ21日目、ヴィ14日目、エミ7日目
工事の日(1/3)




