∮006 レベル1
閉じていた眼を開けると、吸い込まれそうな真っ白な空間が広がっていて、
中心部に在った小箱からは物凄い光があふれています。
眩しいのですが、これは見続けないといけない物なのでしょうか?
こ、これは・・・多分、私の祈りが通じて転職は成功したのだと思うのですが、
ここで目を閉じてしまうと全てが台無しになってしまうような気がして、頑張って光を見続けました。
・・・まだですかね?
これでは僧侶に転職ができても私の目がおかしくなってしまいます。
折角僧侶になれましたのに、目が見えなくなってガンダルさんのお傍で働けないとなると、それはそれで問題が大ありです。
よもやラティさんと良い仲になるとは思えませんが、
目の見えなくなった私を放ったらかしにして他の女性の僧侶になびいてしまうとも限りません。
そ、そんな事はあってはならないのです。
は、はやくっ!・・・早くお願いしますっ!
ちょっと目を瞑っても良いですかね?
ズルして薄目にしてしまいました。
・・・・・・。
「おめでとうございます、今日からあなたは僧侶ですよ」
「えっと、もう大丈夫ですかね?」
今日ご神体の部屋に案内してくれた神官さんが祝福してくださいました。
薄目でも大丈夫だったようです。
「眩しくてちょっと薄目に見ていましたが、本当に大丈夫だったのでしょうか?」
「ええっ?あれを直接見ていたのですか?め、珍しいお方ですね・・・。普通は目を瞑って待っているものですが」
「そ、そうなのですね、知らなかったのでずっと見ておかなければいけない物だとばかり・・・」
「いやいや、あれを直視していたら目がおかしくなってしまいます。大丈夫ですか?ちゃんと見えますか?
もし見えないような所があれば、・・・あ、そうだ、ご自分で治療なさってみて下さい」
「ええと、僧侶の治療でも眩しい状態は治るのですか?」
「はい、太陽を見続けて失明しそうになる事も、一応は怪我に入りますので。
怪我であれば、私達は手当てをする事で癒せます。早速やってみましょう?
『手当』と唱えてみて下さい」
「手当て?・・・あらっ!」
手当てと私が発言すると、目の前には文字が浮かび上がりました。
文字はどこから出て来たのでしょうか。
触ろうとしても透過してしまって、触れられるものでは無いようです。
直接目の中に焼き付いているような。
それよりもどうやって消すのでしょう?
「あ、あの、この文字は?」
「はい、手当ての呪文です。途中で間違ったり、もう一度頭の中で手当と念じると消えますよ。
呪文が出ているときに念じてしまうと失敗した扱いになるようです」
「そ、そうなのですね?ええと、心安らまばタラマダのもと、心和まば──」
「あ、ちょっと、ちょっと、まって。待って下さい。
平癒の素です。呪文を間違うともう一度やり直しです」
「そ、そうなのですね、意外と難しいですね・・・。
心安らまば平癒の素、心和まば治癒の糧、
ええっと、・・・読めません」
「キサゲです。細かく砕いた癒しの力を集めますと言った意味です。
意味を知らずに唱えても呪文は成功しませんので注意してください。
古い言い方ですので難しいですよね、仕方ありません」
むむむ。意外とどころか、かなり難しいじゃないですか。
意味が解らないと発動しないという事ですので、まだまだ不安があります。
こんな事は先生も教えてくれませんでしたし。
「ヘイユとはなんでしょう?」
「傷が癒えてすっかり良くなった状態の事です。お怪我を何もされていない状態の人を平癒と言います」
「そうなのですね?ええと、私は今少し光を見過ぎて視界が優れないので平癒ではないという事でしょうか」
「そうですね、目が見えない状態もお怪我として数えるならその通りです。どうですか、今その状態で焦りがありますか?」
「ええと、特に焦るような事はなにも・・・。そのうち目が慣れて来るでしょうし、実際に被った傷とは違うと思いますので」
「素晴らしいです。
最初の一文は、心を落ち着かせる事が健康の第一歩ですよという意味合いですが、
もっと根底にあるのは、怪我をして取り乱すともっと大怪我を負いかねないので、
慌てず恐れず冷静に対処しましょう、というのが真の意味です。
いま落ち着いているその状態を忘れないで下さいね?」
「なるほど・・・僧侶たるもの慌てずに落ち着いて治療をしないと、パーティがもっと窮地に陥ってしまいますね」
「そうです、そうです。よくお分かりで」
「ええと、それからもうひとつ読めない所が・・・」
「はい?もしかして最後の文節のあやまちですかね?」
「これは過ちと読むのですか」
「いえ、疵は過ちではありません。間違った事ではなく、受けた傷の事を言います。
それも擦り傷や切ったような傷ではなく、抉ってしまって取り返しのつかない傷の事を言います。
過ちが取り返しのつかない選択を意味するのに対して、疵は元に戻せない深い傷の事を意味します」
「そ、それならば、そんな傷を負ってしまっては手当てでは治せないという事でしょうか?」
「いいえ、その取り返しのつかない傷をも治せと、この世の神様にお願いをするのが手当てのスキルです。
我々治療師は、神様に直接声をお届けする特別なスキルを持つ事になります」
そ、そうなのですか、私が特別・・・。
特別の存在でしたらガンダルさんにも特別な伴侶として認めて貰えるに違いありません。
そ、そもそも、その為に私はこうして今日まで修行を積んで来たのですからね!
「ささ、意味と発音が解ったならばやってみて下さい。
迷宮でいきなりやっても混乱しますでしょうから、丁度自分が対象になって練習できる事は良かったですね?」
「そ、そうですかね?解かりました。
心安らまば平癒の素、心和まば治癒の糧、
刮げを集め疵癒せ、
手当て!」
手がボヤっと暖かい光に包まれて、目の1点が黒ずんで視界を塞いていたものが晴れました。
本当に手当ての魔法は眩しくて眩んだ目を治せるようです。
す、凄いですね、手当てとは。
これならばどんな怪我を負っても治せそうです。
ただ、神官さんがおっしゃるには手当てで治せるのは怪我だけで、
病気や毒、麻痺や石化などは勿論、寝ている人も起こせないのだとか。
寝坊助さんのラティさんには手当てを使っても起こせないという事ですね?
今日は私が寝坊をしてしまったのでお互い様ですが。
「す、凄い!凄いです!ちゃんと見えるようになりました!神官様、ありがとうございますっ!」
「いえいえ、お力になれて何よりです。
気を付けないといけない事がありますので1つ聞いてください」
「はい、何でしょう?」
「転職したての若い僧侶は、それほど多くの怪我人を一度に診る事ができません。
集中してスキルを使うと疲れ果ててしまい、自らの命を絶とうとしてしまう事故が度々あるのです」
「ええっ?どうしてですか?」
「治癒のスキルは魔法の力を使います。
それが枯渇すると、私達は普通の思考ではいられなくなり、悪い事を考えるようになってしまうのです」
「悪い事・・・ですか」
「そうです。不安に思っている事が肥大化したり、上手く行かなかったらどうしよう、と思い悩む事が多くなります。
もしスキルを使った後で良くない考えが浮かんで来たり、眩暈がして苦しくなったら薬草を飲む事をお勧めします」
「薬草ですか?」
「はい、探索者ギルドで売っている強壮丸ですね。
強壮剤までは必要としないと思いますが、万が一のために1つ2つは持っておくと良いですよ?」
「分りました、いろいろありがとうございます」
「ああ、それからもう1つ」
「はい、何でしょうか?」
「私達は神官や巫女の募集もしております。
僧侶となって窮地を掻い潜った者だけにその資格が与えられますが、
国から毎季纏まったお給料が頂けて、感謝もされますし税金も安い!
非番の日にはもちろんお仲間と迷宮にも行けますので、是非ご検討を!」
「そ、そうなのですね、一応、か、考えておきます・・・」
押し気味の神官さんを後にして、私は宿に戻りながら考えました。
ガンダルさんが騎士になった所で、私はその後の日々を何をして過ごすのでしょう。
実家に戻って父の商売の手伝いをしながら生活するのも良いですが、
巫女になって教会で町の人を癒しながら、お互いの非番の日に迷宮に行っても悪くありませんね?
実際に私がその資格を得られるかどうかはまだわかりませんが、
今日はとにかくガンダルさんに早く報告がしたくてたまりません。
すっかり暗くなった教会からの道を息を切らして走って帰りました。
いつもならゆっくり上る宿屋の階段も、今日はなぜか一段飛ばしで駆けあがりたい気分です。
でも転んでしまっては困りますので普通に上りました。
逸る気持ちが止まりません。
──バァン!
「ガンダルさん、私、やりました!」
席に着いて私の帰りを待っていたガンダルさんが持っていたコップにお水を噴き出し、
ベッドに座って剣の手入れをしていたラティさんが持っていたオリーブオイルを落としそうになってワタワタしています。
「ゴホッゴホッ・・・。シャ、シャム、転職か?ゴホッ、エホエホ・・・」
「よ、良かったですねえ?」
「はい、私は今日から僧侶だそうです!これでお役に立てますね!」
「そ、そうかやったな!」
ガンダルさんが私に抱き着いてきました。
こ、こんなに逞しい体なのですね・・・包まれているだけで幸せな気分になってしまいます。
これまで頑張った甲斐がありました。
これで堂々とガンダルさんと肩を並べて歩けるんですから!
私はドキドキしながら、小さく抱き返しました。
「あ、あのぅ・・・」
そっ、そうでした、ラティさんが居るのですよ、2人だけの世界はいけませんよね。
「ガ、ガンダルさん、そろそろ・・・」
「あ、ああ、そそうだったね、ごめんね。でも、これでようやく僧侶に成れたんだね。
そういえばお父さんに連絡するとか言っていなかったかい?」
「そ、そうです!お手紙を書かないと・・・あっ!」
「どうした?」
「な、何かありましたかね・・・」
「い、いえ・・・何でもありませんよ?ウフフフ」
私ったら、つい昨日父宛の手紙に僧侶になれないんじゃないか、
私には才能が無いんじゃないかなんて書いてしまったような気がします。
今日手紙を書いて送ったとしても到着するのは新年を迎えてからでしょう。
それまで両親に申し訳ありません。
ど、どうしましょう。
私だけでも帰って伝えるべきでしょうか。
それでもその後で手紙が届く事になってしまいます。
うーん・・・困りました。
「シャム、夕食を食べようよ、手紙は後でもいいだろ?」
「そっ、そうですよっ、おっ、お肉冷めちゃいますよー?」
お2人に急かされましたのでお夕食を取る事にしました。
そうですよね、僧侶に成れてうれしいのは私だけで、2人は早く食事をしたかったに違いありません。
今日はちょっと遅くなってしまいましたし、申し訳ありませんね。
私は僧侶に成れた喜びよりも、両親に送ってしまった手紙についてどうしようかとあれこれ考え過ぎてしまって、
今日のお夕食の味が解りませんでした。
夜、ベッドで寝就けない私は残っていたランタンに火を灯して続きの手紙を書きました。
けれども、なんて書いたらいいのか全然思いつきません。
パピルスを広げたまま私は窓の外を眺めます。
「シャムシーさん、ですかね?どうかされましたか?」
ラティさんが気付いたようです。
なるべく音を立てないように、ランタンの光がベッドに零れて行かないように覆いをしたのですが、申し訳ありませんね。
「すみません、ラティさん。起こしてしまったみたいで」
「だっ、だいじょうぶですよ、わっ、私の事は気にしないでください」
「父に手紙を書こうと思ったのですが、なんて書いたら良いか判らなくって・・・」
「そっ、僧侶に成られた件ですかね?」
「そうなのですが、先日出した手紙にはなかなか成れずに困っていると弱音を書き綴ってしまいました。
ですので、昨日の今日で成れましたと送るのも何だか違うような気がしまして」
「そ、そうなのですか。でっ、でも、シャムシーさんのいつもの通りでっ、い、良いと思うんです。
なっ、成れたら成れたで、素直に喜びを書けば、よ、よろしいんじゃないですかね」
「そういうものですかね?」
「そっ、そういうモンです。わ、私も探索者に成れたのは遅かったのですが、その時は両親に報告に行きました」
「どうして遅かったのですか?」
「あ、あの、まぁ、その、何と言いますか、ウチは両親が両方探索者でして・・・」
「まあ、そうなのですか」
「じゅ、19くらいまでずっと親のパーティに付いて行くだけだったんですが、
いい加減働けと叩きだされてしまいまして・・・アハハ」
「ご両親と一緒に迷宮に行かれていたのですね?」
「えい、いや、その・・・宿でお留守番と言いますか・・・ハハ」
「そ、そうですか・・・」
ラティさんのような家業が無い家庭の方は働き口を探すか早くから迷宮に行かないといけないのですよね。
税金も掛かるでしょうし、大変そうです。
ではラティさんは迷宮に行かれてまだ2年くらいなのですか。
それでも私よりは全然先輩ですし、私にとってはお姉さんです。
迷宮の事はとても詳しいようですから、頼りになります。
「ご両親に報告された時はどうでしたか?」
「どうって・・・とっ、特には何も無かったですかね?ああそうがんばってー・・・とだけ」
「えっ、それではあまりにもひどくないですか?」
「ほ、他の探索者の知人の所もそんな感じでしたから・・・。
探索者家業の家の子供たちは探索者として生きるのが、あっ、当たり前というか、ハハハ・・・。
べっ、別にそれで何とも思いませんよっ」
そうなのですか・・・。
私達のような家業がある家庭とはまた違うのでしょう。
でも・・・そうですね。
先に送った手紙に矛盾していた所で、思い悩むような事は無いのかもしれません。
私が弱音のような事を言った所で父も母も私の成就を信じてくれる事は変わらないと思いますし、
その直後に成就の知らせが届いたっていいじゃないですか。
ラティさんとのお話は参考にはなりませんでしたけれども、
落ち着いて考えられるきっかけにはなりました。
「ラティさんありがとうございます、気持ちがまとまりました」
「えっ、いや、あの、わ、私は特に何も・・・」
「そこが良いのですよっ!」
「えぅ、あの、はぁ・・・アハハ、そっ、そうですか」
考えが纏まったので再び筆を執りました。
今日あった事、勿論僧侶に成った事に加えて、
ラティさんに話を聞いて貰った事、他の家の家族の常識なども書き連ねました。
他に伝えたい事などは直接会った時にお話ししますと締めくくって、封をしました。
その様子を、ラティさんは黙って見ていてくれました。
誰かに見守って貰えるのは心強いですね。
私には兄弟が居ませんでしたので、お姉さんができたような気分です。
ちょっと頼りなさげですが、それでもいてくれるだけで安心できる、そんな存在ですね。
「それでは私はこれを送って貰うようにお願いしてまいります」
「あ、ハイ」
「ラティさんは先におやすみになって下さって構いませんよ?」
「あ、そうですね、ではお先に・・・おやすみなさい」
その後宿の受付でお金を払って手紙を預け、部屋に戻るとラティさんは寝息を立てていました。
ガンダルさんも微かな鼾を掻きながらお休みになっています。
そっと頭を撫でて、私も床に入りました。
明日からは、私も僧侶です。
どうやって戦うのか知りませんが、教えられた手当てが上手に使えるように頑張りましょう!
レベル1(ガ5 ラ4)1年目冬の終わり




