§113 潜入
「では参ります」
アナはそう言うと、自分の腕から離れて臨戦態勢を取った。
とはいえ、キリっとしても締まらなそうな顔だ。
こういう普段ニコニコしている子を怒らせると怖いと言うが、
どうなんだ?
しっかりしている分他人は勿論、本人にも厳しそうだが。
ゲートを開いてアイザックの部屋に移動する。
ワープやフィールドウォークの開閉音は、
傍にいなければ聞こえないくらい小さい音だ。
但し、深夜で皆が寝静まっている時に、
隣の部屋で重低音が響けば聞こえるかもしれない。
念のため部屋に待機して様子を窺う。
(どうだ、誰か動くか?)
(大丈夫です、動く気配はありません)
そっと扉のノブを手に取り、音を立てないように開く。
主人が暫く出入りしていない部屋の扉だが、
ギィギィと鳴らずに静かに開いた。
ブーツでは音が鳴る。
階段だってギシギシ言うかもしれない。
弓の的用に買った藁をほぐして靴底に巻き付け、
音を消す細工をしておいた。
階段はなるべく撓まないように、
壁沿いの手摺に体重を掛けてゆっくりと降りる。
廊下には絨毯が敷かれていたが、階段は木目のままだった。
1階に到着する。
アナはこの暗さでも判るようだが、
自分の目には無理なのでLEDライトを照らす。
アナは先行して誰もいないであろう部屋の扉を開いた。
(ご主人様、厨房です。夜間はここが安全かと思います)
ライトで照らすとようやく内装が判別できた。
ブロックで組まれた大きなオーブンに炊事用の竈、
広い調理用テーブルがある。
ゲートを出せそうな壁を見付けて覚えて置いた。
下に鍋か何か置かれたら危ないので、移動する際は足元に注意だ。
(ご主人様、上から人が下りてきます)
2人で息をひそめ、足音が消えるのを待った。
扉が開き、閉まる音がした。
隣の部屋に入ったようだ。
と言う事は、隣が奴隷の部屋?
それでアナは潜伏する部屋としてここを選んだのか。
壁に耳を当てて様子を窺う。
「シャリア様、お疲れ様でした」
「ええ、イェーラもご苦労様です」
「シャリア様、手拭いを」
「ええ、どうも」
主人と致していたのが、このシャリアと言う奴隷か。
この様子では一番奴隷、或いは妾なのだろう。
他の奴隷と戯れていた様子は無さそうだ。
2階にいるのが奥様だとしたら、
1人までと約束されているのかもしれない、
たまたま彼女1人だけが特にお気に入りなのかも知れない。
「「お姉さま、おやすみなさい」」
「はい、クルアチもイルマもおやすみ」
(これで奴隷は全部のようです)
(今の名前が出た中にエミーの姉がいるのだな?)
(おそらく、そのようです)
実姉かどうかすら判らないし、
彼女ら全員を姉と称していた可能性もある。
しかし、主従関係で生まれた姉妹ならば、
わざわざ奴隷商が姉だと称する事は無いだろう。
(そういえば奴隷は5人だったな?)
(もう1人はひとつ隣の部屋です)
(部屋が分けられているのならば男か)
(そこまでは・・・)
お抱えの冒険者くらいはいるだろうから、もう1人は護衛用だろう。
いや、それが男とは限らないかも知れないが。
(その者が動くようです)
部屋のドアが開き、再び閉まる。
足音は奥の方へと遠ざかった。
女奴隷達が自室に戻り就寝する。
奥の部屋にいた者はこれから警備なのだろう。
夜の手配も抜かりはなく、このまま探索するのは難しそうだ。
第一、個別に姉と接触する手段が無い。
彼女らは集まって寝るのだし、
こっそり夜中に接触するのは厳しいだろう。
ではどうするべきか。
エミーに姉の名前を確認させ、
どの奴隷かを特定する。
その後、日中に仕事でばらけた所を狙い打ちするしかない。
(4人が同じ部屋では接触は難しい、一旦帰るぞ)
(かしこまりました)
「ふぁぁぁぁ、緊張した」
自室に戻り深くため息を吐いた。
緊張のあまり汗がいっぱい出て、もうシャツを脱ぎたい。
夕方前にせっかく風呂に入ったのに。
アナも緊張したのだろうか?
「アナ、汗でグショグショだ、体を拭いて欲しい。アナはどうだ?」
「私は大丈夫です。お拭きしますね」
2人で風呂場に行き、水汲み桶の上でお湯ウォールを出した。
折角なので、アワアワにしてもらって、例の椅子でご奉仕して貰った。
***
「ご、ご主人様はこのためにコレを作らせたのですか・・・」
「だ、・・・駄目かな?」
「いえ・・・その、人間族の方は、その・・・せ、性が旺盛だなと」
だってしょうがない。
色魔のジョブがあるんだもの。
今回使用したのは凹型だった。
アナは、臼型の椅子に目を向けていた。
目を細めて見詰めていたので、
次はあれで何をさせられるのだろうかと考えているのだと思う。
だってしょうがない。
憧れだったのだもの。
「そ、それはさておき、アナも洗ってやるからな」
「わ、私は普通で大丈夫です。あっ・・・」
例の椅子でご奉仕して貰って、ご奉仕してしまった。
気分が盛り上がってしまったので、
そのままベッドで本日の2回戦となった。
自分だって若いんだ。
性欲はそれなりにあるが、体力が無いだけだ。
今日は夕方前だったので、十分に回復していた。
ひと仕事終わったところで、アナに時刻について聞く。
「そういえば、夜間はどうやって時刻を知ればいいのだ?」
「ええと、騎士団ギルドには篝火があって、
組まれている木の数で大まかな時刻が解ります」
8時なら8本とかそういう?
一時間毎に薪を足すのだろう。
定刻を測る専門の者が居そうだ。
「日中はどうするのだ?冒険者なら判ると聞いたが」
「冒険者はギルド員になると、携帯型の日時計を支給されますので」
そうか、それで時刻が判るのか。
あちこち遠くまで移動する際に、今何時かと聞かれる。
移動元ではなく、移動先の時刻を答える必要がある。
そこで携帯日時計を見て、ここは何時ですね、と教える訳か。
夜は人が移動しないし、理に適っている。
大体夜は皆寝るのだ。
問題があった場合は騎士団を頼る。
その騎士団の入り口で時計が判るようになっているのも、
これまた理だ。
機械式の時計は技術的にまだまだ難しい。
ミチオ君の話に依れば、
職人の町であるペルマスクでも精々砂時計だったそうじゃないか。
1時間を計る砂時計はあったとしても、
1日を計る砂時計は巨大過ぎて運用は厳しいだろう。
ひっくり返せない。
ナズを迎えに行くといった手前、
今が何時か判らなければ迎えに行けない。
確か酒場は0時までやっているといった。
そういえばカンテラはどうだ。
古代中国では火時計と言う物を用いた。
燃えにくい木綿の綱へ火を点け、どの位燃えたかで時刻を計ったらしい。
油を満たして、オリーブのグミ1つで何分で燃え尽きるか分かれば、
日没から迎えに行く時間まで位は計れるだろう。
ただ、その度に大量のオリーブを消費しても困る。
「悩ましいな」
「はい?」
「いや、こちらの話だ」
「はぁ」
「アナは騎士団の篝火で何時か判るか?」
「いえ、そういう物だと聞いただけですので、実際に何時かは判りません。
夜に出歩いた事もありませんので」
それもそうだよな。
奴隷だったのだし、夜間に出歩く自由は無い。
生活ギリギリの主人だったようだし、遊び歩いてもいないだろう。
ジャーブに聞いてみるか。
ドアをノックして、確かめるとジャーブの返事がした。
まだ皆起きていたようだ。
「夜遅くに済まないな」
「いえ、俺たちはユウキ様の帰りを待ってから寝ますので当然です」
そういう命令をジャーブがしたのだろうか、ヴィーもエミーも起きていた。
しまった、エミーには椅子が無いな。
取り敢えずは彼女のベッドがあるから良いか。
「いや、今日は起きていてくれて助かったが、
食事後は自由に寝てくれていいぞ」
「そういう訳にも」
「翌日の戦いに支障があったら困るので寝なさい」
「は、はい。分かりました・・・」
(ほら、兄ちゃん。いいって言ったじゃん)
(そ、そうだね、ごめんよヴィー)
なにやら小声で云い合っているが、
ヴィーは寝るところを制されて機嫌が悪いようだ。
お子様は早く寝ろ。
「エミーも、仕事が終わったら勝手に寝なさい。
急な用事以外は翌日で良い」
(こくり。)
「そうだ、ついでなので聞くが、エミーの姉の名前を教えて欲しい」
エミーは目をパチパチさせた。
戸惑っている様子だ。
「シャリア?」
(ふるふる。)
「イェーラ?」
(ふるふる。)
「クルアチ」
(ふるふる。)
「イルマ」
(こくり。)
「イルマは実の姉か?」
(こくり。)
「姉に会いたいか?」
(・・・・・・。)
会いたいと返事をして、
主人に迷惑を掛けてはいけないと言う気持ちが働いているのだろうか。
それとも、ボルドレック相手にそんな事不可能だと思っているのだろうか。
言葉を発せない上に、立場上本心を答えさせる事は難しいのだろう。
「姉はどんな仕事をしているか知っているか?」
(こくり。)
「家の中の仕事が多いか?」
(ふるふる。)
「では外に出るのか?」
(ふるふる。)
ん・・・?判らないな。
家の中の仕事でもなく、外にも連れ出されない。
「警備とか護衛か?」
(ふるふる。)
エミーは床をつねって引っ張る動作をした。
草むしりだろう。
と言う事は、庭掃除か。
「屋敷の庭の管理か?」
(こくこく。)
ならば、日中に接触しやすい。
アナに目配せすると頷いた。
察せられる子、本当に有能。
「解った。エミーはもう寝ていいぞ、それでジャーブ」
「はい?」
「夜は騎士団の篝火から時刻が判ると聞いたのだが、お前は解るか?」
「ええと組まれた木の数の事ですよね。
燃えた後の炭が小さくなると分かり難いですが、5時が10本です。
40分毎に1本足しますので、木の半分の本数が現在の時刻ですね」
ええと?5時?・・・40分?
混乱したが、そういえばこの国で1時間とは80分だった。
半刻毎に1本で、0時ならば8時だから16本。
「なるほど、理解した。流石だな」
「い、いえ・・・町人ならば普通は知っていますので」
すまんな、異世界人で。
「アタイはしらなかった!」
「お前は騎士団に近付いたら処刑だろう」
「そ、そうだけど」
「お子ちゃまは早く寝なさい」
「ぶぅー!」
3人とも早く寝るように諭して、自室に戻った。
「ではちょっと騎士団の様子を見て来る」
「でしたら私も確認致します。数え間違いがあってもいけません」
2人で騎士団近くにワープし、篝火を数えると、門番から声を掛けられた。
「おー、時間か?さっき足したばかりで14本だ」
「すまない、ありがとう。酒場がまだやっているかと思ってな」
「おー、今日は歌の日だったな、良いなァ非番の奴は」
「そ、そうなのだ。まだ間に合って助かった。感謝する」
「何の何の。困った人を助けるのが我々の仕事だっ」
先程14本目を足したのならば7時ジャスト。
地球時間へは1.5倍すればいいので10.5。
今は10時半と言う事になる。
迎えに行くのは早いし、家でボーっとするには長すぎる。
と言うか皆起きていたのなら、
お風呂場でアナとイチャイチャしていたのも、
寝室で2回戦を行ったのもキッチリ聞かれていた。
久しぶりに動揺して耳が熱くなった。
「す、する事がないな」
「そうですね、酒場でゆっくりなさいますか?」
「立ち飲みが多すぎてゆっくりもできんだろう」
「それもそうですね」
とはいえ、家に帰っても何もする事が無いのもまた事実。
2人でゆっくり家に歩いて帰ったが、多分30分も潰せていなかった。
やはり、暇つぶしに何か持ってくるべきだった。
カードとか、ボードゲームとか。
最初に色々持ち込んでしまった事で、
元いた地球への未練が募ってしまった。
駄目だな・・・。
心の底で、まだ地球での生活を捨てきれていない。
ここで時間を潰す物は、ここで考えないと。
ここで時間を計る物は、ここにあるもので用意しないと。
中途半端な気持ちで生きていたら、必ずどこかで足を掬われる。
自分の事を主人と慕ってくれている皆に失礼だ。
彼らの命を預かっているのだ、しっかりしなければ。
アナに「いっせっせ」を教えて、しばらく付き合って貰った。
そのうちアナが20連勝して、勝てなくなったのでやめた。
メンタリスト相手に挑むゲームでは無かったと後悔する。
酒場に向かうと、最後の客をマスターが担いで家まで連れて行くところで、
ナズは片付けを手伝っていたが、すぐに終わらせて合流した。
女将さんに挨拶をして家に連れて帰った。
∽今日の戯言(2021/09/28)
遠志と陳皮と附子と半夏、書いててごっちゃになります。
もう3回も直した。
滋養丸と強壮丸の違いは大丈夫、
滋養強壮と変換してHPMPだから。
ワシが育てた里穂美たんデー!
・異世界27日目(深夜)
ナズ・アナ22日目、ジャーブ16日目、ヴィー9日目、エミ2日目




