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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
12/45

Operation12:ヴィンセント・ベイ

改訂しました。

 午後九時四十九分。東京港・大井コンテナ埠頭の第八バースに、峰和(ほうわ)汽船の大型コンテナ船・《ヴィンセント・ベイ》が停泊していた。全長二九〇メートルの大型船だが、コンピュータ制御の恩恵で、乗組員は二十五名しかいない。だが、今日は”特殊な貨物”と、それを警備する”客”がこの船に乗り込んでいた。

 出港準備が進む船橋(ブリッジ)で、三十代の航海士が五十代の船長に話し掛けた。「船長」


「あの”お客さん”、なんだか物騒ですよね。”特殊な貨物”をライフル構えて見張ってるそうです」

「そうだな。……何でも、”絶対に奪われてはいけない荷物”だそうだ」

「もしかして、核兵器とかじゃないですよね」 それを聞いた船長は、苦笑した。

「まさか。一応、民間企業の積荷だぞ」

「でも、ダークスネークってPMCでしょう? なんだか裏で密輸とかしてそうですけど」

「まぁ、ありえなくはなさそうだが……」

「そもそも、ちょっとテロがあったくらいで『PMC法』 なんて作るからダメなんです。日本も今や、街中でドンパチするご時世ですよ……。危なっかしくて、気軽に子供を外出させられません」

「そりゃそうだが、おれに言われてもなぁ。……そろそろ出港だ、配置につけ」

「了解」


 船長は、双眼鏡で湾内を眺めた。

 なんだか、嫌な予感がしていた。





 ここは、どこだ? 分からない。視界にあるのは、真っ白な空間。そこがどこなのか、表す物が何もない。それどころか、上下の区別すらつかない。永遠の白。まるで、白い宇宙だ。

 これは、視界ではない。功一はそう気づいた。全ての感覚が麻痺している。意識だけが肉体から切り離されたような、不思議な感覚。

 おれは、どこにいる? 夢を見ているのか? おれは、お台場の海浜公園にいたはず……。

 すると、ずきずきと痛む首筋の神経を皮切りに、功一の感覚器官が覚醒していった。さっきの白い宇宙とは対照的に、そこは黒い空間だった。

 

「気付いたか、尾滝」


 音無が壁に背を預け、座ってこちらを見ていた。そこは、直方体の空間だった。天井に小さい穴が開いていて、そこから(わず)かな光が入っている。太陽ではなく、おそらく蛍光灯の光だ。


「いったい、何があった?」 そう訊きながら、功一は自分の服をまさぐる。携帯電話がない。

「こっちが聞きてえよ。宇城の悲鳴がしたから様子見に行ったら、いきなり誰かに殴られて、気絶して……。おまえら何したんだ?」

「おれも同じだ。いきなり殴られて……」

「……ここ、コンテナの中だよな」

「コンテナ?」

「ほら、あれだ、トレーラーで牽引したり、貨物列車に乗せるコンテナ」


 なるほどな、と功一は納得した。確かに、そういう形状をした空間だ。広さからして、四十フィートか四十五フィート・コンテナだろう。


「……揺れてるな」

「ああ、多分、船なんだろ」

「とりあえず、ここから脱出する方法を考えよう」

「無理だ。さっき試したが、鍵がかかってて開かねえんだ」


 アンクルホルスターのグロック26と、ツールナイフを付けてあるキーも無くなっていた。


「クソ、いったい誰が何の目的でこんなことしやがったんだ!」 音無は床を殴りつけた。


 誘拐したのは、十中八九、ダークスネークだろう。目的は由貴の誘拐に間違いない。由貴と一葉も、船内のどこかに監禁されているはずだ。ここが船だということは、どこかに連れていく気なのだ。

 幸い、腕時計は奪われていなかった。時刻くらいは分からせてやる、ということか。現在、午後十一時五十二分。四時間近く気絶していた。

 この腕時計には発信機が内蔵されている。そう長くないうちに、救出部隊が到着するはずだった。





 警護を依頼したはずの娘が門限になっても帰って来ず、携帯も通じないという電話がブラックオリオン東京本社の担当者に掛かってきたのは、午後十一時を少し過ぎたころだった。

 作戦指揮課に連絡が回り、情報が整理される。警護対象は宇城由貴。警護にあたっていたのは作戦七課の尾滝功一。現時点で、両名とも携帯の電源が切られており、腕時計内蔵の発信機によって位置を確認した結果、東京湾を航行中の大型コンテナ船『ヴィンセント・ベイ』 内部にいることが判明した。

 作戦指揮課の当直課長は誘拐の可能性が高いと判断し、対策本部を設置。尾滝の所属課である作戦七課、アラート待機中の作戦八課、航空課の要員に出動命令を下し、予備待機の作戦四課をアラート待機に移行させた。

 当該コンテナ船を運行する峰和汽船に問い合わせると、ダークスネーク社が重要貨物と、それを警備する武装した社員を乗船させていることが判明した。それにより、誘拐犯はダークスネークであることがはっきりした。

 警護対象と社員一名を救出するために、作戦七課と八課のPO合わせて十一名を載せた二機のMH-60Gペイヴホークが離陸した。ブラックオリオン東京本社から、浦賀水道に近づきつつある『ヴィンセント・ベイ』の方向に機首を向け、速度を上げていった。



 午前零時三十四分。お台場上空を時速二五〇キロで飛行するペイブホークのキャビンで、松崎龍司はH&K HK416自動小銃(アサルトライフル)にマガジンを装着した。機内を見回せば、ボディアーマーにアサルトライフル、暗視装置(ナイトビジョン)を装備したPOたちが各自、銃の点検に専心している。窓に顔を寄せれば、都心の明かりが煌々(こうこう)として美しい。


(降下五分前) 機内無線で、副操縦士が告げた。

「ナイトビジョン確認」 そう指示して、松崎は自分のナイトビジョンをヘルメットに装着した。「ファストロープで進出する。準備しろ」

(作戦指揮課よりホーク1、ホーク2) ブラックオリオンの会社専用無線だった。(作戦中止。繰り返す、作戦中止。本社に帰投せよ)

「なんだと」 松崎は座席から腰を浮かしかけた。

(ホーク1より指揮課。中止理由を聞きたい) 突然の中止命令に、機長は理由を質した。

(『ヴィンセント・ベイ』 に、海上保安庁が立入検査を実施する。作戦行動は不可能となった)

(……了解。ミッション・キャンセル。ホーク1帰投する。ホーク2、あとに続け) 機長はサイクリックを倒し、フットペダルを踏んで、機体を一八〇度旋回させる。八課のPOを乗せた二番機もそれに続いて旋回した。

「海保か……」 松崎は舌打ちして、ナイトビジョンの電源を切った。日本国内での、武力行使を伴う民間軍事会社の作戦行動は、建前上、国家公安委員会と警察庁の認可のもと行われる。海上保安庁の立入検査が実施されるとなれば、当然そちらが優先されることになる。

 問題は、ダークスネークがどう出るか。武装した社員を乗船させているということは、その貨物も国家公安委に届出がされているはずだ。立入検査を実施する海保にもその内容が連絡されているはずだが、届出と違う積荷——今回の場合は誘拐した宇城由貴と尾滝——が見つかるとしたらどうか。誘拐は現場の社員が独断で行ったと言ってしまえば会社はトカゲの尻尾を切ったも同然だが、同時にダークスネークは受けた依頼に失敗したことになる。

 であれば、この時点で現場の社員を切り捨てる覚悟で、海保の立入検査を排除するという手が浮かび上がる。どんな手を使っても、誘拐した宇城由貴を依頼者に引き渡せば、その報酬は得られる。会社の被害を最小限に抑えるためには、そちらの方が合理的かもしれない。報酬の程度にもよるので、あくまで推測の域を出ないが……。

 

「松崎さん、このまま行くべきです!」 織田が怒鳴った。


 織田の言うように、このまま海保に先んじて『ヴィンセント・ベイ』に強行突入し、宇城と尾滝を救出することが、この事案を収拾するには最善の策だろう。だが、そのあとに残るのは、会社に対する政府の不信だ。民間軍事会社法——通称PMC法に反して武力行使を行ったとなれば、最悪会社の存続を断つ事態になりかねない。

 ダークスネークのような会社であれば、『現場社員の独断専行』 と切り捨て、付け焼き刃の再発防止策を報告して終わりだろう。だが、うちの会社は違う。良くも悪くも、優柔不断な社風が社員を庇い、結果的に会社全体の首を絞める。

 それが分かっていて、あえて独断専行を行うわけにはいかない。「命令を聞いたろう? 引き返すんだ」


「相手はダークスネークですよ! 誘拐が明るみに出るのを防ぐためなら、海保だろうと()るはずだ。おれたちが先に突入すれば……!」


 松崎は腰を浮かしかけた織田を殴り飛ばした。織田のSG551自動小銃がカラビナに当たり、派手な金属音を立てる。


「んなことは分かってんだよ……!」 松崎は床に転がった織田を睨みつけた。「おれたちはあくまで民間企業なんだ。法執行機関の行動を妨害するような真似はできん」

「しかし……!」

「落ち着け」 松崎は努めて冷静な声を出した。「宇城由貴と尾滝が今にも殺される、という事態じゃないんだ。救出の機会はまだある」

「楽観的すぎじゃないですかね」 織田は起き上がり、席に座りなおした。

「おまえこそ、もう少し同僚を信用したらどうだ」


 松崎は、織田を殴りつけた拳の痛みを感じながら、誘拐された二人の身を案じた。だが、きっと大丈夫だ。尾滝たちは生きて戻ってくる。一見、無気力なようでいて、ここぞという場面ではきっちり任務をこなす男だ。


(前方二五〇、海保のスーパーピューマ。間もなくすれ違います) 副操縦士が告げた。


 数秒後、ペイヴホークと海上保安庁のヘリ、アエロスパシアルSA332スーパーピューマがすれ違った。相対速度は、時速四五〇キロくらいか。


「やられるなよ……」 関内が呟いた。


 『ヴィンセント・ベイ』 に乗り組んだダークスネーク社員は、自動小銃で武装しているという。もしかしたら、さらに強力な火器を所持しているかもしれない。練度が高く、小銃で武装した海保のSST(特殊警備隊)であっても、一方的な制圧は難しいだろう。

 沈黙が降り、エンジンとローターの音だけが響く機内で、松崎はHK416のグリップを握りしめた。

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