Operation13:船内で
改訂しました。
ブラックオリオン本社敷地内のヘリポート脇に建てられた格納庫の待機室で、松崎たちは作戦指揮課からの指示を待っていた。出動の指示が来れば、即座に駐機場のペイヴホークに乗り込んで離陸できる状態だ。
まもなく、午前一時半になる。腕時計をじっと見つめる者、座ったまま微動だにしない者、装備のチェックに勤しむ者……。
今頃、《ヴィンセント・ベイ》に海保が乗船し、立入検査を実施しているだろう。あるいは、戦闘になっているか。
戦闘——そう呼べる状況なら、まだいい。最悪なのは一方的な攻撃、虐殺だ。だが、そうなった場合、国家公安委員会は緊急措置としてのブラックオリオンの作戦行動を認可するだろう。おれたちに出動命令が下り、ようやく遠慮することなく救出任務が行えるというわけだ。
そんな事を考えながら、松崎はマグカップに入ったブラックコーヒーを啜った。カップをテーブルに置いたとき、スピーカーからオペレーターの声が流れた。
(緊急連絡。『ヴィンセント・ベイ』 に接近した海保のヘリが墜落し、巡視艇が被弾した模様。待機中の作戦七課、八課は直ちに出動せよ。状況は追って連絡する)
「出動だ、行くぞ!」
松崎が怒鳴ると、各課員たちはそれぞれの小銃を引っ掴み、弾かれたように待機室から飛び出していった。「待ちくたびれたぜ!」 と言ったのは織田か。照明に照らし出された二機のペイヴホークはすでにエンジンの唸りを上げており、すぐにメインローターを回し始めた。POたちが搭乗を終えると、地上整備員が機体から離れる。各種計器ディスプレイを見ながらプリフライト・チェックを終えたパイロットがコレクティヴ・レバーを引き上げると、猛然と回転する四枚のローターブレードが、全長十七メートルの機体を地上から引き離した。
※
その、三十分ほど前。立入検査を実施する海上保安庁の巡視艇が接近してきため、『ヴィンセント・ベイ』 の乗組員たちは睡眠返上で受け入れ準備を進めていた。
ブリッジに立つ船長は、接近してくる巡視艇とヘリの灯火を眺めていた。だが、直後に信じられないような光景を目撃した。船内から数人の”お客さん”が甲板に出てきたかと思うと、彼らはロケット弾のような物を巡視艇に向けて発射したのだ。
全長四十メートル程度の巡視艇の左舷側船体にロケット弾が命中し、爆音とともに、暗い景色の中に明るい光を散らした。
「おい、救命ボート降ろせ!」「やっぱり、あいつら違法な貨物を持ち込んでたんだ!」「巡視艇を攻撃するなんて、狂ってやがる……」
船長とともに、その様子を目撃した船員たちの怒号がブリッジに飛び交った。そうしている間にも、甲板のダークスネーク社員たちは自動小銃の発砲を始める。狙いは、船首の上でホバリングしているヘリのようだ。フルオートの射撃音が連続し、ヘリの機体に着弾の火花が散る。慌てて上昇を開始したヘリにロケット弾が突進し、爆発がテールローターを粉微塵に破壊した。トルクの反作用の虜になったヘリはバランスを失い、回転しつつ海面に激突して、大きな水しぶきをあげた。
船長は、ブリッジの窓枠を叩きつけた。いったい、何が起こっている……!?
※
(墜落したヘリを視認) 東京湾上を飛行するペイヴホークで、機内無線を震わせた機長の声に、松崎は窓に顔を近づける。ほとんど何も見えない海上の一箇所、巡視艇が集まっている明るい場所があった。投光器に照らし出されているのは、半分ほどが水面下に沈んだヘリの機体だった。ドライスーツにヘルメット、酸素ボンベを装備した潜水士たちが、乗員の救助作業にあたっていた。
「松崎より各員。海保からの連絡によると、敵はRPGを装備している模様だ。七課の四人が降下する間、八課はホーク2機上より援護してくれ」 複数課が共同で任務に就く場合、一人の課長がリーダーとしてアサインされ、作戦行動の指揮決定権を持つ。今回は、松崎がリーダーだった。
(八課倉西、了解した)
(降下ポイントまで二分。ホーク2、先行し援護位置につけ)
(ホーク2、ラジャー)
松崎はHK416自動小銃のチャージングレバーを引き、初弾をチェンバーに送った。ナイトビジョンの視界に不具合がないか確かめ、ラペリング降下に備える。(降下一分前) の声を聞いてから、三人の部下を見回した松崎は、リーダーとして気を引き締め直した。
「状況開始。行くぞ」
※
なんて運の悪い女なのだろう。薄暗いコンテナの中で、由貴は自分のことをそう思った。
自分の身が狙われていることは、二週間ほど前に家族から聞いていた。なぜそのときに、自主休学という選択肢を思いつかなかったのか。常時警護要員がつくというだけでも、自分がいかに危険な状況にあるかは判断できたはずなのに。
それだけではない。ついこの前、帰宅しようとして誘拐されかけたのだ。そんなことがあってもなお、自分は大丈夫だと思い込み、普段通りの生活を続け——結局、この有様だ。
自分だけならまだいい。あたしはなんてバカなんだろう、と自分で気づき、納得して、それなりに諦めもつくかもしれない。
許せないのは、大切な友人を巻き込んでしまったことだ。
由貴は座ったまま、ちらと横に視線を向けてみた。隣で体育座りをしている一葉は、俯いたまま口を開こうとしない。ここで意識を取り戻してから、ずっとこの調子だった。
無理もない、と由貴は思う。いきなり正体不明の集団に気を失わされ、気が付けば、どこともしれないコンテナの中。規則的な揺れとエンジンの鼓動が、ここが船上であることを教えてくれていたが、分かるのはそれくらいだった。
「由貴……」 弱い声をかけられ、由貴は一葉を見た。今にも泣きそうな顔で、一葉は由貴を見つめた。「これって、やっぱり人身売買なのかな……?」
「ど、どうかな……」 このまま船で海外に連れ出され、売り飛ばされる。そのあとは買主のお好きなように……想像したくもない。由貴は頭を横に振り、嫌な想像を振り払った。
「あたし、由貴の友達で良かったよ……」
「そんな、今生の別れじゃないんだから」
「だって……」
ぼろぼろと涙を流し始めた一葉を、由貴はそっと抱きしめた。「きっと、大丈夫だよ」
「秀輝と尾滝くん、近くにいるのかな」 一葉が鼻をすすりながら、かすれた声を出した。
「うん、きっと近くにいるよ」
そんな気がしていた。この根拠のない安心感はなんだろう。そう、尾滝さんはPMCの社員なのだから、きっと助けに来てくれる。きっと……。
落ち着きかけた感情は、聞こえてきた複数の怒号と、銃声によって再びかき乱されていた。
続いて、何かの爆発音。
何かが、起きているのだ。
「これって、かなりヤバい感じだよね?」
肩を震わせる一葉に、由貴は黙って頷くことしかできなかった。
遠くの銃声に混じって、足音が近づいてくる。これはすぐ近くだ。由貴と一葉は、コンテナの扉を注視した。
そして、コンテナの扉の鍵を外す音がした。由貴は思わず叫ぶ。「尾滝さん!?」
扉が開き、現れたのは見知らぬ二人の男だった。両者ともに戦闘服に防弾ベストを着込み、手には自動小銃が握られている。
「黒髪の女、来い」 男は由貴の腕を掴んで強引に引っ張った。
「イヤ、やめて!」
「由貴……!?」 一葉は立とうとしたが、もう一人の男に小銃を突き付けられ、身動きが取れなくなった。
その叫び声は、功一たちのコンテナまで聞こえていた。
「一葉! 宇城!」 音無が立ち上がって怒鳴り、コンテナの壁をガンガンと叩く。「どうなってんだ!」
銃声、爆発音、二人の叫び。状況がまるで掴めない。功一は舌打ちした。
「頼む、返事をしてくれ!」 音無は必死だった。
数秒後、鍵が解除され、扉が開いた。そこにいたのは、M4自動小銃を構えた戦闘服姿の男だった。怒りを隠しもせずに表情に出していた中年の男は、正面にいた音無の顔をM4の銃床で殴り飛ばした。長身の音無は呻き声を上げ、激しく床に転倒する。
「うっせえんだよ、ガキが。静かにしてねぇとぶっ殺すぞ!」
男が出ると扉が閉じ、再び鍵が掛けられた。
その直後、複数の足音が響いた。
銃声。
悲鳴。
銃声。
空薬莢の落下音。
「クリア」「このコンテナを解錠しろ」 功一の知っている声だった。
そして、いま閉じられたばかりの扉が開いて、HK416を構えた松崎が姿を現した。功一の顔を見ると、ニヤリと笑った。「お、無事だな?」
「松崎さん……待ってましたよ」
「ん、そっちは誰だ?」
「一緒に誘拐された大学生です」 功一は説明した。
「ほう、捕まったのは二人だけかと思ってたが……」
続いてP90サブマシンガンを携えた碧がコンテナに入り、倒れている音無に声をかけた。「怪我はない?」
「おれは大丈夫です。それよりあとの二人はどこに……!」 音無は切れた口元の血を拭って立ち上がった。
四人はコンテナから出た。そこには多数のコンテナが並んでいて、天井には必要最低限の蛍光灯がついていた。船内貨物室らしい。
「一葉!」 音無が呼びかけると、十メートルほど離れたコンテナから「ここよ!」 と反応があった。碧が南京錠を撃って破壊し、扉を開けると、一葉がコンテナから飛び出した。一葉は音無を見つけると、駆け寄って抱きついた。音無は無言で抱き返す。
「怪我はないか?」 音無が訊くと、一葉は頷いた。
「それより、由貴が連れて行かれたのよ!」
「なに!?」
やりとりを聞いていた松崎が無線に吹き込む。
「松崎より各員に告ぐ。尾滝ほか二名を救出したが、救助対象が行方不明。船内捜索を続行しろ」
(こちら関内、了解です。現在ブリッジ下部で接敵、交戦中)
「わかった。甲板に向かう」
松崎を先頭にして、五人は露天甲板に続く階段を昇っていく。
すると、上の階からフルオートで銃撃された。「伏せろ!」 怒鳴った松崎が即座にHK416を構え、トリガーを引いた。
米軍の主力小銃・M4の性能向上型であるHK416がフルオートで弾幕を張る。薬莢が立て続けに排出され、壁で跳ね返って階下へ落ちてゆく。
「弾切れだ、頼む」「了解」
松崎と碧が位置を交代し、碧が頭上の敵に向かってP90を発砲する。”ヴァイオリン”と揶揄される独特な形状のP90が火を噴き、やがて頭上からの銃撃は途絶えた。
露天甲板に出ると、空は明るくなり始めていた。船内の制圧はほぼ完了したようで、甲板には海上保安官が数名いた。デッキには血痕がつき、無数の空薬莢が散らばり、発射済みのRPG-7対戦車ロケットも放置されていて、戦闘の激しさを無言で語っている。
「救助対象の捜索状況を知らせ」 松崎が慌てた様子で無線に吹き込んだ。
(第二甲板はクリア)
(ブリッジ、クリアです)
(第三甲板で発見したが、敵が人質に取って船内を逃走している) 八課の倉西課長の声だった。
「なに!? 絶対に救助対象を撃つな」
(分かっている)
船橋構造物のドアが開き、関内と織田も合流した。「いったい、どうなってんだ」
付近には、海保の巡視船一隻と巡視艇二隻が見え、上空にはブラックオリオンのペイブホークや、海保のヘリ・ベル212の機影も確認できる。
すると、『ヴィンセント・ベイ』 とは別のエンジン音が鳴り響いた。功一は音源を探し、手摺に掴まって下の海面を見た。『ヴィンセント・ベイ』 の船体に接舷していた、海保のモーターボートのエンジン音だった。だがそれに乗っていたのは、海上保安官ではなかった。
「宇城!」
「なに!?」 松崎たちもモーターボートを見下ろした。急発進したボートに乗っていたのは、二人のダークスネーク社員と、由貴だった。織田が咄嗟にSG551を構えたが、松崎がすぐに制した。「バカ、人質に当たったらどうする!」
「松崎よりホーク2。救助対象は船を離れたボートに乗っている、追跡しろ!」
(ホーク2、了解)
ペイヴホークはモーターボートの追跡に入った。だが由貴が乗っている以上、モーターボートに向けて攻撃は出来ない。このままでは、どこかの桟橋に上陸して逃げられてしまう。
どうする。功一は、『ヴィンセント・ベイ』 に接舷していたもう一隻のモーターボートに気が付いた。迷っている時間はなかった。
「織田さん、銃を貸して」
「どうすんだ?」 織田は自分のレッグホルスターから拳銃を抜いて、功一に渡した。
功一は甲板から海に飛び込んだ。
「尾滝!?」
無人のモーターボートまで泳ぎ、それに乗った功一はエンジンを掛けた。操縦は、以前受けた水上戦術訓練のときに教わっていた。フル・スロットルに入ったモーターボートが急速発進する。
ペイヴホークを目印にして最大速度で航行していると、前方にモーターボートが見えてきた。陸地に向かっている。あちらは三人も乗っているため、スピードは当然こちらが上だ。
「ん……?」
功一は、前方の空にペイブホーク以外の機影を見つけた。角張った機体に、両側の武器小翼。ローター上部に円盤状のミリ波レーダーを搭載したそれは、ダークスネーク社の戦闘ヘリ、AH-64Dアパッチ・ロングボウだった。
功一はアパッチから視線を逸らし、操舵ハンドルを握り直した。「冗談だろ……!」
三十ミリ機関砲、七十ミリロケット弾、そしてヘルファイア対戦車ミサイルを積んだ世界最強の戦闘ヘリが、功一に牙を剥いて立ちはだかっていた。




