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71:誓い

 あれだけうるさかった広場からの轟音が、消えた。

 つまりーー


 と、そこで、俺の目の前に突然人影が出現した。

 空間魔法による転移術。

 現れたのは、ボロボロになったストレインを肩に担いだフィオーナの姿だった。


「……お、お待たせ……どうやらうまく見つけられたみたいね……」

「フィオーナ! ストレイン! 無事だったか!」


 俺は驚きとともに歓喜の声をあげた。

 あの黄金兵達を相手によくぞここまで……。

 ストレインの反応が無いところを見ると、どうやら気を失っているようだ。無理もない。

 そしてよく見ればフィオーナの着ているローブもあちこち裂けてヒドい有様である。

 よほどの死闘であっただろう。よく生きて帰ってこれたものだ。

 しかし目のやり場に困るな。


 裂けたローブの隙間に覗くフィオーナの艶かしく美しい肌から目を逸らす俺に、彼女は気にした素振りもなく深い溜息を吐いた。


「無事だったかですって? 当たり前じゃないの! ……なんて、流石に強がる元気も無いわね。まさか私がここまで消耗させられるなんて……もしこれ以上あいつらとの戦闘が続いてたら本当にヤバかったわ」

「じゃああの光はやはり……」

「ええ。チビッ子ちゃんが唱えた第十スペルの時間切れよ。あの兵士、ストレインと戦っている最中に突然動きが止まったと思ったら、そのまま光になって消えちゃったわ」


 光になって消えた……つまり、あの黄金兵の命が燃え尽きたということだ。

 多くの命を犠牲にして得られる力が、こうもあっさりとーー

 人使魔法の第十スペルのエゲツなさを再認識し恐れおののく俺を横目に、フィオーナが重そうに担いでいたストレインをドサッと地面に放り投げ一息ついている。

 おい、扱いが雑いな。


 すると、


「フィオーナさんっ!」


 アイリスが嬉しそうに声をあげた。


「あら、アイリス。元気だったかしら。無事で良かったわ」 

「はいっ! フィオーナさんから頂いた首飾りが守ってくれました! ありがとうございますっ」

「そう、役に立ったようね」


 久しぶりの再会に、両者とも和やかに笑顔を向け言葉を交わしている。

 こんな時でも、彼女達の明るさには救われるな。


「アキュラ、あの女の人は誰?」

「セレナは初めて見るだろうな。以前工房に訪れた根無し草の物好きなエルフ……と思われていたが、その実、なんと最強格の魔帝の一人だったフィオーナだ。ちゃんと”さん”付けするんだぞ」

「……何をひそひそと余計なことを吹き込んでいるのよ、アナタは」


 俺とセレナのやり取りに目ざとく反応したフィオーナがジト目で睨んでいる。

 何を言う、事実だろうが。


「まあそうなんだけど。なんかバカにされてる気がして腹立つわね〜」

「気のせいだ」


 フィオーナがいなかったら俺達は全滅していたんだ。

 恩人には敬意をもって”さん”付けするようセレナに教えておかないと。

 

 などと多少バカなことを考えていた俺であったが……。

 ふと、アイリスが何か覚悟を決めたような表情でこちらに近付いてくる。

 聞きたいことがあるのだろう。

 その決意の表情を見て、俺は気を引き締め直した。


「フィオーナさんがここにいることもそうなんですけど……教えて欲しいんです」


 俺の目の前まで来たアイリスが、震える唇で言葉を続ける。


「アキュラさん……お父さんは……? それにクマ吉さんの姿も見当たりません。ストレインさんは怪我だらけ……いったいなにがあったんですか」

「アイリス……」

「そうよアキュラ。どうしてこの町が襲われなければいけなかったの」

「セレナ……」


 二人にはちゃんと話すべきだろう。

 不安そうに身構えるアイリスとセレナに対して、俺は手短に事情を説明した。

 町の壊滅的な状況や、ドボルグなどの捕らえられた町人達のこと、王国騎士団の洗脳や広場でのシモンズとの戦い。

 そういった一連の流れを洗いざらい吐き出した。

 

 その間、二人は何も言わず黙って話を聞いていた。


「すまない、アイリス。俺は……」

「……いえ、なんとなくわかっていました……。お父さん達以外に無事に生き残っているのはここにいる私達だけなんですね……。サントさん……ヘレンさん……ごめんなさい……。クマ吉さんも……うっ……う」

「……すまん」

「お父さん……お父さん……」


 アイリスが涙を流し悲しむ様子を眺めながら、俺の脳裏には親しかった麦わら帽子の若者とおさげの女の子の姿が浮かび上がった。

 サントとヘレン。

 二人とも仲睦まじく、俺の工房に遊びに来ては邪魔しかしなかったものだが……。

 なんとも気の良い奴らだった。


(すまないサント……ヘレン)


 この惨劇の中で生きている可能性はゼロだろう。

 確認しに行くこともできない状況の自分に、俺は悔しさを募らせた。

 すると話を黙って聞いていたセレナがわなわなと震えている。


「そんな……ノアが……。嘘よ、魔物になっただなんて、そんな嘘……」

「セレナ、落ち着いてくれ」

「だったら早く、助けに行かないと……何をしているのアキュラ! 早く……!」

「ぐっ……! それは……」


 必死な表情で訴えかけるセレナの目を俺は直視できず、はっきりと言葉を返すことができなかった。

 俺だって今すぐ助けに行きたい。

 だが無理なんだ。


 肩を落とし泣き続けるアイリスと、助けを求めて叫び続けるセレナ。

 辺りに漂い始めた悲壮な空気に、俺はやりきれない思いで一杯だった。

 するとその陰気を吹き飛ばすかのように、パンッ、と手を叩く音が響いた。


「はい! めそめそするのは後! 時間がもったいないわ」


 勢い良く声をあげたフィオーナは、腕を組み高圧的な姿勢でセレナとアイリスに鋭い視線を投げる。


「いいこと? 今、アナタ達は”選択”を迫られているの」

「……選択……?」

「生きるか、死ぬかよ」


 弱々しい声で反応したセレナに、フィオーナはざっくりと言い放った。


「アイリス、セレナ。アナタ達には酷な話だわ。今まで平和に過ごしていた町を見捨て、父親を見捨て、妹を見捨て、自分達だけが逃げ延びる。彼らを大切に思うアナタ達だからこそ、その罪悪感に押しつぶされてもおかしくないでしょう。だから、父親や妹をどうしても助けに行きたいと言うなら止めはしない。今からでも遅くないわ、広場の方に向かってみなさいな」


 あまりに無謀。

 フィオーナが言っていることは、死にたければ死ねと言うことと同じだ。

 アイリスとセレナだって、そんなことは言われなくとも理解しているはず。

 だが、

 

「頭は冷えた?」


 悲哀や焦燥といった負の感情は、時に正常な判断を著しく鈍らせることもある。

 悲しみに浮かれ現状の理解を放棄しかけていた彼女達には、第三者のフィオーナの言葉こそがよく効いたに違いない。

 我に返り息を呑む二人に向かって、フィオーナはニッと朗らかに笑った。


「だけどね、生きていれば新たな選択肢が生まれる。それをどう生かすかはアナタ達次第だけど、生きてさえいればもしかしたら、いつか彼らを助け出せる日が来るかもしれない、でしょ?」 


 可能性の提示。

 フィオーナの言葉が、アイリス達に生きる意味を与えていく。


「アナタ達もこの先アキュラと共に居たいのなら、しっかり前を見なさい。どうするべきか自分達で考えるの」


 そこまで言ってフィオーナはくるりと背を向けた。

 自分達で考えろーー

 顔を上げたアイリスとセレナの表情には、もう先ほどまでの弱々しさは残っていなかった。

 彼女達なりに、フィオーナの言葉から何か光を見出したのかもしれない。

  

「ありがとう、フィオーナ」

「はぁ、私ほんとはこんなキャラじゃないんだけど……。アナタ達に関わってから変になっちゃったのかしらね」

「意外だな、そうなのか?」


 俺にとってのフィオーナはいつでもこの姿だ。

 得体の知れない謎多き女性だが、信頼に足る頼もしい存在。

 本当に、以前工房に来た時もそうだったが随分と助けられているな俺は。

 感謝しかない。


「あまりグズグズしていられないわ。シモンズ……だっけ? 彼らの追手がすぐにここまで来るわよ。元々アキュラを捕まえる為に来ているんだからね。早く逃げましょう」

「逃げるって……これからどこに行くんだ?」

「私の国よ。私の家。それとアキュラ、忘れてないでしょうね? 向こうに着いたら約束通り、私に協力してもらうからね、いい?」

「はいはい、わかってるよ。お望みのままに」

「そ、ならいいわ」


 そう短く言うなり、杖を構えたフィオーナはさっさと全員を転移する準備に入ってしまった。

 フィオーナの、国?

 そういえば広場でシモンズの長であるレスキンスがフィオーナと対峙した時、彼女が一国の王であるとかなんとか言っていたような……。

 まあ今詳しく聞くことじゃない。

 実際に行けばわかるだろう。 


「それじゃ準備はいいわね? これが最後の転移よ。もう私も魔力が限界だわ」


 杖を掲げたフィオーナの周囲にサークルのようなものが浮かびあがった。

 淡い光が俺やアイリス、セレナ、倒れたままのストレインを包み込んでゆく。

 指を鳴らす転移と何が違うのか不思議に思ったが、一度に転移する人数の制約とか、その辺りの問題だろうか。まあ些細なことだ。

 

 考えるのも億劫になって、俺は空を見上げた。

 そしてふと、 


(もう二年以上、あそこで暮らしていたんだな)


 建物に次々と移り燃え盛る炎、その視界越しにゆらめいて映る南方の山へと視線を向けた。

 ここからではほとんど見えないが、あの辺りに俺の邪眼工房がある。

 この世界に来てから、今までずっと暮らしていた俺の城。

 ”ウェムラ・アキュラ”が始まった場所だ。


(集めた素材も、作った物も全部、失ってしまうな)


 もしかしたらすでに騎士団の兵士かシモンズの人間が踏み込んで回収しているかもしれない。

 爆炎大剣グラウニカ含めた様々な武器、俺特製の閃光玉や爆発玉、残っていたヴァルファリオンの素材、翼の最後の一枚も全て置いたままだ。

 ストレインの手に剣が無いところを見ると、広場の戦いで落としたのだろう、極光宝剣も今頃レスキンス達に徴収されているに違いない。

 唯一手元に残っているのは、俺の右眼にあるこの幻惑の魔眼だけである。


(ハハ……無くなってしまった……全部……)


 好きなようにものづくりをして生きていく、なんて前世ボケした甘い考えがこの結果を招いた。

 胸に刻み込め。決して忘れるな。

 この町を殺し、人々を殺し、そしてクマ吉が死んだのは俺の責任でもある。

 誰かが否定したとしても、俺だけは自分自身を許してはいけない。

 だからこそーー


(……許さない)


 復讐だ。

 ここは日本じゃない。

 我が身を守ってくれる法も、犯した罪を咎める法も存在しない。

 やられたらやり返す。

 俺の第二の人生を滅茶苦茶にし、皆の命を奪った報いを受けてもらう。

 ”ものづくり”によって、奴らに思い知らせるのだ。

 

(死ぬほど後悔させてやる)


 コルダ王国、王国騎士団。

 秘密組織シモンズ。

 お前らだけは許さない。

 絶対に、許さない。


 ぎちぎちと食いしばった歯は音を立て、唇からは血が流れ出ている。

 前世では感じたことの無いほどの激情が、俺の胸の中で強く渦巻いていた。

 これが、憎悪か。

 右眼の魔眼が掻きむしりたくなるほど不快に疼いていた。


「俺は必ず帰ってくる……それまで」


 それまで、せいぜい派手に動いていろ。

 このリュミエの町を落とし、俺の作った道具や武器を奪い、義肢や魔眼をつけた町人を攫って研究し、魔帝ノアとヌエ・ラ・デリウスの能力を完全に手中に収めて……。

 世界征服だろうが何だろうが、大仰な目的を掲げて他所の大陸へと侵略でもすればいいさ。

 今の俺にはそれを止める力は無い。

 どうすることもできない。

  

 だが待っていろ。

 俺は俺にしかできないやり方で、お前達に復讐しよう。

 決して諦めはしない。



 いつか必ずお前らをーー



 そうして、淡い光に包まれた俺の視界が真っ白に染まっていく。

 妙な浮遊感を一瞬だけ感じた。

 転移の直前に呟いた俺の声は、誰に聞こえることもなく空に消えーー

 

 そして俺たちは、リュミエの町から姿を消したのだった。

 

ーーーー






ーーーー


 その日。

 アルカダ大陸の南方に位置する、とある小さな町が地図からその姿を消した。

 コルダ王国の王都では、王の勅命を見事果たした騎士団に向けて、祝福と喝采の声が天高く響き渡ったという。

 悪魔の討伐。

 だが、その真相を知る者はほとんどいない。


 人から魔へと成り果てた者。

 大切なものを取り返すために前を向く者。

 心に鬼を宿した者。

 様々な人間が、それぞれの思いを胸に、大きな変貌を遂げる。


 ものづくりに命を賭けようとした男は、この世界での過酷な現実を知った。

 甘えもゆるみも許されない。

 元居た世界での常識など一切通用しない。

 抱いていた幻想はことごとく破壊され、手に入れたモノのほとんどを失ってしまった。


 そうして男は今一度生まれ変わる。

 授かった才能と天性の肉体をもって、仇なす敵を討ち倒さんが為に。

 復讐に身を焦がすその姿は人の形をした鬼そのもの。

 魂の慟哭のごとき呟きは、今、人知れず世界を震わせる。

 

「……殺してやる……」


 男は誓う。


 いつか必ずお前らをーー殺してやる。

 

ーーーー

第一部、完です

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