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33:飛来

ーーーー


「かしこまりました。ではただちに参ります」


 アキュラの指示を受けたストレインは、剣を手に小屋を出た。

 その足取りは、揚々として軽い。

 主君の令無しに剣を振るうつもりはないが、自分の力が、また誰かに必要とされている。

 かつて王国の英雄と呼ばれたストレインにとっては、昔を懐かしむような感覚で、自警団の手助けをすることに対して内心嬉しく思うのであった。


(とはいっても、いまさら国の為に戦うつもりなど、さらさら無いが)


 右眼に魔力を送り込む。

 たちまち発動した竜法により、ストレインの体からは光の粒子が放出された。

 今のストレインの肉体は、竜の皮膚ほどの硬さに硬質化し、筋力や体力も人間とは思えないほど向上している。

 その様は、まさしく竜化といっても過言では無い。

 さらにその上から魔力を纏い、ストレインは肉体強化を高めた。

 そして地を蹴り、凄まじい速度で山を下りていく。


(コルダ王国……そして王国騎士団。失明した僕をあっさり見限り、手を差し伸べてすらくれなかった。アキュラ殿と出会わなければ、今頃……)


 鞘を握る手に力がこもる。

 目を失い絶望していた頃の自分を思い出すーー胸の奥にジワリと滲むような感情が湧いた。

 昔のストレインにとっては馴染みの薄かった、あるひとつの強い感情。

 怒り、だ。


 アキュラの手によって視界を取り戻してから、たびたび湧き上がる強烈な衝動。

 それは町の人間達と再びふれ合うようになってからも、収まることはない。

 常に戦時といえるこの国の事情や一兵士としての立場ゆえ、怪我をして戦線を離れた己こそが悪いと自分に言い聞かせ律してきたストレインだったが……

 心の奥底では、もう一人の自分が叫び続けていた。

 なぜ、皆、”あの時”こそこうして優しく接してくれなかったのだーー


 ストレインは飛ぶように山を駆けながら、溜息をつく。


(落ち着け。過去の僕はもはや死んだのだ、アキュラ殿に出会ったあの時から。王国はもう関係ない。今は、アキュラ殿やクマ吉殿と一緒になって、邪眼工房の為にこの身を尽くす。我が主が本懐を遂げるための、道具でいいのだ)


 胸に巣食った灼けるほどの熱を冷ますように、意識を切り替えたストレインは冷静になった。

 全てはアキュラ殿の為にーー

 その思いが、今のストレインを動かす原動力の全てであった。

 先程の主人の身を案じる。


(なにか様子が変だった……アキュラ殿らしくない、随分と落ち込んでいた)


 やはり先日の、アインシュトルム家との騒動が原因だろうか。

 アキュラ殿は聡明かつ人外の知を備えた賢人であるが、その反面、人の世に多少疎いきらいがある。

 魔物ではなく、人間から向けられる直接的な害意には慣れていないだろう。

 その衝撃に、精神的なダメージを負っていてもおかしくはない。


 あの時、もっと早く助けに駆けつけていれば……

 不甲斐ない……

 さらに強くならねば。一刻も早く。


 自身の剣技が今だ全盛期の頃に追いついてないことを痛感しているストレインは、決意を胸に目的地へと一直線に駆けるのであった。




 すぐに町を抜け、北の山に到達したストレイン。

 現場に駆けつけてみると、そこでは、空を飛び回る魔物たちに応戦しているリュミエ自警団の者共の姿が見えた。

 その中には、アイリスの父親であるドボルグの姿も確認できる。

 空に向かって義手の右腕をかざし、魔物を撃ち落としていた。


「オラオラァ! 邪魔だ邪魔だ!」


 手首から先が銃身へと変形し、魔力によって内部で生成された弾を撃ち続けるドボルグの右腕。

 その威力は凄まじく、空を駆ける大小様々な魔物たちが墜落していく。


(あれがアキュラ殿の仰っていた”戦型変形機構”という仕掛けか。なんという……)


 ストレインは口元を押さえ、小さく息を漏らした。

 ふふ、アキュラ殿、あれではやりすぎです。

 もはや義手を超えた何か、ちょっとした殺戮兵器になってますよ。



 アルカダ大陸にも”銃”なる物は存在するのだが、その技術の発展・進歩は遅々として進んでいない。

 必要とする威力は、魔力によって強化した弓で十分。火をつけてから発射するまでの間隔が長く、混戦の中、狙った相手に命中させるには卓越した技術が必要。

 さらには製造コスト、生産速度などなど問題点が多数存在するのもその要因である。そういった事情を踏まえて、コルダ国王が銃の開発に消極的なのも大きな影響だろう。

 が、一番の原因は、魔法や魔力操作という手早く圧倒的な力を生み出す存在を目の当たりにしている職人達には、わざわざ銃の研究、開発なぞ馬鹿らしくて付き合ってられないというのが本当の所であった。


 そんな諸々の事情を一蹴するかのように、軽々と銃を扱い魔物を撃ち落とすドボルグ。

 あれこそウェムラ邪眼工房の作品のひとつ、『骨鎧ボーンメイル』。

 大陸の常識を覆すほどの機能と戦闘力を持った、魔物の骨を基礎構造としたアキュラ特製の義手である。


(戦場での一兵士があんな物を付けていたら、戦況は一変するだろうな)


 周りを見渡すと、他の自警団の面々も、アキュラが作った義手や義足、武器、さらには魔眼を用いて軽々と魔物を撃退していた。

 その能力は並の兵士を遥かに凌駕するもので、邪眼工房の影響力の凄まじさを物語っている。


 リュミエの町はいつからこんな武闘派集団にーー

 内心苦笑するストレインであった。


(これでは、僕の出る幕は無さそうだ。墜ちた魔物の素材でも剥いで、アキュラ殿への手土産とするか)


 上空から飛びかかってきた鷹型の魔物を、目もくれず片手で払うストレイン。

 その衝撃で、魔物はあっさり息絶えた。

 せっかくならばと、ストレインは撃ち落とした鳥を剥ぎ始める。


 だが、そこである異変に気付いた。

 死んだはずの魔物の目がぎょろぎょろと動き、体がブルブルと震えている。


(こ、この魔物、何か様子がおかしい。いや、待て。この”眼”は……それにこの症状はーー)


 細かな検分を始めようとしたその時、少し離れた場所から悲鳴があがった。

 ストレインがそちらに目をやると、自警団員の何人かが地面に倒れている。

 その上空に、体長三メートルはあろう、翼を生やした巨体のゴリラが旋回していた。

 奴の仕業だろう。

 団員たちが、突如現れた脅威に、絶望した空気を醸し出していた。


(デビライトウータン……厄介な魔物だな。しかし……なぜこんな場所に)


 ストレインの知るかぎり、砂漠の主、ギガロックワイバーンほどの強さを持つかなり危険な魔物。

 装備が強力とはいえ、戦闘経験の少ない自警団の人間達には荷が重すぎる相手だ。

 しかしデビライトウータンといえば、深い森林の奥地をナワバリにする定住型の魔物。

 そもそもアルカダ大陸にはほとんど生息しておらず、他大陸の山中に移動するなぞ聞いたことが無い。


 色々と奇妙な違和感を覚えるストレインだったが、

 すぐに剣を抜き、魔物の元まで瞬時に駆けつける。

 そして、標的にされていたドボルグに襲いかかるウータンの巨腕を、即座に斬り落とした。

 

「あっ、ああ……! ス、ストレインか? すまねぇ、助かったぜ!」

「ドボルグ殿、あまり無茶はお止め下さい。アイリス殿が心配していましたよ」


 へへ、面目ねえ、と言ながら後方に下がるドボルグ。

 ストレインが駆けつけてくれたことによって、団員達を支配していた絶望の空気が消えた。

 周りの団員が、倒れた仲間を引きずってその場から退避していく。

 周囲に人が居なくなったことを確認したストレインは、空を飛ぶデビライトウータンを強く睨みつけた。


 一度上空に逃れたウータンは奇怪なうめき声をあげて滅茶苦茶に飛び回っている。

 その軌道は、とてもじゃないが何か意図があるようには見えない。

 尋常ではないその様子を、ストレインは冷静に考察する。


(あのデビライトウータン、もはや正気を失っている。そしてそれはこの魔物だけに限らない。周りにいる魔物全てが同じ状態なのだろう。この症状はおそらく、あの魔物のーー)


 様子を窺うストレイン。

 すると、ストレインに狙いを定めたウータンが、その大きな口を開いた。

 ウータンの口内に、練り上げられた魔力が収束していく。

 そして、限界まで膨れ上がったその魔力を、一気に解き放った。

 放たれた魔力は灼熱の魔法へと変わり、辺り一面を焼き尽くす業火と化す。

 魔使魔法『デッドリーフレア』である。 


 空を飛ぶ他の魔物たちを焼き尽くしながら、猛炎の濁流がストレインたちを襲う。

 腰を抜かした団員が、悲鳴を上げた。


 ストレインは静かに剣を構える。

 磨かれた鏡面のごとき輝きを放つ、刀身が宝石のように透き通った長剣。

 その剣先が、迫り来る炎越しにデビライトウータンに向けられた。


「侮るなよ。この程度で、僕は立ち止まっているわけにはいかない」


 ストレインは、手にした長剣に魔力を込めた。

 ストレインの魔力に反応したその剣が、極光オーロラに煌めく光を放つ。

 その光は瞬時に伸び広がり、剣先数メートルの位置で固定された。

 剣を形どった光の奔流。

 その姿はまさしく、一つの巨大な光の剣といえるだろう。

 アキュラが見たら、ツッコまずにはいられないはずだ。


「極光宝剣ーー解放ーーゆくぞ」


 呟いたストレインは、空に向かって袈裟切りに剣を振り下ろした。

 光を放つ巨大な剣の斬撃は、その力をもって、襲い来る炎を掻き消し霧散させる。

 そして上空にいるデビライトウータンの巨体を、斜め真っ二つにし、斬り裂いた。

 息絶えたデビライトウータンが音をたてて地に墜ちていく。


(まだ自力で魔法は斬り裂けぬが……それを補って余りある力を持つ、アキュラ殿の武器。頼りきりになるのは、僕にとっては良くないかもしれないな)

 

 アキュラの作った極光宝剣のあまりの力に、感心しつつも反省するストレインであった。




 先の戦闘の余波で、残っていた魔物は全滅していた。

 怪我した団員の搬送や、死んだ魔物の処理などで、自警団は慌ただしく活動している。

 その中で、ストレインは真っ二つに分かれたデビライトウータンの死体を調べていた。

 魔物の肉体から出てきた寄生虫、ミネキシワームを掴み、納得したように頷く。


(やはりミネキシワームに寄生されていたのか……どうやら推察は当たっていたようだな。そして……)


 手にしたワームを放り捨て、ストレインは死んだデビライトウータンの片目をくり抜いた。

 明らかに正常ではない目玉。

 その異形ともいえる”眼球を模した物”を見て、物憂げに呟いた。


「これは……邪眼……なのか? 一体……」


 一体、何が起きているのだ。

 

 ザアザアと、山の木々を揺らすように、吹いた風が通り抜ける。

 誰に問いかけた訳でもないストレインの呟きは、風と共に虚空へ消えたのだった。


ーーーー

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