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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
91/152

<悪霊の地の戦い>

今年は今年で、違う種類の仕事が忙しい~!!


お盆休みにたった一人で出勤して、ぶっ続け11時間労働ってなんだよっ!


まあ、そこがピークだっただけまだマシだけど、結局忙しさはまだ終わらないのでしんどいです。

体調崩さなかっただけ良い方か(笑)


思わず愚痴ってしまい申し訳ありません。

久々更新のヴォオス戦記の本編をどうぞ!

 天を衝く鬨の声が響き渡り、城壁上にカーシュナー側の南方民族の男たちがずらりと並ぶ。

 城壁は、どこまでも広がる平原の平地ではなく、傾斜が始まってかなり上った位置に築かれている。

 傾斜による高低差を含めれば、<長老>側の南方民族の男たちには、城壁が覆い被さってくるかのように見える。

 その城壁の上に立ち、自分の妻に振るわれた理不尽な暴力に対する怒りで目を血走らせて睨み下ろしてくる男たちを、<長老>たちは我欲むき出しの理不尽な怒りでもって見上げていた。


「悪霊の地に巣食う盗人共に命令するっ! 今すぐ女たちを返し、この地より出ていけっ! 命令に逆らう場合、容赦なく腹を割いて、野獣共の餌にしてやるぞっ!」

 カーシュナーたちの鬨の声を受け、一人の戦士が進み出て、警告ではなく居丈高な命令を発する。


「イヴァン」

 カーシュナーがルオ・リシタ人の弓の名手に声を掛ける。

 それだけで察したイヴァンが、強過ぎる日差しを避けるために被っているフードの奥から戦士を見つめ、おもむろに弓を引き絞った。


 それは南方民族が狩猟の際に用いる弓の射程をはるかに超える遠い間合いでの行動だった。

 高所に位置取っていることを割り引いても、それでも通常の射程の二倍以上の距離がある。

 視力に優れる南方民族たちは、イヴァンが弓の弦を試しているのではなく、代表の戦士に狙いを定め、弓を引き絞っているという事実を過たず見極めていた。

 だからこそ、余計にその行動が滑稽で、嗤えてくる。

 標的のはるか手前にみっともなく突き刺さる一本の矢を幻視し、押し寄せた南方民族たちはイヴァンをせせら笑った。 

 

 狙いを定めるのに要した時間は一瞬。

 だが、カーシュナーは<長老>たちが自分たちの常識でイヴァンの実力を測り、侮るまであえて射放つのを待たせた。

 <長老>たちをさんざん笑わせた後、カーシュナーはイヴァンを留めていた手を下ろした。


「遊び過ぎだ」

 カーシュナーが何を狙っているのか理解したうえで待っていたイヴァンは、いたずら小僧というにはいささか冷たすぎる笑みを浮かべるカーシュナーの横顔に一言文句を言うと、矢を放った。


 強力な力で張られた固い弦が大気を鳴らし、イヴァンの手を離れた矢が大気を穿って行く。

 直後、矢は放物線を描かず、一直線に戦士の左目を捉え、頭蓋を突き抜け戦士の頭部を叩きつけるように地面に縫い付けた。

 死を認識出来なかった身体が、遅れて痙攣を起こす。


 そのあまりに見事な一矢に、イヴァンと共に城壁上に居並ぶ男たちが大歓声を上げる。

 反対に、あまりに現実離れした一撃を見せつけられた<長老>たちは、嘲笑を浮かべた顔を一瞬で強張らせ、声もなく潰れた顔から鮮血をあふれ出させる戦士の亡骸を見つめた。


「お帰りは、あちらですっ!」

 そう言ってカーシュナーが<長老>たちの背後を指さす。

 この侮辱に、<長老>と<戦士>たちは顔を真っ赤にして唸る。


「ねえ、あんたっ! あたしたちも戦わせておくれよっ!」

 さらに<長老>たちをおちょくろうとしていたカーシュナーの外套を、一人の少女が引っ張る。

 驚いて振り向くと、そこにはモランを追いかけ回していた少女の一人がいた。

 その隣にはよく似た少女がもう一人おり、二人の隙間に隠れるようにして、二人を縮小したような少女がこちらをうかがっている。


「丁度いい」

「駄目って言うのはわかっている。でもあたしたちは……。えっ?」

 カーシュナーを説得しようとまくしたて始めたが、その前に返って来た言葉が予想外過ぎて、少女が混乱する。


「いいの?」

 二人の陰に隠れていた少女がいち早く状況を理解し、カーシュナーに確認する。

「もちろん。辛い思いをしてきたのは君たちなんだ。復讐する権利がある。それに、過去を断ち切るためにも、俺はここで戦うことをお勧めするね」

「つまり、殺っちゃっていいってこと?」

 それまで黙っていたもう一人の少女が、間違いなく妹であろう小柄な少女に尋ねる。

「いいって」

「よ~しっ! 全員ぶっ殺してやるっ!」

 確認を取った少女が、両腕をグルグルと回しだす。

 言葉こそ物騒だが、周囲の殺伐とした雰囲気にそぐわない、独自の雰囲気を纏っている。

 その手には南方民族が狩猟で使う短弓が握られている。


「あたしはリュテ。ちょっと馬鹿そうなのがティオで、小生意気そうなのがラニ。あたしの妹たちだ」

「俺はカーシュナー。よろしく」

 そう言ってカーシュナーは笑った。


「あんたのことは覚えている」

 意外な言葉にカーシュナーが目を見張る。

「奴隷狩りに対抗しようとして、部族をまとめようとしていた異国人だろ? <長老>たちに追い出されて出ていく間際に一瞬だけ見せたあんたの目、今でもはっきりと覚えてる。自分に向けられたわけじゃないのに全身に鳥肌が立つほど冷たい目だった」


 見られていたか。

 カーシュナーにとって、<長老>たちとの交渉が決裂した時点で、乗り込んだ南方民族の氏族は敵となっていた。

 交渉には敵意がないことを示すために、ダーン一人を連れて訪れていた。

 多勢に無勢の状況で、はっきりと敵意を表に出すなど、三流以下の失態だ。

 カーシュナーはリュテの言葉に大いに恥じ入りつつも、他の誰も気づかなかったカーシュナーの敵意に気づいたリュテの観察力に驚いた。


「だから、こいつとは話が合うなって思った」

「えっ?」

「他の誰も気づかなかったけど、あたしにはすぐ分かった。あたしもあんたに負けないくらい、<長老>共をぶち殺してやりたいと思っていたからね」


 なるほどとうなずく。

 あの時あの場で、他の誰も持ちえなかった飛び抜けて巨大な怒りを内包した者同士だからこその共鳴だったのだ。

 

「だからあいつは、あたしが殺る」

 そう言ったリュテの視線は、押し寄せてきた約四万にものぼる大軍の一点に集中していた。

 そこにはすでに激しい怒りはなく、冷徹な覚悟だけがある。


「他に戦いたい方はいますかっ!」

 リュテは問題ないと判断したカーシュナーが、不安げな面持ちで城壁上に立つ男たちを見上げる女たちに問いかけた。

 もともとリュテに語ったように、隷属支配されていた過去との決別のためにも参戦を呼びかけるつもりだった。

 そこにリュテたち三姉妹が自ら申し出てくれたおかげで、女たちの間にも、戦ってもいいのだという空気が流れ始めている。


 南方民族の女たちは、本来武器など手にしない。

 狩猟は<戦士>になれなかった男たちの仕事であり、戦いはそれこそ<戦士>たちの役目だからだ。

 女たちに求められるのは、従順な労働力であることと、子を産むことだけだ。


「……戦い方がわからない」

 自分たちを虐げ続けてきた<長老>たちに対する憎しみは、十分な戦意を女たちの中に生み出しているが、いかんせんこれまで狩猟にも戦いにも触れることがなかった彼女たちには、憎しみをぶつける術がない。

 リュテたち三姉妹が生まれ育った氏族は男たちが怠け者揃いのクズ氏族だったため、狩猟まで押しつけられていたおかげて戦う術を持っているが、それは例外中の例外で、姉妹以外は誰も戦い方を知らなかった。


「上から……」

「そんなの何でもいいから適当に投げつけてやればいいんだよ~」

 カーシュナーの言葉を遮り、ティオが適当そうに言葉を投げる。

「あっ、ここに良い石がある」

 そう言ってカーシュナーが投石用に用意していた石を拾い上げる。

「こんな感じ」

 そう言うと両手で石を振りかぶり、城壁から身を乗り出して放り投げた。


「かかって……」

「かかってこいっ! おらっ! 今さらビビるくらいなら、始めからこんなところまでのこのこ出てくんなっ!」

 丁度いいので<長老>たちを挑発しようとしたカーシュナーの言葉を飲み込んで、リュテの挑発の言葉が響き渡る。


「みんな~。上がって来て~」

 リュテの挑発を受けて真っ先に行動したのは、末妹のラニだった。

 少女の呼びかけに、女たちは戸惑いつつも行動を起こす。


「盾を持てっ!」

 ラニの意図を察したカーシュナーが素早く指示を飛ばす。

 三姉妹に完全に持っていかれてしまっているが、求める結果が得られるのであれば、その方法にはこだわらないカーシュナーにとっては何の障害にもならない。

 むしろ今後のことを考えれば、異国人である自分主体で物事を展開するより、南方民族主導のもとで事態が展開するのは望ましいことだ。

 後は至らない部分を修正してやればいい。

 大盾を持った男たちの間に女たちが並ぶ。


「みんな、いい?」

 そう言うとラニは<長老>たちに向け、舌を突き出し思い切り鳴らした。

 あかんべえである。

 何をするのか理解した女たちに、ラニが掛け声をかける。

「せ~のっ!」


 べぇ~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!


 すでに人一人倒れた戦場に、場違いな挑発の音が響き渡る。

 ラニ一人では何をやっているのか伝わらなかったが、さすがに万を超すあかんべえは<長老>たちに伝わった。

 これまで女から侮辱されるなどあり得なかった<長老>と<戦士>たちは、怒髪天を衝く勢いで激怒した。


 <長老>の命令などなくとも一斉に<戦士>たちが城壁目掛けて走り出す。

 イヴァンが再び矢筒に手を伸ばしたが、その手をカーシュナーが留める。

 指揮をモランに任せ、戦いは南方民族にゆだねる。

 戦力差はあるが、城壁に拠って戦える分戦況は有利であり、この日のために訓練を積んで来た男たちの実力も確かだ。

 この地は、今後この場所を故郷とする者たちの手で勝ち取るべきなのだ。

 納得したイヴァンは一歩下がり、カーシュナーと並んで静観を決め込んだ。


 <戦士>たちが城壁に殺到する。

 怒りのまま城壁を目指す<戦士>たちに対して、モランは一切迎撃をせず、感情のままに走らせた。

 途中ティオが短弓を構えたが、それすら敢えて止め、<戦士>たちを引き込む。


 <戦士>たちが向かってくる間、モランもただ見物していたわけではない。

 男女比に差があるので、戦える女たちを四、五人で一組にし、大盾を持った男二人の間に置く。

 城壁上には農地開拓の際に除去された人の頭ほどもある石が投石用として等間隔に積み上げられており、そこから城壁の縁まで、女たちは石を手渡しで運べるように並んでいた。


「一人五個投げたら、投石する者と運搬する者を交代していく。全員が戦いに参加することに意味がある。功を焦るな。勝利はすでに約束されている」

 モランの言葉に男たちは大盾を掲げて応え、女たちは緊張の面持ちでうなずいた。


「あんな梯子持ってきて、どうするつもりなのかな?」

 ミランが指揮を執るモランに話しかける。その視線の先には、二人の<戦士>が歪な造りの梯子を抱えて走っていた。

「もちろんこの城壁を超えるためさ」

 ミランの問いかけが、疑問ではなく単なる皮肉であることを理解しているモランが、こちらも皮肉を込めて答える。

 この辺りはかなり師匠に似て来てしまっている。


 南方民族の地の平原にも木は生えている。

 だが、その木ははるか北方に位置するルオ・リシタ国を埋め尽くすように林立する針葉樹のように、高く真っ直ぐに生えることはない。

 また、製鉄技術が未熟な南方民族たちは、貨幣制度も存在しないため、交易も行うことが出来ないので金属製の道具が非常に乏しい。

 そのため、木材加工技術も進歩せず、もっぱら落ちた枝を拾い集め、それらの長さ調節を石斧等で行い、それらを丈夫な蔦で結び合わせて移動式の住居の骨組みにしたり、弓と矢や、畑を耕すための鍬の柄などに使用している。

 そもそも生活において棒以上の物を作り出す必要がないため、それで済んでしまっているのだ。


 そんな南方民族が作り出す梯子など、たかが知れている。

 むしろそんな梯子で攻城戦に挑まなければならない彼らが哀れにすら思えてくる。

 二人はちらりとカーシュナーに視線を向けたが、そこに一欠けらの憐れみも嘲りも見つけ出すことは出来なかった。

 ミランやモランが目にしたものを、ただ冷たく見下ろしているだけだ。

 これまで行動を共にし、カーシュナーの冷たさが怒りの裏返しであることを知った二人は、南方民族の支配者層に対するカーシュナーの怒りの深さを改めて思い知った。


「つまらん同情はするなよ」

 そんな二人の心情を読んだイヴァンが忠告する。

「その心配はいらない」

 モランとミランの言葉が一致する。

 応えた二人の背中に、余計なお世話だったなと思ったイヴァンが苦笑する。


 モランとミランは善良な人間だ。

 二人の思いやりのおかげでイヴァンは心を開くことが出来た部分が多い。

 だがやさしさと同時に、イヴァン同様奴隷として使役され、辛酸を舐めさせられた過去を持つ。

 けして甘いだけの二人ではない。


 迎撃もなくあっさりと城壁まで辿り着いた南方民族の<戦士>たちは、辿り着き、見上げ、絶句した。

 これまでの人生で、ここまで巨大な建造物を目にしたことがなかった彼らは、比較対象となる女たちが城壁上にいるにもかかわらず、その大きさを見誤り、城壁に取り付こうと殺到してしまったのだ。


「投石開始っ!」

 唖然として頭上を見上げる<戦士>たちに対し、モランは容赦なく攻撃を開始する。

 大盾の隙間から次々と石の雨が降り注ぐ。

 高さがある分力はなくとも落とすだけで十分な殺傷力がある。

 女たちは感情をむき出しにする者、作業をこなすように淡々と石を投げ落とす者など、それぞれの性格に合わせて攻撃を続けているが、誰の目にも眼下に群がる<戦士>たちに対する憎悪だけは共通していた。


「矢だっ! 届かない距離じゃない。いかれ狂った女共を射殺せっ!」

 数少ない盾持ちの<戦士>が、モランたちが持つ大盾とは比べ物にならない大きさの盾を頭上にかざして投石から身を守りながら大声を張り上げる。

 それに応えて一方的に投石の雨にさらされていた<戦士>たちが反撃に出る。

 狩猟用の、石のやじりの粗末な弓だが、鏃に毒が塗ってあるので油断出来ない。


「防げっ!」

 モランの声に男たちが気合いを入れる。

 自分の隣で石を投げつけているのは自分の妻だ。言われるまでもなく命に代えても守ってみせる覚悟だ。


 真下から射られた矢が、すべて大盾によって阻まれる。

 射角がないためわずかに大盾の頭を出すだけで簡単に防ぐことが出来る。

 <戦士>たちの放った矢は、ただの一本も城壁を超えることは出来なかった。それどころか、運悪く弾き返された矢が当たり、毒にやられて泡を吹いて倒れる者まで出る始末だ。


 これ以上城壁下に留まるのはいたずらに戦力を消耗することにしかならない。

 戦場の外側から状況を確認出来る<長老>たちは、射角を取るために<戦士>たちを後退させた。

 投石の範囲外に出たことでようやく体勢を立て直せた<戦士>たちが、これからが本番と一斉に矢を射かける。

 

 <戦士>たちの後退に合わせて女たちを城壁から避難させたモランたちは、城壁上に大盾を固定し、一瞬にして全員が弓箭兵に姿を変える。

 さすがにイヴァンには及ばないが、全員ヴォオス軍の弓兵に劣らないだけの腕前を披露する。

 女たちをかり出しての投石が最大の攻撃と考えていた<戦士>たちは、弓の性能差と城壁上からの攻撃という高低差までつけられた圧倒的な攻撃力の差の前に、投石にさらされていた時以上の流血を強いられ、バタバタと倒れていった。


「それ貸してっ!」

 言うが早いかイヴァンの弓を引っ手繰ったティオが、矢筒から矢まで抜き取り狙いを定める。

 男たちに交じって大盾の隙間から弓を引き絞ろうとしたその時、ティオの口から奇妙なうめき声がこぼれた。


「何これ~!」

 女だてらに短弓を使いこなすだけあり、自信があったのだろう。

 だが、わずかに引かれるだけでビクともしないイヴァンの強弓に、ティオは矢を射るどころではなかった。

 引けないのがわかっていたので好きにさせていたイヴァンに、カーシュナーが十字弓を差し出す。


「俺が?」

「君が」

 一瞬の間の後、イヴァンはため息をつくと十字弓を受け取り、悪戦苦闘するティオのもとへ、渋々脚を向けた。


「何これっ!!」

 まるで剣を突きつけるかのように、思うように引けない弓を持ち主に突きつける。

 勝手に持ち出しておいてプンスカ怒るティオの言動は、どう贔屓目に見ても身勝手だった。

 普通であればその態度に怒りを買ってもおかしくないのだが、ルオ・リシタ国のゲラルジー王子の専属奴隷として理不尽の極みにさらされ続けたイヴァンの忍耐力は並ではなかった。

 加えて、彼の人生経験が、馬鹿と喧嘩をしても余計に腹が立つだけだと忠告している。


「これを使え」

 弓を勝手に持ち去ったことには一言も触れず、イヴァンは十字弓を差し出した。

「何これ?」

「お前、さっきからそればかりだな」

「えっ! 何がっ!」

 まるで耳が遠い人のように大きな声で問いかけてくるティオに、イヴァンは自分の皮肉が岩に向けて放った矢のように弾き飛ばされたのを悟った。


「見ていろ」

 余計な軽口は自分には似合わないと改めて思ったイヴァンは、十字弓の使い方を実演してみせた。

 先端にあるあぶみ状の金具を足で踏みつけ、両手を使って弦を引き、掛け金に固定し、通常の矢とは矢羽の位置が異なる矢を設置すると、狙いを定めて引き金を引く。

 矢は鋭い発射音を残して<戦士>の一人を貫いた。


「やってみろ」

 瞳を子供のように輝かせたティオに差し出す。

 短弓を自作して狩猟に赴いているティオは、イヴァンの一度の実演で十字弓の利点を一瞬で理解した。

 イヴァンの弓は腕力が足りなくて引くことが出来なかったが、十字弓は両腕の力だけでなく、背筋も最大限に利用して引くことが出来るので、ティオの腕力でも問題なく使用出来る。

 それでいて射程は固定されているので、腕力に差のあるイヴァンとティオであっても、十字弓を使用する限り、同等の飛距離を出すことが出来る。


 早速弦を引き、矢を装填すると射放つ。

 矢の射程を先ほどのイヴァンの一射で見切ってみせたティオは、いきなり<戦士>の一人を射倒して見せた。

「あたしにもあれ貸して」

 妹の活躍を目にしたリュテがイヴァンの外套を引っ張る。

 そこにミランが大盾と十字弓を持ってやってくる。

 十字弓をリュテに渡すと、イヴァンに大盾を渡し、自分もその身体にはいささか大き過ぎる大盾を装備した。


「任せるんじゃなかったのか?」

 眉間にしわを寄せながら、大盾を受け取りつつ、イヴァンがミランに問いかける。

「このくらいならいいでしょ」

 この戦いはモラン指揮下の男たちに任せると決めていた。

 これからこの地を故郷とする者たちの手で、勝ち取ったという事実を共有させたいからだ。

 だが、男たちと違い訓練もなく、ましてやこれが初めての戦いであるリュテとティオを全面的に前線に出すのは危険過ぎる。

 攻撃は問題ないだろうが、興奮状態にある彼女たちでは防御がどうしてもおろそかになってしまうからだ。


 十字弓はイヴァン程の力がなくても使用出来るのが大きな利点ではあるが、その分連射性が犠牲になっている。

 一射ごとに装填し直さなくてはならず、攻撃に隙間ができ、装填中は無防備に近くなる。

 矢戦は圧倒的にこちらが押しているが、それでも<戦士>たちの放つ矢は城壁上まで届いている。

 戦は攻めるばかりでは勝てない。安定した守りがあってこそ、攻撃は生きる。

 兵士としての訓練を受けていない二人では、どうしても攻撃一辺倒になってしまう。

 投石攻撃の際に攻守の役割を分担したのも、訓練を受けていない女たちに守りを意識させても効率が低下し、むしろ敵に攻め込む隙を与える危険性が高かったからだ。

 ミランは彼女たちの長所を生かすために、守りを分担することにしたのだ。 

 それが理解出来ているイヴァンは、十字弓に夢中になっている二人に苦笑を向けると、新しい役割に集中した。


 モランたちの大攻勢は続く。

 足を止めての矢の応酬は、高所に位置し、弓の性能でも上を行くモラン側が圧倒した。

 おまけに、降り注ぐ矢の雨から逃れるため、倒れた<戦士>が持っていた盾を奪い合い、仲間内でも争いが始まる。

 元々横のつながりの薄い部族同士の集まりだ。一度統率が乱れれば、容易にはまとまらない。

 <長老>たちは歯噛みしつつも再度の撤退を指示した。


「モランッ!」

 それまで指揮を任せて沈黙を守っていたカーシュナーの檄が飛ぶ。

「総員配置に着けっ!」

 その檄に対し、一拍も遅れることなくモランの指示が飛ぶ。

 男たちは追撃の矢を射かけるのをやめ、これまで温存されてきた大型弩に素早く取り付いた。


「慌てるなっ! 連中を走らせろっ!」

 モランの指示にそれまでの喧騒が一瞬にしてやみ、緊張に張り詰めた静寂が戦場を支配する。

 射程を逃れ、追撃の矢がやんだことで安心したのだろう。<戦士>たちの脚が僅かではあるが緩む。

 <戦士>たちの心理を見抜いたカーシュナーが、真っ黒な笑みを浮かべる。普段見せる悪い笑みとは一線を画す冷たい笑いだ。

 それもそのはずで、カーシュナーは戦いが始まる前から、この瞬間をずっと待っていたのだ。


 大型弩という圧倒的攻撃力を持つ兵器を有しながら迎撃には用いず、この瞬間まで使用を控えさせていたのは、この戦における目的が、南方民族の<長老>と<戦士>を撃退することではなく、全滅させることが目的だったからだ。

 もし迎撃に用いていれば、初めの一撃で心を折り、<戦士>たちが城壁に触れることすらないまま、戦いを終わらせることが出来ただろう。


 戦いの常道とは、いかに相手に力を出させずに勝つかだ。

 それは結果として双方の犠牲者の数を抑えることにもつながる。

 受けた被害が少なければ、復讐心も大きく育たず、戦いそのものを早期に収束させることが出来る。

 戦いとは殺し合いではあっても、殺すことが目的ではない。

 あくまで利益を得るための一手段に過ぎない。

 必要のない犠牲は自軍はもちろんのこと、敵側においても出さないことが有能な指揮官には求められる。


 カーシュナーはあえて、その常道を踏み外したのだ。


 支配者層の殲滅――。


 それは千年以上に亘って続いた因習と、それを良しとする不条理を、根から刈り取るという冷徹な意思の表れであった。


 一度の攻撃で、合計十万の矢が飛来する。

 文字通りの、天を埋め尽くす矢の雨だ。

 敵に対して背を向け、射程圏外へと脱出したと安心したその背に、一斉に降り注ぐ。


「第二射、放てっ!」

 容赦ない追撃がさらに空へと放たれ、放物線を描いて乾いた大地に降り注ぐ。

 都合五射。

 五十万本もの矢が空を横切り、大地に矢羽の草原を出現させた。

 

 動く者はただの一人もいない。


 それまで乾燥から土埃を上げていた大地が不意に静まる。

 大地は雨期でもないこの時期に潤っていた。

 矢の雨によってもたらされた血の雨によって――。

 

 城壁上にいる誰一人、一言もなく眼下の光景に見入っていた。

 その光景はあまりにも現実離れしており、見る者の感覚を麻痺させた。

 馬鹿みたいに元気のよかったティオですら、気を呑まれて呆然としている。

 攻撃を行った者ですらそうなのだ。

 配下の<戦士>たちが一瞬の内に皆殺しにされる光景を見せつけられた<長老>たちの衝撃は、城壁上で固まる男たちの比ではなかった。


 誰もが息を呑み、身動き出来ないでいるその時、城門が大きな音を立てて開かれた。

 男たちがびくりと身体を震わせ、慌てて城壁から下を見下ろす。

 そこには、外套を目深にかに被った一人の男が、見事な体躯の牛の背に鞍を置き、その牛上で槍を手にたたずんでいた。


「人を虐げるということは、いつか必ずその報いを受けるということだっ! 今日、この日、この場所で、千年の長きに亘り因習を守り、受け継ぎ、特権を享受してきた者たちが、その行いに対して報いを受けるっ! 裁きの剣を振るう覚悟のある者のみ、我に続けっ!」


 男は息を呑み、ただ固まるばかりの人々にそう告げると、屍の原が広がるその先で呆然と立ち尽くす<長老>たち目掛けて走り出した。

 その後を二頭の牛に跨った二人の男が続く。


「後は好きにしろ。誰も強制はしない。だが、この地はお前たちの土地だ。どこまでの覚悟でこの地に留まるのかは自分で決めろ。俺は行く」

 まるで突き放すかのように言い置いて、モランは城壁の上から去った。

 しばらくして三つの土煙を追って一頭の牛が走り去る。


 男たちも女たちも、思考を奪うほどの大量死の前に呆然と立ち尽くすだけだったが、次第に焦りのような、動揺のような混乱に支配され、周囲をうかがいだす。

 奴隷として生きてきた男たち。

 隷従を強いられてきた女たち。

 どちらも命令されることに慣らされ、自分の意思で考え、判断し、行動するということに不慣れな者たちだ。


 戦いは任せた。

 そして、その戦いには勝利した。

 ここまではカーシュナーも用意してやることが出来た。

 だが、ここから先は自分たちで手に入れるしかない。

 教えられて学べることではないからだ。


 不意に城門から一人の少女が走り出した。

 その手には小さなナイフが一本握られているだけだ。

 城壁上から男たちがオロオロとその小さくなる後ろ姿を見つめている。


「あの馬鹿っ!」

 そう吐き捨てたのはリュテだった。

「やる~!!」

 そう言って呪縛から解かれたティオが城壁から駆け下りていく。


 走り出したのは三姉妹の末妹、ラニだった。

 誰もが動けないでいる中、たった一人の少女が決断し、走り出したのだ。

 その行動に勇気づけられた二人の姉がその後を追う。


「うおおおおおおっっ!!」

 一人の男が、自分を奮い立たせるべく雄たけびを上げ、走り出した。

 雄たけびは連鎖し、咆哮の津波となって城門からあふれ出す。

 その波は男たちばかりでなく、従うことしか許されてこなかった女たちの意思も乗せて濁流となり、<長老>たちを呑み込んだ。


 南方民族の地、中原――。


 この日千年以上に亘って続いた<長老>たちの支配が終わりを告げた。

 それはこの広大な地においては、小さな変化でしかなかった。

 だが、その小さな変化は、自らの意思でこの地に根を張る覚悟を示し、歩み始めた。


 後の世で、この日の戦いは<悪霊の地の戦い>として伝えられることになる。

 だが、この戦い以降、この地が悪霊の地と呼ばれることはなかった。

 それは、この地に初めて都市を築いた始まりの人々と共に戦った金色と翠玉の天使が悪霊を打ち倒し、金色と翠玉の天使に追われた悪霊が古き因習を道連れにこの地より逃げ去り、大地の底へと帰ったからだと信じられているからだ――。    

すいません。あと一か月くらいは忙しい見通しです。


コツコツ書いていきますので、のんびりとお待ちいただければ幸いです。

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