29.後藤晴久より
「今すぐ車を出せ近藤曹長」
ある男の低い声が響いた。
「ちょっ、急にはさすがに無理っすよ」
楽天家の男は笑いながら答えた。
「今すぐだと言っている」
ものすごい剣幕で近藤を睨んだ男、志場魁皇。さすがの楽天家も、このときばかりは表情を真剣なものに変えた。
「わかりましたよ。でも、最低でも1分は待っていただかないと無理がありますよ?」
そう言って踵を返し、小走りで去っていく近藤。
不安を煽る戦地からの煙。
志場は気が気でなかった。
―何が起きているというのだ…
いてもたってもいられなくなった志場は、すぐさま柴田に連絡を取る。彼は後衛の人間だから大丈夫なはずだ…そう信じた。
しかし、通信中を表す電波の音を聞くと不安になる。柴田は前衛的な男だから、きっと前に出ているかもしれない。
そんな思いが近藤と車を待つ彼を襲う。
目を覚ますと、かなり時間はたっていたらしく、日の差していた方向も変わっていた。
法寺理貴は、痛み焼けるように熱い全身を起こし、辺りを見渡す。
煙による霞はだいぶなくなり、視界も少しばかりクリアになっていた。
しかし現していたのは残酷な情景そのものだった。
周囲の人々で起き上がっているのは、自分を含め数人しかいない。柵で見えないが、おそらく向こう側にも多くの死体が転がっているのだろう。
「菅さん!!」
背後に倒れていた菅特等兵らの姿を見つけた。自分以上に焼け爛れる彼の身体は、もはや生きているとは思えない。
力なく倒れるその姿。しかし、右手にはしっかりと、何かが握られていた。
「写真だ…」
推量に過ぎなかったが、確信はあった。
だから辛かった。
「畜生!!」
法寺は座り込んだ。跪いた。泣いた。喚いた。叫んだ。
絶望した。
自分が、後藤と対話し、菅に話しておけば……
これでは、後藤も菅も誰もかもが無駄死にしたかのようではないか。そう自らを責める。
「後藤さん、あなたの声を聞かせてください…」
まだ痛む頭を抑えながら、焼け野原の中央で、能力を発動した。
「おう法寺か…まさかお前が本当に能力を使えたとはな」
視界が真っ暗になる中で、後藤晴久伍長の声だけが聞こえる。
「はい、お疲れ様です後藤さん」
「ふっ、最期は呆気なかったぜ…、まああの言葉が届いてくれてるといいんだがな」
「あの言葉…?」
後藤の話に引っかかった法寺は問う。
「ああ、『生きろ!』って菅たちに叫んでやったよ。あいつぁ…家族がいるからな…そいつらのためにも死んじゃいけねえ」
法寺の顔が固まった。本能は、これから聞こえてくる声をシャットアウトしようとする。
「あいつの嫁がよぉ…またどエライ美人でな! そらもう魂消るぜ」
発する言葉の一つ一つが棘となって法寺の胸に刺さる。
柔らかく鋭い彼の言葉の棘が、痛くて痛くて仕方なかった。
「この言葉、もし聞こえてなかったら、いや、聞こえてたとしても、あんたからも届けてやってくれねえか? あいつら、きっと俺のこと恨んでるだろうから…お前から言ってやってくれた方がいいかもしれないな」
法寺はまた泣き崩れた。自分をまた責めた。
「どうしたんだよ法寺…何でお前が…」
申し訳なさが胸から溢れた。嗚咽となって吐き出そうとするが、どうにも減らない。
罪悪感に駆られる。
自分の目的って…一体―――
「俺から頼めることはそれ以外にねえや…本当にそれだけ伝えてくれりゃ、俺はこの世に未練を残すこともなさそうだな…サンキューな法寺」
後藤が会話を締めくくりだした。言わなければ、真実を…謝罪しなければ…
「お前がいてくれて…ホントによかったよ…」
とうとう、彼は言えなかった。




