1.駐屯地より
銃弾が窓から飛び込んできた。
いつものように町の警報よりも一足早い開戦通告に、家の者は特別慌てる様子もなく、居間に常備してあったスナイパーライフルを持ち出し、窓に立てて構える。
「避難壕へ入っておけ、今回の雑魚はいつもよりしぶといぞ」
低音の父親の声は、不思議と逆らう気を起こさせない。
小さく頷き、非常袋と家宝である腕輪を身に付け、裏口から家を飛び出る。
爆発音に包まれた背後。自身のすぐ後ろまで迫る断末魔。
暗転した。
「法寺、配給の時間だ」
木陰でうたた寝をする青年を起こす声。
目を開けたあと、辺りを見回し、後頭部をかきむしる。
どうやら夢を見ていたらしい。 迷彩色のボトムスについた枯れ草を払って立ち上がる。
談話をする同じ格好の青年二人についていく彼は、眠たそうな目をこすって歩を進めていく。
その青年、法寺理貴の右手には、綺麗に光る腕輪があった。
「今日の配給は何?」
半開きの目はまだ眠気をおびている。
「ライ麦パン二つとスープだってよ。 当たりの日だぜ」
「パン二つは景気がいいな」
配給場へつくと、トングを片手に持って、パンを二つ取る。続いてスープを受け取るとき、隣の男が話しかける。
「法寺、今日の作戦覚えてるか」
「どうしたんだよ芹沢。 覚えてるよ」
法寺の隣に立つ男、芹沢崇人は、不穏な表情をする。
「パン泥棒だ!!」
声が聞こえた。小さな黒い影が、迷彩服を身にまとった人並みを掻い潜って逃げていく。
すぐに木の合間を潜って物陰に身をくらませた。
「現地の子供かな」
さほど驚かなくなった法寺たちは人ごとのようにスープを啜る。
咀嚼音だけが二者の間に流れた後、沈黙が走る。
「なあ法寺、お前は…子供を殺せるか?」
静寂を破った芹沢の問いに法寺は顔色を変えた。
「何言ってんだ芹沢」
「あのパンを盗んだ子供は、逃げ切れなかった場合、どうなっていただろう」
芹沢は数世紀前の哲学者のような面持ちで黒い影が消えていった方向を眺めていた。
「俺は、逃げきったら、あのパンをどうしてただろうかと考えたよ」
芹沢とは対照的な考えを持っていた法寺。しかし、互いに出した答えを互いに告げ合うことはなかった。
鐘が鳴る。パンを口の中に強引に突っ込む法寺はさっと立ち上がり、肌身離さず抱えていたマシンガンを構える。
「芹沢、今日の作戦覚えているか?」
法寺はパンを無理やり飲み込んで戦友:芹沢に問う。
「『抵抗者は容赦なく殺せ』だよな」
芹沢の明るい表情に、法寺は何か飲み込みきれないものを覚えるも、親指を立て、作戦陣形を作る隊へと走っていった。