第1話 レジェンドレア勇者
目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
「……ここ、どこ?」
青年、【高瀬直人】は辺りを見回した。
壁もない。床もない。天井もない。
ただ、どこまでも白い。
「お目覚めになりましたか」
「うおっ!?」
突然、背後から声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、長い金髪の女だった。
白い衣をまとい、背中には大きな翼。
どう見ても女神だった。
「あなたは……?」
「私は女神です」
「やっぱり!?」
直人は目を輝かせた。
「じゃあ、ここってもしかして……異世界転移!?」
「はい。そのようなものだと思っていただいて構いません」
「マジかよ!」
直人は拳を握った。
「俺、異世界行けるの!?」
「ええ。あなたには、その資格があります」
「資格?」
「詳しい話は後にしましょう」
女神が手をかざす。
すると、直人の目の前に巨大な画面が現れた。
画面の中央には、一台のガチャが描かれている。
「……ガチャ?」
「はい。一度だけ、こちらを回してください」
「一回だけ?」
「ただし、SSR以上が確定しています」
「SSR以上!?」
直人の目が輝いた。
「じゃあ、URとかLRもあるってこと!?」
「ございます」
「よっしゃあああ!」
直人は迷わずレバーを握った。
「こういうの、一回だけって言われたら、一番いいの引きたくなるんだよな!」
「そうですね」
女神は微笑んだ。
「では、どうぞ」
「いくぜ!」
ガチャガチャガチャガチャッ!
画面が激しく明滅する。
SSR。
UR。
そして――
LR。
「おおおおおおおお!」
画面いっぱいに黄金色の文字が浮かび上がった。
――LR。
レジェンドレア。
「きたぁ!」
直人は両手を突き上げた。
「俺、めちゃくちゃ運いいじゃん!」
「おめでとうございます」
女神は小さく拍手した。
「あなたが引いた能力は――」
画面に文字が表示される。
『器用万能の勇者』
「……器用万能?」
「剣術、槍術、弓術、格闘術。攻撃魔法、回復魔法、補助魔法。鍛冶や錬金術などの技能も、高い水準で扱うことができます」
「すげえ!」
説明を聞くたびに、直人の顔が明るくなっていく。
「つまり、何でもできるってこと?」
「はい。努力次第では、かなり多くのことができるようになるでしょう」
「俺、最強じゃん!」
「……そう思われますか?」
「思うだろ!」
直人は笑った。
「これなら魔王だって倒せる!」
「魔王、ですか」
「いるんだろ?」
「はい。この世界には魔王が存在します」
「じゃあ決まりだな!」
直人は胸を張った。
「俺が魔王を倒して、世界を救う!」
「そうですか」
「おう!」
「それでは――」
女神は直人を見つめた。
「どうか、お気をつけて」
「任せろ!」
白い光が直人の身体を包み込む。
視界が少しずつ霞んでいく。
「あ、そうだ!」
直人が最後に振り返った。
「女神様!」
「はい?」
「俺、どんな世界に行くんだ?」
女神は少し考えてから答えた。
「……魔王が世界を支配している世界です」
「やっぱり王道じゃん!」
直人は満足そうに笑った。
「じゃあ行ってくる!」
「はい」
女神は穏やかに微笑んだ。
「いってらっしゃいませ」
直人の姿が光の中へ消えていく。
静寂が戻った白い空間で、女神は一人になった。
「…………」
しばらくして。
「さて」
女神は先ほどまで直人が立っていた場所を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「どうなるでしょうね」
◆
「うおおおおおお!」
森の中に、直人の歓声が響き渡った。
「異世界だぁぁぁ!」
目の前には、見たこともない巨大な木々。
遠くには山。
そして空には、二つの月。
「本当に異世界じゃん!」
直人は興奮しながら歩き出した。
魔王を倒す。
世界を救う。
そして自分は、伝説の勇者になる。
そんな未来を思い描きながら、直人は森を抜けた。
「……あれ?」
街道の向こうから、一匹の巨大な魔物が歩いてくる。
直人は反射的に剣へ手を伸ばした。
だが。
魔物は直人の前まで来ると、ペコリと頭を下げた。
「こんにちは」
「…………」
「旅の方ですか?」
「…………」
「どうかしました?」
直人は固まった。
魔物の後ろには荷車を引く人間。
その隣には荷物を運ぶ魔物。
さらにその先には、人間と魔物が一緒に暮らしているようにしか見えない街があった。
「……え?」
直人は呟いた。
「魔王がいる世界……なんだよな?」
その問いに答える者は、誰もいなかった。
「……まあ、いいか」
直人は剣から手を離した。
魔物が普通に話しかけてくる。
人間と魔物が一緒に暮らしている。
どう考えても、想像していた異世界とは違う。
だが――魔王はいる。
なら、やることは変わらない。
「魔王を倒せばいいんだ」
◆
「魔王を倒したい?」
「ああ!」
直人は力強く頷いた。
彼が出会ったのは、魔王に反対する人間たちだった。
「魔王は、この世界を支配しているんだろ?」
「……そうだ」
「だったら、俺が倒す!」
直人は自信満々に言った。
彼らは顔を見合わせた。
「勇者様……本当に戦えるのですか?」
「もちろん!」
直人は剣を抜いた。
軽く振る。
近くの大木が、音を立てて倒れた。
「おお……!」
「これがLRの力だ!」
直人は笑った。
そして――戦いが始まった。
◆
魔王軍の魔物たちは強かった。
だが、直人はさらに強かった。
剣で斬り。
魔法で焼き。
傷つけば回復する。
どんな武器でも扱え、どんな魔法でも使える。
直人は次々と魔物を倒していった。
「勇者様、すごい……!」
「このまま魔王城へ!」
「ああ!」
やがて直人は、魔王の前に辿り着いた。
玉座に座っていたのは、巨大な角を持つ男だった。
「お前が勇者か」
「そうだ!」
高瀬は剣を構えた。
「魔王! お前がこの世界を支配しているんだな!」
「ああ」
魔王は頷いた。
「その通りだ」
「だったら、ここで終わりだ!」
「待て」
魔王は立ち上がった。
「我々は、人間との争いを終わらせた。今では人間も魔物も共に暮らしている」
「嘘をつくな!」
「嘘ではない」
「魔王が世界を支配しているのに、平和だなんてあり得るか!」
「……そうか」
魔王は小さく息を吐いた。
「ならば、仕方がない」
「覚悟しろ!」
高瀬は踏み込んだ。
LRの力を全開にする。
一閃。
魔王の身体が、玉座の前へ崩れ落ちた。
「やった……!」
高瀬は剣を下ろした。
「俺が……魔王を倒した!」
◆
しかし。
高瀬が思い描いていたようなことは、何も起こらなかった。
人間たちは喜ばなかった。
魔物たちは怒りもしなかった。
ただ、静かに高瀬を見つめていた。
「……どうしたんだ?」
一人の人間が口を開いた。
「魔王様は、俺たちを守ってくださっていた」
「え?」
「人間との戦争を終わらせたのも、魔王様だ」
「でも、魔王は世界を支配して……」
「だから何だ?」
別の人間が言った。
「今の暮らしに、何の不満がある?」
高瀬は言葉を失った。
そのとき。
「勇者を捕らえろ」
魔物の群れが動いた。
「ちょ、ちょっと待て!」
高瀬は剣を握る。
だが――斬れない。
目の前にいるのは、魔王を倒した英雄を称えるはずの人々だった。
そして、その中には魔物だけではない。
人間もいた。
「なんで……」
高瀬は後退した。
「俺は、世界を救ったんだぞ……?」
誰も答えなかった。
◆
数日後。
高瀬直人は、人間と魔物の双方から追われる身となっていた。
逃げ続けた。
戦い続けた。
だが、どれほど器用万能でも、疲労までは消せない。
やがて高瀬は力尽きた。
「……くそ……」
地面に膝をつく。
周囲を、人間と魔物が取り囲む。
「終わりだ」
高瀬は空を見上げた。
「……女神様」
自分を異世界へ送った女神を思い出す。
あのとき、彼女は言った。
――魔王が世界を支配している世界です。
「……嘘じゃ、なかったんだな」
高瀬は苦笑した。
その言葉を最後に。
彼の意識は途切れた。
◆
白い空間。
女神は一人、巨大な画面を眺めていた。
そこに映っているのは、高瀬の最後だった。
「…………」
女神は静かに画面を消した。
「LR……」
そして、ほんの少しだけ微笑む。
「素晴らしい力でしたね」
それだけ言うと、女神は次の画面を開いた。
そこには――
新たな日本人の姿が映し出されていた。
「さて」
女神は微笑んだ。
「次は、どんな能力になるでしょうね」
【転移者記録 No.001】
氏名:高瀬直人
能力:LR「器用万能の勇者」
判定:適性あり
転移先:魔王支配領域
結果:死亡
死因:人間・魔物双方からの敵対による死亡
備考:魔王を討伐。
女神コメント
「LRを引かれたので、かなり期待していたのですが……。
もう少し周囲のお話を聞いていただければ、よかったですね」




