10.『竜人』=『角んちゅ』[服着るの大変そう……]
「――――はぁぁぁぁぁぁ……! ツカレタァァァァァ!!!」
私は長い溜息をつき、熱が充満する廊下に立ち尽くす。
『黒炎』で生じた石材の発熱と発光現象が徐々に収まり、鉄錆と血の匂いが染みついた『ジメっ』とする空気が肌に張り付いてきた。
「……ひぅ……、……ヒゥ――」
後ろの牢屋から浅い呼吸が聞こえる。私は頬を伝う汗をぬぐいながら、そちらを振り向く。
そこには、未だに熱気が立ち込めた牢――そこに囚われる『角の生えた女』が、か細い呼吸を繰り返しながら頭を垂らしていた。
右腕はなく、左腕は手枷と鎖で吊り上げられている。脚の切断面は布切れと鎧片が血で固まりひどい有様だ。形を失った金属鎧が体を覆い、その隙間からは焼け焦げた衣装と、爛れた肌が垣間見える。
そして一番に目がいく、頭から生えた黒曜石のような『角』。片方は半ばから折れ、反対には『角飾り』と呼べるような装飾品が付いている。
「おい……『あんた』だい……じょうぶではないと、見てわかるんだが……生きてるか?」
聞いてから『息してるんだから生きてるだろ』と、心の中でツッコむ。さすがに、命の恩人に対して男勝りな性格と口調全開では当たれず、言葉遣いがぎこちなくなってしまった。
「……大丈夫、すぐに……落ち着く……すぅ……ヒゥ……」
(……ぜったいに平気じゃないんだよなぁー)
彼女の力ない返答や、細い呼吸にそう思う。なぜなら、私の視界には『彼女の状態が映っている』からだ。
――――ポロンッ
[【名前】カラミディア
【種族】黒銀竜人(変異種)
【レベル】130
【状態異常】霊視/瀕死/空腹/衰弱/失明/欠損/骨折/貧血/灼傷/枯渇(魔)/感染――
(――エグいな、この量はっ!)
一部分からないものを除き、『盤面』に並ぶ『状態異常』の数々。恩人じゃなくても、こんなのを見てしまったら要介護だと思う。
「いま牢屋から出すから待っていろ……待って、くれ?」
(あれ……私ってこんなに『敬語』下手だっけ?)
(……まぁ、鍵なんか『血』で作れるんだからヌルゲーだがなぁ! なっはっは!!)
改めて牢屋の前――区切られた扉を見る。
「……、……え、鍵穴は??」
なんと、この牢の扉には鍵穴が見当たらないじゃないですかやだー……why?
「……カギは……『深淵の聖女』が……持っている……ひぅ……」
『角の生えた女』が喋るのもキツいだろうに教えてくれる……いや、『聖女』以前に、そもそも鍵穴がないんだが……。
「――あ、そもそも鍵が無くても入れるじゃないか」
そこで私は、自分が『どうやって牢屋から出た』のかを思い出した。
――――パンッ(柏手)
「『摩多羅門』――」
私の真横と『角んちゅ』の背後に、まるで画像のフレームが切り替わるように『門』が静かに現れる。
(さっきは見てる余裕がなかったが、『扉』ってこう出てたのか)
「――『開』」
――――スゥーーッ!
今回は『障子』をイメージした。彼女は壁に背を預けた状態で座っているため、背中との隙間がほとんどなく、自然と中腰サイズの『スライド式』になった。大きさの調整も出来るらしい。
「おじゃましま~す」
「……えっ?」
『背中越し』に、『角んちゅ』の肩がビックっとなるのが分かる。そりゃ、『目の見えない相手に』いきなり後ろから話しかけたら驚くよな……場を和ませようとしたお茶目なんだ、許せ。
「……封印の牢を……越えるとは。……君は、奇妙な技を……使うのだな……」
最初に比べると言葉が流暢になってきた。本人の言う通り、幾分か落ち着いてきたらしい。『竜人』、だからか? 生命力が高い的な。
そして、案外切り替えの早い相手で助かった。驚いた雰囲気がすぐに消え、冷静な返答がくる。
「……まぁ、『他の奴ら』から見たらそうかもしれないな。……そんなことより、あんたをここから出すぞ。まずこの手枷を――」
「……この枷は……壊せない。……わたしの……『竜人』の力、でも……」
『角んちゅ』が言う。しかも案の定、この手枷にも『鍵穴』がなかった。欠陥だろこれ。
(それともあれか? 『魔法的な方法で開ける鍵』が必要、ってことなのか? ……ふっふっふ。しかし、甘いぞ異世界。これには、『必勝法』がある!)
「ふん、壊す? それは凡人の考え方だな。こういう時は――根元から引っこ抜けばいいんだっ!」
『バッ』っと、鎖の先である『根元』を見上げる。
そこには、『白い揺らぎ』――『夜ヲ纏ウ者』の『魔力を可視化』、で映る『魔力』だと思う――が広範囲に纏わりついていた。……おそらく『破壊防止』的なものかもしれない知らんがなっ。
「――う~ん、これは現実的!」(やるな異世界っ)
「……金具は……魔術的、処置で……固定してある。……どうしても、鍵が必要だ…………それよりも――」
そこで言葉を区切ると、『角んちゅ』が、なぜか躊躇いがちに言った。
「……君は……『竜人』を見ても……何も、思わないのか……?」
と、そんなことを聞いてきた。それに対し、私は――
「え? あぁ……この角、上着きる時に邪魔そうだな?」
(え? なんで突然、自己顕示欲が高いタイプみたいなことを聞いてくるんだ、この『角んちゅ』??)
(なにか? 「『胸の大きいを見ても何も思わないのか?」って、遠まわしに喧嘩売られた?? 私の『つる』と『ぺた』を揶揄したのか??? ――お前も『巨乳じゃない』だろう!!)
風評被害に被害妄想。さすがに言いがかりだと自覚はしている。……言った言葉の意図は分からないがな。
「……はは……そんなこと、初めて、言われました……」
(なんか笑われた。……まぁ、『脳死』で答えたからそうだろうな)
「……『ありがとう』………それと、もう一つ……図々しいが、頼む……わたしの角飾りにある『爪』を……割って、飲ませてくれないか……」
そして、なぜだか知らないが今度は礼を言われた。……優越感に浸れるから受け取っておこう。
「『爪』? あぁ……これ、ただの飾りじゃないのか」
『爪』は、後付けのように『角飾り』の紐で巻き付けてある五センチほどのモノだった。それを解き、言われた通り爪先を折ろうと力を込める。中に薬でも入ってるんだろうか?
――――ぎゅーーーっ!!
「ふんっ……ぬぉぉぉーーーっ!!」
(くっ、まるで鉄板を素手で曲げようとしているような硬さだなぁ!)
「――ふぅ……こんなもの、私の力でどうにかなると思ったのか?」
「……割れないのか……?」
「そうとも言う」
「…………わたしの手に……持たせてくれ……」
「あ、はい」
(後ろからで表情は見えないが……今の間は呆れられたか?)
『割れない』と言うのが負けたようで、素直になれなかったんだからしかたない。
そして言われた通り、『爪』を枷に吊り上げられた左手に渡す。
――――パッキ!
直後、小気味いい音をたてて、爪先が折れて吹っ飛んだ。
(え~。そんな、瓶の蓋を親指で開けるみたいにあっさりと……)
己の非力さに敗北感を覚える。しかし、そんなことを知らない目の前の『角んちゅ』。
「……この加工した爪には……『神薬』が入っているんだ。……ふぅ、すまないが、少し飲ませてくれ……」
『しんやく』……『神薬』か? ……知らないけど、名前がなんかすごそう(小並感)。
「全部じゃなくていいのか?」
「……ああ……残りは、君が飲んでくれ……」
「……了解」
なんか『予感』を覚えたが、私は言われるがまま、後ろから『恩人様』の口元に欠けた爪を寄せ、飲ませる。
――――ぐじゅぐじゅっっ!!
「……うっ……!」
するとあら不思議。『角んちゅ』が苦し気な呻き声をあげたかと思えば、切断された二か所の断面が蠢き――『少し』生え治ったのだ。ついでのように、見える範囲の火傷痕も引いていた。
[【名前】カラミディア
【種族】黒銀竜人・変異種
【レベル】130
【状態異常】霊視/空腹/衰弱/失明/欠損/貧血/火傷/感染――
「うおっ、キモいなっ!!」
私は見たまま、感じたままを口にした。
「……ぐっ……はは……歯にもの着せぬのだな。君は……」
飲む前に比べ、声には活力が宿り、心なしか『魔力』まで立ちのぼっている。……異世界の『薬』、マジでヤヴァイ。
「感謝する。これで、少しは動けるようになった……だが、ふっ――」
――――ジャリンッ――ギィーーー!!
彼女は枷をはめられた左腕に力を込めた。鎖が『ピン』と張り、金属が悲鳴のように擦り鳴く。
「ぐぅっ!! ――ハァ、やはり、駄目なようだ」
力を抜き、『角んちゅ』は落胆のため息をつく。どこか結果を分かっていたような反応。特別製の鎖なのかもしれないな。
――そこで会話が途切れた。……だから、気は全然進まないが、私から『望んでいるであろう話』を振ってやる。
「はぁ……あんたからじゃ言いずらいだろうから言うが……はぁ~、『私が鍵を取ってくるよ』」
ため息が漏れるのは仕方がないだろう。片言になるのも仕方ないだろう。だが――
(――『恩は返す』。それが道理だよな。……ジジイにも口酸っぱく言われたし)
(でも……報いる以前に、『鎧騎士』がわんさか居たら死ぬかもなぁ、ははっ……だるっ!)
「君は……いや、頼む。この鎖さえ外せれば、君を『ここ』から連れ出すと……必ず報いると、約束しよう」
『角んちゅ』が首を回し、私を『見てきた』。その目元は、浅くだが依然として傷跡が残り、見えていないようだったが――『魔力』が纏わりついている。
(『ニホン人』にそれ言ったら『恩』の『無限ループ』になるぞ……ん?)
「その『目』、もしかして見えてるのか?」
「いや『見えていない』……だが、『霊視』という、一時的だが『視界に頼らず周囲を探る術』で把握している」
[リンッ――詳細判明、【奇術】〈竜識視〉を開示]
[〈竜識視〉:一時的に視力を失うが、『霊視』で障害物を無視して周囲を把握できる]
「なにそれ便利」
なるほど。それでさっき、牢屋の前を通った『マニュラ騎士』にドンピシャで黒炎を当てられたのか。そんで、聞くだけでも『情報』を得られる、と。
(……あ、私も似た『技能』使ってるわ)
[【気配察知Ⅳ】:周囲の『気配』を少し感知できる]
これも、『目に頼ってない』ってところは一緒なんだよな。それに――
(――いま気づいたんだが、『上』から『(多分)叫び声』とか『動いてる気配』がしてるなぁ。人数は知らん)
『気配察知』は『任意発動』と書いてないから、『常時使ってる』状態なのかもしれない。意識しないと気づけないが……使えるもんは有効活用するか。
「んじゃぁ、パッと行って、スタッと戻ってくるか~」
「行く前に、『神薬』は飲んだか?」
「『大丈夫だ、問題ない』」
「ん? 飲んだと把握できて――
「いえ、飲んでませんでした。いただきます……ごくっ」
ボケをつぶされ、内心『シュン』としながら、手に持っていた『爪』をあおる……たった数滴分しかないけど。
『神薬』なるものは、リンゴジュースのような色合いの液体だった。味は……感じたことのない優しい甘みがした……もっと飲みたいぞ。
――――ぐじゅぐじゅぐじゅっっ!!
「――イッ!!」
すると、体中――主に手の指先と足裏に鋭い痛みが走り、肉が泡立つ感覚。
「――痛ぅー。……っあ、指先が治ってる。足は……まだ痛いな」
「わずかだったから仕方ない。それでも、動ける程度には治癒したはずだ」
それはもう、たった数滴で指と体中の痣とか擦り傷が無くなったもん。コスパ良すぎか。
「『鍵』の場所を教える前に、言っておくことがある」
彼女が真面目な雰囲気を漂わせながら言う。
「――もしも、『深淵の聖女』に見つかるようなことや、鍵の奪取が不可能と判断したなら、すぐに逃げてほしい。ここは地下二階に位置している。そこの螺旋階段を二階分上がり、仕掛けを解けば『屋敷』に出られるはずだ。そうしたら静かに、時を掛けながら抜け出すんだ。……無理をしないと、約束してくれ」
その言葉は、まるで家族を死地へと送り出す親のようであった。
(この『人』、ほんっとにタフだな。視界と手足が奪われるような状態でもこっちの心配してくるとは……)
私は『障子』を閉じ、格子越しになった彼女に言った。
「……勝てない勝負に正々堂々と挑むほど、私も馬鹿じゃないんでな。命あっての物種ってやつだ。無理だと感じたらさっさと退くさ。――でも、もし勝てると思ったら、『どんな手を使ってでも』鍵を取ってきてやる。それが私のやり方だ」
「……ふふっ、『こんな時代』に、君のような先を見据えられる者は貴重だ。でも、安心したよ。……『鍵』は、『深淵の聖女』の――飛び出した『はらわたの中』だ。『聖女』は肉塊のような体をもつ老婆だから、一目でわかるだろう……もう一度言うが、無理なら素直に逃げてくれ」
そんな彼女の情報に、私は返答せず、階段へ続く廊下を歩きだした。
『血の層』を纏った足で石床を踏みしめながら、心の中では――
(――『飛び出した、はらわたの中』に、『鍵』だと……? 『飛び出したはらわたの中』って何だァァッ!!? そんなの普通、『腰に吊るしてる』とかじゃないのか!? 『看守室にある』とかさぁ! ……まさか本当に『はらわた』って……うえぇぇ!! 計画丸ごとぶっ飛んだわっ! 『隠密』でこっそり取りに行く予定がご破算だド畜生ォーー!! ……っち、本当ならマジで逃げ出すからなコンニャローー!!)
やっぱりこの世界、クソゲーだわ。
[【明鏡止水】を任意発動]
[【隠密】を任意発動]
―――――――――――――――――――――――――
◇カラミディアのステータス
(※は非表示、見えていないものとする)
【名前】カラミディア
【種族】黒銀竜人・変異種
【レベル】130
【状態異常】霊視/空腹/衰弱/失明/欠損/貧血/火傷/感染
【属性】物理・魔術・黒炎(変異)・奇術・竜属性
【生命力】38
【持久力】37
【筋力】46
【技量】36
【耐久】35
【魔力】33
【理力】18
【信仰】12
【運】10
【人間性(特性)】10/10
※【右手武器1】なし
※【右手武器2】なし
※【左手武器1】≪焦黒の竜爪(左)≫
・右と対になる黒い鉤爪。黒炎の熱を宿し、鉄すらも切り裂く竜人の証
※【左手武器2】なし
※【頭防具】≪赫鱗の角飾り≫
・竜族の高位個体にのみ与えられる、赫き鱗の角飾り。今は亡き同胞の血が染みついている
※【胴防具】≪焦げた竜装≫
・戦いの果てに焼き焦げ、形を溜めていない竜装の残骸
※【腕防具】≪漆黒の片籠手≫
・左腕にだけ装着された黒き籠手。主を守るために作られたそれは、今や形が歪んでいる
※【脚防具】≪血痕の断脚帯≫
・左足が断たれたままにされ、布と鎧片が血で固まったもの
※【指輪1】≪砕けた指輪≫
・力を失い、意味を忘れられた指輪
※【指輪2】≪炎誓の紅輪≫
・竜の炎を高める信仰の残光。魔術との親和性がある
【魔術】
・〈焦黒の吐息〉:『黒炎』を広範囲に吐き出す。魔力量で威力拡大。『変異種』固有魔術
・〈???〉
【奇術】
・〈???〉
・〈竜識視〉:一時的に視力を失うが、『霊視』で障害物を無視して周囲を把握できる
【戦技】
・〈???〉
・〈???〉
あれ……合流してないぞ???




