広がる誤解
週明けのダルさというのは何歳になっても慣れない。
まだ時間が足りないのか? あと何十年かすれば月曜日デバフを克服出来るのか?
そんなことをつらつら考えているとチャイムが鳴る――終業だ。
「っくぁー……」
授業終わりの挨拶もそこそこに悠太は立ち上がり大きく伸びをする。
今日は一日、眠くて眠くてしょうがなかった。
朝まで先輩四人と理想のヒロイン談義をしていたせいだ。
ちなみにヒロイン談義だが最終的な結論はこうだ。
『理想のヒロインは居ない』
より正確に言うなら普遍的な形は存在しない、だ。
そもそもからして個人の好みが絡んで来る問題なので当然と言えば当然である。
だがそれ以外にも理由はある。
あるジャンルの物語において理想のヒロインだと思う者が居たとして。
はたして別ジャンルの物語に同じ性質のヒロインを出したとして同じように理想のヒロインだと思うことが出来るのか。
具体例を挙げるなら“沢山食べる女の子”。
日常ものでどんなものも美味しそうに、幸せそうに、沢山食べる女の子が居たとする。
だがそんな子をポストアポカリプスな世界に登場させたらどうだろう?
まずそうなものでも美味しそうに、幸せそうに食べている姿は評価点かもしれない。
だが“沢山”の部分はどうだろう?
ポストアポカリプスな世界観において食料や水というのが潤沢に供給されているというのはまずない。
そんな中で空気を読まずバクバク食べるところはマイナスだろう。
(長くなるので以下割愛)。
「ユウユァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「うぉ!?」
ヒロイン談義を思い出していた悠太の背中にドン、と衝撃が走る。新堂だ。
新堂が飛びついて来たのだ。
「さぁ……もう逃げられねえぞぅ……!!」
「へへへ、この数に勝てるとは思わねえよなぁ?」
「お頭ァ! 縄ァ持って来てました!!」
「おう、ご苦労」
わらわらと友人関係を結んだ男たちが寄って来る。
どうでも良いけど縄って縄跳びじゃん。
などと内心でツッコミを入れつつ、悠太は深々と溜め息を吐いた。
「だから時雨先輩とは別に何もないって……」
登校するまで悠太はすっかり忘れていた。
金曜日の放課後、自分がどうやってごっこ部に連れて行かれたのかを。
そのせいで悠太は朝から小夜のことで男子連中に絡まれまくっていた。
「何もねえわけねえだろうがぁあああああああああああああああああああああ!!!」
「手、て、テを繋い……つな……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛(汚い高音)」
「うるさいな……手を繋いでたのはあの人、ちょっと距離感がおかしいからで……」
「あの人? あの人って言った? 何その親しげな感じ!!」
「ああもう」
同じ部活に入った――と言えれば楽なのだが、言って良いことなのかどうなのか。
あんな場所に部室がある以上、正規の部活とは思えない。
そこらについても聞いておくべきだったと思いながら物理的に絡み付く非モテどもを引き剥がす悠太。
「吐け……吐けェ……! 一体どんな手段を使って書架のご令嬢と仲良くなった!?」
「どんなって……別に普通……」
ではないが、それを言うわけにはいかない。
「普通に話しかけたってか!? んなわけねえだろ!
俺だって図書室行って、その本面白いですか? みたいな感じで切り込んだよ!
切り込んだけどさあ! 一言二言で会話終了だよ! 惨めさマックスだわ!!!」
どうしたものかと悠太が頭を悩ませていると、教室の喧騒がピタリと止んだ。
騒いでいるのは悠太の周辺だけ。
悠太たちがキョトンと顔を見合わせていると、
「邪魔するで~」
実に暢気な声が教室に響き渡った。
「って……おいおい、そこは邪魔すんなら帰って~だろうが。ノリ悪いなあ」
「新●劇かよ」
と思わずツッコミを入れ、後悔した。
「お、居た居た! 悠太、迎えに来たぞ」
小春がカラカラと笑いながら悠太の下にやって来る。
「というか悠太、お前新●劇見てんの?」
おいこら、お前どういうことだよ……と新堂らの視線が喧しい。
とは言え、小春を無視するわけにもいかない。
悠太は頭痛を堪えつつ口を開く。
「まあ、はい、割と。てか風花先輩も新●劇とか見てるんですね」
「パパとママの影響でな。風花家、土曜午後のお約束だよ」
小春の両親は考古学者のようだが、随分と親しみ易い人柄をしているようだ。
「新●劇ってベタだけどさ。あれ、話を作る上で良い教材になるんだよな」
「起承転結がハッキリしてますからね」
しっかりとしたお約束を学ぶ上では中々の教材だろう。
簡単と思うかもしれないが、それを何十年もやり続けているのだから凄まじい。
「折角だし今度一緒に観に行くか?」
「え……あー……えと」
「何だ、あたしと一緒は嫌なのかよ」
唇を尖らせる小春、阿修羅ゲージを溜める新堂たち。
悠太は考えた。この場をどう乗り切るべきか。
「そうですね。機会があれば是非。それより、迎えに来てくれたんですよね?
何時までも教室で駄弁って皆さんを待たせるわけにもいきませんし、さっさと行きましょう」
早口でそう言い切り、鞄を取って小春と共に教室を脱出。
視線が痛いほど突き刺さっているし、その場凌ぎではあるが……しょうがない。
(きっと明日の僕が何とかしてくれる)
明日の夕凪悠太に乞うご期待だ。
「なあ悠太、カッコ良い台詞でしりとりしようぜ」
「何すかいきなり。つかそのしりとり微妙にハードル高いんですけど」
「じゃ、あたしからな『ここは俺に任せて先に行け』だ」
「け……け……『剣一本で何が出来るって? ――――外道を斬れる』とか」
「即興にしてはやるじゃん。る、る……」
馬鹿なゲームをしつつ二人は部室へ。
「あら、こんにちは悠太さん。小春も」
「あ、先輩。こんにちはです」
「うぃー。エリーだけか?」
「小夜も居ましたけど小腹が空いたとかで購買に行きましたわ。青司は掃除当番なのでもう少しかかるかと」
ところで、とエリザベスが悠太を見つめる。
「な、何です」
「気になっていたことが一つありますの。聞かせて頂いてもよろしくて?」
「え、ええ……僕に分かることなら」
「では――――何故、わたくしだけ名前も苗字も呼んでくださらないの?」
エリザベスの指摘にう、と悠太が言葉を詰まらせる。
「青司は藍川先輩。小春は風花先輩。小夜は時雨先輩……わたくしだけが先輩オンリーなのは何故?」
「そら苗字が卑猥だからだろ」
「何ですって!?」
「いやだってお前のフルネームを日本語訳すると鉄の処女エリザベスじゃん」
まあ、そういうことである。
「……悠太さん、まさかあなたも……?」
「え……い、いや……あの……」
「気持ちは分かるぞ悠太。ヴァージンヴァージン連呼する男子高校生とか絵面最悪だもんな」
「最悪ゥ!?」
「そ、そんなことは! えっと……ちょ、ちょっとありますけど……」
ヴァージンはラテン語においては乙女と訳すが真っ先に浮かぶのは英訳の処女の方だろう。
人の苗字にそういう偏見染みたことは言いたくないのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あるんですのね……ショックですわ……ようやく出来たお友達兼後輩にそのような……」
「う゛」
ガチ凹みしている美少女というのはもう、それだけで凶器だ。
問答無用で自分が悪いことをしているような気分になってしまう。
「あ……え、えっとじゃあ……ミドルネームから取って“てっちゃん”先輩とかどうでしょう!?」
だがここで悠太の機転が走る……!
「てっちゃん先輩……ですか……ふむ、よろしくってよ!
あだ名で呼ばれてるのがわたくしだけと言うのは特別感ありますし!!」
「ほっ……じゃ、じゃあこれからはてっちゃん先輩って呼ばせてもらいますね」
どうやら上手く凌げたようだ。
悠太は胸を撫で下ろし、エリザベスに出された紅茶を飲み干す。
「あ、ところで先輩方に確認しておきたいことがあるんですが」
「何ですの?」
「ごっこ部って正式に認可された部活じゃありませんよね?」
「こんなとこ勝手に使ってるぐらいだし、そりゃなあ」
「ええ、闇部活ですわ」
「闇かどうかはともかくとして……じゃあやっぱり存在自体、伝えない方が良いですよね?」
「まあ、そうだな。でも何でそんなことを?」
「いや、友達に時雨先輩とどんな関係なんだって詰め寄られて」
同じ部活の先輩後輩。
それが一番スッキリする説明なのだが、やっぱり無理らしい。
「普通に友達でーすで良いじゃんよ」
「あー……まあ、ほら。そのぅ、男子には色々あるんですよ」
お前らのツラが良いからやっかみ受けてるんだよ、とは流石に言えない。
女子二人が不思議そうに首を傾げていると、ガラッと扉が開かれた。
「うぃーっす! 青司くんがきったよー♪」
「藍川先輩、何すかそのノリ」
「……あ、悠太くん。こんにちは。パン食べる?」
「良いんですか? じゃあ頂きます」
「……ん。遠慮せずにどうぞ」
両手いっぱいに抱えられたパンの山から二つほど拝借し、小夜に礼を言う。
「青司青司、ちょっとよろしくて?」
「おん? どうしたよエリー」
「先ほど悠太さんからごっこ部は正式な認可は受けているかとの話があったのですが」
「あー」
「諸々抜きにしても、そもそもからして人数が足りていませんでしたから申請しても認可は下りなかったでしょうが」
「今なら行けそうだよな」
「ええ。部費などを学校から融通してもらうつもりはありませんが……」
「分かる。お前さんの言いたいことは分かる。体育祭の部活対抗リレーだな?」
「はい。あれ地味に憧れてたので出たい気持ちが……ねえ?」
「うむ。皆はどうだ? 正式な部活にしたい? したくない?」
部活対抗リレーはさておきだ。
「僕は、形にしてくれるとありがたいですね」
「あたしはどっちでも良いや。ちゃんとした部活になったからって何が変わるわけでもないだろ?」
どの道、活動内容は表沙汰に出来ない。
正式な部活になったとしてもそこらは誤魔化すのだから今と何ら変わりはないというのは事実だろう。
「……私もどっちでも良い」
「なるほど。じゃ、とりあえず試してみてやれそうなら通してみるわ」
「藍川先輩、その場合、部室が変わったりするんですか?」
「それはない。この部屋には愛着もあるしな。仮に正式な部活になった場合も部室はここだ」
どうやってそれを通すのかは分からないが……まあ色々するのだろう。
深くは問うまい。
「他に質問はないな? じゃあ、本日の活動を始めよう――行くぞ!!」
「え、もうシナリオ出来てるんですか!? 僕まだ自分が何やるかも……」
「あん? 何を言って……あー、まだ説明聞いてないのか」
「悪い、普通に忘れてたわ」
「右に同じですわ」
「?」
どういうことだろうと首を傾げる悠太に青司は良いか? と前置きし語り始める。
「ごっこ部の活動はな、何も毎回毎回ごっこ遊びに興じるだけじゃねえんだよ。
ごっこ遊びをするための準備も活動の内なんだ。その内の一つがインプットだ」
「インプット?」
うむ、と大きく頷き青司は続ける。
「ごっこ遊びの設定を練る。つまりは創作だな。創作ってのは頭の中にあるものを出力する作業だ。
だが頭の中のもんをアウトプットしようと思ったら、相応の引き出しがなくちゃいけねえ。
色んな作品に触れて引き出しを増やさないと直ぐにネタ切れで詰まっちまうからな」
なるほど、インプットとはそういうことかと悠太は頷く。
「だから俺らは書籍、映像、媒体問わず定期的に色んな物語に触れる時間を作ってるんだ」
「……案外、しっかりしてますねえ」
「そりゃそうだ。こないだも言ったろ? 本気でやるから遊びは楽しいんだよ」
「それは……はい、僕も少し理解出来てます」
土曜日のあれは実に楽しかった。
リアルにロボットを動かせたからというのも当然、ある。だが決してそれだけではない。
本気であの世界に没頭し役を全うしようとしたから楽しかったのだ。
「と言っても大袈裟に構える必要はありませんわよ?」
「そうそう。インプットだ何だつっても……なあ?」
「……うん。良い作品に出会って『あ、これと同じようなことがしたい!』みたいなノリが大半だし」
女子三人がフォローを入れてくれる。
真面目に、でも気楽に――そんなスタンスでやれということだろう。
的確なアドバイスだと思う。結局のところ、これは遊びなのだ。
本気でやるのは良いことだが気負えば遊びの本質である楽しさからは遠ざかってしまう。
「あ、でも行くって言うのはどこに行くんですか?」
本日の活動内容については理解したが、行き先を聞いていないことを思い出す。
「ZUDAYAだ。あそこなら本も映像もあるからな」
「なるほど……ZUDAYAで買ったり借りたりした後は部室に戻って鑑賞会って感じですか?」
「そうそう、話が早くて何よりだ。じゃ、説明も終わったし行くか!」
いざ、ZUDAYAへ!
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