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一字一句しっかりと覚えてるよ?

どぎまぎしている俺をよそに、四宮は続けて言った。


「でも、これを機にちょっと読んでみようかなって気になったよ。ライトノベルっていうの? あんなのなら、そんなに難しくないって言うし、私でも読めそうだから。・・・・・・ね?」


 なにが『ね?』なのか、さっぱりわからなかったけれど、とりあえず同意してみた。


「そうだね。ラノベならたしかに難しい内容も少ないし、ラブコメとかファンタジーが多いから、ミステリーなんかに比べると比較的読みやすいと思うよ?」


 彼女は俺のアドバイス(?)には耳も貸さず、また唐突に言葉を発した。


「今日はありがとね?」


 俺は腰を深く折っている四宮に向かって言う。


「・・・・・・別に感謝されるようなことなんか言った覚えはないけど・・・・・・?」


 頭を上げた彼女は大きくかぶりを振って言う。


「永篠くんは、やっぱり小説家になるのが夢なの? その理由ってなに?」


 またしても見事に話が飛んだ。


 俺の頭の中で不完全燃焼を起こしたように疑問が燻ぶる。


 が、半ば仕方なく気を取り直して言葉を紡ぐ。


「ああ、うん。・・・・・・俺は小説家になって、だれか一人でもいいから俺が書いた作品を読んで少しでも笑ってくれたり、なにか感じてくれたりとかしてくれれば嬉しいななんて思うんだ。読んでくれた全員じゃなくてもいいから、だれか一人でいいからその人の心になにか残せたらいいなって思ってさ。・・・・・・まあ、昔から小説を読むのが好きで、、俺ならこうするのにとか、こんな話があったら面白いななんて妄想するのが楽しくて、それがきっかけ。どうせ小説家を目指すなら、本格的な勉強がしたいと思ってこの学校を選んだんだよね・・・・・・」


 四宮は青い空を仰ぎながら、そっか、と呟き、そしてまたも表情を綻ばせて言った。


「君って見た目に寄らず熱いんだね? 第一印象は、なんか冷めてそうだなあ、感じだったけど、そんなことなかった。まあ、私が自己紹介しようとしたとき、寝惚けていきなり叫び出したりする変なとこもあるけど・・・・・・」


 今度はクスクスと笑い始める。


 言いたいことは間違いなく入学初日のアレだ。


それは理解できたけれど、彼女がおれのことをと言うのは些か大袈裟で見当違いな気がした。


「ああ、あれか・・・・・・。あのときはホントにごめん。かなり驚いたもんだから、気付いたら叫んでた、夢の中でも、現実でも・・・・・・。でも、熱いって言われるほど俺、熱弁した?」


 すると彼女はなにか面白い悪戯でも思い付いた子供のような微笑を浮かべながら言った。


「いい加減にしろよ? クズどもが・・・・・・」

 俺は暫く呆然とさせられた。


彼女が突然なにを言い出したのかわからず、『いきなりどうしたの?』なんて訊こうとしたそのとき。


「一字一句しっかりと覚えてるよ? ・・・・・・テメエらのことだよ。本人がいねえとこで、くだらねえ噂して、陰口叩いてそんなに楽しいのかよ? 見た目だけならまだしも、性格までブスとはとことん救いようがねえな? ・・・・・・どう? 似てる?」


 小悪魔のような笑みを湛えている彼女を見て俺は絶句した。


 どうやら彼女に俺とあのウ○コ女とのやり取りを聞かれていたらしい。


顔から火、いや、マグマでも噴き出しそうなほどの恥ずかしさが押し寄せる。


 しかもその上『一字一句しっかり覚えている』と言った。


 つまり、俺が彼女のルックスを褒め称えたことも知っているということなのかもしれない。


イチかバチかで訊ねてみる。


「え? なんで知ってんの!? ってか、どこからどこまで知ってんの?」


「忘れ物があって、取りに行こうとしてたときに聞こえてきたんだよね。廊下からドア越しに。どこからって言われると・・・・・・。身の程を弁えやがれ、胸糞悪いんだよ・・・・・・ってとこまでかな」


 どうやら根絶丁寧に――似ているかどうかはともかくとして――モノマネまでしてくれたらしい。


「俺、そんなに声デカかった・・・・・・?」


 四宮は微笑みながら頷いた。

 母親や妹から、常々、声デカすぎ、なんて言われているから地声がデカいということは薄々ながら自覚していた。


 けれど、良太なんかは『キレると声のトーンが下がる』なんて言われたこともあった。


 要するに、声のトーンがいくらか下がったところで地声がデカいわけだから教室内はおろか、外にまでダダ漏れだったということなのだろう。


 これは今までの比ではないくらいに恥ずかしすぎる。


 屋上からダイブすらできそうなほどに。


穴があったらはいりたい、むしろ今すぐに穴を掘って埋まりたい、土に還りたい。


「だから、ありがとう。私が言えなかったこと、私の代わりに言ってくれてありがとね?たぶん、あのままなにもなかったら悔しくて仕方なかったと思う。・・・・・・それにあのとき私が教室にはいったりしたらややこしくなりそうだったからできなかったっていうのもあるし、はいってても怖くてなにも言えずに終わってたと思う・・・・・・。だから、ありがとう」


 それだけ言うと、じゃあね、と付け加えて燦然と輝く大輪の花のような笑顔を一つ差し向けて、四宮は軽快に走り去ってしまった。


 俺はなにも言えずに、ただ恥ずかしくて立ち竦んでいた。


 けれど嬉しさもあった。


  彼女と会話ができた、笑顔を見られた、それだけでも俺にとっては大きな進歩と言えることだ。


 たったそれだけのことで、泣きそうになってしまう。


自慢じゃないけど、自分でも笑えるほどに涙もろい。


 だけど、こんなところで泣いてしまうわけになんていかず、必死に涙を堪えながら足をゆっくりと進めた。


 もといた場所に戻って腰を下ろし、やきそばパンを一口囓る。


 メロンパンとやきそばパンを合わせて四つあったはずのパンがやきそばパン二つだけになっていたことさえも今の俺にとって――四宮が勝手に持ち去ったことは明白だったけれど、そんなこと――は全く気にならなかった。


 この程度のものならいくらくれてやってもいい。


それでも充分すぎるに釣りがくるほどの嬉しさが胸いっぱいに広がっていた。


 けれどそれは次に浮かんだ疑問によって、一瞬にして吹き飛んでしまった。


 ――あれ? たしか、アイドルコースの生徒って、恋愛禁止じゃなかったっ・・・・・・け?

「うおあぁあぁあぁ――――――――っ!! マジかあぁあぁあぁ――――――――っ!!」


 屋上に俺の叫び声の残響が尾を引いた。


 ――さらば・・・・・・我が青春のラブストーリー・・・・・・。


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