めっちゃいい人じゃん!
真木と別れて行きつけの本屋へと向かうことにした。
その本屋というのが〝彩文館〟という名の家の近所にある中ではかなりデカい店舗で、そこにいけば大抵の本は揃っているというほどの品揃えのよさを誇っているし取り寄せも取り置きもできるというところ。
今日は〝ダメ俺〟の最終巻が店頭に並ぶ日で、いつもならば予約してから購入するけれど、ここ最近は色々と立て込んでいたため、予約せずに買うことにした。
いくら人気がある作品だからといって初日で完売するほどでもないだろうと踏んだのだ。
書店に入ってラノベのコーナーへと足を進め、目的地まで到着して目を瞠った。
なんと新刊が残り一冊という奇跡的な状況だったのだ。
その理由のひとつとして、アニメ化が決定したという影響も大きいのかもしれない。
とにかくまだ残っていたことに胸を撫で下ろす。
そして俺は迷うことなく〝ダメ俺〟の十二巻へと手を伸ばす。
と、そのとき白く細いだれかの手と俺の手が重なった。
間違いなく女の手。
どこかで見覚えのある手だ。
俺はその主の顔を確認するべく顔を上げて絶句してしまった。
☆
私はこの日、完全にオフだったこともあって午後から近くの本屋を訪れていた。
その目的は――当然と言えば当然のことながら――とある本を入手するため。
以前読んでいたシリーズの小説を読み終えたことで、次なるライトノベルさんを探しにきたというわけだ。
もちろん次に読もうとして決めている本がある。
ちなみに探している本というのは、少し前に蒼次郎が読んでいたもので、こっそりタイトルをメモしておいたもの。
あの瞬間の機転の利き方は、我ながら心の中で『早絵ちゃんあったまいい!』と思わず自分自身を賞賛したほどだった。
そのタイトルはズバリ〝ダメダメな俺が死ぬほどモテモテなんて人生捨てたもんじゃないけど、ぶっちゃけちょっと疲れる〟という舌がもつれそうなほどに途轍もなく長いもの。
彩文館なら全巻揃っていると思う、という吏子の情報を基に入店した。
店内には想像以上におびただしい量の本が並んでいて、普段本屋になんて足を運ぶことのない私はそれだけで圧倒さてれしまい、同時にこの中から目的の本を探し出せるのだろうかと少々不安になる。
――こんなことなら吏子ちゃんと一緒にくればよかったかな・・・・・・?
なんてそんなことを考えていたまさにそのとき、店内でなにかを物色しているらしい吏子の姿があった。
彼女もすぐに私に気付いてこちらに向かって軽やかな足取りで近付いてくる。
「やっほ~早絵~! ダメ俺、見つけられた?」
〝ダメ俺〟というのは私が探しにきた本の略称らしく、今日、最新刊にして最終巻の十二巻が店頭に並ぶという話も彼女から聞いていた。
ひょっとすると吏子もそれ目当てでこの場所にきているのかもしれない。
「今到着したばかりだから、まだ探してないんだよね・・・・・・」
「そっか。じゃあ、こっちこっち!」
彼女に手を引かれながら〝ダメダメな俺が死ぬほどモテモテなんて人生捨てたもんじゃないけど、ぶっちゃけちょっと疲れる〟通称〝ダメ俺〟が置かれているというコーナーまで向かう。
一巻から十一巻をなんとか抱えて最新刊の――平積みされている最後の一冊である――十二巻に手を伸ばしたとき、隣の人の手と自分の手がぶつかってしまった。
その人の顔を見て呆然としてしまった。黒いマスクをしているけれど、綺麗な金髪と切れ長の目は間違いなくあのときの彼。
彼も同様に一瞬だけ驚きの表情を浮かべてその表情を収めて言う。
「どうぞ」
最終巻を手に取ってこちらに差し向けている。
「え? ・・・・・・でも、これ買うんじゃないですか?」
「いや、予約してなかった俺が悪いんだし、こういうのは一気に読んだ方が面白いから」
彼は目を細めながら言って、私が抱える本の山に十二巻を載せる。
「あ・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」
私が言うと、紫色の腰巻をした金髪の名前も知らない彼は一つ頷いて別の本を探すべくその場から離れてしまった。
その様子を見ていた吏子が、
「なに? 今の人? めっちゃいい人じゃん!」
と、興奮しながら言う。
「そうだね」
私が言うと吏子は何度も頷きあった。
「それに・・・・・・」
「「イケメン!」」
と、二人の声が重なった。
やっぱり彼は優しい人だった。
低い声が心地よくて安心をもたらしてくれるし、なにより同じ本を買おうとしていたという偶然がなんとなくだけど嬉しかった。
それからカウンターで支払いを済ませて、吏子と一緒にお茶でもしようということになり、近くの喫茶店に寄った。
これで今度開催される予定のファン感謝祭イベントで、蒼次郎との会話のネタにも困ることはない。
やっぱりクラスメイトでもあり、ファンであり、少々大袈裟かもしれないけれど、恩人でもある彼とは少しでも共通の話題がほしいから。
もちろん後ろめたい気持ちなんてこれっぽっちもない。
そんなちょっとした満足感と金髪の彼にまた会えたという嬉しさで頭はいっぱいになっていた。
その後の吏子との会話も自然と例の金髪の男子生徒のことになったけれど、彼については満足のいく回答ができなかった。
とにかく早いうちに今持っている本を読破することが私の目下の課題となった。
*
また一つ週が明け、周囲は暗い雰囲気に包まれている。
その理由は再来週から学期末試験が始まってしまうからだ。
けれど俺は別に学業成績が悪いわけでもないから、その点に関してはさほど憂鬱な気分でもない。
そんな中でなぜかあの日以来、これまでのキャラをぶっ壊してしまったかのように異常なほどのテンションの高さの女が一人。
その名を真木琴音。
安息の時間であるはずの昼休みに突如として彼女からの爆弾を投下されてしまう。
「蒼ちゃ~ん! 勉強教えて~!」
――この娘はこんなにも空気が読めない女の子だったかしら・・・・・・?
思わず自分のキャラも性別も完全にすっ飛ばして自問する。
この状況、このタイミングでその呼び方とその申し出は非常にマズい。
男子生徒から多大な支持を受けている彼女が俺のようなジミーでアフォ丸出し感満載なやつなんかにそんな風に声なんかかけちゃったらもう、それだけでカオス的な状況ができあがりなんだから。
ほら、早くもざわつき始めた。
そして野郎共の視線が物凄く冷たくて痛いのなんの。
おまけに鷲田がトマトジュースのはいった紙パックをぐしゃりと握りつぶしてしまったものだから、飛び散って顔や制服に付着したそれがまるで鮮血のようで、獲物を食い殺してしまう寸前の獣のような殺気の篭った鋭い目つきが余計に恐ろしい。
そしてなぜか四宮の目が完全に据わっている。
白い目だ。
死んだ魚のような目。
『おのれはだれの許可得てワシのダチにちょっかいかけてくれとんじゃゴルァ!? 身のほど知らずめが‼ キサマとその娘が釣り合うわけなかろうが‼ これ以上ヘンな真似しようもんなら、承知せんぞボケがぁ‼ もしそうなりゃあ、ぶっ殺したるからな!? おっ!?』
と言っている目だ。
絶対にカタギのものじゃない。
その物静かな雰囲気が凄みにより一層の凄みを感じさせる。
頼むから二人揃ってそんな目で見ないでくれ。
俺は別になにもしてないじゃん。
なんか気付かないうちにこんなことになっちゃったんだからどっちかって言うとこっちが被害者なんだけど、そんなことっても信じてなんかもらえるわけないよね?
そんな俺の心中など知る由なんぞないはずの真木は相も変わらず満面の笑みを浮かべて立っている。
これはきっとこちらの返答を待っている表情だ。
なんか色々とごめんなさい。
全部俺のせいだ。
悪いのは俺なんだよ。
真木が空気読む気ナッシングだったとしても、しっかり取り決めをしてなかった俺が悪いんだよ、たぶん。
きっと夜道で突然グサリなんてこともかなりの高確率でアリエール。
たとえ本人にそんな自覚が皆無だったとしても、最早彼女はそれほどの人気者になってしまっているのだから。
とにかく真木を教室から半ば強引に連れ出して説得を試みる。
「頼むから学校でその呼び方はやめてくんないかな?」
「え~? なんでよ~? いいじゃん蒼ちゃ~ん」
「それじゃあ、色々と困るんだよ・・・・・・」
「色々とって? たとえば?」
と言った彼女は息がかかりそうな距離まで、ずいっと顔を近付けてくる。
「色々は色々だよ。ほかの男子から恨まれたりとか・・・・・・?」
真木はにやりと笑ってケロッとした表情で言った。
「うん。いいよ?」
「よかった・・・・・・。じゃ、約束な?」
「・・・・・・って言うか、学校ではもうあんな呼び方するつもりないし」
そう言って破顔一笑する真木嬢。
おかげでなにがなんやらわからなくなって混乱気味に彼女に訊ねてみる。
「え・・・・・・? じゃあ、なんで・・・・・・?」
自分で提案しておきながら理由を訊ねるなんて、訳のわからないことをしてしまっていることはわかっているけれど、このままでは解せない。
「ちょっとからかってみたかっただけ。一昨日、隣で爆睡してたお礼?」
――こんのアマァ! 困るとわかっててわざとやりやがったな!?
「その代わり、約束は守ってよね? 蒼ちゃん?」
「わーってるよ! また映画観直すってやつだろ? ってか、お前またその呼び方! たった今その呼び方しないって約束したばっかだろうが!」
そう言うと彼女は悪びれた様子もなくケラケラと笑い始める。
――相変わらずよくわからん掴みどころのない女だな・・・・・・。
なにはともあれ無事に約束を取り交わすことができて、ひと安心だ。
理由まではよくわからないけれど、俺なんかと映画に行って気が済むのなら大いに問題ない、なんてこのときはそんな簡単に考えていた。
この後、噂が噂を呼んで彼女だけではなく色々な人を巻き込んでとんでもない事態に発展してしまうなんてそんなことは夢にも思っていなかった。




